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第0章 Dormire
22 信じて待つ
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────────────
「アイリス!」
ホーリーが飛びつくような声を上げた時には、彼女とイヴニングは森の外にいた。
彼女たちの意識が及ばない刹那の間に、森の奥底から空間を越えて弾き飛ばされていた。
しかし、瞬時に自分たちの居場所が変わったそんな超常的な現象など、二人は気にも留めなかった。
そんなことよりも、友人の悲しい別れの言葉が心を埋め尽くしていたからだ。
「お別れなんて、そんなの私いやだよ……!」
「待つんだホーリー」
巨木ひしめく森に再び駆け込もうとしたホーリーを、イヴニングが静かに呼び止めた。
ホーリーはグッと拳を握りしめ、耐えかねた涙をこぼしながら友人の顔を見る。
「待つんだ、ホーリー。行っても、意味はない」
「なくなんてないよ! 止めなくちゃ。アイリスがどこかに行っちゃうよ……!」
「………………」
ひたすらにアイリスのことを思って声を荒らげるホーリーに、イヴニングは唇を噛んだ。
彼女とて気持ちは同じだが、アイリスを思えば、今深追いをすることが最適とは思えなかったからだ。
「わたし、わかんないんだよ。アイリスが人間じゃないとか、そういう難しいこと、全然わかんなくて。でも、アイリスと会えなくなっちゃうのはいやだよ。アイリスだって、本当はいやなはずなのに……」
ポロポロと涙を流して俯きながら、ホーリーは心のままの声を吐き出した。
別れを告げたアイリスの言葉は、決して本心ではないように思えたからだ。
しかしそれでもそう決断させるほど、彼女の心が傷付いている。それがホーリーには堪らなく苦しかった。
「わたしたち、友達なのに……アイリスに信じさせてあげられなかった。一緒にいたいって思ってくれてたはずなのに……わたしたちが、頼りないから……」
「そうだね。彼女はわたしたちを大切に思ってくれていた。けれど、絶対の信頼を与えられなかった。この間のことで、彼女はヒトに恐怖を覚えてしまったんだろう」
嗚咽を漏らすホーリーを、イヴニングは優しく抱きしめる。
自分も泣き喚きたいのを、必死に堪えて。
「わたしだって、今すぐあそこに戻って彼女を引き留めたい。でもきっとそれはわたしたちのエゴで、彼女のためにはならないと思うんだ」
「どうして……? 自分から寂しくなろうとしてるアイリスを、止めちゃダメなの……?」
「わたしにもよくわかっていなけれど、今彼女は自分自身を知ろうとしている。彼女はこの世界で生きていくために、自分の在り方を模索している。自分はヒトではないと言って、ヒトを信じられないと言いながらも、彼女は生きようとしている。それを引き留めることは、彼女を否定することになるんじゃないのかなって、思うんだ」
「………………?」
腕の中に埋れながら疑問符を浮かべるホーリーに、イヴニングは緩やかに苦笑する。
彼女自身、アイリスが何を求めどうしようとしてるのか、正確なことはわかっていないのだ。
けれど、アイリスを思えばこそ止めてはいけないと、そう心が感じている。
「じゃあ、わたしたちはどうすればいいの?」
必死で頭を捻りながら、ホーリーは疑問を口にする。
「わたし、アイリスとお別れなんてしたくないよ。悲しんでるアイリスを、放っておきたくもない。でも、アイリスが嫌がることもしたくないし……」
「わたしも同じだよ、ホーリー。彼女に、ヒトに失望したままでいてほしくない。でもそれは、彼女の心の問題だから」
今にも壊れそうな、壊れかけた繊細な心に、無理に干渉してはならないように思えた。
ヒトによって傷付けられたそれを、他人が癒すのはきっととても難しい。
ヒトに絶望し、ヒトを信じられず、ヒトを警戒してしまっている彼女であれば、尚更のこと。
「……わたしたちにできることがあるとすれば、それはきっと、待つことだけだと思うんだ」
