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第8章 私の一番大切なもの

18 ベストじゃない

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「────レオ!」

 私とアリアが同時に声を上げた。
 私たちの間に滑り込んだその燃えるような赤髪の姿は、紛れもなく私たちのもう一人の親友、レオだ。
 レオはアリアを庇うような形で飛び込んできて、私の剣撃を真正面から防いでいる。

 予想していなかった展開に驚きつつ、けれど第三者の介入に意識をハッとさせられる。
 目の前のことしか見えてなかった頭が、少しずつだけれど冷静さを取り戻した。
 熱く、そして力強く燃えるその瞳に、目を覚まされた。

「っ…………」

 私はすぐに剣を引き、そして飛び退いて、氷室さんの場所まで再び距離を取った。
 そんな私にレオは安心したように息を吐き、そして彼もまた二つの剣を下げた。
 レオは労わるように私を見てから、眉をひそめて背後のアリアに振り返る。

「アリア、さすがにやり過ぎだ。これじゃ、ただアリスを傷付けるだけじゃねぇか」
「………………」

 口を閉ざして幼馴染みを睨むアリアに、レオは溜息をつきながら頭を掻いた。

「お前の方針が間違ってるとは、まぁ言わねぇけどよ。でもここまでする必要もねぇだろ。アリア、お前ならもっと穏便にできるはずだ」
「……そう、だね。でもその穏便は、本当の意味では穏便じゃないもの。一番アリスが苦しまないようにするには、こうやって力尽くで連れていくしか……」
「ホントかよ。もう十分すぎるくらい、お前はアリスの心を追い詰めてると思うけどなぁ」

 じっとりと恨みがましく眉をひそめるアリアに、レオは重ねて重い溜息をついた。
 そしてレオは、余計なことをするなとでもいうように顔をしかめるアリアに肩を竦めてから、ゆっくりと私の方に視線を戻した。

「悪かったな、アリス。封印が解けて記憶を取り戻したお前とは、もっとちゃんと再会したかった。俺たちも、こんな風なのは不本意だったんだ」
「……私も、だよ。ねぇレオ、あなたもアリアと同じ考えなの? 私をロード・デュークスのところに連れて行って、『ジャバウォック計画』を進めるべきだって」
「んー、まぁ……そうだなぁ」

 レオの態度はとても冷静で、その落ち着き具合は彼らしくないと思えるほどだった。
 けれど、私とアリアが決して冷静とは言えない状態である今は、彼のその静かさが救いに思えた。
 でもレオは、アリアの前に立つ彼は、恐らくアリア側だ。
 それはさっきアリアも言っていたことだし、今のこの立ち位置が物語っている。

 レオは困ったように顔をしかめて、もごもごと口を動かす。

「知っての通り、俺は頭良くねぇからさ。アリアが必死こいて導き出した答えだってんなら、それが正しいんだろうって、そう思う。納得できないことがないわけじゃねぇけど、でもまぁ、アリアを支えるのは俺の役目でもあるしな」
「じゃあ……」
「だけどよ、それでもこれはやり過ぎだと思うぜ? だからこうやって邪魔したわけだしな。どんな理由があっても、お前がアリアに剣を振るうなんて、そんなことさせられねぇよ」

 レオはアリアを信頼してる。それは幼馴染みで親友であるが故の、深い絆からくるもの。
 けれどそれでも、レオが不安や心配を抱えているのだということはわかった。
 アリアのやり方がベストかもしれないと思いつつ、けれど彼なりの疑問があって。だから今まで、姿を現さずにいたんだ。
 自分の考えで、アリアの考え方を否定しきることができなかったから。

「こんなこと、もうやめにしようぜ。俺たちが争うことの無意味さを、教えてくれたのはお前たちだろう。俺たちは親友だ。誰よりも俺たちはお互いの味方だろうが。やり方なんて、他にいくらでもあるだろう」

