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第二部 赤の騎士団立て直し編

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 翌日の昼には、廃城ダウンが見える辺りに着いた。

「よし、では、準備が整うまで、浮き水晶周辺を仮の拠点とする。あの通り、魔物がうじゃうじゃいるからな、単独行動はつつしめ! 必ず二人、もしくは三人の少数パーティを組んで行動しろ。仲間とはぐれた時は、無理をせずに拠点まで戻ること、以上だ」

 赤の騎士団を見回して、ユリアスは団長らしく指示をした。

「はっ」

 彼らは声をそろえて返事をする。

「では、陣地を築け。フェル、念のため、簡易式結界維持機も発動させておけ」
「かしこまりました、団長」
「指示に困った時は、フェルか俺に直接聞きに来い。解散!」

 ユリアスの号令に返事をして、騎士団の人々はきびきびと動き始める。
 よく統率された人達だと感心しながら、ハルはユリアスのほうに近づく。

「女神スポットがあって良かったね、ユリアス」
「ああ。でなければ、もう少し戻った辺りに陣を築かなければならなかったな。――女神様の慈悲に感謝します」

 ユリアスは浮き水晶に向けて、祈りをつぶやいた。
 子どもの身長ほどある大きな青い水晶は、なぜか宙に浮かんでおり、その周囲を不思議な文字が囲んでいる。世界の各地にあり、触れようとしても手がすり抜けるが、浮き水晶の近辺は魔物が近寄らないため、旅人にとって安全な野宿ポイントになっていた。

 ハルにとっては、ハルが触れると意識だけが女神と会えるため、女神スポットと呼んでいる。
 女神リスティアとはついこの前に会ったばかりなので、今回は触れないでおくことにした。それに良い写真も撮れていない。

「それにしても、圧巻だねえ。ありの群れみたいで気持ち悪いなあ」

 ハルは遠い目をした。
 崩れ落ちた城壁に囲まれた要塞の中と外を、まるで甘い蜜にむらがる虫みたいに、魔物がひしめいているのだ。
 集合体恐怖症の人間が見たら、絶叫すること間違いなしである。

「撮影」

 鳥肌が立ってしかたがないが、何が神様の心をときめかせるか分からない。ハルは両手を使って絵の構図を探るようなポーズを取ると、フォトの魔法で撮影する。

 こうして撮った写真は、女神とハルしか見ることのできない夢幻フォルダに転送され、そこから、女神がジンスタグラムに投稿するのだ。あいにくと、ハルは女神リスティアのジンスタグラム以外は閲覧できないため、他の神々の人気投稿を見られないから参考にもできなかった。

「げっ。イイネが十個ついたんですけど……。本当に、神様の趣味は意味不明」
「相変わらず、神々の評価はよく分からないな。だが、魔物が神のお気に召すことだけは共通しているようだ」
「私からしたら、あんなの、不気味なだけなんだけどね」
「そうだな。不気味な絵が好きな人間もいるから、神がそうでもしかたがないんじゃないか?」

 無難なことを言って、ユリアスは苦い顔をする。

「しかし、何があんなに魔物をきつけるんだろうな」
「魔物ってエネルギーを取りこんで強くなるんでしょ? なんかこう、地脈的なエネルギーポイントとかだったりしないの?」

「ハルの言う通り、魔力が湧くポイントはあるが、それならば俺でも感じ取れる。ハルはどうだ? 気配は魔物と似たようなものだぞ」
「いやあ、まったく。だから不思議なのよねえ」

 そんなに分かりやすい理由ならば、こんなに何度も廃城になる前に、先人が気づいているはずだ。

「ねえねえ、ユリユリ。ちょっと偵察がてら、散歩に行ってみない?」
「そうだな。有角馬は魔物におびえて暴れそうだから、徒歩で行くか」

 ユリアスは杖を持ち、ハルも弓になったユヅルをたずさえた。

「フェル、ちょっといいか」

 ユリアスがフェルに不在を告げると、フェルはおおげさに反応する。

「二人で偵察ですって? 我々もまいります!」
「無茶をするつもりはない。どんな様子か見てくるだけだ。それに、俺達の魔法の邪魔になるから、お前達はここで陣地を築く仕事をして待っていろ」
「邪魔ですって!」

 フェルはムッとしたようだが、ユリアスは首を傾げる。

「黒の御使いと、力を取り戻した俺にかなう奴が、この国にいるのか?」
「う……っ。いませんけど! ああもう、分かりましたよ。ですが、夕方までにはお戻りくださいね!」

 ハルとユリアスのタッグが、現在、この国で最強レベルだと思い出したフェルは、ものすごく嫌そうに受け入れた。
 時に上から目線で強引なユリアスを知っているハルは、フェルの心配ぶりが不思議でならない。

