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第7章 リアリスティック・ドリームワールド
85 戦いをやめて
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「アリスちゃんと逸れてこちらに帰ってきて、慌てて君を迎えに行こうと思ったんだ。でもそうしたら、急に現れたクリアちゃんに邪魔されちゃったね……」
溜息交じりにそう言うレイくん。
大切そうに私の体に腕を回す一方で、どこか困ったように視線を泳がせる。
何か私に言いにくいことがあるかのように。
「そんな彼女と戦いながら移動していたら、ここの戦いに合流しちゃってね。なかなか抜け出せなくなってしまった。ちゃんと迎えに行けなくてごめんね」
「それは、いいんだけれど……」
肝心なことをハッキリ答えてくれないレイくん。
けれどそれを問い詰めている暇はない。
私はやんわりとその腕を解いてから、その腕を強く握った。
煌びやかな顔が疑問を浮かべて私を見下ろす。
「レイくん。とにかく今はこの戦いを止めようよ。レイくんもこの戦いは起こすべきじゃないって言ったたでしょ?」
「あー……ごめん。事情が変わったんだ。この戦いから手を引くことはできない」
「ど、どういうこと!?」
気不味そうに目を逸らすレイくんの腕を、思わずグイと引っ張る。
けれど線の細い体からは想像のつかない力強さでびくともしなかった。
「ごめん、詳しく説明している暇はないんだ。ただ言えることは、この戦いを止めたいのなら僕と一緒に────」
申し訳なさそうに、でも強い意志でレイくんがそう言いかけた時。
灼熱の業火が地面を這い、私たちに向かって押し寄せてきた。
それはレイくん一人に向けて勢いを伸ばし、その目の前で飲み込まんと大きく膨れ上がった。
レイくんは軽く舌打ちをしてから、即座に私を抱き寄せてその場から飛び上がった。
しかし覆い被さる炎をかわしたところで、黒マントの魔女が飛び込んできた。クリアちゃんだ。
「…………!」
マントを大きく翻し、クリアちゃんがレイくんの頭目掛けて手を伸ばす。
その手の内には凝縮した炎が燃えており、レイくんの眼前でかざされた瞬間、炸裂した。
「やめて!」
咄嗟のことだったけれど、なんとか反応が間に合った。
瞬間的に膨れ上がったその炎を、何とか『掌握』して辺りに散らして掻き消す。
炎を失ったその肌色の手を透かさず握って、私は顔の隠れたクリアちゃんを真っ直ぐ見た。
「クリアちゃん、お願い! もう誰とも戦わないで!」
「────!」
私の言葉に戸惑うように、クリアちゃんの手が強張る。
けれどそれは否定や拒絶ではないように思えた。
ちゃんと話せれば、わかってもらえるかもしれない。
そう思ったけれど、私が次の言葉をかける前に激しい氷結による攻撃がクリアちゃんの身を襲った。
咄嗟に私の手を振り払い、炎を振りまきながらその場を離脱したクリアちゃん。
大きな三角帽子の下で艶やかな黒髪のショートヘアを振り、隠れた顔を私の方に向けながら。
伸ばした手は空を切り、彼女には届かない。
そんな私の前をロード・スクルドが通り過ぎて、クリアちゃんへと一直線に向かっていった。
そんな二人を見送りながら、私を抱えたレイくんが着地した。
私も自分の足で立ち、レイくんの腕から離れた時、クロアさんがこちらへ慌ただしくやってきた。
「あぁ姫様! ご無事で何よりでございます。このような所、あなた様がいらっしゃってはなりません」
「クロアさん……! 私、こんな戦いやめて欲しいんです。だから、居ても立ってもいられなくて……!」
「左様で、ございますか……」
下半身を黒い蛸に変貌させているクロアさんは、私たちよりも遥かに高い位置でショボンと視線を落とした。
人ならざる気味の悪い気配を振りまきつつ、しかしそこには彼女本来の萎らしさを感じた。
