女神さまだってイイネが欲しいんです。(長編版)

草野瀬津璃

文字の大きさ
上 下
30 / 46
第一部

Photo5 ユリアスの呪紋 01

しおりを挟む


 いったいどれほどの人が集まっているのだろうか。
 久しぶりにやって来たエルドアの王都は、以前に見たよりもにぎわっている。
 すれ違う人と肩がぶつかりそうになるほどで、通りにいると暑く感じた。
 すでに秋に足を踏み入れ、朝晩は寒さを感じる季節だ。昼の日差しはまだ暑いが、風には冷たさが混じっている。

「ねえ、ユリユリ。どんぐりと黄色いリボンが飾られてるのって、何かのお祭りなの?」

 ハルは隣を歩くユリアスの袖をつんつんと引っ張る。ユリアスは懐かしそうに目を細めた。

「収穫祭だ。このにぎわいだ、初日かな? 今日が何日か忘れた。門で聞けば良かったな」
「ミャー!」

 そうだねというように、ハルの肩の上にのったユヅルが鳴く。

「ユリユリと一緒だと楽だわ」
「俺は微妙な気分になるがな」

 ユリアスはため息を返す。それというのも、ユリアスに気付いた王都の民がさっと避けるので、モーセが海を割ったみたいに人込みが割れていくせいだ。ハルはそぼくな疑問を口にする。

「王子様って、そこまで顔ばれしてるもんなの?」
「赤の騎士団で団長をしていたと言っただろ。魔物討伐遠征の行きと帰りは、パレードをするからな。それに、こんな仮面を付けてる奴は珍しいだろ」

 なるほど、たしかに仮面をつけた青年は記憶に残りやすい。民がすぐにユリアスに気付くわけだ。
 討連の会館前に着くと、ユリアスはハルに右手を挙げた。

「それじゃあ、俺は城に行って、兄上に魔物の分布について報告してくるよ」
「私は魔物の素材や核を売った後、ここで待ってるからね」

 ハルの返事に、ユリアスは予定を話す。

「その後、赤の騎士団にも寄るつもりだ。俺はそっちで昼食をとってくる。ハルはハルで食べておけ」
「分かった。会館の食堂でのんびりしてるから、用事が終わったら顔を出してね」
「ああ」

 軽く手を振って、ハルはユリアスと別れた。ユリアスが歩くと人波が割れるのがちょっと面白い。つい眺めてから、討連の会館に入る。
 待合室に入ると、受付でけだるげにしていたヨハネスが、ガバッと立ちあがった。

「ハルちゃんじゃねえか!」
「あ、ヨハネスさん、こんにちは~。良かった、ちゃんと無事に戻ってたんですね」
「そりゃあ、行きにダータンのボスをボコボコにしたからよ。あいつら、帰りに俺達だって分かると、怖がってすぐに逃げたぜ」

 わはははと大きく笑うヨハネスは、今日は無精ひげが生えていて、服装もゆるい。

「カサリカさんは? ひげぐらいそれって、怒られなかったですか?」

 ハルは周りを見回したが、今日の会館は閑散としていて人気がない。ヨハネスはあごをなでて、自分の格好を見下ろした。

「収穫祭だから、休みだよ。収穫祭は三日あるからな、うちは交代で休むんだ。あちこちに出店が増えて楽しいぞ。ハルちゃんも楽しんでくるといい。そういや殿下はどうした? 一緒じゃないのか」
「ユリユリなら、お城に行ってます」

 ハルがそう返すと、ヨハネスは変な顔をした。

「ユリユリ?」
「あだ名ですよ。ユリユリって固いから、こうやって呼ぶほうがゆるむかなって」
「ははっ、確かに、聞いてるだけでガクッとくるな」

 愉快そうに笑うヨハネスに、ハルは魔物の買い取りをお願いしたいことを告げる。

「おう、いいぞ。今日は暇してるから、俺が対応してやるよ。買い取り部屋のほうに来てくれ」
「はーい」

 そちらでクリスタル・ナーガの素材を出すと、ヨハネスは固まった。

「お、おい、こいつはもしかして鉱龍か?」
「そうです! 三日だけですけど、東側を探索したんですよ」
「三日も! 殿下も一緒にか? よく生き延びたなあ、ハルちゃん。さすがは黒の御使いだ」

 しげしげと水晶でできている鱗を眺め、ヨハネスはごくりとつばを飲む。

「それで、あのオリハルコン・ナーガは退治できたのか? ほら、殿下を呪った魔物だよ」
「いえ。三日で山まで戻るって約束だったので、見つかる前に時間切れしちゃって。ナーガ種の最上級格でしたっけ。オリハルコン・ナーガっていうんですか?」

 オリハルコンといえば、ファンタジー系ゲームによく出てくる伝説の鉱物だ。宝石よりも強そうだ。

「そう。ナーガ種は空を飛べるが、長距離を飛べるのはオリハルコン・ナーガだけなんだ。鉱龍より上位で、翼が生えている。鉱龍も人間の領土に襲撃に来ることはあるが、途中で休憩を挟むんで、俺達も対処しやすいんだ」

