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第2話 仲良しの証 2/3

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「きゃーっ! スーツ姿のアリサちゃんステキ!!!」

 マコちゃんは会うなりそんな声を上げて、勢いよく私の胸に飛び込んできた。
 一ヶ月ぶりの邂逅の溝など全く感じさせず、まるで毎日顔を合わせているような自然さで。

「すっごく似合うね。カッコイイ~! 憧れちゃーう!」
「あ、ありがとう。でもそんなに見ないで。仕事終わりでボロボロなの。本当はこんな状態で会いたくなかったんだから」
「えー全然そんなことないよ。むしろこれからもスーツ姿で会ってくれても良いくらいっ」

 きゃっきゃと子供のようにはしゃいで私をぎゅうぎゅうと抱きしめるマコちゃん。
 そうやって喜んでくれるのは嬉しいけれど、でもやっぱり恥ずかしいのであんまり触れてほしくなかった。
 放っておくといつまでもこうしていそうだから、私は適当なところで腕を解かせた。

 普段マコちゃんと会う時は必ず休日の昼間にしていた。
 けれど今月は忙しさが尋常じゃなくって、全然思うように休みが取れなかった。
 そんなことだから、マコちゃんの出勤と合わせられる日が全くなかったんだ。

 お店を介して会っている以上、マコちゃんが出勤するとスケジュールを出している日じゃないと会うことができない。
 普通の知人のように細かな予定のすり合わせはできないわけで、どうしてもこういったことは起きてしまう。

 でも、だからといって今月は一回も会わないでいる、なんてことは無理だった。
 忙しいからこそ、だからこそどこかでマコちゃんを充電しておかないと、真面目に力尽きて死んでしまう。
 だから仕方なく、忙しい最中でも比較的早く仕事を抜け出せそうだった今日、退勤後にマコちゃんの予約を取ったのだった。

 会社から直行してきた私は、だからビジネススーツ姿で。
 髪やメイクあたりはそれなりに整えてきたけれど、でも服装ばかりはなかなかどうにもいかない。
 せめてシャワーくらいは浴びたかったけれど、そんな時間や余裕はもちろんないわけで。
 正直デートに臨むコンディションとしては最低に近い状態だった。

 だからいつもなら嬉しいスキンシップもちょっと気が引けてしまう。
 今の私、絶対汗臭いだろうし。

「マコちゃんも、でも今日はちょっと雰囲気違うね。大人っぽいっていうか……」
「うん! アリサちゃんと夜デート初めてだから、ちょっぴり気合い入れちゃった!」

 そう言って楽しげに身をくねらすマコちゃんは、少し色っぽい黒のワンピース姿だった。
 普段は清楚系な大人しい服装が多いから、イメージは少し変わって見える。
 それでも文句なく似合っているし、彼女的にはこういう系の方がスタンダードなのかもしれない。
 どちらかというとマコもこっち系統の服の方が着るかもしれない。

「とっても可愛いよ。あぁ、私もちゃんとオシャレできてれば……」
「スーツ姿のアリサちゃんとっても素敵だってば! エスコートよろしくねっ」

 釣り合うとは言わずとも、隣にいていいくらいの格好がしたかったと溜息をつく私に、マコちゃんはニコニコと身を寄せてきた。
 いつも通りに、でもどこか落ち着きのある仕草で私の腕に自らの手を添えてくる。
 なんだか本当にエスコートみたいな雰囲気になって、そう考えるとなんだか悪い気はしなかった。

 お姫様に連れ添うナイトの気分、ではないけれど。
 美しく尊いものの身がこの腕に委ねられていると思うと、ちょっぴり得意な気分になれた。

「アリサちゃん、カバンになんか可愛いのつけてるね?」

 歩き始めて少ししたところで、スーツ姿の私をよく観察してきていたマコちゃんが不意にそう声を上げた。
 指さす先には、もうだいぶクタクタになってしまったブサイクなウサギのストラップがあった。

 十年以上前のあの日、マコと初めてお揃いで買ったもの。
 今も手放せずに持ち歩いている、私たちの仲良しの証だった。

「え~! ナニコレ、ブサカワってやつ? かわい~」
「そ、そう?」

 目を輝かせているマコちゃんの反応はあの時のマコにそっくりで、ついつい今を忘れてしまいそうになる。
 やっぱりマコちゃんもこういうのが可愛いと思う趣味なんだ。

「こういうの、なんかキュンってきちゃうんだぁ。いーなー。これ、どこで買ったの?」
「うーん、よくある雑貨屋さんだけど、買ったのはもう随分と前だから……」

 とても人気商品とは言えないだろうから、十年以上経った今でも売られているとは思えない。
 私がそう答えると、ウサギを愛らしそうに手に取っていたマコちゃんは眉を落とした。

「そっかぁ、残念。せっかくこんなに可愛いのに」
「……。まぁ同じお店自体は確かこの辺りにもあったと思うし、もしかしたら似たようなものがあるかもしれないけど……」
「ホントに!?」

