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第一部

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 集落に蜂の巣食らいの死骸を持ち帰ると、お祭り騒ぎになった。
 今日も宴を開いてくれ、昨日泊まった外れの小屋を使うように言い、案内してくれた。
 小屋といっても、立派な丸太小屋だ。内側は、外から見るよりも広く、居間と小部屋二つの三部屋に分かれている。
 前の住人が王都に引っ越したばかりで、たまたま空いていたんだそうだ。どうせ倉庫にするからと、自由に使わせてくれている。
 普通は簡単に転居できないらしいが、前の持ち主は、王都から調査に来ていた学者だった。元の場所に戻ったそうだ。
 自分の部屋の窓を開けてから、ハルが居間に戻ると、ユリアスが猫みたいに座椅子に寝転がっていた。あまりだらけたところは見ないが、安全な部屋になるとたまにこんな顔を見せる。ハルに気を許している証拠な気がして、ちょっとうれしい。

「ねえねえ、ユリユリ。なんで簡単に転居できないの? ていうか、マントくらい脱ぎなよ~」
「このクッションがふかふかなのがいけないんだ……」

 まるっきり駄目なことを呟いて、ユリアスはうつぶせでだらーんとしている。そしてもぞもぞとマントだけ外して、座椅子の後ろに放り投げた。

「もう、居間がほこりっぽくなるでしょ」
「掃除しておく……」

 ハルの文句にも耳を貸さない。ハルは特にマントを拾ったりはしない。そこまで世話を焼くのは、仲間として違う気がするのだ。
 ハルも低い座卓ざたくの向かいにある座椅子に腰を下ろす。
 ツリーハウスの天井は低いので、ここの人達の家は日本みたいに土足禁止だ。そして、床に近い生活をしている。最初のうち、ユリアスは文化の違いに戸惑っていたが、一日過ごした後はこの通りだ。
 板張りの床にはラグが敷いてあり、中央部には囲炉裏いろりのようなものがある。小さな台所はあるが、火を使う料理は囲炉裏でまかなうようだ。煙は中央の煙突を抜けていく。煙突の上に屋根があるので、雨漏りもしない。
 しかしあまり背の高い家にすると、風にあおられてバランスが悪くなるらしい。
 木の上に村があるだけでも驚きなので、ハルはそんなものかと思うだけだ。

「食料問題」

 クッションに顔を埋めてしばらく沈黙した後、ユリアスがのろのろと答えた。

「え?」
「さっきの、自由に転居できないっていう話の答え」
「食料?」

 関連性がよく分からなくて、ハルは問い返す。

「この国で一番安全なのは、王がいる王都だ。だから民はそこで暮らしたがる。だが、一ヶ所に人口が集中しすぎると、食料の供給きょうきゅうが追い付かなくなる。周囲で得られる量には限りがあるからな。それに、全滅の危険も高くなる」
「ああ、そっか。そうだよね。害虫は一匹ずつ叩くより、巣を取り除けっていうもんね」
「例えが嫌すぎるが、まあ、そういうことだ。魔物からすれば、ご馳走の山ってことだな」

 ユリアスはふんと皮肉っぽく笑った。そして起き上がって、座椅子に座り直す。

「王族は十五歳になったら、各地の城に移動する。一人でも生き残れば、国を建てなおせるからな」
「……寂しかった?」
「俺は騎士団入りして王都の守りについていたから、王都にいたよ。母上と妹は、東都とうとエルハイマにいる。今度、物資の補給で立ち寄る予定だが……、俺が行くと迷惑そうにするから、早めに立ち去る予定だ」

 その顔にふっと陰が差したので、ハルは話題を変えることにした。

「あ、お茶を淹れようかな~。いかにも野草って感じでおいしいよね」
「それは褒めてるのか?」
「うん。体に良さそうでしょ」

 独特な苦味も気に入っている。台所に行って、ハルは鉄製のやかんを手に取る。中に魔法で水を入れてから、カップと茶こし、薬草茶の入った木箱を盆に乗せて囲炉裏に移動した。
 炭を足してから、三本足の五徳ごとくの上にやかんを置いた。あとは湯が沸くのを待つだけだ。

「あちらもつらいんだ、理解してやれ……とは言わないんだな」

 独り言みたいな問いかけに、ハルは頷く。

「言わないよ。近いからこじれるってこともあるよね。うちはお兄ちゃんとお父さんがそんな感じでね。でも、お兄ちゃんが大学に行って距離がとれたら仲良くなったよ。家族だから仲良くしなきゃいけないってこともないんじゃない? ユリユリの気持ちが楽なほうでいいと思うよ」
「お前は変わってるが、良い奴だよな」