 それでも、魔力を多く含んだ宝石の鱗は硬く、かなり苦戦するのだとヨハネスは説明した。

うろこは魔法を弾くだろ? どうやって倒したんだ?」
「え? こう、飲み込もうとしてくるのを弓でつっかえて、体内に魔法を連射しました」
「えっぐ! えぐいぞ、ハルちゃん! 食われるかどうかの倒し方なんて、度胸がないとできねえし……すごいな」
「私は飛翔の魔法を使えますからね。他の人だと、足場から落ちたら終わりなんで、危険ですよ」

 ヨハネスは声をひそめ、ハルに確認する。

「なあ、女神様は絵を描くためにハルちゃんを寄越したんだよな? 人間を守るためじゃないのか?」
「写真のためですよ」
「そっか……」 

 がっくりきたようで、ヨハネスは疲れた顔をして、ホワイトグレーの髪をかき混ぜる。

「まあ、いいや。魔物を倒してくれるんなら、それでな。でも、あんまり周りに言いふらすんじゃねえぞ。王侯貴族に囲われたら面倒だ」
「大丈夫です。その時は、ユリユリの専属って言います。条件は、ユリユリを一緒に保護すること」
「ああ、それなら平気だな。殿下が一か所にとどまられると、魔物が集中するからな……」

 ヨハネスはやる瀬なさそうに首を振る。

「殿下の調子が良い時は、英雄と呼んで持ち上げてたってのに、今じゃ厄介者扱いだ。王侯貴族には仲間意識ってのがないもんかねえ、ったく」

 その嘆きっぷりに、ハルは興味をそそられた。

「ユリユリって、前はそんなにすごかったの?」
「ああ、そりゃもう!」

 英雄にあこがれる少年みたいな目をして、ヨハネスは勢いよく頷く。

「白い髪と金の目だけじゃねえ、魔法で魔物を殲滅する様子は神がかっていてな。女神様の申し子だって噂されてたよ。魔を呼び寄せる呪いをくらって、一人でいるのに三年も生き延びてるんだ。どれだけ強いか分かるってもんだろ」
「そうだね」

 ハルは同意を示す。今でも魔法は神がかっているのだから、三年前はどれだけすごかったんだろう。

「ヨハネスさん、私、これのお金で、古城と簡易式結界維持機を買いたいの。よろしくね!」
「ああ、構わねえが、うちだけじゃ全部は無理だよ。買い取り価格が国家予算レベルになるからな。王家と大神殿にも話を回して、共同で買い取れるように交渉するから、一週間くらい待っててくれるか」

 話しながら、一通りチェックしたヨハネスはそう結論付け、いったん受付に戻ってから、書類にさらさらと書き足した。最後にヨハネスは支部長の印鑑を押す。

「書類を読んだら、ここにサインと拇印ぼいんを頼むぜ」
「はい」

 しっかり読み込むと、クリスタル・ナーガの売買契約書だと分かった。取引ができたら、討連の銀行に一括で代金が支払われるようだ。ハルは数枚に渡ってサインをし、朱肉に親指を押し付けて、拇印を押した。

「王家と大神殿からも書類が来るからよ、三日後にまた来てくれるか」
「分かりました。よろしくお願いします!」
「はいよ。しっかし、ハルちゃんと王子様がそんな感じになるとはねえ」

 ヨハネスは意外そうにつぶやいて、にやにやしている。その声にからかう響きを感じて、ハルは眉を寄せる。

「は? そんな感じって?」
「ハルちゃんがお城を欲しがるのは、殿下のためだろ。簡易式結界維持機は。拠点を守るためのものだろう。いきなり同棲なんてね。どこまで進んだの? おじさんにこっそり教えてくれよ」
「は――!?」

 ヨハネスの勘繰りに、ハルは顔を真っ赤にする。

「そんなんじゃないし、セクハラ! ユリユリとは友達だから!」

 思わず手に力が入ってしまい、買い取りカウンターを叩く。

 ――ドギャアッ

 すさまじい音がして、カウンターが真っ二つに割れた。

「あ、やっちゃった。ごめんなさい、ヨハネスさん! 弁償しますー!」
「俺も悪かったけど、弁償は頼むぜ。ははは、ハルちゃんをからかうと命にかかわるな、こりゃ……」

 ヨハネスが青い顔になったのを、ハルは見なかったことにした。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

久しぶりに会った婚約者は「明日、婚約破棄するから」と私に言った

五珠 izumi
恋愛
「明日、婚約破棄するから」 8年もの婚約者、マリス王子にそう言われた私は泣き出しそうになるのを堪えてその場を後にした。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

彼女はいなかった。

豆狸
恋愛
「……興奮した辺境伯令嬢が勝手に落ちたのだ。あの場所に彼女はいなかった」

願いの代償

らがまふぃん
恋愛
誰も彼もが軽視する。婚約者に家族までも。 公爵家に生まれ、王太子の婚約者となっても、誰からも認められることのないメルナーゼ・カーマイン。 唐突に思う。 どうして頑張っているのか。 どうして生きていたいのか。 もう、いいのではないだろうか。 メルナーゼが生を諦めたとき、世界の運命が決まった。 *ご都合主義です。わかりづらいなどありましたらすみません。笑って読んでくださいませ。本編15話で完結です。番外編を数話、気まぐれに投稿します。よろしくお願いいたします。 ※ありがたいことにHOTランキング入りいたしました。たくさんの方の目に触れる機会に感謝です。本編は終了しましたが、番外編も投稿予定ですので、気長にお付き合いくださると嬉しいです。たくさんのお気に入り登録、しおり、エール、いいねをありがとうございます。R7.1/31

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...