 レオは手元の二つの剣を炎に変えて消し去ると、私とアリアを交互に見遣ってそう言った。
 そこにあるのは純粋に、私たち二人を案じる気持ちだ。
 けれどアリアは、わかってないなと言わんばかり首を横に振る。

「あるかもしれない。でも、どれもベストじゃない。散々説明したでしょ」
「そりゃ聞いたけどよ、ここまでとは聞いてねぇし、やっぱ納得できねぇよ。お前ならもっとマシな方法が、他にいくらでも……」
「うるさいなぁ、黙っててよ……!」

 らしくなく、荒々しい声を上げるアリアに、レオは声を詰まらせた。
 隠すことなく苛立ちを見せるアリアのその様子は、普段の落ち着いた彼女からは想像もできない。

 アリアは大きく溜息をついて、額を手で押さえた。
 項垂れるように頭を抱えながら、細めた目で私に視線を向ける。

「私だって、アリスを傷付けたくなんてないよ。喧嘩なんてしたくないし、戦いたくだってない。でもアリスは放っておいたら、いつも誰かの為に頑張って自分だけ傷付いちゃう。私はそんなの見てらないから、だから……」
「私を自分にけしかけさせて、隙ができたところを捕まえて、連れてく。私が引かないとわかってるから、自分が悪者になってでも、強引にって」
「そんな風に格好付けるつもりはないけどね。でも、まぁそうだよ。言ったでしょ。あなたに嫌われても、私はあなたを救うって」

 これが、たくさん考えたからこそ出した、アリアの答え。
 私のことを想ってくれているからこそ、私を救いたいという目的以外に目を瞑った、アリアの選択。
 確かに、彼女が言っていることは正しいかもしれない。
 私は彼女の提案に乗ることなんてできないし、その説得には応じられない。
 そうなればやはり、彼女は強引にことを進めるしかないのだから。でも、何かが引っかかる。

「だけどやっぱり、レオの言う通り、アリアならもっと別の手段を考えられたんじゃない? こんな風に傷付けあったり、しなくたって。だってアリアなら、私を騙してすんなり連れて行くことだってできたはずだもん」
「それは…………」
「私はアリアを信じてる。あなたが本気で私を騙しにかかれば、私は疑うこともなく付いてっちゃうよ。それがあなたにはできたはずなのに、わざわざこんなことをして……」
「…………」

 私の言葉に、アリアは押し黙って目を逸らした。
 聞きたくないというように、バツの悪そうな顔だ。
 そこに、彼女がこんな行動に出た理由があるように思えた。

「……嫌われてもいいだなんて、そんなの嘘なんでしょ? だって本当にそうなら、手段なんて選ばなくていい。良い顔をして私を騙して、連れて行っちゃうのが一番楽なんだ。でもそれをしなかったのは、アリア。私に軽蔑されたくなかったからじゃないの?」
「…………ちがう」
「乱暴な手段をとって喧嘩することになっても、私の信頼を裏切ることはしたくなかったんでしょ? 説得は無理、騙すこともしたくない、だからもう力尽くしかなかった。それなら悪者になった振りも、最低限で済むから……!」
「ちがう……そんなんじゃない……!」

 私の言葉に、アリアは勢いよく顔を上げて否定の叫びを上げた。
 けれどその表情に浮かべられた動揺は、私の指摘が決して間違っていないだろうことを窺わせる。

「そんなんじゃ、ないの……ちがう、私は……」
「もういいだろ、アリア。やめにしようぜ」

 ふるふると首を横に振るアリアの肩を、レオはそっと掴んだ。
 その優しい声色に、アリアは眉を落として視線を上げる。

「アリア、お前の考えは間違ってねぇかもしれねぇけど、でもやり方は間違えた。けど、そのお前の気持ちは間違ってねぇよ。だから、もう一回みんなで考えようぜ。どうするのが一番いいのかってのをさ」

 レオの言葉にアリアは口をパクパクとさせて、そして泣きそうな顔で項垂れた。
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