女神さまだってイイネが欲しいんです。(長編版)

草野瀬津璃

文字の大きさ
上 下
7 / 46
第一部

 03

しおりを挟む


 すっかり興がそがれたハルは、すぐに神殿の宿舎に戻り、復活していたメロラインに愚痴った。

「その方はたぶん、ユリアス様ですよ。エルドア国の三番目の王子です」

 メロラインは丸眼鏡のブリッジを指先で押し上げて言った。

「あの人、本物の王子様なの?」
「ええと、本物ではない王子がいるのですか?」

 怪訝そうにメロラインに聞き返されて、ハルは首を傾げる。

「呪いの王子っていうあだ名なのかと思って」
「なんですか、あだ名って……。ハル様の世界では、王子はあだ名で付けるものなんですか?」

 メロラインは興味深そうにハルを見つめた。本の虫だけあって、彼女の知的好奇心は半端ない。何度か質問攻めにあったハルは、また問い詰められるのかとぎくりとした。

「王子はもちろんちゃんと存在するけど、カッコイイ人のことを王子ってあだ名で呼ぶこともあるの。洗濯が得意なイケメンなら、洗濯王子。そんな具合にね」
「なるほど、確かに顔の良い男性のことを、からかって王子と呼ぶこともありますね。どこの世界も似てるんですねえ」

 イケメンについては教え済みなので、メロラインの好奇心センサーには引っかからずに済んだ。ハルはほっと胸を撫で下ろす。

「本当に王子様だったんだ。それなら兵士達がへこへこしてたのも納得だわ」
「ええ、ですがあの方の場合はそれだけではなく……。魔物に呪われておいでなので、怖がって誰も近寄らないのですわ」

 助けられた側の人間まで近付かないように避けていたのを思い出し、ハルは首を傾げる。

「なんなの、呪いって。病気じゃないんでしょ?」
「ええ、ですが忌まわしく恐ろしいことです。あの方の呪いは、魔物を呼び寄せる類ですので、尚更嫌われておいでだとか。私はお会いしたことありませんけど」

 メロラインは恐ろしげに身震いした。

「それは確かに大変かもしれないけど、でもうつらないんでしょ? 怖がることかな」
「絶対かどうかは分かりません。もしやと思うと恐ろしいと思いませんか? 自分の身も守れないような者がそんな呪いを受けたら、死ぬしかありませんもの」

 例え戦士でも、疲弊してしまうだろうとメロラインは暗い顔をした。

「ハル様は御使いですので、大丈夫かと思いますが。念の為、お気を付け下さいませ」
「分かったわ」

 なんとなく納得いかなかったが、メロラインの言う事が分からないわけでもない。ハルは頷いた。
 メロラインはそこで、ゴホンと咳払いをする。

「ハル様」
 
 彼女の声のトーンが変わったので、ハルは背筋を正す。メロラインは説教する姿勢になっていた。

「私を部屋に置いてお出かけになったのは、まあ、私があの状態でしたのでまだ良しとしましょう。ですが、荒れる兵士に刃向かうだなんて、考え無しなことをするのはいけません。いくらお強いと言っても、ハル様は女性なんですから」

 キリリと眉を吊り上げて、メロラインはくどくどと話し始めた。

「しかも! お話を聞けば、人間には手出し出来ない制約があるですって!? このメロライン、初めてお聞きいたしました。分かっていればきちんとお守りしましたものを。ちょっとハル様、聞いてらっしゃいます!?」
「聞いてますー」

 うかつだったとはハルも理解しているので、耳が痛い。ハルは仕方なく、メロラインの説教にしばらく付き合った。
 小一時間が過ぎて、だんだん飽きてきた頃、ハルのお腹がぐうっと鳴った。
 メロラインは説教をやめた。バツが悪そうな顔をしている。

「申し訳ありません、空腹にも気付かず……。食べに行きましょうか」
「賛成! ごめんね、メロちゃん。気を付けるから許してね」
「仕方ありませんね。いいですよ」

 ハルがすかさず謝ると、メロラインは笑みを零した。
 まるで姉妹のようなやりとりだ。ハルは兄はいるが姉妹はいないので、なんだか嬉しくなった。

「神殿の前に食堂があったから、そこにしようよ。賑わってたからおいしいお店かも」
「ふふ、ではそちらにしましょう」

 宿泊が急だったので、今日は外に食べに行かないと用意がないらしいのだ。でも明日の朝食からは神殿で食べられる。
 ハルは廊下を歩きながら、メロラインに話しかける。

「ねえ、メロちゃん。さっきハナブタの串焼きが売ってたの。食べてみたいな」
「ええ、町の食堂でなら食べられると思いますよ。私みたいな神官は、クロドリしか食べられませんが、ハル様は大丈夫です」
「クロドリ? 鳥肉しか駄目なの?」
「ええ、ハナブタは何でも食べるので、俗世の穢れが付きやすいのです」

