43 / 46
第二部 赤の騎士団立て直し編
05
しおりを挟む翌日の昼には、廃城ダウンが見える辺りに着いた。
「よし、では、準備が整うまで、浮き水晶周辺を仮の拠点とする。あの通り、魔物がうじゃうじゃいるからな、単独行動はつつしめ! 必ず二人、もしくは三人の少数パーティを組んで行動しろ。仲間とはぐれた時は、無理をせずに拠点まで戻ること、以上だ」
赤の騎士団を見回して、ユリアスは団長らしく指示をした。
「はっ」
彼らは声をそろえて返事をする。
「では、陣地を築け。フェル、念のため、簡易式結界維持機も発動させておけ」
「かしこまりました、団長」
「指示に困った時は、フェルか俺に直接聞きに来い。解散!」
ユリアスの号令に返事をして、騎士団の人々はきびきびと動き始める。
よく統率された人達だと感心しながら、ハルはユリアスのほうに近づく。
「女神スポットがあって良かったね、ユリアス」
「ああ。でなければ、もう少し戻った辺りに陣を築かなければならなかったな。――女神様の慈悲に感謝します」
ユリアスは浮き水晶に向けて、祈りをつぶやいた。
子どもの身長ほどある大きな青い水晶は、なぜか宙に浮かんでおり、その周囲を不思議な文字が囲んでいる。世界の各地にあり、触れようとしても手がすり抜けるが、浮き水晶の近辺は魔物が近寄らないため、旅人にとって安全な野宿ポイントになっていた。
ハルにとっては、ハルが触れると意識だけが女神と会えるため、女神スポットと呼んでいる。
女神リスティアとはついこの前に会ったばかりなので、今回は触れないでおくことにした。それに良い写真も撮れていない。
「それにしても、圧巻だねえ。蟻の群れみたいで気持ち悪いなあ」
ハルは遠い目をした。
崩れ落ちた城壁に囲まれた要塞の中と外を、まるで甘い蜜にむらがる虫みたいに、魔物がひしめいているのだ。
集合体恐怖症の人間が見たら、絶叫すること間違いなしである。
「撮影」
鳥肌が立ってしかたがないが、何が神様の心をときめかせるか分からない。ハルは両手を使って絵の構図を探るようなポーズを取ると、フォトの魔法で撮影する。
こうして撮った写真は、女神とハルしか見ることのできない夢幻フォルダに転送され、そこから、女神がジンスタグラムに投稿するのだ。あいにくと、ハルは女神リスティアのジンスタグラム以外は閲覧できないため、他の神々の人気投稿を見られないから参考にもできなかった。
「げっ。イイネが十個ついたんですけど……。本当に、神様の趣味は意味不明」
「相変わらず、神々の評価はよく分からないな。だが、魔物が神のお気に召すことだけは共通しているようだ」
「私からしたら、あんなの、不気味なだけなんだけどね」
「そうだな。不気味な絵が好きな人間もいるから、神がそうでもしかたがないんじゃないか?」
無難なことを言って、ユリアスは苦い顔をする。
「しかし、何があんなに魔物を惹きつけるんだろうな」
「魔物ってエネルギーを取りこんで強くなるんでしょ? なんかこう、地脈的なエネルギーポイントとかだったりしないの?」
「ハルの言う通り、魔力が湧くポイントはあるが、それならば俺でも感じ取れる。ハルはどうだ? 気配は魔物と似たようなものだぞ」
「いやあ、まったく。だから不思議なのよねえ」
そんなに分かりやすい理由ならば、こんなに何度も廃城になる前に、先人が気づいているはずだ。
「ねえねえ、ユリユリ。ちょっと偵察がてら、散歩に行ってみない?」
「そうだな。有角馬は魔物におびえて暴れそうだから、徒歩で行くか」
ユリアスは杖を持ち、ハルも弓になったユヅルをたずさえた。
「フェル、ちょっといいか」
ユリアスがフェルに不在を告げると、フェルはおおげさに反応する。
「二人で偵察ですって? 我々もまいります!」
「無茶をするつもりはない。どんな様子か見てくるだけだ。それに、俺達の魔法の邪魔になるから、お前達はここで陣地を築く仕事をして待っていろ」
「邪魔ですって!」
フェルはムッとしたようだが、ユリアスは首を傾げる。
「黒の御使いと、力を取り戻した俺にかなう奴が、この国にいるのか?」
「う……っ。いませんけど! ああもう、分かりましたよ。ですが、夕方までにはお戻りくださいね!」
ハルとユリアスのタッグが、現在、この国で最強レベルだと思い出したフェルは、ものすごく嫌そうに受け入れた。
時に上から目線で強引なユリアスを知っているハルは、フェルの心配ぶりが不思議でならない。
「フェルさんって、意外と過保護ねえ」
「殿下が無茶ばかりするからです!」
「国の滅亡がかかってるわけでもないのに、無理なんてしない。約束する」
ユリアスが真摯な態度で宣言したので、フェルはうなだれた。
「そこで素直におっしゃられると、何も申せませんよ。お気を付けて行ってらっしゃいませ」
負けた……と悔しそうにため息をつき、しぶしぶ送り出してくれた。