「待つって、でも……」
絞り出したイヴニングの言葉に、ホーリーは彼女の腕を解いた。
意図が上手く受け入れられず、困惑が全身を支配する。
「でも、アイリスがどこかに行っちゃったら、帰ってこないかもしれない」
「ああ。でも、信じて待つんだ。それしかない。彼女に信じさせてあげられなかったわたしたちにできることは、わたしたちが信じ続けることぐらいだと、思う……」
「それは…………」
アイリスに信じさせてあげることができなかった。その罪悪感が、彼女への干渉を鈍らせる。
本心では今すぐ飛び込んでいって、力尽くでも引き留めたいのに。
彼女がヒトに失望してしまったのは自分たちの不甲斐なさが原因だと、そう思う心が気を引かせる。
そんな自分たちにできることがあるのだとすれば、それは待つことしかない。
友達としてアイリスを尊重するのであれば、思うようにさせ、それを見守る。
戻ってくるかもわからない友人を、ひたすらに待つ。
信じていもらえていない自分たちにできることは、心の底から想い続けることしかない。
イヴニングの提案は、十二才の少女である二人には酷な選択だった。
そこまで達観などできない。気持ちのままに動き、声を上げたいものだ。
けれどそれでも、イヴニングはその答えを捻り出した。
そんな彼女の言葉に、ホーリーは戸惑いながらも拒絶はできなかった。
「待ってたらいつか、また会えるかなぁ……」
「わからない。でもいつの日か、彼女がまたヒトと関わりたいと思った時がきたら、一番に迎えに行かないと。わたしたちは、友達なんだから」
「うん…………」
友達に会えなくなることは、辛く苦しい。
しかしアイリスが抱える痛みを思えば、我慢しなければならないと思った。
そばに寄り添い心を癒してあげることができないのならば、ひたすらに想いを向け続けるしかない。
どんなに距離が離れても、その想いが彼女の心をほぐすと信じて。
口惜しさと悲しみを噛みしめながら、ホーリーとアイリスは再び抱き合った。
沈みかけた太陽の赤い光が、二人の涙を熱く照らして輝かせた。
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「アイリス!」
ホーリーが飛びつくような声を上げた時には、彼女とイヴニングは森の外にいた。
彼女たちの意識が及ばない刹那の間に、森の奥底から空間を越えて弾き飛ばされていた。
しかし、瞬時に自分たちの居場所が変わったそんな超常的な現象など、二人は気にも留めなかった。
そんなことよりも、友人の悲しい別れの言葉が心を埋め尽くしていたからだ。
「お別れなんて、そんなの私いやだよ……!」
「待つんだホーリー」
巨木ひしめく森に再び駆け込もうとしたホーリーを、イヴニングが静かに呼び止めた。
ホーリーはグッと拳を握りしめ、耐えかねた涙をこぼしながら友人の顔を見る。
「待つんだ、ホーリー。行っても、意味はない」
「なくなんてないよ! 止めなくちゃ。アイリスがどこかに行っちゃうよ……!」
「………………」
ひたすらにアイリスのことを思って声を荒らげるホーリーに、イヴニングは唇を噛んだ。
彼女とて気持ちは同じだが、アイリスを思えば、今深追いをすることが最適とは思えなかったからだ。
「わたし、わかんないんだよ。アイリスが人間じゃないとか、そういう難しいこと、全然わかんなくて。でも、アイリスと会えなくなっちゃうのはいやだよ。アイリスだって、本当はいやなはずなのに……」
ポロポロと涙を流して俯きながら、ホーリーは心のままの声を吐き出した。
別れを告げたアイリスの言葉は、決して本心ではないように思えたからだ。
しかしそれでもそう決断させるほど、彼女の心が傷付いている。それがホーリーには堪らなく苦しかった。
「わたしたち、友達なのに……アイリスに信じさせてあげられなかった。一緒にいたいって思ってくれてたはずなのに……わたしたちが、頼りないから……」
「そうだね。彼女はわたしたちを大切に思ってくれていた。けれど、絶対の信頼を与えられなかった。この間のことで、彼女はヒトに恐怖を覚えてしまったんだろう」
