上 下
876 / 984
第8章 私の一番大切なもの

48 ケジメのつけ方

しおりを挟む
「話はわかりました。仮定を含んでいるとはいえ、クリアランス・デフェリアがどういう人なのか」

 何もかもを消化できて、何もかもに納得できたわけではない。
 けれど、今まで何にも知らなかったクリアちゃんの話を、やっと頭に入れることができた。
 そのことで心の整理ができて、私はシオンさんとネネさんにお礼を言った。

 私は、結局クリアちゃんのことを何一つとして知らなかった。
 子供の頃に出会って、何度か遊んだお友達。その時の、表面にすらならないことしか私は知らなかったんだ。
 彼女がこれまで一体何をしてきて、何を思っているのかなんて、私は何にも知らなかった。

 彼女には謎があまりも多くて、シオンさんとネネさんの話も推測の域をでない部分が多いけれど。
 でも、例え彼女たちの話が全て間違っていたとしても、クリアちゃんが起こしている現実は変わらない。
 多くの人を傷付け、殺し、他人を厭わない彼女の振る舞いだけは、決して揺らぐことはないんだ。

 そこにどんな理由があって、どんな思いがあって、どんなに仕方のないことだと主張したとしても。
 クリアちゃんがしてきたこと、していること、しようとしていることは、絶対に許されるべきことではない。

 二人の話を聞いて、私はそれを再認識した。
 どうしても私は、クリアちゃんを当時の友達だと見てしまうけれど。
 でも、今日見た彼女、そして彼女がしてきたことを聞いた今、私はクリアちゃんのことを狂気の魔女として見ないといけないのだと、そう理解することができた。

「すみません。本当は私が、何か有益な情報を教えてあげられたら良かったんですが。嫌なことを、沢山話させてしまって……」
「いいえ、アリス様のお話で私たちは自分たちの仮説を確信に近付けられましたから。彼女の謎を紐解くことは、そのまま対処への近道になります」

 クリアちゃんにご両親を殺された二人にとって、彼女について深く語ることは傷口を抉ることになるはずなのに。
 私の謝罪に、シオンさんは優しく首を横に振ってくれた。
 そこには確かに傷の痛みがあるようだけれど、それよりもクリアちゃんを打倒したいという、強い思いがあるように見えた。

「私たちはライト様の教えの元、魔女と魔法使いの中立に立ってきた。だからレジスタンスの魔女も、極力その命を奪わないのが私たちのやり方。でも正直、私と姉様ねえさまは、アイツにだけは我慢ならなかったんだ」
「こういう言い方は褒められたものではありませんが……私たちとしては、クリアがあからさまに脅威となって現れたことで、彼女を倒す大義名分が得られたのです」

 二人は穏やかな面持ちのまま、しかしその瞳には強い意志が込められていた。
 今まで堪えていたもの、抑えていたものを、もう我慢しなくていいんだと、感情が滾っているように見える。
 それでもまだ冷静なのは、クリアちゃんに対する想いが本物だからだろう。
 もう、衝動で動く段階をとうに越えているんだ。

「クリアちゃんを止めなければならないと思うのは、私も同じです。その為にお二人には協力をお願いしたいですし、私だってできる限りのことをします。ただ、お二人には人殺しになって欲しくありません」
「ありがとうございます。私たちも、徒な殺生は好みません。それが意味のあるものかはさて置き、彼女には罪を償わせたいと思っています。ただそれはもちろん、彼女を生きたまま捕らえることができればですが」
「………………」

 心配する私に、シオンさんは穏やかな顔でそう答えた。
 確かに、魔法使いに均衡する実力を持つクリアちゃんを、無力化して捕らえることは難しいかもしれない。
 でも、私ならば彼女の魔法を封殺して、捕らえることができるはずだ。
 二人が、クリアちゃんを殺すことで復讐を果たしたいと望むわけでないのであれば、最悪の事態にはきっとならない。

「私が、必ずクリアちゃんを止めて捕らえます。そして絶対に、彼女がした全ての罪を償わせますから。これは、私がしなくちゃいけないこと。だからお二人にはその力を貸してほしいんです……!」