「フェルさん、あんまりツンツンしてないじゃない? どっちかと言うと、世話焼きなお母さんみたい」
「どうやらこの三年で、心労をかけまくったようだな」
街道を走りながら、ハルが話しかけると、ユリアスは複雑そうに返事をする。
「あいつの母親が、あんな感じだ。子どもの頃は、心配させるなと叱られたものだよ」
「幼馴染なの?」
「ああ。フェルの父親は、王家に仕える学者でな。俺の教育係だったんだ。その関係で、母親のほうも世話係をしていて、フェルとは、一緒に学んだり遊んだりして育った仲だ」
「王族もそんな感じで友達ができるのねえ」
「まあな。友であり、家臣だ」
思い出話をするユリアスは、自然とやわらかい表情になる。
「南都イザレインに行かれる前までは、兄上ともよく遊んだものだ」
「……は? 兄上? あのおっかない陛下と?」
耳を疑い、ハルは思わずユリアスの横顔を凝視した。
「まさか! 二番目の兄で、サマナ兄上だよ。あまり力は強くないのだが、農業に関心があって、穀倉地帯の監督をされているんだ。多忙な方だから、旅でも会えなかったが、物資は用意してくれていただろう?」
「あ、そういえば、前に、ユリユリを都市の外に出すことを、グレゴールさんと二番目のお兄さんだけ反対したって言ってたっけ。味方?」
「ああ。陛下のことを苦手に思われているから、表だって反発したのはあの時くらいだったな。がんばってくれて、うれしかったよ」
他の家族は冷たい母親や妹だったので、ちゃんと仲の良い兄弟もいるのだなと、ハルはほっとした。
「こちらの拠点が落ち着いたら、サマナ兄上に会いに行こう」
「うんうん、そうしよう。今なら、堂々と南都に入れるもんね」
そんな話をしているうちに、廃城の近くまで着いた。ハルとユリアスは足を止め、人間の接近も気に留めず、廃城をなめくじのように這いまわる昆虫型の魔物を眺める。
「ふう、近くで見るとますます気持ち悪い」
「巨大化したギーカーがうようよしているぞ。鳥肌が立つ」
大きなムカデだけでも嫌なのに、どうやらクモがいるようだ。それを餌にして、蛇やトカゲも集まっている。魔物同士が鉢合わせ、戦いが起きて、どちらかが勝つ。ほぼギーカーの勝利のようだった。
「ねえ、蛇がいるよ。あれってナーガ種?」
「いいや、ナーガ種は鉱龍からのことだ。等級五か、六の雑魚だろう。後で記録係に確認しよう」
ユリアスはあの蛇の魔物の名前を知らないようで、手早くメモを付けた。
等級というのは、魔物のランクのことだ。
魔物討伐連盟という、兵士や戦士が必ず登録する組織があり、そちらでは戦士の強さによってランクが付けられている。色位といい、強い順に、金・銀・銅・灰・黒に分かれていた。
一方で、魔物は強い順に、七つの等級に分かれている。一はドラゴン種、二はナーガ種、三は死人種、四はゴースト種、五が毒を持つ雑魚で、魔法を使うものもいる、六は簡易魔法を使う雑魚、七は雑魚だが一般人には脅威となる……というような分類だ。
金は等級一を倒せる者のことで、銀は等級二、銅は等級三と四、灰は等級五、黒は等級六と七だ。
ちなみに、ユリアスはこの国で唯一の銀の色位を持っている。
ドラゴンは災厄レベルで、もし現れたら、ほぼ国が滅ぶそうだ。
「メタリッカはいないよね?」
「いない。この辺りにはニガミドリの葉が生えていないからな」
ユリアスの返事に、ハルは心から安堵した。
メタリッカ。雑魚の魔物だが、ニガミドリの葉を食べるため、体内で発酵した草の汁のにおいがやばすぎて、その汁を柵に塗っておけば、他の魔物が近寄らないほどだった。ちなみに、手につくと一週間はにおいが落ちない。
「とりあえず、外側をやっつけちゃう?」
「俺がやる。力が戻ってから、魔法の加減が難しいからな。ちょうどいいから練習台になってもらおう」
ユリアスは眼前に杖を構え、じっと集中した。どこからともなく空に黒雲が現れ、一瞬の後、廃城に雷雨が降り注いだ。
――ドーンッ
すさまじい雷鳴に、ハルは思わず耳を手で押さえる。明るい昼間にもかかわらず、辺りを照らし出すほどだった。
「わあ、ユリユリってば。修復箇所が増えちゃったね」
「……すまん」
廃城の崩れかけの城壁は一部がえぐれ、黒く焦げて煙がたなびく。
外側の魔物はあらかた死んだようだが、これは騎士達を連れてこなくて正解だったと、ハルは自分達の判断に満足した。
0
お気に入りに追加
90
あなたにおすすめの小説

調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜
EAT
ファンタジー
「どうしてこうなった?」
優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能────生まれときから勝ち組の人生により調子に乗りまくっていた侯爵家嫡男クレイム・ブラッドレイは殺された。
