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第0章 Dormire
82 重苦しい謁見
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そして私たちは、周りを従者に付き添われながら城に向かうことになった。
ファウストの計らいで、ホーリーとイヴも城まで来ていいことになり、二人は周りの兵の後ろにそれぞれ乗せてもらった。
一緒に王に謁見することはできなそうだけれど、私の連れとして、迎え入れること自体は問題ないようだった。
「それにしても見違えたよ、ドルミーレ。美しいのは相変わらず────いやいつにも増してだけれど────普段とは大分印象が違うからね」
白馬を優雅に歩ませながら、ファウストは声色柔らかくそう言った。
前を向いている彼の顔を窺うことはできないけれど、私の装いを気に入ってくれているだろうことはわかった。
しかしそうやっていつも通りにしていても、どことなく緊張の色が見える。
「気に入ってもらえたのならよかったわ。私も、できる限りのことをしようと思って、ホーリーとイヴにお願いしたのよ」
「流石、貴女の友人たちだね。私は貴女を常々女神のようだと思っているけれど、まさに女神だと、そう認識を改める必要があるかもしれない」
「大袈裟ね。そこまで大きく褒め称えられると、なんだか素直に喜べないわ」
「そう言わないで。私は心からの気持ちを言っているだけだよ。改めて、私の心は貴女に奪われたのだから」
慣れない格好をしているからか、いつにも増して彼の言葉で体が熱くなる。
彼にはある意味褒められ慣れているはずなのに、まるで初めてそうされたみたいに、どうしてだかぞくぞくしてしまう。
無垢な姿をしているせいで、私の心も無垢になってしまったのだろうか。
私は適当に声を漏らして返事を誤魔化し、ファウストの背に体を預けて周りに視線を向けた。
私たちを囲む従者たちが成す一団は、小規模なパレードでもしているかのように目立っている。
王子が街中を闊歩しているのだから、国民の視線が集まってしまうのは仕方のないことなのだろうけれど。
しかしそんな彼が背に女を乗せていることが、余計に人々の興味を引くのだろう。
多くの人の目に晒されるのは、あまり得意ではない。
けれど、こうしてファウストと共に堂々と人前に出られることは、少し気持ち良かった。
なんだか、私という存在が認められ、そして彼といることを認められているような、そんな気がして。
衆目に晒されながらの道行は程なくして終わり、私たちは城門をくぐり、堂々と城に入った。
ファウストに仕えている人たちや、城で私たちを迎え入れた人たちは、きっと私を魔女だとは知らないのだろう。
むず痒くなるほど丁重に扱われて、初めて経験する感覚に思わず戸惑ってしまった。
王子が連れてきた女の扱いとしては、それが適切なのかもしれない。
私の風貌はどこぞの貴婦人のようだろうし、それに王子の連れを蔑ろにすることなんてできないだろうから。
しかしそれにしても、本来の私ではありえないような丁寧ぶりは、少し滑稽にすら思えた。
場内に入ったところで、ホーリーとイヴとは別れることになった。
二人には待機用の客室が用意されるということで、私を心配そうに見ながらも、朗らかに笑いながら行ってしまった。
そんな二人の背中を見送ってから、私はファウストと一緒に玉座の間に向かうこととなった。
「緊張、しているかい?」
「ええ、それなりに。あなたこそ大丈夫?」
「正直、かなり緊張している。けれど、貴女が隣に入れくれれば、大丈夫だ」
広い廊下を歩きながら、私たちはポツリポツリと言葉を交わす。
大理石でできた豪華絢爛な場内は、厳かさと共に静かさに満ちている。
それそのものは大したことではないけれど、これから待ち受けているであろうことを考えると、気が重くなる一方だった。
それに、周りの従者や使用人の視線が、心なしか痛い。
王子の客人として丁重に扱われてはいるけれど、しかしどこの馬の骨とも知らない女だと、訝しまれている節もある。
私が魔女でなくとも、王が決めた婚約者以外の女というだけで、立場としてはあまり良くないのだろう。
しかしそれは、ファウストが一番向けられている痛みだ。
しがらみを跳ね除け自由に生きることを選択した彼が、何よりこの凝り固まった場所で苦痛を感じている。
その中で勇気を出し、私との愛を証明しようとしているのだから、私がこれくらいのことで不快を感じている場合ではない。
長い廊下を渡って玉座の間に入ると、広間には多くの人々が集まっていた。
王族を守る兵隊や、城に仕える使用人。そして王族の家系のものであろう、位の高そうな人々。
正面一番奥に備え付けられている玉座は、未だ空席だ。
私はファウストの数歩後ろを歩き、玉座の目の前まで歩を進めた。
先を行くファウストが玉座の手前で跪いたのに倣って、私も最大限に丁寧な物腰で膝を付き、頭を下げた。
私を見定めるような視線と、憚ることなく囁く声が容赦なく突き刺さってきたけれど、それは全て無視をした。
今は、余計なことを考える時ではない。
張り詰めた空気と、そこに混じる嘲笑の色。
