上 下
751 / 984
第0章 Dormire

34 ヒトが歩んだ道

しおりを挟む
 長老たちの勧めで、私は国内唯一の図書館を訪れた。
 あらゆる知識を持つ彼らも、私が何者であるかと断定することはできなかった。
 しかし様々な記録を保管しているこの場所なら、何かヒントが見つかるかもしれないとのことだった。

 図書館にある本は、そのほとんどが歴代の長老たちが書き記したものらしい。
 世界で起きた出来事や、国で起きた出来事をまとめた歴史に関するものが多いとか。
 また彼らの神秘である『命の力』を元にした、世界のある命に関することも多く記されているらしい。

 こと知識において、全てを人伝に得ることは難しい。
 私が求めるものと彼らが知識から索引するものが、必ずしも合致するとは限らないからだ。
 だからこそ彼らは、私に自ら知識を得られる場所を紹介してくれたのだった。

 図書館は首都の中心にあった岩の塔のすぐ近くにあった。
 自然に同化したこの国では珍しいレンガ造りの建物で、数百人が一堂に会しても収まりそうなほどに大きい。
 中に入ってみれば本がびっしりと詰まった棚だらけで、全て読もうとしたらきっと命がいくつあっても足りないのではと思わされた。

 ひと気はあまりなく、建物の大きさや存在感とは対照的に、館内はとても静かでひっそりとしていた。
 図書館の司書をしているのは、尻尾が二本生えた狐。
 金色の毛並みが綺麗なその狐は、袴をゆるりと着こなした優雅な女性だ。
 受付で煙管をふかしながら本を読む様は、なかなか様になっている。

 あまり期待はせずに気紛れで訪れた図書館だったけれど、案外色々なことを学ぶことができた。
 この世界に生まれた七つの種族と、その成長と進化についてのこと。
 この『どうぶつの国』の動物だちがどういう存在であるかということ。
 そして彼らの神秘である『命の力』とそれが及ぼすこと、等。

 長老たちが私に言ったことは、正直周りくどくわかりにくかった。
 けれどこうして文字に起こして整理されていると、スッと知識が入ってくる。
 それを知っていけば、長老たちが言っていた『世界の子』というものにも少し理解が及んできた。

 森にいた頃、イヴニングが持ってきてくれた本をよく読んでいた。
 それを思い出すと少し懐かしい思いがして、私は夢中で図書館の本を読み漁った。
 もちろん一日で読み切れるわけもなく、興味が唆るものの中からさらに厳選しても、読み切るのには半年以上の時間がかかってしまった。

 長老たちが口利きをしてくれた宿を仮の住まいとして、私は毎日図書館に通い、様々な本を読んだ。
 司書の狐とは毎日顔を合わせたけれど、言葉を交わしたのは数度だけだったと思う。
 私はもちろん関わるつもりはなかったし、彼女もまた私にさして興味はないようだった。
 狐は、ただ毎日本を読んでいられればそれでいいと思っているのだろう。
 私にとってもそれは都合が良かったから、お互い黙々と自分だけの時間を過ごした。

 お陰で私はまた一歩、自分への認識を進められたと思う。

 世界にこの星が生まれ、そして生命が誕生した遥か昔。数多の生物の中で知性を手に入れたもの、それがヒトだった。
 本能を凌駕した理性を得、考え発展する力を持ったヒトという生き物を世界は祝福し、一個の生物の範疇を超えた力である七つの神秘をこの星にもたらしたという。
 神秘は星を満たし、ヒトを七つの種族へと枝分かれさせ、星と世界を繁栄させるべく導いた。

 まだ発展途上であった太古のヒトは、その神秘の在り方によって姿形や能力を変容させていった。
 しかしそうして別れた七つの種族の内、一つの種族だけが神秘を発現させられず、発展を停滞させた。それが人間。
 人間が神秘を得られなかったのか、それとも使いこなせず無駄にしたのか。それはわからないらしいけれど、今の人間はそうして生まれたらしい。

 だからいずれ、最後である七つ目の神秘が、何らかの形で現れるだろうと言われていたという。
 それが人間の手に現れるのか、はたまた全く新しい状態で現れるのか。それはもちろん誰にもわからなかった。
 そんな中で、私はこの魔法を持って生まれてきたんだ。

 私が人間と同等の形をして生まれたのはきっと、本来第七の神秘を得るはずだったのが人間だからだ。
 人間が神秘を扱えるようになるためなのか、あるいは未だ神秘をものにできない人間に呆れたのか。
 詳細はもちろんわからないけれど、でも人間のそういった経緯が関連しているだろうことは想像できる。

 世界自身が、与えた神秘を全て形ににするために、私という存在を生み出した。
 神秘が持つ意味、役割を果たさせるために。
 だから長老たちは、私を世界の子だと言ったのかもしれない。

 生物は必ず親から生まれるもの。ぽっと発生するものなんてあり得ない。
 けれどそれがあり得るのだとしたら、それは世界が意志を持ってしたものだとしか考えられないから。
『命の力』に精通する長老たちは、そんな私の命の形の成り立ちを見たのだろう。

『どうぶつの国』の神秘である『命の力』は、生命に関わる力。
 その力を得た古のヒトは、同じ動物である獣に寄り、力を伝播させることで獣をヒトにしたという。
 生命に精通することで進化を促し、そして生命の在り方や形を紐解くことができる力を彼らは持っている。

 長老たちが言っていた通り、今を生きる普通の国民たちは、その神秘をヒトとして生きることに使うことが限界で、強く神秘を意識していないらしい。
 けれどその中で神秘の扱いを見出した者は、長い時を生き、命を見通すことができるようになり、あの長老たちのようになっていくという。
 全員が何らかの力を扱えた妖精たちとは違う在り方だけれど、それもまた神秘の違い、種族の違いということなんだろう。

 この星でのヒトの繁栄、神秘の伝播の歴史は少しわかってきた。
 その流れを見ることで、私がどうしてこんな生まれ方をしたのかも少しは見えてきた。
 けれど世界が神秘という力をもたらした理由はわかっても、その意味までは未だわからない。

 神秘は世界からの祝福であり、人智を超えた力であり、世界との繋がり。
 星の妖精や長老たちは、世界との繋がりから何かを感じ取り得ているようだったけれど、私にはまだわからない。
 この先、自分自身とこの魔法について見識を深めていれば、いつか私にも理解できる時がくるのだろうか。
 そうすれば私は、自分が何なのかもわかる時がくるのだろうか。

 わかったことは増えたけれど、疑問は深まるばかりだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

魔晶石ハンター ~ 転生チート少女の数奇な職業活動の軌跡

サクラ近衛将監
ファンタジー
 女神様のミスで事故死したOLの大滝留美は、地球世界での転生が難しいために、神々の伝手により異世界アスレオールに転生し、シルヴィ・デルトンとして生を受けるが、前世の記憶は11歳の成人の儀まで封印され、その儀式の最中に前世の記憶ととともに職業を神から告げられた。  シルヴィの与えられた職業は魔晶石採掘師と魔晶石加工師の二つだったが、シルヴィはその職業を知らなかった。  シルヴィの将来や如何に?  毎週木曜日午後10時に投稿予定です。

今日も聖女は拳をふるう

こう7
ファンタジー
この世界オーロラルでは、12歳になると各国の各町にある教会で洗礼式が行われる。 その際、神様から聖女の称号を承ると、どんな傷も病気もあっという間に直す回復魔法を習得出来る。 そんな称号を手に入れたのは、小さな小さな村に住んでいる1人の女の子だった。 女の子はふと思う、「どんだけ怪我しても治るなら、いくらでも強い敵に突貫出来る!」。 これは、男勝りの脳筋少女アリスの物語。

【宮廷魔法士のやり直し!】~王宮を追放された天才魔法士は山奥の村の変な野菜娘に拾われたので新たな人生を『なんでも屋』で謳歌したい!~

夕姫
ファンタジー
【私。この『なんでも屋』で高級ラディッシュになります(?)】 「今日であなたはクビです。今までフローレンス王宮の宮廷魔法士としてお勤めご苦労様でした。」 アイリーン=アドネスは宮廷魔法士を束ねている筆頭魔法士のシャーロット=マリーゴールド女史にそう言われる。 理由は国の禁書庫の古代文献を持ち出したという。そんな嘘をエレイナとアストンという2人の貴族出身の宮廷魔法士に告げ口される。この2人は平民出身で王立学院を首席で卒業、そしてフローレンス王国の第一王女クリスティーナの親友という存在のアイリーンのことをよく思っていなかった。 もちろん周りの同僚の魔法士たちも平民出身の魔法士などいても邪魔にしかならない、誰もアイリーンを助けてくれない。 自分は何もしてない、しかも突然辞めろと言われ、挙句の果てにはエレイナに平手で殴られる始末。 王国を追放され、すべてを失ったアイリーンは途方に暮れあてもなく歩いていると森の中へ。そこで悔しさから下を向き泣いていると 「どうしたのお姉さん?そんな収穫3日後のラディッシュみたいな顔しちゃって?」 オレンジ色の髪のおさげの少女エイミーと出会う。彼女は自分の仕事にアイリーンを雇ってあげるといい、山奥の農村ピースフルに連れていく。そのエイミーの仕事とは「なんでも屋」だと言うのだが…… アイリーンは新規一転、自分の魔法能力を使い、エイミーや仲間と共にこの山奥の農村ピースフルの「なんでも屋」で働くことになる。 そして今日も大きなあの声が聞こえる。 「いらっしゃいませ!なんでも屋へようこそ!」 と

闇の世界の住人達

おとなのふりかけ紅鮭
ファンタジー
そこは暗闇だった。真っ暗で何もない場所。 そんな場所で生まれた彼のいる場所に人がやってきた。 色々な人と出会い、人以外とも出会い、いつしか彼の世界は広がっていく。 小説家になろうでも投稿しています。 そちらがメインになっていますが、どちらも同じように投稿する予定です。 ただ、闇の世界はすでにかなりの話数を上げていますので、こちらへの掲載は少し時間がかかると思います。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

処理中です...