傍から見ればそれは当然の報いであり、殺されて当然な悪逆非道の限りを彼は尽くしてきた。しかし、彼はなぜ自分が殺されなければならないのか理解できなかった。そして、死ぬ間際にてその答えにたどり着く。簡単な話だ………信頼し、友と思っていた人間に騙されていたのである。
そうして誰もにも助けてもらえずに彼は一生を終えた。意識が薄れゆく最中でクレイムは思う。「願うことならば今度の人生は平穏に過ごしたい」と「決して調子に乗らず、謙虚に慎ましく穏やかな自制生活を送ろう」と。
次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。
最初はどういうことか理解が追いつかなかったが、また同じ未来を繰り返すのかと絶望さえしたが、同時にそれはクレイムにとって悪い話ではなかった。「同じ轍は踏まない。今度は全てを投げ出して平穏なスローライフを送るんだ!」と目標を定め、もう一度人生をやり直すことを決意する。
しかし、運命がそれを許さない。
一度目の人生では考えられないほどの苦難と試練が真人間へと更生したクレイムに次々と降りかかる。果たしてクレイムは本当にのんびり平穏なスローライフを遅れるのだろうか?
※他サイトにも掲載中

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス
於田縫紀
ファンタジー
雨宿りで立ち寄った神社の神様に境遇を同情され、私は異世界へと転移。
場所は山の中で周囲に村等の気配はない。あるのは木と草と崖、土と空気だけ。でもこれでいい。私は他人が怖いから。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。
少年神官系勇者―異世界から帰還する―
mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる?
別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨
この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行)
この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。
この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。
この作品は「pixiv」にも掲載しています。
如何様陰陽師と顔のいい式神
銀タ篇
歴史・時代
※落ちこぼれ陰陽師と、自称式神と、自称死人の姫の織り成す物語。※
※不思議現象は起こりません※
時は長保二年。
故あって齢十六にしていきなり陰陽寮の陰陽師に抜擢された刀岐昂明は、陰陽寮の落ちこぼれ陰陽師。
ある日山菜を求めて山に分け入ったところ、怪我をした少女を発見した。
しかしその少女、ちょっと訳ありのようで自分の事を何一つ話さない。
あまつさえ「死人だ」などと言う始末。
どうやら彼女には生きていると知られたくない、『秘密』があるらしい。
果たして自称死人の姫が抱える秘密とは何か。
落ちこぼれ陰陽師と式神のコンビが、死人の姫を巡って少しずつ変化し成長していく物語。
※この小説はフィクションです。実在の人物や地名、その他もろもろ全てにおいて一切関係ありません。
異世界に来たようですが何も分かりません ~【買い物履歴】スキルでぼちぼち生活しています~
ぱつきんすきー
ファンタジー
突然「神」により異世界転移させられたワタシ
以前の記憶と知識をなくし、右も左も分からないワタシ
唯一の武器【買い物履歴】スキルを利用して異世界でぼちぼち生活
かつてオッサンだった少女による、異世界生活のおはなし
転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜
家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。
そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?!
しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...?
ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...?
不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。
拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。
小説家になろう様でも公開しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる