上 下
864 / 984
第8章 私の一番大切なもの

36 クリアのやり方

しおりを挟む
 室内は一瞬、シンと静まり返った。
 けれど目の前の彼女が打ち砕いてきた壁の外では喧騒が広がっていて、すぐにザワザワとした雑音が飛び込んでくる。
 けれどそんな中でも、突然現れ、そして突然場をひっくり返したクリアちゃんに、私たちの意識は集中した。

「ク、クリア……!」

 真っ先に動きを取り戻したのは、レオとアリアだった。
 私の両脇で身を寄せてくれていた二人は、乱入してきたその姿を見とめるなりすぐさま私の前へと出た。
 混乱しながらも臨戦態勢を取る二人からは、緊迫した気配が伝わってくる。

 そんな二人の素早い行動に、私もすぐに我に返った。
 今にも飛びかかりそうな二人に、ちょっと待ってと制して、私はゆらゆらと炎をまとうクリアちゃんに目を向けた。

 クリアちゃんはロード・デュークスを押し倒し、足蹴にして佇んでいる。
 既に二発の攻撃が彼の体を貫き、そして燃える足に腹部を踏み付けられているせいで、ロード・デュークスはうめき悶えていた。
 不意打ちかつ、強烈な痛みが襲い続けているからか、反撃をする余裕はないように見える。いや、もう十分すぎるほど致命傷なのか。

「クリアちゃん……! とりあえず、その足を退けてあげて! そのままじゃ死んじゃうよ!」
「ダメなの? この人、アリスちゃんの敵でしょ? せっかく倒して助けてあげたのに」

 慌てて私が声を上げると、クリアちゃんはポカンとした様子で首を傾げた。
 相変わらずその顔は見えず、表情を窺うことはできないけれど、本当に意味が理解できないという様子はよくわかる。

「確かに対立はしてるけど、でも死んでほしいわけじゃないの。私は、誰にも傷ついて欲しくなんてないから。だからクリアちゃん、助けてくれたのは嬉しいけど、でも、放してあげて」

 クリアちゃんが彼を攻撃し、スイッチの役割を果たしていたであろう花びらを破壊したからか、ジャバウォックの出現は阻めたようだ。
 けれど、私の目的は飽くまでジャバウォックの阻止であって、ロード・デュークスを亡き者にしたいわけじゃない。

 私のお願いに、クリアちゃんは少し不満げに唸った。
 それから何故かお母さんの方を見て、そして夜子さんへと視線を移した。

「それでいいの?」
「まぁ、そうだね。私たちとしても、不要な殺傷は避けたい。積極的に殺す意思はないよ」
「ふーん。そうなの」

 何故クリアちゃんは夜子さん尋ねるのか。
 一瞬理解ができなかったけれど、すぐに私はこの事態に当たりがついた。

 さっき外で爆音が響いたのが、クリアちゃんが魔女狩り本拠地に侵入した、その騒ぎだとすれば。
 彼女はきっと、夜子さんたちの手引きによってこの地に招かれたのかもしれない。
 この敷地には強力な結界が張ってあったし、それを魔女の身で突破するのは難しいだろうけれど。
 夜子さんたちが何らかの手引きをしていたのなら、こうして彼女がここにやって来られたことに納得できる。

 元々好戦的で突飛な行動を取るクリアちゃんに、ここを襲撃させて場を撹乱させ、ロード・デュークスには全く予期できない戦力として、最終的にはこちらに合流させる。
 夜子さんたちとクリアちゃんの結び付きが、どの程度のものなのかはわからないけれど。
 でも彼女には、私がピンチだとか伝えれば、焚きつけることには苦労しなかったんだろう。

 魔女であるクリアちゃんを魔女狩りの本拠地に呼び込むことは、正直危険極まりないにも程がある。
 それでも完全なる不意打ちとはいえ、君主ロードに深傷を負わせられたのだから、やっぱり魔女としての実力はとても高いんだろう。

 しかしそれでも、もっと早い段階でかたがついていれば必要ない、保険的な要素だったのだろうけれど、結果的には有効ではあった。
 私が出しゃばらず、夜子さんたちに任せていたら、ここまで至らなかったかもしれない。
 結果的に私が、ロード・デュークスに切り札を使わせそうになってしまって、そして結局夜子さんたちの保険が功を奏したんだ……。

