悪役令嬢と黒猫男子

草野瀬津璃

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「それでは、創造神リシェール=ラスに感謝の祈りを捧げましょう。豊穣に感謝を」

 神官の老婦人がそう言うと、大食堂で生徒達は唱和する。

「豊穣に感謝を」

 それから、楽しい夕食の時間が始まった。
 雑談の声はあるが、貴族の子息子女がそろっているため、静かなものだ。食器の音を立てるのはマナー違反となるせいだ。

 学年ごとにエリアは決まっているものの、生徒達は好きな席に座っていい。それでも自然と派閥ごとに固まっている。
 ルシアンナは隅の席で食べたかったが、エドウィンに誘われたせいで断れず、食事の席で緊張を強いられている。今日は考えることがあるので、いくらかマシだ。

(殿下とメアリ・スプリングを自然に近づけろと言ったって、どうすればいいのかしら)

 この場にはヒエラルキーがある。当然、王族がトップだ。侯爵家の娘とはいえ、貴族に仲間入りしたばかりのメアリは、最下層にいる。

(特別扱いしたら、彼女の身が危ないし……)

 嫉妬した子息子女にどんないじわるをされるか、考えただけで恐ろしい。
 ルシアンナはどれほど母親にいたぶられても、同じことを他人にしようと思ったことがない。虫すら殺せないのだ。

 どうしたものかなと思いながら、右隣に座るエドウィンをちらと見ると、エドウィンの視線は出入り口のほうを向いていた。メアリを見ているのだと、ルシアンナはすぐに察した。

 メアリ・スプリングは、目の覚めるような美少女だ。長い銀の髪は絹のようにつややかで、青い目はガラス玉のようだ。日焼けしてはいるものの、それも健康的な魅力に映る。勝気で元気そうな雰囲気は、白ウサギを思わせる。

 ――ガシャン!

 その時、メアリは手を滑らせて、思い切り食器の音を立てた。
 静かな非難の視線がメアリに集中し、マナー教師は叱る。

「メアリ・スプリング、音を立てるなんてはしたないですよ」

 その声を皮切りに、あちこちでひそひそと意地悪な声がかわされる。

「あの子、この間まで庶民だったんですって」
「稀有な癒しの魔法の持ち主だからって、学園に来るのは身の程知らずよ」

 たしかにその通りだが、身の丈に合うまで訓練してから入学させなかったスプリング家の落ち度でもある。

(正妻がメアリのことを隠していたのよね。きっと正妻の意地悪ね)

 メアリに恥をかかせて、つらい思いをさせようというはらなんだろう。
 マナー教師が叱るせいで、メアリは余計に緊張して、肩に力が入っている。フォークを落としてしまい、甲高い音が響く。

 シン……と静まり返る中、メアリは身を強張らせて、青ざめた。今にも泣きだしそうに見えて、ルシアンナは放っておけなくなった。

「ねえ、そこのあなた、わたくしの食器を運んでくださらない?」

 給仕に声をかけると、給仕は慌てて従った。

「殿下、失礼いたします」
「え? ああ」

 エドウィンは不思議そうにうなずいた。ルシアンナは震えそうな足をしかりつけ、メアリのほうへ進む。ちょうどいいことに、彼女の前の席があいていた。
 給仕がそちらに食器を並べなおすと、ルシアンナはそこに座った。

「初めまして、メアリ・スプリング様。わたくし、ルシアンナ・カサンドラと申します。失礼ながら、マナーに慣れてらっしゃらない様子。わたくしがお教えしてもよろしいかしら?」

 ルシアンナの問いかけに、メアリはぽかんとして固まった。

「そ、そんな、ルシアンナ様、わたくし達が教えます」
「そうですわ」 

 傍の令嬢が止めに入るが、ルシアンナはちらと一瞥する。ルシアンナの冷たい顔なら、にらんだように見えるだろう。

「そのつもりなら、もっと早く行動に移せたのでは? 彼女は貴族に迎えられて、ほんの数日しか経っていないそうです。本来ならば、スプリング家が教えるべきことで、責任はあの家にあるでしょう。彼女は悪くないわ」

 この正論に、彼女達は黙り込んだ。
 ルシアンナは初歩のマナーからゆっくりと丁寧に、メアリに教える。メアリはかちこちに固まっていたが、恐る恐るルシアンナの真似をした。

「そうです、お上手ですわ。食器の音を立ててはいけません。姿勢も正してください。一人で練習する時は、目の前に鏡を置くといいですよ」
「は、はい、ありがとうございます、カサンドラ様」
「誰にでも初めてはあります。そのうち慣れますわ。どうかがんばってくださいね」
「はいぃ」

 涙をこぼしながら、メアリは必死に夕食を口に運ぶ。無様だが、可愛らしい。
 ひなのように見え、ルシアンナは無意識に微笑んでいた。その様子に、周りが見とれていたなど気づきもしなかった。
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