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第8章 私の一番大切なもの

47 女王様の秘密

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「…………え? えぇ?」

 シオンさんの言葉はあまりにも突拍子もなくて、全く頭の中に浸透してこなかった。
 二人が色々と探り、考えた上での答えなのだから、当てずっぽうってことはないのだろうけれど。
 それにしても唐突で、全く理解が追い付かない。

 私はただただ困惑することしかできなくて、それはレオとアリアも同様だった。
 シオンさんとネネさんは、それが当然だというように苦笑している。

「クリアちゃんが、女王様の娘……? それ自体もよくわからないんですけど、そもそもあの人に娘なんていたんですか? 私、そんな話は全く聞いたことが……」
「はい、確かに記録には一切残っていませんし、もちろん痕跡もありません。だから、アリス様だけではなく、誰しもその存在を知らなくて当然なのです。前女王の娘は、いなかったことにされた可能性が高いので」
「…………!?」

 どんなに考えても思い当たる節がない私に、シオンさんは眉をひそめてそう言った。
 私が女王様を倒して、お姫様としてこの国を引き継いだ後、彼女の家族に当たる人の話は全く上がってこなかった。
 旦那さんは、彼女が自分の手で処刑してしまったという話は聞いていたけれど、子供がいる話なんて全く。
 それこそ、そんな痕跡は全然なくて、誰もそんなことを口にもしなかった。

 しかしそれが消し去られた事実なのだとしたら、わかるわけがない。でも、どうして……。

「私たちがまだ小さい時、うちの両親から前女王様の娘の話、つまりお姫様の話を聞いた覚えがあるんだよ。でも、いつの間にか話を聞かなくなって、誰も知らなくなってた。私たちも、その話を聞いてたのは子供の頃だったし、そんなに気に留めてなかったんだけどね」
「でも、一国のお姫様ですよね? しかも、あの暴君みたいな女王様の……。それなのに、そんなあっさりいなくなってしまえるものなんでしょうか」
「うーん。この場合は、前女王の娘だから、だと思うんだよね」

 気を取り直して話に加わったネネさんは、少し難しい顔をした。
 なんと説明するべきかと悩むように、指先で下唇を突き上げて唸っている。

「……一国のお姫様がいなくなっても、誰も何も言わない。もしくは言わせないようにした。そんな状況があるんだとしたら、この国だと考えられるのは一つかなって。まぁ状況的に考えると、なかなか想像しにくい事なんだけど、でもね」
「前女王の娘の存在そのものが無かったものになっているということは、前女王が手ずから情報の統制をしたのだと考えられます。前女王スカーレットは大変横暴な人だったので、単に癇癪を起こして殺してしまった、という線も考えれますが。しかしそれならば、はじめからなかったことにはしないでしょう」

 ネネさんの言葉をフォローするように、シオンさんが繋いでいく。
 それが飽くまで推測でしかないにしても、彼女たちの言葉はとても理論立っている。
 クリアちゃんに対する様々な気持ちを胸に、色んな手を使って調べ尽くしてきたことが窺えた。

「これらのことから私たちは、前女王の娘が魔女になってしまったのだと結論付けました。王家の由緒正しき血筋の中に魔女が生まれたとなれば、それはこの国にとってあまりにも恥ずべき事態。だからこそ前女王は、娘の存在をはじめから無かったことにし、その事実を揉み消したのでしょう」
「王家から、魔女が……。魔法使いの家系に魔女が生まれてしまうことは稀にあるみたいですけど、よりにもよって王家。それは確かに、根本から揉み消そうとするのも納得できますね」

 アリアはシオンさんの言葉に頷きながら、私のことを横目でチラリと窺った。
 彼女が思っていることはなんとなくわかる。私はそういう子を既に一人知っているから。
 氷室さんは、その話と同じ境遇の子だ。魔法使いの大家に生まれながら、魔女になって存在を抹消された子。
 そのせいで氷室さんは、実の兄であるロード・スクルドから追放され、先日は命まで狙われた。
 女王様の娘がクリアちゃんだったとしたら、彼女も氷室さんと同じような目に合っていたということだ。

「普通に考えれば、魔女化が判明した時点で殺されてるはず。だから、今も娘が生きているとは思えない。ただそこに、前女王の名残に異様に固執して見てるクリアの存在があって、まさかって思ったわけだよ」
「ですので、先ほど申し上げた通り、飽くまで私たちの推論に過ぎません。しかし、とても無関係とは思えないのです」
「確かに、そうやって聞かされるとそういう気がするけどよ。でも言う通り、ちょっと証拠が少ねぇよな」