 本気で落ち込んでいそうなマコちゃんに思わずそう声をかけてみると、ぱぁっと明るい笑顔が返ってきた。
 正直私個人としてはこの類のグッズを探したいとは思えないけど、でもマコちゃんがこんなに喜んでくれるのならやぶさかでもない。

「うん。レストランの予約の時間まで少し余裕あるし、ちょっと覗いてみようか」
「やったやったー! 可愛いの見つけようね!」

 嬉しそうに飛び跳ねるマコちゃんは、まるで女子高生を相手しているかのように思わせる。
 そうやってみればそのやや色気のある服装は不釣り合いで。
 それが嬉しくもあり、でもどこか不満のような気持ちになるはどうしてだろう。

 ネットで調べてみれば案外近くにそのお店はあった。
 こういうお店はどこの店舗でも大方品揃えは同じだろうけれど、でもやっぱり十年以上も経っていれば様変わりしていた。
 高校を卒業してから訪れたことがなかったのもあって、もう何から何まで目新しいものだらけだった。

 当然、このウサギと同じものがあるようには見えない。
 だから私たちはそれを探すというよりは、何かいいものを一緒に物色した。
 普段マコちゃんとショッピングをすることはあるけれど、でもそれは大抵私の買い物に付き合ってもらうような形がほとんどだ。
 だから、こうして二人で意見を交わしながら一緒にお店の中を見て回るのは、なんだかとても新鮮で。何より楽しかった。

「ねーねー! こんなのどう? ちょー可愛くない!?」

 そうしているうちに、マコちゃんがまた妙なものを見つけて私の腕をぎゅうぎゅうと引いた。
 そんな彼女の指差す先にあったのは、何やら亀っぽいマスコットのストラップだった。

 ブサイクというよりは奇妙という方がちょうどいい。
 甲羅から出る頭部や手足がなんだか妙にひょろ長くって、見ようによってはちょっと気持ち悪い。
 そんなひょろ長な頭部に描かれている顔はしなびていて、どこか悲愴感が漂ってくる表情だった。

「もーナニコレ~。かわいい~」
「そ、そうなんだ……」

 マコちゃんもやっぱりなかなかのセンスだ。
 というか、このお店のセンスがなんだかおかしいと思う。
 このウサギだってさして売れなかっただろうに。相変わらずこんなよくわからないものを……。

 ただなんにしても、そうやってニコニコ楽しそうにしているマコちゃんを見ていると愛おしさで胸が満たされる。
 その笑顔があれば、彼女の好みが多少理解できなくてもさして気にならなかった。
 そういう私もなかなか相変わらずだ。

「私これ買うー! あ、もしよかったらアリサちゃんもどう? 色いくつか種類あるし、二人でお揃いとかしちゃう?」
「えっ……」

 ヒョロ長い亀を大事そうに握りながらそう微笑むマコちゃんに、あの日の笑顔がフラッシュバックする。
 二人で買ったお揃いのヘンテコマスコット。それは、私たちの仲良しの証。親友の始まり。
 私の、マコとの大切な思い出だ。

「私はピンクの子。アリサちゃんは……ブルーの子がいいかなぁ」

 やや固まっている私を照れていると思ったのか、マコちゃんはそうやって進んで私の分を選んでくれていた。
 どれが一番可愛いかを真剣に見比べているその表情も、まるであの時の再現のようで。
 そんな彼女の好意というか、気持ちというか、可愛らしさというか。そんなものを断ることなんて、私にはできなかった。

「この子がいいかな! あーでも、アリサちゃんその子がブルーだね。じゃあ今度はアリサちゃんがピンクね」

 私のブサイクなウサギを見やってマコちゃんはそう言うと、はじめ自分用に選んでいたピンクの亀を私に差し出してきた。
 受け取ったその子はやっぱり可愛いとは思えなくて、もちろんマコちゃんが持つブルーの子だってちっともだ。
 それでも、なんだか嬉しかった。いい大人がこんなストラップごときでと思われるかもだけれど。
 こうやって彼女が選んでくれたものを揃いで持つことに、かつての若く高揚した気持ちを思い出して。

「じゃあ、この子たちは私が買うよ。プレゼントする」
「え、いいよいいよ。これくらい自分で……」
「ううん、プレゼントさせて。そっちの方が嬉しいから」
「そう? ありがとっ!」

 本当なら、どうせプレゼントをあげるなら、もう少しちゃんとしたものをあげたかったけれど。
 でも嬉しかったから。この気持ちを返したくて仕方なかった。
 もちろん、別にこの亀を気に入ったわけじゃない。
 マコちゃんがあまりにもマコだったから。私の思う通りのマコだったから。だから、どうしても。

「ありがとう、大切にするね!」
「うん、私もそうする」

 支払いを済ませ亀を手渡すと、マコちゃんは子供のように華やいだ笑顔を浮かべた。

「アリサちゃんと始めてのお揃いだぁ。ふふっ、ちょっと照れるけど嬉しいね。私たち仲良しだ」
「そうだね」

 今となっては想像することしかできないけれど。でも断言できる気がする。
 もし未だに私とマコが一緒にいたとしたら、きっと私たちは今でもこういうことをしていた。
 マコはきっと、こうやって笑っていたはずだ。
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