嗚咽を漏らすホーリーを、イヴニングは優しく抱きしめる。
自分も泣き喚きたいのを、必死に堪えて。
「わたしだって、今すぐあそこに戻って彼女を引き留めたい。でもきっとそれはわたしたちのエゴで、彼女のためにはならないと思うんだ」
「どうして……? 自分から寂しくなろうとしてるアイリスを、止めちゃダメなの……?」
「わたしにもよくわかっていなけれど、今彼女は自分自身を知ろうとしている。彼女はこの世界で生きていくために、自分の在り方を模索している。自分はヒトではないと言って、ヒトを信じられないと言いながらも、彼女は生きようとしている。それを引き留めることは、彼女を否定することになるんじゃないのかなって、思うんだ」
「………………?」
腕の中に埋れながら疑問符を浮かべるホーリーに、イヴニングは緩やかに苦笑する。
彼女自身、アイリスが何を求めどうしようとしてるのか、正確なことはわかっていないのだ。
けれど、アイリスを思えばこそ止めてはいけないと、そう心が感じている。
「じゃあ、わたしたちはどうすればいいの?」
必死で頭を捻りながら、ホーリーは疑問を口にする。
「わたし、アイリスとお別れなんてしたくないよ。悲しんでるアイリスを、放っておきたくもない。でも、アイリスが嫌がることもしたくないし……」
「わたしも同じだよ、ホーリー。彼女に、ヒトに失望したままでいてほしくない。でもそれは、彼女の心の問題だから」
今にも壊れそうな、壊れかけた繊細な心に、無理に干渉してはならないように思えた。
ヒトによって傷付けられたそれを、他人が癒すのはきっととても難しい。
ヒトに絶望し、ヒトを信じられず、ヒトを警戒してしまっている彼女であれば、尚更のこと。
「……わたしたちにできることがあるとすれば、それはきっと、待つことだけだと思うんだ」
「待つって、でも……」
絞り出したイヴニングの言葉に、ホーリーは彼女の腕を解いた。
意図が上手く受け入れられず、困惑が全身を支配する。
「でも、アイリスがどこかに行っちゃったら、帰ってこないかもしれない」
「ああ。でも、信じて待つんだ。それしかない。彼女に信じさせてあげられなかったわたしたちにできることは、わたしたちが信じ続けることぐらいだと、思う……」
「それは…………」
アイリスに信じさせてあげることができなかった。その罪悪感が、彼女への干渉を鈍らせる。
本心では今すぐ飛び込んでいって、力尽くでも引き留めたいのに。
彼女がヒトに失望してしまったのは自分たちの不甲斐なさが原因だと、そう思う心が気を引かせる。
そんな自分たちにできることがあるのだとすれば、それは待つことしかない。
友達としてアイリスを尊重するのであれば、思うようにさせ、それを見守る。
戻ってくるかもわからない友人を、ひたすらに待つ。
信じていもらえていない自分たちにできることは、心の底から想い続けることしかない。
イヴニングの提案は、十二才の少女である二人には酷な選択だった。
そこまで達観などできない。気持ちのままに動き、声を上げたいものだ。
けれどそれでも、イヴニングはその答えを捻り出した。
そんな彼女の言葉に、ホーリーは戸惑いながらも拒絶はできなかった。
「待ってたらいつか、また会えるかなぁ……」
「わからない。でもいつの日か、彼女がまたヒトと関わりたいと思った時がきたら、一番に迎えに行かないと。わたしたちは、友達なんだから」
「うん…………」
友達に会えなくなることは、辛く苦しい。
しかしアイリスが抱える痛みを思えば、我慢しなければならないと思った。
そばに寄り添い心を癒してあげることができないのならば、ひたすらに想いを向け続けるしかない。
どんなに距離が離れても、その想いが彼女の心をほぐすと信じて。
口惜しさと悲しみを噛みしめながら、ホーリーとアイリスは再び抱き合った。
沈みかけた太陽の赤い光が、二人の涙を熱く照らして輝かせた。
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