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第一部
03
しおりを挟むすっかり興がそがれたハルは、すぐに神殿の宿舎に戻り、復活していたメロラインに愚痴った。
「その方はたぶん、ユリアス様ですよ。エルドア国の三番目の王子です」
メロラインは丸眼鏡のブリッジを指先で押し上げて言った。
「あの人、本物の王子様なの?」
「ええと、本物ではない王子がいるのですか?」
怪訝そうにメロラインに聞き返されて、ハルは首を傾げる。
「呪いの王子っていうあだ名なのかと思って」
「なんですか、あだ名って……。ハル様の世界では、王子はあだ名で付けるものなんですか?」
メロラインは興味深そうにハルを見つめた。本の虫だけあって、彼女の知的好奇心は半端ない。何度か質問攻めにあったハルは、また問い詰められるのかとぎくりとした。
「王子はもちろんちゃんと存在するけど、カッコイイ人のことを王子ってあだ名で呼ぶこともあるの。洗濯が得意なイケメンなら、洗濯王子。そんな具合にね」
「なるほど、確かに顔の良い男性のことを、からかって王子と呼ぶこともありますね。どこの世界も似てるんですねえ」
イケメンについては教え済みなので、メロラインの好奇心センサーには引っかからずに済んだ。ハルはほっと胸を撫で下ろす。
「本当に王子様だったんだ。それなら兵士達がへこへこしてたのも納得だわ」
「ええ、ですがあの方の場合はそれだけではなく……。魔物に呪われておいでなので、怖がって誰も近寄らないのですわ」
助けられた側の人間まで近付かないように避けていたのを思い出し、ハルは首を傾げる。
「なんなの、呪いって。病気じゃないんでしょ?」
「ええ、ですが忌まわしく恐ろしいことです。あの方の呪いは、魔物を呼び寄せる類ですので、尚更嫌われておいでだとか。私はお会いしたことありませんけど」
メロラインは恐ろしげに身震いした。
「それは確かに大変かもしれないけど、でもうつらないんでしょ? 怖がることかな」
「絶対かどうかは分かりません。もしやと思うと恐ろしいと思いませんか? 自分の身も守れないような者がそんな呪いを受けたら、死ぬしかありませんもの」
例え戦士でも、疲弊してしまうだろうとメロラインは暗い顔をした。
「ハル様は御使いですので、大丈夫かと思いますが。念の為、お気を付け下さいませ」
「分かったわ」
なんとなく納得いかなかったが、メロラインの言う事が分からないわけでもない。ハルは頷いた。
メロラインはそこで、ゴホンと咳払いをする。
「ハル様」
彼女の声のトーンが変わったので、ハルは背筋を正す。メロラインは説教する姿勢になっていた。
「私を部屋に置いてお出かけになったのは、まあ、私があの状態でしたのでまだ良しとしましょう。ですが、荒れる兵士に刃向かうだなんて、考え無しなことをするのはいけません。いくらお強いと言っても、ハル様は女性なんですから」
キリリと眉を吊り上げて、メロラインはくどくどと話し始めた。
「しかも! お話を聞けば、人間には手出し出来ない制約があるですって!? このメロライン、初めてお聞きいたしました。分かっていればきちんとお守りしましたものを。ちょっとハル様、聞いてらっしゃいます!?」
「聞いてますー」
うかつだったとはハルも理解しているので、耳が痛い。ハルは仕方なく、メロラインの説教にしばらく付き合った。
小一時間が過ぎて、だんだん飽きてきた頃、ハルのお腹がぐうっと鳴った。
メロラインは説教をやめた。バツが悪そうな顔をしている。
「申し訳ありません、空腹にも気付かず……。食べに行きましょうか」
「賛成! ごめんね、メロちゃん。気を付けるから許してね」
「仕方ありませんね。いいですよ」
ハルがすかさず謝ると、メロラインは笑みを零した。
まるで姉妹のようなやりとりだ。ハルは兄はいるが姉妹はいないので、なんだか嬉しくなった。
「神殿の前に食堂があったから、そこにしようよ。賑わってたからおいしいお店かも」
「ふふ、ではそちらにしましょう」
宿泊が急だったので、今日は外に食べに行かないと用意がないらしいのだ。でも明日の朝食からは神殿で食べられる。
ハルは廊下を歩きながら、メロラインに話しかける。
「ねえ、メロちゃん。さっきハナブタの串焼きが売ってたの。食べてみたいな」
「ええ、町の食堂でなら食べられると思いますよ。私みたいな神官は、クロドリしか食べられませんが、ハル様は大丈夫です」
「クロドリ? 鳥肉しか駄目なの?」
「ええ、ハナブタは何でも食べるので、俗世の穢れが付きやすいのです」
メロラインはそう信じているようだ。ふうんと合槌を返して、ハルは問いかける。
「ところでハナブタって、頭に花でも咲いてる豚なの?」
「ふっ、なんですかそれ。違います、皮膚の模様が花柄なんですよ」
「花柄の豚なの? 見たい!」
「ええ、いいですよ。肉屋に寄ってみましょう」
そして出かけた先で、ハルは感動した。
地球でならブチ柄だろう茶色いシミが、花弁が五枚ある花の形をしている。拳大のものが、まるで服の模様みたいについていた。
「面白いなあ。なんでこんな不思議なことになるの?」
「一説によれば、茶色の花の群生地帯に溶け込む為だとか。本当かは分かりませんけど」
その日の夕食では、メニューを見ながら、食材についての話題で盛り上がった。
魔物の中には食べられる種類もあるそうだ。祭りの時期なら屋台が出ていることもあるとか。
メタリッカの血のにおいを思い出したハルは、それを聞いてちょっとだけ食欲が落ちてしまった。
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