上 下
982 / 984
エピローグ

エピローグ 1

しおりを挟む
 ────────────



『始まりの魔女』ドルミーレは潰えた。
 彼女によってもたらされた呪い、『魔女ウィルス』もまた消え、その力を糧として巡っていた魔法はその形を失った。
 第七の神秘。最後にして最大の神秘であるドルミーレの力。魔法。
 それは、ドルミーレの消滅とともに二つの世界から跡形もなく消失した。

 魔法によって起こされていた事象は全てほどけ、人間は再び神秘の恩恵を受けられなくなった。
『まほうつかいの国』は、長らく繁栄をもたらしてきた神秘を失ったのだった。

 その真実、過程を知るものは多くはない。
 しかし世界を脅かした未曾有の魔物、ジャバウォックから世界を救ったものが誰なのかを、『まほうつかいの国』の住人はみんな知っている。
 そしてその尊き英雄が失われたことを、みんなが知っている。
 彼女が世界を守るために、そこに生きる人々を守るために戦い、そしてその果てに魔法は砕けるしかなかったのだと。
 人々はそう言い聞かされ、誰もがそれを疑うことなく聞き入れた。
 その勇姿を、誰もがその目に焼き付けていたからだ。

 故に『まほうつかいの国』の人々は、魔法が失われた国を受け入れた。
 受け入れがたくとも、受け入れた。
 それが、愛おしき姫君が守った世界なのだから、と。



 ────────────



 一週間後、『まほうつかいの国』。

「おっす。二人とも、調子はどうだ?」

 王城は、半壊しながらも辛うじて形を保っていた。
 人々はそこを拠点として、国の復興に励んでいる。

 そんな城の医務室に、赤毛の男とポニーテールを揺らした少女が訪れる。
 レオは軽快な挨拶と共に、ベッドに横たわる二人の女に笑いかけた。

「お陰様で順調に回復に向かっています。けれど、医務室ではお静かに。私たち以外にも、沢山の方が休まれているんですから」

 そう答えたのは、落ち着いた笑みを浮かべたシオンだ。
 片目を隠すほどに長い茶髪を簡素にまとめ上げて、ゆったりと体を落ち着けている。

「やーい、怒られてやんの。アンタは相変わらず、お子ちゃま感が抜けてないねぇ」
「そう言うネネさんも騒がない。あなたは怪我人なんだら尚更ですよ」

 キシシと笑ってレオをからかうネネを、アリアが咎める。
 それをまた笑うレオを肘で小突いて、姉妹のベッドの間の小机に見舞いの果物を置く。

「何にしても、二人ともご無事で何よりです。かなりの重傷でしたから、本当に心配していましたよ」
「ご迷惑をおかけしてすみませんでした。魔法がまだ残っている間に一通りの処置を受けられたのが、幸いでした」

 シオンは本当に申し訳なさそうに、ペコペコと頭を下げる。
 自分たちがしたこと、そして不甲斐ない愚かさを、彼女たちはずっと謝り続けている。

「最後の最後も、役に立てなくてごめんね。私たちがもっと頑張れてれば、もう少しマシな結果になってかもしれないのに」
「アンタらが気に病むことじゃねぇよ。ジャバウォックはとんでもねぇ災害みたいなもんだったし、誰がどうできるもんでもなかった。アンタらが生き延びられただけでも儲けもんだ」

 ジャバウォックによる世界の爪痕は多く、世界中が大きく荒れ、乱れた。
 それはこの国以外にも大きな被害を及ぼしたが、実際にジャバウォックが出現した『まほうつかいの国』の王都は、他とは比べ物にならないほどの損害を受けた。

 城は奇跡的に残っているが、城下の街はそのほとんどが損壊している。
 建物の崩壊はもちろんのこと、地面の隆起や地割れも起こり、人の生活をそのまま続けるのはかなり難しい。
 魔法使いと魔女が必死で非難誘導したお陰で救われた命も多かったが、失われた命もまた多かった。

 それは人がどうにかできるものではなく、小さき者は起こることを受け入れるしかない。
 それでも必死に足掻いて切り開いた未来なのだから、これが最善なのだと、彼らは納得することにしていた。

「────ところで、復興作業の方はどうですか? この国は、この街は、また人々が栄えられるでしょうか」

 少し重くなった空気の中で、シオンがパッと話題を変えた。
 その言葉に、アリアが慌てて口を開く。

「順調、とは言えませんが、みんな頑張っています。元通りにはできなくても、何とかこの国を蘇らせようって。まだまだ先は長いですけど。王族特務と一緒にロード・スクルドが指揮をとって、みんなを引っ張ってくれていますよ」
「そうですか。それは、よかった」

『まほうつかいの国』は、人間は魔法を失った。
 それは、魔法に縋って繁栄したきた人間にとっては、大きな打撃となった。
 しかし魔法使いは神秘の使い手であると同時に、学徒でもある。
 結果として、元魔法使いたちはさまざまな分野で人々を牽引する立場を取り、国のために励んでいた。