 シオンさんとネネさんの言葉をフムフムと聞きながら、レオが首を捻った。
 確かに、二人の話は筋道が立てられているように思えるけれど、決定打には欠ける。
 でも透明人間だったクリアちゃんの背景を思うと、その話は核心に近いのではないかと感じられた。

「……昔、クリアちゃんが言っていました。自分が透明になって、お母さんも周りの人もホッとしてたって。もしその娘がクリアちゃんなんだったとしたら、彼女は透明人間になってしまったからこそ、疎まれる環境から逃げ出せたってことかもしれません」
「はい。今回アリス様のお話を聞いて、この推論は間違いないのではないかと、より一層思えました。不本意ながらも常に肉体を透過させるだけの潜在的な能力は、王家の血筋を受け継いでいるのであれば納得ができます。王家は太古の時代、魔法使いが始まった時代より続いている血脈ですから」

 確証はどこにもない。けれど、関連づけられる部分は多く存在する。
 それらの事実が結びついていって、どんどんと真実味を帯びていく。

「本来であれば即刻亡き者にされるところを、透明になったことで誰にも見つからなくなり、命からがら逃げ出した。そして成長して力を得る中で、自分を見放した母親、前女王に対する憎しみが膨らみ、その名残を破壊する衝動に見舞われている。そう考えると、アリス様解放に直接的な関係のない、旧体制への否定に納得がいくのです」
「だからこそクリアちゃんは、この国や世界が破壊されることを厭わず、むしろ進んでそれを成そうとしていると。クリアちゃんにとってこの国は、自分を見放したお母さんを感じさせるから……」

 確かに、クリアちゃんの能力値は魔女にしてはとても高い。
 魔法使いの家系の生まれという事実が、そこにどれほど関連するのかはわからないけれど。
 でも、王家の血筋という優秀なものを引き継いでいるというのなら、魔女でありながら魔法使いに苦戦を強いる実力は頷ける。

 この世界において、魔女になってしまったことで疎まれ、そして迫害されてしまうのは、悲しいことによくある話だ。
 氷室さんもそうだし、千鳥ちゃんやまくらちゃんも、似たような境遇に苦しんだ過去がある。
 けれどその中でも、一番魔女に対して否定的であるであろう王家の、しかもあの女王様の元に生まれたとなれば、その苦しみは凄まじいものだったんじゃないだろうか。
 その苦しみや悲しみ、絶望が、無意識に彼女を人の目から消し去ったのかもしれない。

「推測ばかりですみません。しかし、これが彼女の背景であると、そう思えてならないのです。そしてこれを思えば、やはり彼女がジャバウォックを用いることに躊躇いがないことがわかります。彼女の目的は、アリス様を救うのと同時に、この国を抹消することなのでしょう」

 シオンさんの言葉に、みんなは静かに頷いた。
 今は、正直その真偽のほどは関係にない。ただ、そうであろう可能性が高いのは、事態をより深刻にさせる。
 そこまでの恨みがあれば、彼女は決してこの国を破壊することを躊躇わないだろうから。

 孤独が彼女を救い、けれどその孤独が新しい苦しみを与えて。
 そんな中で私と出会って、クリアちゃんは私のことをとっても大事に思ってくれた。
 そんな私が女王様と敵対して戦い、その後の国を引き継いだことを知って、もしかしたらより女王様に対する怒りが膨らんでしまったのかもしれない。
 彼女が、私は国に縛られてしまっていると考えているのならば、そこに女王様が積み上げてきた負の遺産があれば、尚のこと嫌悪を抱くだろう。

 結局、全部は私のため。
 人を殺して美しい体と姿を集めることも。この国を破壊しようということも。悪しき女王様の名残の破壊や、連なる人たちを殺して回ることも、全部。
 全部彼女が、私のためだと思ってやっていることなんだ。

 そして彼女は、今度は私の心を解放しようとしている。
 ドルミーレに縛られている私を、ジャバウォックを使って救おうとしている。
 私のために、国や世界を全部巻き込んでも、ドルミーレを倒そうとしている。

 考えれば考えるほど、胸が苦しくなって泣きそうになる。
 でも今は、そんな感傷に浸っている場合ではない。
 今はハッキリしたことは、やっぱり彼女は私が絶対に止めなきゃいけないってことなんだ。
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