「フェルさんって、意外と過保護ねえ」
「殿下が無茶ばかりするからです!」
「国の滅亡がかかってるわけでもないのに、無理なんてしない。約束する」

 ユリアスが真摯な態度で宣言したので、フェルはうなだれた。

「そこで素直におっしゃられると、何も申せませんよ。お気を付けて行ってらっしゃいませ」

 負けた……と悔しそうにため息をつき、しぶしぶ送り出してくれた。



「フェルさん、あんまりツンツンしてないじゃない? どっちかと言うと、世話焼きなお母さんみたい」
「どうやらこの三年で、心労をかけまくったようだな」

 街道を走りながら、ハルが話しかけると、ユリアスは複雑そうに返事をする。

「あいつの母親が、あんな感じだ。子どもの頃は、心配させるなと叱られたものだよ」
「幼馴染なの?」
「ああ。フェルの父親は、王家に仕える学者でな。俺の教育係だったんだ。その関係で、母親のほうも世話係をしていて、フェルとは、一緒に学んだり遊んだりして育った仲だ」
「王族もそんな感じで友達ができるのねえ」
「まあな。友であり、家臣だ」

 思い出話をするユリアスは、自然とやわらかい表情になる。

南都なんとイザレインに行かれる前までは、兄上ともよく遊んだものだ」
「……は? 兄上? あのおっかない陛下と?」

 耳を疑い、ハルは思わずユリアスの横顔を凝視した。

「まさか! 二番目の兄で、サマナ兄上だよ。あまり力は強くないのだが、農業に関心があって、穀倉地帯の監督をされているんだ。多忙な方だから、旅でも会えなかったが、物資は用意してくれていただろう?」

「あ、そういえば、前に、ユリユリを都市の外に出すことを、グレゴールさんと二番目のお兄さんだけ反対したって言ってたっけ。味方?」
「ああ。陛下のことを苦手に思われているから、表だって反発したのはあの時くらいだったな。がんばってくれて、うれしかったよ」

 他の家族は冷たい母親や妹だったので、ちゃんと仲の良い兄弟もいるのだなと、ハルはほっとした。

「こちらの拠点が落ち着いたら、サマナ兄上に会いに行こう」
「うんうん、そうしよう。今なら、堂々と南都に入れるもんね」

 そんな話をしているうちに、廃城の近くまで着いた。ハルとユリアスは足を止め、人間の接近も気に留めず、廃城をなめくじのように這いまわる昆虫型の魔物を眺める。

「ふう、近くで見るとますます気持ち悪い」
「巨大化したギーカーがうようよしているぞ。鳥肌が立つ」

 大きなムカデだけでも嫌なのに、どうやらクモがいるようだ。それを餌にして、蛇やトカゲも集まっている。魔物同士が鉢合わせ、戦いが起きて、どちらかが勝つ。ほぼギーカーの勝利のようだった。

「ねえ、蛇がいるよ。あれってナーガ種?」
「いいや、ナーガ種は鉱龍からのことだ。等級五か、六の雑魚だろう。後で記録係に確認しよう」

 ユリアスはあの蛇の魔物の名前を知らないようで、手早くメモを付けた。

 等級というのは、魔物のランクのことだ。

 魔物討伐連盟という、兵士や戦士が必ず登録する組織があり、そちらでは戦士の強さによってランクが付けられている。色位しきいといい、強い順に、金・銀・銅・灰・黒に分かれていた。

 一方で、魔物は強い順に、七つの等級に分かれている。一はドラゴン種、二はナーガ種、三は死人種、四はゴースト種、五が毒を持つ雑魚で、魔法を使うものもいる、六は簡易魔法を使う雑魚、七は雑魚だが一般人には脅威となる……というような分類だ。

 金は等級一を倒せる者のことで、銀は等級二、銅は等級三と四、灰は等級五、黒は等級六と七だ。
 ちなみに、ユリアスはこの国で唯一の銀の色位を持っている。
 ドラゴンは災厄レベルで、もし現れたら、ほぼ国が滅ぶそうだ。

「メタリッカはいないよね?」
「いない。この辺りにはニガミドリの葉が生えていないからな」

 ユリアスの返事に、ハルは心から安堵した。
 メタリッカ。雑魚の魔物だが、ニガミドリの葉を食べるため、体内で発酵した草の汁のにおいがやばすぎて、その汁を柵に塗っておけば、他の魔物が近寄らないほどだった。ちなみに、手につくと一週間はにおいが落ちない。

「とりあえず、外側をやっつけちゃう?」
「俺がやる。力が戻ってから、魔法の加減が難しいからな。ちょうどいいから練習台になってもらおう」

 ユリアスは眼前に杖を構え、じっと集中した。どこからともなく空に黒雲が現れ、一瞬の後、廃城に雷雨が降り注いだ。

 ――ドーンッ

 すさまじい雷鳴に、ハルは思わず耳を手で押さえる。明るい昼間にもかかわらず、辺りを照らし出すほどだった。

「わあ、ユリユリってば。修復箇所が増えちゃったね」
「……すまん」

 廃城の崩れかけの城壁は一部がえぐれ、黒く焦げて煙がたなびく。
 外側の魔物はあらかた死んだようだが、これは騎士達を連れてこなくて正解だったと、ハルは自分達の判断に満足した。
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