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最終章 氷室 霰のレクイエム

13 唯一の方法

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「そ、そんなことはわかってるよ! だから、それを何とかしなきゃって、そう思ってるんだよ!」

 お母さんが言っていることはもっと先の話だとはわかっていたけれど、でもそう言い返さずにはいられなかった。
 思わず声を荒げる私を、お母さんは静かに見つめる。

「ちょっとやそっとじゃ、霰ちゃんを助けられない。でも、お母さんと夜子さんなら、どうにかできるんじゃないの!? だって、二千年もずっと生きてる、すごい魔法使いなんでしょ!? 誰にもどうしようもないことでも、二人なら……!」

 お願いだからどうにかしてと、縋るように叫ぶ。
 けれどお母さんは静かに首を横に振った。

「私たちにも、もう救うことはできないわ。『魔女ウィルス』がこの子の身体を酷く蝕んでいる。それは、誰の手にも阻むことはできないわ」
「まだ……まだギリギリ間に合うでしょ!? だって、霰ちゃんの身体はまだ食い潰されてない!」
「確かに、その侵食はまだ完全じゃないわ。でもそれは本当に寸前の話。『魔女ウィルス』の暴走による侵食を、その身を凍結させることで辛うじて食い止めているけれど。でもそれは本当に僅かな差で、結果はもう同じようなものよ」
「そんな……そんなこと、言わないでよ……!」

 とても残念そうに、お母さんは霰ちゃんを見おろす。
 可哀想にと憐れむ姿は、完全に彼女の生存を諦めている。

 霰ちゃんの体の凍結は、使い過ぎた魔力のフィードバックであると同時に、『魔女ウィルス』の完全侵食を辛うじて押さえ込んでいるものだった。
 でも、大きな力によって暴走した『魔女ウィルス』は、もうすぐにでもそれも破って、彼女の身体を食い荒らす。
 ただ、今食い荒らされていないだけで、『魔女ウィルス』はもうその段階まで彼女を蝕んでいるんだと。
 お母さんはそう言っている。だから、もうどうしようもないのだと。

「いやだ……いやだよ、そんなの! まだ何とかなるはず。なにか、方法が────!」
「アリスちゃん、君が一番よくわかっているはずだよ」

 頭が真っ白になりそうな私に、夜子さんの静かな声が飛んできた。
 その淡々とした言葉が、私の喚きを無情に切り裂く。

「『魔女ウィルス』は、誰にも防ぐことはできない。それに感染した人間を治すことはできないし、一度侵食が広がれば、それに抗うすべはない。魔女の死は、回避することができないんだ」
「わかってる……わかってるけど……! でも、何とかしなきゃ、霰ちゃんは死んじゃうんだ……! だから、何としても方法を…………!」
「無理なんだよ。だってそんな方法があれば、君は晴香ちゃんをむざむざ死なせたりなんてしなかっただろう?」
「ッ────────!」

 夜子さんの冷静な言葉が、私の心に深く突き刺さる。
 そう、そうだ。私は既に、晴香を『魔女ウィルス』に奪われている。
 霰ちゃんはとっても大切な友達で、そして晴香だって私は絶対に失いたくなかった。
 でも、どんなに模索しても彼女を助けることできなくて。
 私は彼女の死にゆく姿を、見ていることしかできなかったんだ。

 霰ちゃんに比べて、晴香への気持ちが劣っていたわけじゃない。
 何が何だって、絶対に彼女を失いたくなんてなかった。
 でも、私は晴香を助けることができなかった。その方法がなかったんだ。
 そしてそれは、今回も全く同じ────。

「……でも、でも! できないって、もう無理だって、そんな理由で諦めたくない! 私は今までだって、どうしようもない状況を乗り越えてきた。絶望そのもののジャバウォックだって、倒したんだ。だから今だって、どうしようもない現実を乗り越える方法が、どこかに……!」

 諦めたくない。諦めてたまるもんか。
 そう自分を奮い立たせて、必死に折れそうな心を誤魔化す。
 けれどそんな私を、お母さんと夜子さんはただ静かに見つめているだけで。
 その憐憫の瞳が、私の心をズタズタに引き裂く。

「諦めないことは素晴らしいし、足掻き続けることは美しいかもしれない。でもアリスちゃん。時には現実を見ることも大切だ。人生には、どうにもならない時だってある」

 夜子さんはそう言って、大きく溜息をついた。
 その言葉はとても厳しいけれど、でも私を否定しているわけじゃない。
 ただとても現実的な、冷静な判断を下しただけの言葉。
 むしろお母さんも夜子さんも、私のことを最大限に労ってくれている。

 二千年という時を生きてきた二人でも、誰よりも『魔女ウィルス』に詳しいであろう二人にも、解決策はない。
『魔女ウィルス』に限界まで犯された人間は、訪れる死を受け入れるしかない。
 それが全ての答えだと、二人は私に言っている。

「────ただ、一つだけ方法がある」

 無情な現実に打ちのめされて、呆然とした私に、夜子さんがポツリと言った。

「そしてそれは、君にしか成し得ないことだ。アリスちゃん、君はその方法を知っているはずだよ? だってそれが、君の目的だったんだからね」

 夜子さんはもう、笑みは浮かべていない。
 その真剣な眼差しに射抜かれて、私はハッと思い至った。

「ドルミーレ」

 深く考えるまでもなく、その名前が口から零れる。
 夜子さんはそれに、小さく頷いた。

 そう。ドルミーレだ。
 全ての魔法の根源である彼女。
『魔女ウィルス』の発端である彼女なら、この状況を打開し得るかもしれない。
 だって、全ては彼女から始まったのだから。
 私もまだ扱いきれない、無限大の力を持つ彼女であれば、『魔女ウィルス』に犯された人を救う手立てを持っているはずだ。

「ドルミーレなら、ドルミーレの力なら、霰ちゃんを救える。ううん、霰ちゃんだけじゃない。『魔女ウィルス』に苦しめられている、全ての魔女を……!」
「そう。可能性はもうそこしかない。手段は、それしか残されていない。ドルミーレにしか、君の望みは叶えられないよ」

 そうだ。私はずっと、そのために戦ってきたんだ。
 五年前からずっと、色んなことに苦しんで、沢山のものを失いながら。
 ドルミーレという全ての根源を下して、みんなを救うために、私はここまでやってきたんだ。

 やることはシンプルだ。
 私自身の問題、ドルミーレという運命にケリをつけることが、全てを解決に導くんだから。
 私がやるべきことは、もうそれだけだったんだから。

 それがとてつもなく大変なことだっていうことは、よくわかってる。
 でも、どうしようもなかった闇の中に道筋が見えて、私の心に光が灯った。
 そんな私を見て、夜子さんはそっと微笑む。

「そうだよ。もうやるべきことはそれだけだ。だから私たちはここに来たんだよ。そして後は、君自身の問題だ」

 そして夜子さんはお母さんのことをチラリと見て。
 少し難しい顔をしたお母さんからすぐに視線を外し、もう一度私に笑いかけた。

「ドルミーレが目覚める時が来た。君はそれに、抗えるかな?」
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