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第一部

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 夕食を運んできてくれた村の女性達が、料理を配膳しながら、蜂蜜の使い道について教えてくれた。

「それじゃあ、蜂蜜の再利用はやめるんですね」

 話を聞き終えて、ハルは問う。もったいないなあという残念な気持ちが声に出てしまい、ふくよかな村長夫人に笑われた。

「私どもも惜しいですが、魔物の腹におさまったものを食べて、毒でも混じっていたら怖いですからねえ。蜂蜜のにおいに寄ってくる魔物は他にもいるので、そちらをおびき寄せる罠に使おうってことに決まりました」
「なるほど。そのほうがいいですね。魔物ならお腹を壊しても万々歳」

 肉を食べられる魔物でも、内臓は危険だから捨てるのだ。もし蜂蜜に毒が混ざっていたとしても、魔物が少し食べたくらいならば大丈夫というわけだ。
 蜂の巣喰らいの素材と核は渡し、報酬だけ受け取ることは伝えてある。素材と核を売った金で、なんとか赤字分はまかなえるだろうということだった。

「ほんっとうに、ハルさんと王子様には大変お世話になって」

 村長宅の嫁が微笑みとともに、料理を示す。皿には白っぽい灰色をした団子が積んであった。いもの団子に、甘いソースがかかった一品だ。

「たくさん召し上がってくださいね。昨日、こちらをお好きみたいだったから、多めに作っておきましたよ。ハルさんって好みが渋いですわねえ」
「甘くておいしいんだもん、この芋団子」

 まるで老人みたいな味の好みだとからかわれ、ハルは言い返す。里芋の煮物みたいで、粘性があるのにつるっと食べられてしまうのだ。レシピもメモさせてもらった。ついでに余っている食料を買い取らせてもらい、ハルはしばらく芋団子や芋スープを作ろうと浮かれている。
 女性達が引き上げると、満面の笑みで食事をするハルに、ユリアスが感心を込めて言う。

「お前が食べるのを見ていると、こちらも元気になるな」
「でしょ? 一緒にいるだけで元気になってしまうハルちゃんはすごいのよ」
「自分で言うな」

 ハルはふと思いついて、料理の写真を撮ってみた。
 蜂蜜酒、芋の団子、豆のスープ、野草と花のサラダ、鳥肉のハーブ焼きだ。
 こんな森の村ではご馳走だろう。味覚が庶民なハルには、どれも素晴らしくおいしい。
 だが残念なことに、ジンスタグラムにのせてみても、イイネは付かない。

「駄目だったのか。神様は手ごわいものだな」
「そうなんだよねえ」
「今まで、評価が良かったのは?」
「浮き水晶と、金色カブトムシよ」
「変な組み合わせだな」
「でしょー」

 ひとまずおいしい夕食をたいらげ、村人に食器を下げてもらい、風呂場を借りて汗を流す。服も手早く洗って、部屋に干しておいた。明日の朝、生乾きだったら魔法で乾かせばいい。
 夜になり、一度は部屋に入ったハルだが、喉が渇いたので居間に出てきた。

「あれ? ユリユリ?」

 ユリアスの部屋の扉が開いているが、中には誰もいない。居間にもいないので、トイレにでも行ったのかと思ったが、戻る気配がない。

(もしかして、何かあったのかな)

 心配になって小屋の外に出ると、ユリアスは渡り廊下となっている吊り橋に座り込んでいた。

「どうしたの、ユリユリ。気分が悪いの?」
「いや、空を見ていた」
「空?」

 ハルが上を見ると、枝葉の間にぽっかりと夜空が覗いている。天の川がくっきりと見えた。

「わぁ、綺麗!」

 歓声を上げ、ハルは小屋に戻って蜂蜜酒を持ってきた。

「月見酒ならぬ、星見酒ほしみざけなんてどうよ」
「良い案じゃないか」

 ユリアスの隣に座り、蜂蜜酒をつぐと、乾杯する。

「すっごい贅沢ね」
「ああ。魔物に警戒せず、酒を飲みながらぼーっとするなんて最高だ」

 互いに言い合って、しばらく無言になる。風が吹いて、木の枝をざわざわと揺らして通り過ぎていった。

「天の川、綺麗だなあ」
「お前の国では、アマノガワというのか?」
「そうよ。天を流れる川って意味なの。ここでは違う呼び方?」
「ああ。あれは神様のおもざしというんだ」

 ユリアスは左目を細める。

「叔父上のように託宣を受け取れる者でも、女神様と拝謁はいえつできる者はほとんどいない。どんな姿かわからないから、あの星のように麗しい顔をしているのだとたたえたわけだな」
「それじゃあ、天の川は神様でもあるんだ?」
「そうだ。そして、人々は死んだ後、あそこに行くのだといわれている。女神様のもとで幸せに暮らしながら、地上を見守るのだ、と」

 それはロマンチックだ。それに、少し悲しい。地球でも星を死者に例えることはよくあるけれど、ユリアス達にとって、夜空は神様であり天国なのだ。

「私の国にはね、織姫と彦星っていうお話があるよ。一年に一度しか会えない約束でね、ちょっと悲しいのよね」
「どんな話だ?」

 ユリアスに問われ、ハルは七夕伝説について教える。続いて外国の神話にまで話が飛び、気付けばずいぶん話し込んでいた。

「あ、明日は早いんだったね。そろそろ寝なきゃ」

 酒瓶とグラスを手に立ち上がると、ユリアスも続く。

「ハル」
「何?」
「俺があそこに行ったら、お前が女神様のもとに帰る時、会えるのだろうか」
「は?」

 ハルは眉をひそめる。あそことは、天の川のことだろう。ハルは嫌な気分になって、ユリアスに言い返す。

「そんな縁起でもないことを言わないでよね。私が一緒にいるのに、ユリアスを魔物の餌食になんかしないよ」
「ふ。そうか。それは頼もしいな」

 ユリアスは小さく笑い、ハルをまじまじと眺める。

「な、何?」
「いいや。ありがとうな、ハル。お前との旅は、俺の人生で最も楽しい時間だろう」
「もーっ、だから、縁起でもないってば! 酔ってるんじゃないの。グラスは片付けておくから、寝なさいよ。ほら、ほらほら」
「おい、押すな」

 ユリアスに苦情を言われながらも、ハルはユリアスの背を押して小屋に押し込んだ。ハルはユリアスが使っていたグラスを拾い上げ、天の川を見上げる。

「何よ、意味わかんないんだから」

 悪態をついたハルだが、なぜか背筋が冷えた。

「薄着だから、冷えたのかな」

 日本のように湿度が高くないので、夏でも夜は過ごしやすい。
 そして、小屋に入る前に、天の川の写真を撮ってみる。イイネは女神の父神からの一つだけだった。
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