その居心地の悪い雰囲気に耐えながら、ひたすらに首を垂れて。
永遠とも思える時間がしばらくたち、ようやく堂々とした足音が聞こえてきた。
「表を上げよ、我が息子」
低く重い声が、正面から降ってきた。
私からしてみればちっぽけだけど、それでも人間としては威厳が込められた、力ある声だ。
ファウストが顔を上げて、しかし私は依然頭を下げ続ける。
しかし直接目で捉えなくても、魔法を使えば正面に座す者の様相は窺えた。
玉座に構えるその人間は、初老の男だった。
ファウストと同じような上質なガウンとマントに身を包み、その頭には華美な冠を乗せている。
覇気そのものはあまり感じられないけれど、しかし重責を担う者の力強さはそれなりに感じる。
私としては、繁栄の乏しい人間の国に相応しい程度の人物と、そのように感じられてしまうけれど。
しかしそれでも、決して軽んじるべき人ではない、という風には思えた。
一国の主人としてのそれなりの威厳はある。
神秘を極めた各国の長たちと比べるのは、流石に可哀想だろう。
「ファウスト。話があると聞いていたが、その者は?」
「はい、父上。この度は、彼女をご紹介したくお時間を頂きました」
王は気難しそうな声でそう口を開いた。私を見定めているような視線を感じる。
ファウストが言い出すことを予感しているような、そんな含みのある質問だ。
そんな王の言葉に臆することなく、ファウストは私を指した。
「父上。私には心に決めた女性がいるのです。故に、父上の申し付けには答えることができません。私は、彼女を妻として迎え入れることをお許し頂きたいのです」
高らかに告げたファウストの言葉に、広間が静かにざわついた。
王族の人間として、位の高い人間として、然るべき立場の者以外と婚約することなど、普通はありえないのだろう。
まして、王が決めようとしている話を蹴ってまで、というのは。
ファウストは周りの囁きなど気にせず正面を見据え、そして向かい合う王もまた、静かに彼と私を見据えていた。
王が口を開かないものだから、次第に周りの声も落ち着いていく。
静けさが戻ってきたところで、ファウストは私に目配せをしてきた。
私が挨拶をするタイミングだ。極端な話、ここで全てが決まる。
もし私が名を告げた時点でこの場が破綻するようならば、その時は覚悟を決めないといけない。
でも、もうどうなっても構わない。だって私の心は決まっているのだから。
私は愛のために生きると決めた。友のために生きると決めた。
その決意があれば、全てのことは些事に過ぎない。
私はそっと深呼吸をしてから、名乗りを上げるために顔を上げた。その瞬間。
「────────────」
突如玉座の間一体が、黒い靄で満たされた。
そして同時に、吐き気を催すような悍ましさが全身を駆け抜ける。
私はこの感覚を知っている。
これは、魔物から感じる混沌の気配だ。
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「それにしても見違えたよ、ドルミーレ。美しいのは相変わらず────いやいつにも増してだけれど────普段とは大分印象が違うからね」
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前を向いている彼の顔を窺うことはできないけれど、私の装いを気に入ってくれているだろうことはわかった。
しかしそうやっていつも通りにしていても、どことなく緊張の色が見える。
「気に入ってもらえたのならよかったわ。私も、できる限りのことをしようと思って、ホーリーとイヴにお願いしたのよ」
「流石、貴女の友人たちだね。私は貴女を常々女神のようだと思っているけれど、まさに女神だと、そう認識を改める必要があるかもしれない」
「大袈裟ね。そこまで大きく褒め称えられると、なんだか素直に喜べないわ」
「そう言わないで。私は心からの気持ちを言っているだけだよ。改めて、私の心は貴女に奪われたのだから」
慣れない格好をしているからか、いつにも増して彼の言葉で体が熱くなる。
彼にはある意味褒められ慣れているはずなのに、まるで初めてそうされたみたいに、どうしてだかぞくぞくしてしまう。
無垢な姿をしているせいで、私の心も無垢になってしまったのだろうか。
私は適当に声を漏らして返事を誤魔化し、ファウストの背に体を預けて周りに視線を向けた。
私たちを囲む従者たちが成す一団は、小規模なパレードでもしているかのように目立っている。
王子が街中を闊歩しているのだから、国民の視線が集まってしまうのは仕方のないことなのだろうけれど。
しかしそんな彼が背に女を乗せていることが、余計に人々の興味を引くのだろう。
多くの人の目に晒されるのは、あまり得意ではない。
けれど、こうしてファウストと共に堂々と人前に出られることは、少し気持ち良かった。
なんだか、私という存在が認められ、そして彼といることを認められているような、そんな気がして。
衆目に晒されながらの道行は程なくして終わり、私たちは城門をくぐり、堂々と城に入った。
ファウストに仕えている人たちや、城で私たちを迎え入れた人たちは、きっと私を魔女だとは知らないのだろう。
むず痒くなるほど丁重に扱われて、初めて経験する感覚に思わず戸惑ってしまった。