「────でも私的には、アリスちゃんに仇をなす不安分子は摘んでおきたいところなのよねぇ」

 クリアちゃんは足元のロード・デュークスを見下ろすと、炎の足で更にグリグリと踏みつけた。
 炎を物理的に押し付けられ続けている彼の体には、火が燃え広がり、苦悶の呻き声が部屋中に響いた。

「ダメ、やめてクリアちゃん! それ以上は────!」
「それにこの人の計画ってやつ、アリスちゃんの為になるみたいじゃない? それ、私が貰おうかなって思ってるの」

 一人楽しそうに笑うクリアちゃんはそう言うと、すっと手を伸ばし、ロード・デュークスの頭を鷲掴みにした。
 もちろんその手も炎に包まれていて、容赦なく彼の頭部を火の手が蝕む。
 生きた人間にするには余りにも酷い所業に、思わず私はたじろいでしまった。

「────ふぅん、なるほど。そういうことね。確かにこれは、アリスちゃんを解放するには有効ね」
「君は、何をしているんだッ……!」

 竦んでしまった私の代わりに、夜子さんが声を上げた。
 夜子さんは直ぐに周囲に影の黒猫を大量に生み出し、それを一斉にクリアちゃん目掛けて飛び込ませた。
 その黒猫たちが突っ込む寸前で、クリアちゃんはロード・デュークスを放すと、ぴょんと跳び上がってその攻撃をかわした。

 黒猫同士がぶつかり合って、影の霞となって消え去った後、クリアちゃんはロード・デュークスの側に着地した。
 全身を火の舐められたロード・デュークスは、ぐったりとしたままピクリとも動かない。
 辛うじて聞こえる呻き声のようなものが、彼のギリギリの生存を告げていた。

「クリアちゃん、君は一体何を考えているんだい? 私は君に、一緒にアリスちゃんを助けようって言っただけだよ? 彼の頭の中を覗いて、どうするつもりなんだい?」

 夜子さんはソファの乗り換え、私の前に身を乗り出すと、刺々しく声を上げた。
 炎が揺らめくクリアちゃんは、炎の三角帽子とマントに身を隠しつつ、口元をニンマリと歪めた。

「もちろん、アリスちゃんを救うのよ。私は昔からずっとずっと、それしか考えていないんだもの。この人の計画、ジャバウォックを使うというのは確かに、ドルミーレ打倒にとても適しているわ」
「まさか君が、『ジャバウォック計画』を引き継ぐというのか……!?」
「別に彼の思想には興味ないけど、でも、彼が組み立てていたジャバウォック顕現の術式は、とても面白そうだから」

 そう言ってカラカラと笑うクリアちゃんに、この場の全員が言葉を失った。
 ロード・デュークスを倒し、『ジャバウォック計画』の発動を阻止できたかと思ったのに。
 まさか魔女であるクリアちゃんが、ロード・デュークスとは何も関わりのない彼女が、そんなことを言い出すだなんて。

「だ、だめだよ……やめてよ、クリアちゃん。私、それを止める為にロード・デュークスと、必死に話し合ったんだよ……!」
「でも、あなたをドルミーレの呪縛から解き放つには、それが一番手っ取り早くって、何しろ確実でしょ? なら、私はあなたのために、これを使うわ」

 目の前の無残な状況、そして思いもよらなかったクリアちゃんの言葉に、頭は混乱して体の震えが止まらない。
 それでも懸命に言葉を紡いでみたけれど、クリアちゃんはにこやかに笑うだけで、こちらの意思は全く伝わらなかった。

「安心して、アリスちゃん。私があなたはを救ってあげるから。このジャバウォックで、私がアリスちゃんを解放するわ……!」

 全員が凍りつく中、クリアちゃんだけが歓喜の声を上げた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

今日も聖女は拳をふるう

こう7
ファンタジー
この世界オーロラルでは、12歳になると各国の各町にある教会で洗礼式が行われる。 その際、神様から聖女の称号を承ると、どんな傷も病気もあっという間に直す回復魔法を習得出来る。 そんな称号を手に入れたのは、小さな小さな村に住んでいる1人の女の子だった。 女の子はふと思う、「どんだけ怪我しても治るなら、いくらでも強い敵に突貫出来る!」。 これは、男勝りの脳筋少女アリスの物語。