 ユリアスはそう言うと、ハルの隣に来て、囲炉裏の炭の様子を見た。少し炭をよけて、灰を手前にかきだして、また炭を元に戻す。

「ふふーん。慈愛のハルちゃんと呼んでくれてもいいのよ?」
「調子に乗るな」

 冷たくあしらいながらも、照れているのは分かりやすい。

「ユリユリってやっぱりツンデレで面白いわ」
「たまに言ってるが、ツンデレとはなんだ」
「秘密ー。教えたら怒るから」
「怒るようなことを言ってるのか?」

 じとっとにらまれて、ハルは視線をそらす。

「私は褒め言葉のつもり~」
「誤魔化すのが下手くそすぎる」
「うるさいなあ。――あつっ」

 もうそろそろ煮えただろうと、やかんの取っ手に触れて、ハルは手を引っ込めた。取っても鉄製なのを忘れていた。

「まったく落ち着きがない。やけどしてるじゃないか、ほら、早く冷やしてこい」
「はーい」

 台所の流し場で、魔法で呼び出した水で指先を冷やす。頑丈にできているからか、水で冷やしたらすぐに治った。戻ってくると、やかんは五徳から下ろされて、ユリアスがお茶を淹れていた。薬草のにおいが居間に広がっている。

「王子様に淹れてもらうって贅沢ね」
「だろ? 感謝してありがたく飲むがいい」
「……そういうところは変わんないわねえ。ありがとうございまーす」

 ハルは礼を言って、カップを受け取る。

「火を入れると暑いわね」
「もう夏だしな。この国は、冬はさほど冷えないが、夏は暑いほうだ。少しずつ昼の時間が長くなるが、夏至からまた短くなっていく」
「冬は夜が増えるんだっけ?」

 ダルトガで教わっていたことを思い出して、ハルはユリアスに問い返す。

「ああ。だから、冬は魔物の季節だ。収穫を終えた後だから、まだ良いが……」

 難しい顔をしているユリアスの前に、集落の人からもらった干した果物がのった皿をスライドさせる。りんごみたいな果物なのだが、これが結構おいしい。

「今年は、ユリユリは楽できるわよ。私が一緒だもんね」
「そんなに長く共に行動する気なのか?」
「迷惑ならやめるけど」
「そういうわけではないが……。そういえばハルはどうしてこの世界に来たんだ? 女神様に仕える神官だったのか?」

 ハルはひらひらと手を振る。

「ううん。たまたま女神様の罠に引っかかって、話し合いの結果、ここに来たよ。私は大学生でね、今年で卒業論文を書かなきゃいけないの。でも、書きたいものが思い浮かばくて。ここが中世みたいって聞いたから、参考になるかなって。あとは時間稼ぎ」
「……ぞくすぎる理由でがっかりした。それで、参考になってるのか?」

「全然。ここって異世界だし、魔法があるから異文化すぎて。まあ、食事とかトイレの作りとか、生活について知るのは面白いわ。その辺は、形はあんまり変わらないしね。今は旅をするの自体が面白いし、女神ちゃんを喜ばせたいのも本当よ。がんばってイイネを取りまくる!」

 元々旅行好きだったし、ハルはアウトドアも好きだ。写真を撮りながらの旅は楽しい。日本に比べれば不便だし、衛生面の悪さと虫には辟易へきえきもするが、それ以外は面白がる余裕がある。

「女神様がお喜びになるなら、それでいいさ。しかし卒業論文のためとはな。女性なのに大学まで行けるとは、裕福なのだろうな」
「ううん、うちは標準的な家かな。お父さんとお母さんが学費を貯めておいてくれたおかげだよ」
「そうか」
「こっちではどんな感じ?」
「魔法と核をもちいた防衛についての学問なら盛んだぞ。あとはそうだな、医療と農業方面かな。国の研究機関に入れれば安泰だから、戦えない平民は、出世するためにそちらで努力する」

 生死がかかっているだけに真剣だろうと、ハルは想像した。
 そこに、村人が訪ねてきた。

「ユリアス様、ハル様」
「はーい」

 ハルが出ると、今日の夕食はこちらに運んでくれるという知らせだった。
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