王子が連れてきた女の扱いとしては、それが適切なのかもしれない。
私の風貌はどこぞの貴婦人のようだろうし、それに王子の連れを蔑ろにすることなんてできないだろうから。
しかしそれにしても、本来の私ではありえないような丁寧ぶりは、少し滑稽にすら思えた。
場内に入ったところで、ホーリーとイヴとは別れることになった。
二人には待機用の客室が用意されるということで、私を心配そうに見ながらも、朗らかに笑いながら行ってしまった。
そんな二人の背中を見送ってから、私はファウストと一緒に玉座の間に向かうこととなった。
「緊張、しているかい?」
「ええ、それなりに。あなたこそ大丈夫?」
「正直、かなり緊張している。けれど、貴女が隣に入れくれれば、大丈夫だ」
広い廊下を歩きながら、私たちはポツリポツリと言葉を交わす。
大理石でできた豪華絢爛な場内は、厳かさと共に静かさに満ちている。
それそのものは大したことではないけれど、これから待ち受けているであろうことを考えると、気が重くなる一方だった。
それに、周りの従者や使用人の視線が、心なしか痛い。
王子の客人として丁重に扱われてはいるけれど、しかしどこの馬の骨とも知らない女だと、訝しまれている節もある。
私が魔女でなくとも、王が決めた婚約者以外の女というだけで、立場としてはあまり良くないのだろう。
しかしそれは、ファウストが一番向けられている痛みだ。
しがらみを跳ね除け自由に生きることを選択した彼が、何よりこの凝り固まった場所で苦痛を感じている。
その中で勇気を出し、私との愛を証明しようとしているのだから、私がこれくらいのことで不快を感じている場合ではない。
長い廊下を渡って玉座の間に入ると、広間には多くの人々が集まっていた。
王族を守る兵隊や、城に仕える使用人。そして王族の家系のものであろう、位の高そうな人々。
正面一番奥に備え付けられている玉座は、未だ空席だ。
私はファウストの数歩後ろを歩き、玉座の目の前まで歩を進めた。
先を行くファウストが玉座の手前で跪いたのに倣って、私も最大限に丁寧な物腰で膝を付き、頭を下げた。
私を見定めるような視線と、憚ることなく囁く声が容赦なく突き刺さってきたけれど、それは全て無視をした。
今は、余計なことを考える時ではない。
張り詰めた空気と、そこに混じる嘲笑の色。
その居心地の悪い雰囲気に耐えながら、ひたすらに首を垂れて。
永遠とも思える時間がしばらくたち、ようやく堂々とした足音が聞こえてきた。
「表を上げよ、我が息子」
低く重い声が、正面から降ってきた。
私からしてみればちっぽけだけど、それでも人間としては威厳が込められた、力ある声だ。
ファウストが顔を上げて、しかし私は依然頭を下げ続ける。
しかし直接目で捉えなくても、魔法を使えば正面に座す者の様相は窺えた。
玉座に構えるその人間は、初老の男だった。
ファウストと同じような上質なガウンとマントに身を包み、その頭には華美な冠を乗せている。
覇気そのものはあまり感じられないけれど、しかし重責を担う者の力強さはそれなりに感じる。
私としては、繁栄の乏しい人間の国に相応しい程度の人物と、そのように感じられてしまうけれど。
しかしそれでも、決して軽んじるべき人ではない、という風には思えた。
一国の主人としてのそれなりの威厳はある。
神秘を極めた各国の長たちと比べるのは、流石に可哀想だろう。
「ファウスト。話があると聞いていたが、その者は?」
「はい、父上。この度は、彼女をご紹介したくお時間を頂きました」
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ファウストが言い出すことを予感しているような、そんな含みのある質問だ。
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高らかに告げたファウストの言葉に、広間が静かにざわついた。
王族の人間として、位の高い人間として、然るべき立場の者以外と婚約することなど、普通はありえないのだろう。
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ファウストは周りの囁きなど気にせず正面を見据え、そして向かい合う王もまた、静かに彼と私を見据えていた。
王が口を開かないものだから、次第に周りの声も落ち着いていく。
静けさが戻ってきたところで、ファウストは私に目配せをしてきた。
私が挨拶をするタイミングだ。極端な話、ここで全てが決まる。
もし私が名を告げた時点でこの場が破綻するようならば、その時は覚悟を決めないといけない。
でも、もうどうなっても構わない。だって私の心は決まっているのだから。
私は愛のために生きると決めた。友のために生きると決めた。
その決意があれば、全てのことは些事に過ぎない。
私はそっと深呼吸をしてから、名乗りを上げるために顔を上げた。その瞬間。
「────────────」
突如玉座の間一体が、黒い靄で満たされた。
そして同時に、吐き気を催すような悍ましさが全身を駆け抜ける。
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