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第一部
序章 #異世界で検索したら 01
しおりを挟む――ギャアアア!
黒い雲が垂れ込める空の下、翼を生やした紫と銀のうろこを持つ蛇が悲鳴を上げた。
「出て行け、魔物! 俺達の国から!」
深い傷を負わせたのは、たった一人の青年だった。
風にあおられて、雪のような白い髪が揺れる。前髪の間から、鮮やかな金の目がのぞいた。敵意を燃やす青年のはるか後方、城壁の上では弓矢や魔法の用意をして構える兵士達がいる。
――ふふふ、我にここまで傷を与えるか。人間よ。
蛇の魔物はガラガラと喉を震わせ、恐ろしい笑い声を立てる。
――今日はここで引いてやる。だが手土産を持っていけ!
「なっ」
蛇の魔物が起こした紫色の風が、青年へと吹きつけた。
――魔を呼び寄せる不幸をゆっくりと味わい、絶望のうちに死ぬがいい。王子よ!
ガラガラと不気味な哄笑が風に乗り、辺りに響く。
風がやむと、魔物の姿は消えていた。
黒雲が晴れ、光が差し込む。
青年はその場に座り込んだ。魔物と青年、どちらも満身創痍だ。立っているのもやっとだった。
魔物を追い払ったことで、城壁から歓声が聞こえてくる。
青年は右目に手を当ててみると、目の周りがじくじくと熱を持っていた。
「魔を呼び寄せる……」
青年はぽつりと呟いた。不安が心に影を差した。
◆
コンッと軽い音を立てて、賽銭箱の中に十円玉が落ちた。
よく晴れた早朝、織川ハルはとある神社でお参りをしていた。境内に植えられた桜から、白い花弁がひらひらと舞い落ちてくる。
「変わった神社。こんな所が近くにあったのね」
神様にあいさつしてから、スマートフォンでスナップ写真を撮る。
カシャカシャと撮影音が何度も響いた。
この神社には社は無く、洞窟にしめ縄がかかっている。
出入り口の看板によれば、蛇を祀っているらしい。祭壇のようなものの上には卵がそなえてあった。
「異世界ねえ。それっぽい……かな?」
ハルは洞窟を眺めながら、昨夜のことを思い出した。
テレビで、ハッシュタグの旅が流行っていると特集が組まれていたのだ。
ある写真投稿のSNSでは、写真映えする綺麗な景色には、その場所の地図情報が載っていることが多い。人気の高い写真の場所に出かけていくという、新しい旅のスタイルだった。
しかしハルは、テレビで見るよりも前から、そんな旅を楽しんでいた。旅と写真が趣味なのである。
昨日は大学のオリエンテーションの日で、大学四年になったばかりだが、卒論のテーマを決めるようにとお達しがあったのだ。
なかなか決めきれずに憂鬱になったハルは、気晴らしに出かけようと、いつものように調べたのだった。
――#異世界
その日はなんとなくそんな単語を入れてみた。
するとこの場所の写真が出てきたのだった。
鬱蒼とした森の中、ツリーハウスがいくつも並び、妖精のような光の玉が飛んでいる。いかにも異世界といった写真だったが、明らかに悪戯だった。
住所が近場だったので、散歩ついでに来てみただけだ。
「あんな写真より、このままのほうが絶対に良いのに。もったいないなあ」
遠く離れて、もう一枚。カシャッと写真を撮る。
写真フォルダを開いて、出来栄えの悪いものを削除してから、ふと顔を上げて気付いた。洞窟の壁に古びた看板が立てかけられている。
「異世界はこちら?」
洞窟に近付きなおしてみると、そう書いてあるではないか。
手の込んだ悪戯だ。
「もしかして入っていいのかな?」
奥は暗くてよく見えないが、実は地元のちょっとした観光名所なのだろうか。
――少しだけ入って、写真を撮ろう。
ハルがそう考えたのは、自然なことだった。
写真好きの宿命かもしれない。
面白いものがあったら、撮らずにはいられない。
幸い、今日の服装はラフだ。ブラウスの上にジャケットを着て、ジーンズにショートブーツを合わせている。斜めにかけた小さな鞄を後ろにずらしてから、洞窟のほうへ踏み出す。
「お邪魔しまーす」
いるかもしれない神様に声をかけてから、ハルは一歩、洞窟に入った。
外から奥が見えなかったのは、穴になっていたかららしい。
落ちてから気付いたが、もう遅かった。
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・2017.6/8 改稿しました。
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