 私のためにと、クリアちゃんがやってきたこと。
 私はそれを清算しなければならないし、そしてもうこれ以上、被害を増やしてはいけないんだ。
 それは、シオンさんとネネさんが手を汚してしまうようなことを避けるのも、また同じこと。
 私はもう、クリアちゃんから始まる悲しみを起こしてはいけない。

 そう胸に刻みつけて、私は立ち上がって深々と頭を下げた。
 テーブルに頭が着きそうなほど、深く。強く気持ちを込めて。
 姿を消したクリアちゃんを探し出し、ジャバウォックを呼び起こそうとしている彼女を止めるのは、きっと私だけではできないから。
 彼女をずっと調べてきた、二人の力は絶対的に必要なものだ。

 二人は私の責任ではないと言ってくれたけれど、でもこれは私が背負わなきゃいけないことだ。
 クリアちゃんがしてきたことも、彼女に対する二人の気持ちも。
 私のせいで起こったことを、私の都合で対処しようとしているのだから。
 だから私は、二人にわがままを聞いてもらわないといけないんだ。私の力になってくださいと。

「頭を上げてよ、アリス様」

 ネネさんののそっとした声が降ってくる。
 私がゆっくりと顔を上げると、無気力そうな顔が私を見ていた。

「言ってるでしょ? アリス様は何にも悪くなって。だから責任を感じる必要もないってさ────けど、アリス様の気持ちはよく伝わってきたから。ちゃんとアイツをとっ捕まえられたら、私たちもヘタなことはしないよ。アリス様に免じてさ」

 ネネさんそう言って、のっそりと笑みを浮かべた。
 それは決して、無理に取り繕っている物には見えない。

「確かに、うちの親を殺したアイツをぶっ殺してやりたいって、乱暴な気持ちはあるけどさ。でも、そんなことしてもどうにもならないって、頭ではちゃんとわかってる。だから、アリス様がいてくれれば、アイツをちゃんと止められたら、それでケリがつけられると思うんだ」
「そうですね。もちろん、彼女を必ず捕らえ、事を未然に防ぐことが条件ですが。でもそれは、私たちが力を合わせれば叶えられます。だから大丈夫です。私たちはちゃんと、あなたについていく」
「シオンさん……ネネさん……」

 凛々しく笑顔を浮かべる二人は、とても頼もしく見えた。
 煮え滾るような感情を胸に抱きつつも、決してそれで我を失ったりはしない。
 何をすべきか、そのためには何が必要かを、彼女たちはしっかりと理解している。

 ご両親の仇であるクリアちゃんが、今やこの世界を脅かそうとしている。
 そんな許し難い状況に於いても、私が彼女を止めるということに手を貸してくれるのだから。
 例えそれが最善でなくても、例えそれが無謀であっても、本当は自分たちで倒したいと思って当然なのに。

 それでも、私の道行を支えてくれるとそう言ってくれる。
 その心が頼もしくて、感謝で胸がいっぱいになった。

 ただ、ほんの少しだけ疑問が、不安が残る。
 二人は本当にそれでいいのかと。
 けれどそれは、私が口にしていいことでは、決してない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜

平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。 だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。 流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!? 魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。 そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…? 完結済全6話

【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜

福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。 彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。 だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。 「お義姉さま!」           . . 「姉などと呼ばないでください、メリルさん」 しかし、今はまだ辛抱のとき。 セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。 ──これは、20年前の断罪劇の続き。 喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。 ※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。 旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』 ※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。 ※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

公爵家の半端者~悪役令嬢なんてやるよりも、隣国で冒険する方がいい~

石動なつめ
ファンタジー
半端者の公爵令嬢ベリル・ミスリルハンドは、王立学院の休日を利用して隣国のダンジョンに潜ったりと冒険者生活を満喫していた。 しかしある日、王様から『悪役令嬢役』を押し付けられる。何でも王妃様が最近悪役令嬢を主人公とした小説にはまっているのだとか。 冗談ではないと断りたいが権力には逆らえず、残念な演技力と棒読みで悪役令嬢役をこなしていく。 自分からは率先して何もする気はないベリルだったが、その『役』のせいでだんだんとおかしな状況になっていき……。 ※小説家になろうにも掲載しています。

あなたのことなんて、もうどうでもいいです

もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。 元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

処理中です...