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第一部

 04

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 夕食を終えて、神殿の宿舎に戻ったハルはメロラインと相談していた。

「うーん、やっぱり攻撃行動はとれないって感じだね」

 人間を傷つけられない制約、それがどの範囲までなのかをはっきりさせることにしたのだ。
 昼間のように、腕を掴まれた時に身動きが出来ないので、今後危ない目に遭うかもしれない。

「あの時、私が動けなかったのは、『蹴り飛ばして逃げよう』と思ったからかな?」

 メロラインに腕を掴んでもらい、あれこれと実験して、そんな結論に辿り着いた。メロラインは難しい顔で頷く。

「恐らくそうでしょう。『傷つけられない』に特化した制限のようですね。……まあ、女神様の心配も分かります。ハル様は、身体能力はもちろん、腕力や脚力もありますもの」
「そうだね。流石に岩を蹴り砕いた時は、自分でもどん引きしたわ」

 ハルはからからと笑った。

「見た目は小柄な女性ですし、筋肉はさほどついておりません。魔力を上手く利用して、力に変換しているのでしょう。強い戦士にも同じパワータイプがいます。ハル様のように、敏捷性、パワー、魔法の弓といい、ここまで戦闘に特化してる方は滅多といませんけど」

 ぶつぶつと呟いて、メロラインは推測を口にする。完全に目つきが研究者のそれだ。

「その戦士って、白い髪と金の目に近い人でってこと?」
「そうです。魔力が多く、扱いに長けているのですよ」
「ここの世界の人のいう魔法って、魔力操作とイメージが肝だから、そうなっちゃうのか」

 魔法といえば、呪文を長々と唱える古典的な魔女を思い浮かべてしまうけれど、ここでは魔法に呪文はほとんど使わない。
 たまに特殊な魔法だけ呪文が必要だ。例えばハルが使うフォトの魔法は、「撮影」などの単語が必要だ。

「私達神官だけは、女神様への信仰心を糧に、祈法きほうという術を使えますが、そちらも呪文とは呼べません。祈りですから」
「大神殿にいた時に、神官さん達が参拝者へ奉仕してたあれよね?」

 大神殿ダルトガで、神官が参拝者に治療を施していたのをハルは思い出した。メロラインは頷く。

「そうです。神官長が女神様から託宣たくせんを授かるのも、祈法の一種です」
「へえ、そうだったんだ。他には何があるの?」

 知れば知る程面白い。身を乗り出すハルに、メロラインは真面目に答える。

「怪我の治療、解毒、呪いの解除などです。病気を治すことは出来ませんが、代わりに神殿では薬学の研究をしています」
「呪いを解くことも出来るの? だったら、あの王子様のも解いてあげればいいのに」

 メロラインは困った顔になる。

「あの呪いは強力過ぎて、進行を遅らせることしか出来ないそうですわ。補助具が仮面だとか」
「仮面で呪いを抑えてるの?」

 ユリアスという青年を思い浮かべて、ハルは驚いた。趣味の格好では無かったのか。

「それは恐ろしい魔物と戦った時に受けた呪いなのです。等級は二、ナーガ種の中で最も強い種だったそうですよ。三年程前のことですわね」

 メロラインの表情が暗くなった。

「王都は大ダメージを受けました。国を滅ぼされるのも覚悟したほどです。それをあの方はたった一人で追い払ったんですよ」
「追い払うってことは、倒せなかったの?」

「ええ、それでも充分すごいことです。そして深手を負わせた代償に、あの方は呪いを受けました。あの呪いは、呪いをかけた相手が死なない限り解けません。ナーガ種の呪いは災いを呼ぶので、皆、恐れていますが……功績を思えば悲しいことです」

 深い溜息を吐き、メロラインはうつむいた。
 通夜みたいな雰囲気になってしまったので、ハルは話題を戻すことにした。

「えーと、なんかごめんね、メロちゃん。私のこの制約の方に話が戻るけどいいかな」
「ええ、もちろんです。すみません。神殿の力が及ばないことに、やるせない気持ちになることがあるんです。グレゴール様のご心痛を思うと……胸が痛みます」

「え? どういうこと?」
「グレゴール様は、先王の弟君であらせられます。ユリアス王子の叔父ですわ」

 親戚なら確かに悩むだろう。
 ハルはメロラインの悲しみが分かった気がした。

「ごめん、メロちゃん。えっと、お茶でも淹れようか?」

 気分を変えてあげようと気遣うハルに、メロラインは首を横に振り、背筋を正した。

「いえ。……ええと、ハル様の制約でしたわね。ただ『逃げよう』と思うと、動けるようですから、意識を向ける方向さえ気を付ければ、いざという時も逃げられるかと思います」

 それに、とメロラインは提案する。

「人間ではなく、周りの地面や建物を『壊す』ことは出来ると思うのです。攻撃魔法ではなく、明かりの魔法で試してみてください」

 メロラインがハルの左腕を掴んだので、ハルは試すことにした。意識を足元に向けて、光の玉を放り投げるイメージをする。パッと足元に光が灯った。

「なるほどね。『逃げる』ことと、『周りを壊して、逃げる隙を作る』ことは出来そうね。次があった時はそうする」
「はい、そうして下さい」

 とりあえずの対処を覚えて気が緩んだのか、ハルは急に眠気を覚えた。 

「メロちゃん、明日は討連の会館に行こうよ。来る途中で手に入れた核を売りたいわ」
「ええ、参りましょう」

 ハルは明日の予定を思い浮かべる。 
 お金を手に入れたら、旅に必要なものを買いそろえるつもりだ。

(夢幻鞄、何でも入るみたいだし、ベッドとか買っちゃおうかな。ベンチとクッションでもいいけど)

 あれこれと思い浮かべながら、神殿の風呂場に行って汗を流すことにした。服の洗濯もしたい。魔法があるので、すぐに乾くから便利だ。

(それにしても、あの王子様、一人で化け物を追い払うって相当強いのね)

 綺麗な顔をしていたが、どこにでもいそうな優男といった印象だった。人は見かけによらないなと思いながら、別れ際に言われたことを思い出してもやっとした。

(もう会うこともないだろうし、忘れちゃおう。それよりお風呂)

 もやもやを手で追い払う仕草をするハルを、メロラインが不思議そうに見ていた。

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