 メロラインはそう信じているようだ。ふうんと合槌を返して、ハルは問いかける。

「ところでハナブタって、頭に花でも咲いてる豚なの?」
「ふっ、なんですかそれ。違います、皮膚の模様が花柄なんですよ」
「花柄の豚なの? 見たい!」
「ええ、いいですよ。肉屋に寄ってみましょう」

 そして出かけた先で、ハルは感動した。
 地球でならブチ柄だろう茶色いシミが、花弁が五枚ある花の形をしている。拳大のものが、まるで服の模様みたいについていた。

「面白いなあ。なんでこんな不思議なことになるの?」
「一説によれば、茶色の花の群生地帯に溶け込む為だとか。本当かは分かりませんけど」

 その日の夕食では、メニューを見ながら、食材についての話題で盛り上がった。
 魔物の中には食べられる種類もあるそうだ。祭りの時期なら屋台が出ていることもあるとか。
 メタリッカの血のにおいを思い出したハルは、それを聞いてちょっとだけ食欲が落ちてしまった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

魔力ゼロの忌み子に転生してしまった最強の元剣聖は実家を追放されたのち、魔法の杖を「改造」して成り上がります

月ノ@最強付与術師の成長革命/発売中
ファンタジー
小説家になろうでジャンル別日間ランキング入り!  世界最強の剣聖――エルフォ・エルドエルは戦場で死に、なんと赤子に転生してしまう。  美少女のように見える少年――アル・バーナモントに転生した彼の身体には、一切の魔力が宿っていなかった。  忌み子として家族からも見捨てられ、地元の有力貴族へ売られるアル。  そこでひどい仕打ちを受けることになる。  しかし自力で貴族の屋敷を脱出し、なんとか森へ逃れることに成功する。  魔力ゼロのアルであったが、剣聖として磨いた剣の腕だけは、転生しても健在であった。  彼はその剣の技術を駆使して、ゴブリンや盗賊を次々にやっつけ、とある村を救うことになる。  感謝されたアルは、ミュレットという少女とその母ミレーユと共に、新たな生活を手に入れる。  深く愛され、本当の家族を知ることになるのだ。  一方で、アルを追いだした実家の面々は、だんだんと歯車が狂い始める。  さらに、アルを捕えていた貴族、カイベルヘルト家も例外ではなかった。  彼らはどん底へと沈んでいく……。 フルタイトル《文字数の関係でアルファポリスでは略してます》 魔力ゼロの忌み子に転生してしまった最強の元剣聖は実家を追放されたのち、魔法の杖を「改造」して成り上がります~父が老弱して家が潰れそうなので戻ってこいと言われてももう遅い~新しい家族と幸せに暮らしてます こちらの作品は「小説家になろう」にて先行して公開された内容を転載したものです。 こちらの作品は「小説家になろう」さま「カクヨム」さま「アルファポリス」さまに同時掲載させていただいております。

大国に囲まれた小国の「魔素無し第四王子」戦記(最強部隊を率いて新王国樹立へ)

たぬころまんじゅう
ファンタジー
 小国の第四王子アルス。魔素による身体強化が当たり前の時代に、王族で唯一魔素が無い王子として生まれた彼は、蔑まれる毎日だった。  しかしある日、ひょんなことから無限に湧き出る魔素を身体に取り込んでしまった。その日を境に彼の人生は劇的に変わっていく。  士官学校に入り「戦略」「戦術」「武術」を学び、仲間を集めたアルスは隊を結成。アルス隊が功績を挙げ、軍の中で大きな存在になっていくと様々なことに巻き込まれていく。  領地経営、隣国との戦争、反乱、策略、ガーネット教や3大ギルドによる陰謀にちらつく大国の影。様々な経験を経て「最強部隊」と呼ばれたアルス隊は遂に新王国樹立へ。 異能バトル×神算鬼謀の戦略・戦術バトル! ☆史実に基づいた戦史、宗教史、過去から現代の政治や思想、経済を取り入れて書いた大河ドラマをお楽しみください☆

異世界に来たようですが何も分かりません ~【買い物履歴】スキルでぼちぼち生活しています~

ぱつきんすきー
ファンタジー
突然「神」により異世界転移させられたワタシ 以前の記憶と知識をなくし、右も左も分からないワタシ 唯一の武器【買い物履歴】スキルを利用して異世界でぼちぼち生活 かつてオッサンだった少女による、異世界生活のおはなし

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシャリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

処理中です...