 いずれは、魔法使いという階級は意味をなさないものになるだろう。
 しかし今は、それぞれが持てる力を合わせ、国の復活に励んでいる。

 魔女狩りは魔法の使い手であると同時に戦闘のプロでもあったため、肉体面が強固な者が多い。
 そんな彼らを、唯一残った君主であるロード・スクルドがまとめ上げ、率先して復興活動に取り組んでいる。

 ロード・デュークスは、ジャバウォックという禁忌を犯し、その果てに力尽きた。
 ロード・ホーリーは、自らの運命を全うし、友と共に旅立った。
 そしてロード・ケインは、混乱に乗じてどこぞへと流れていってしまった。
 魔女狩りだった者を率いることができるのは、スクルドしかいなかったのだ。

 最年少の君主ロードは、未だ気苦労が絶えない。

「私たちも早く元気になって、手伝えるようにならなくちゃ。みんな、前を向いて頑張ってるんだからね」
「ああ、頼むぜ。エドワードのやつなんかは、あの人形が動かなくなっちまったって落ち込んでたけどよ。そういう奴のことも支えて、みんなでこれからを生きてかなきゃな」

 軋む体でガッツポーズをして見せるネネに、レオはそう言って頷いた。
 せっかく親友が残してくれた世界なのだから、多くの人たちで手を取り合って、より良い未来にしていかないといけないと。

 魔法がなくなって、魔法使いもなくなって、魔女もなくなった。
 神秘は失ったが、同時に『まほうつかいの国』が長年抱えていた問題は無くなった。
 全てがすぐには解決しないだろうが、もう無用な争いは起こることはなく、いずれみんな元へと戻っていくだろう。

 そんな国を、花園 アリスは願っていたのだから。

『まほうつかいの国』は、再び姫君を失った。
 王位を持つ者が消え、また国を支えていた神秘が無くなった今、国はかつてないほどに不安定だ。
 しばらくは王族特務をはじめとした、元魔法使いの君主ロードたちが国を動かすだろうが、いずれは新しい形を強いられる。
 しかしそれも、未来へと進むということだ。

「アリス様のことは、本当に残念です。あの方は、真に英雄たる、立派な姫君でした」

 レオとアリアを見上げ、シオンがポツリとこぼす。
 その言葉に二人は少し言葉を詰まらせて、しかし下を向くことはなかった。

「アリスとは、今でもこの心で繋がっています。私たちは、ずっと友達。だからこそ、彼女が夢見た理想を私たちが叶えて。いつの日かまた会える時、自慢できるようにしたいんですよ」

 アリアはそう言って笑いながら、隣のレオの腕を掴んだ。
 前を向かなければならないと気丈に振る舞っていても、心が痛むことは避けられない。

 アリスを見送った後、二人はまだ残っていた時空の歪みに飛び込んで、何とかこちらの世界に帰還した。
 彼女を偲ぶためにはただ悲しみに暮れるだけではなく、その夢を叶えることが一番だと、そう信じたからだ。
 それでも、思ってしまうことがある。あの時、何とかして彼女を救う方法はなかったのかと。
 あのままあちらの世界に居続ければ、何かできることがあったのかもしれないと。
 でも全てに後悔はしないと、二人で決めたのだった。

「俺たちは、アリスの親友だ。昔アイツがいなくなってた間も、ずっとこの気持ちは消えなかった。だから、これからだって同じだ。俺たちはずっと、アイツを大切に思ってる。それは永遠に変わらねぇ」

 そんなレオの言葉に、全員が頷く。
 手が届かなくなっても、会えなくなってしまっても、繋がりは消えないのだと。

 そうして彼らは、花園 アリスを想う。



 ────────────
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜

平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。 だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。 流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!? 魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。 そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…? 完結済全6話

【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜

福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。 彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。 だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。 「お義姉さま!」           . . 「姉などと呼ばないでください、メリルさん」 しかし、今はまだ辛抱のとき。 セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。 ──これは、20年前の断罪劇の続き。 喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。 ※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。 旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』 ※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。 ※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

公爵家の半端者~悪役令嬢なんてやるよりも、隣国で冒険する方がいい~

石動なつめ
ファンタジー
半端者の公爵令嬢ベリル・ミスリルハンドは、王立学院の休日を利用して隣国のダンジョンに潜ったりと冒険者生活を満喫していた。 しかしある日、王様から『悪役令嬢役』を押し付けられる。何でも王妃様が最近悪役令嬢を主人公とした小説にはまっているのだとか。 冗談ではないと断りたいが権力には逆らえず、残念な演技力と棒読みで悪役令嬢役をこなしていく。 自分からは率先して何もする気はないベリルだったが、その『役』のせいでだんだんとおかしな状況になっていき……。 ※小説家になろうにも掲載しています。

あなたのことなんて、もうどうでもいいです

もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。 元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

処理中です...