サバイバル能力に全振りした男の半端仙人道

コアラ太
ファンタジー
年齢(3000歳)特技(逃げ足)趣味(採取)。半仙人やってます。  主人公は都会の生活に疲れて脱サラし、山暮らしを始めた。  こじんまりとした生活の中で、自然に触れていくと、瞑想にハマり始める。  そんなある日、森の中で見知らぬ老人から声をかけられたことがきっかけとなり、その老人に弟子入りすることになった。  修行する中で、仙人の道へ足を踏み入れるが、師匠から仙人にはなれないと言われてしまった。それでも良いやと気楽に修行を続け、正式な仙人にはなれずとも。足掛け程度は認められることになる。    それから何年も何年も何年も過ぎ、いつものように没頭していた瞑想を終えて目開けると、視界に映るのは密林。仕方なく周辺を探索していると、二足歩行の獣に捕まってしまう。言葉の通じないモフモフ達の言語から覚えなければ……。  不死になれなかった半端な仙人が起こす珍道中。  記憶力の無い男が、日記を探して旅をする。     メサメサメサ   メサ      メサ メサ          メサ メサ          メサ   メサメサメサメサメサ  メ サ  メ  サ  サ  メ サ  メ  サ  サ  サ メ  サ  メ   サ  ササ  他サイトにも掲載しています。

【宮廷魔法士のやり直し!】~王宮を追放された天才魔法士は山奥の村の変な野菜娘に拾われたので新たな人生を『なんでも屋』で謳歌したい!~

夕姫
ファンタジー
【私。この『なんでも屋』で高級ラディッシュになります(?)】 「今日であなたはクビです。今までフローレンス王宮の宮廷魔法士としてお勤めご苦労様でした。」 アイリーン=アドネスは宮廷魔法士を束ねている筆頭魔法士のシャーロット=マリーゴールド女史にそう言われる。 理由は国の禁書庫の古代文献を持ち出したという。そんな嘘をエレイナとアストンという2人の貴族出身の宮廷魔法士に告げ口される。この2人は平民出身で王立学院を首席で卒業、そしてフローレンス王国の第一王女クリスティーナの親友という存在のアイリーンのことをよく思っていなかった。 もちろん周りの同僚の魔法士たちも平民出身の魔法士などいても邪魔にしかならない、誰もアイリーンを助けてくれない。 自分は何もしてない、しかも突然辞めろと言われ、挙句の果てにはエレイナに平手で殴られる始末。 王国を追放され、すべてを失ったアイリーンは途方に暮れあてもなく歩いていると森の中へ。そこで悔しさから下を向き泣いていると 「どうしたのお姉さん?そんな収穫3日後のラディッシュみたいな顔しちゃって?」 オレンジ色の髪のおさげの少女エイミーと出会う。彼女は自分の仕事にアイリーンを雇ってあげるといい、山奥の農村ピースフルに連れていく。そのエイミーの仕事とは「なんでも屋」だと言うのだが…… アイリーンは新規一転、自分の魔法能力を使い、エイミーや仲間と共にこの山奥の農村ピースフルの「なんでも屋」で働くことになる。 そして今日も大きなあの声が聞こえる。 「いらっしゃいませ!なんでも屋へようこそ!」 と

魔晶石ハンター ~ 転生チート少女の数奇な職業活動の軌跡

サクラ近衛将監
ファンタジー
 女神様のミスで事故死したOLの大滝留美は、地球世界での転生が難しいために、神々の伝手により異世界アスレオールに転生し、シルヴィ・デルトンとして生を受けるが、前世の記憶は11歳の成人の儀まで封印され、その儀式の最中に前世の記憶ととともに職業を神から告げられた。  シルヴィの与えられた職業は魔晶石採掘師と魔晶石加工師の二つだったが、シルヴィはその職業を知らなかった。  シルヴィの将来や如何に?  毎週木曜日午後10時に投稿予定です。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

処理中です...