クロアさんもこの戦いよくないと言っていたし、不本意な戦いに身を投じているのかもしれない。
「……いずれにしても、あなた様はここにいらっしゃるべきではございません。それでは本末転倒でございます」
「ああ、その通りだ。でもこうして合流できたわけだし、僕がアリスちゃんを連れて離脱するよ」
「はい。それがよろしいかと」
「え、でもそうしたらここは……!?」
二人のやりとりは、クロアさんはこの場に残り戦いを続けるというように聞こえた。
二人共この戦いを望んでいなかったはずなのに。
私が二人の顔を交互に見ながら声を上げると、レイくんが眉を落とした。
「魔女狩りを食い止める為には、戦いの手は緩められない。君主と渡り合えるクロアには、ここを保ってもらわないと」
「そんな、どうして!? 二人共、どうしちゃったの!?」
「事情はここを離れてから説明するよ。とにかく今は僕と一緒に行こう。この戦いを止める為だ」
そう言って、レイくんはそっと手を差し出してきた。
何故戦いを否定していたレイくんとクロアさんが、その渦中にいるのかはわからない。
けれどこの事態を一刻も早く解決する為には、レイくんと一緒にホワイトのところに行くしかない。
この戦いを放置していくことには気が引けるけれど。
でもそれが一番の近道ならば、飲み込んで進むしかないかもしれない。
幸い今の私は一人じゃない。シオンさんとネネさんがいる。
そう気持ちを切り替えて、レイくんの手を取ろうとしたその時。
荒れ狂う炎の濁流と、凍て尽くす氷の波が私たちを挟み込むように同時に迫ってきた。
二人で争っていたクリアちゃんとロード・スクルドの攻撃が、こちらに流れてきたようだった。
双方の魔法を、レイくんとクロアさんが即座に障壁で防ぐ。
しかしその場に当人たちが飛び込んで来たことで、離脱を余儀なくされた。
私の目の前で四人がもつれ、入り乱れて過ぎ去っていく。
それぞれが各々の思惑で動いているせいで、常に邪魔のし合いになっているようだった。
「アリス様!」
レイくんがロード・スクルドと、クロアさんがクリアちゃんと揉み合いながら戦乱に紛れていく。
そして一人取り残された私のところに、シオンさんとネネさんが駆け付けてきた。
「ご無事ですか、アリス様! お怪我は!?」
「私は大丈夫です。お二人こそ平気ですか?」
「私たちも何とか平気。ただクリアの奴を目の前にして、気分は超ブルーだけどね」
私の無事に安堵の色を見せるシオンさんと、膨れっ面をするネネさん。
二人共やや疲れが見えているけれど、まだ元気そうではあった。
その様子にホッとしたからか、代わりに現状へ怒りと悲しみがガンガンと込み上げてきた。
どんなに訴えても止まってくれない、みんなに対してだ。
魔法使いの立場、魔女の立場。
それぞれの気持ちがあって、止まるのが難しいのはわかる。
でも本来違いなんてない彼らが、こんな風に争うことが悲しくてたまらない。
誰も争う必要なんてなくて、傷付く必要もないのに。
今この瞬間も、倒れ命を落としていく人がいる。
王都を満たす怒りと悲しみの叫び、戦いと崩壊の騒音。
心が締め付けられて、苦しくてたまらない。
「いやだよ、私。やっぱりこんなの嫌だ」
周りで続く戦いを目にして、思わず泣き言がこぼれる。
『真理の剣』を強く握りしめ、私は歯を食いしばりながら。
シオンさんとネネさんが、そんな私に心配そうな目を向けてくる。
「こんな戦い、私は嫌だ。こんな悲しい戦い、私は認めない。私はこんなの、許さない……!」
魔法使いも魔女も、どっちも悪くない。
ただ、歩む過程が違って、在り方が異なってしまっただけ。
立場が違ってわかり合うことが簡単でなくても、傷付けあっちゃいけないんだ。
綺麗事かもしれない。
けれど私は、大好きな『まほうつかいの国』で、こんな悲しい戦いをして欲しくないから。
この場への悲しみ、不条理な現実への怒りが、心の内側から力を漲らせた。
純粋な力が私を満たし、大きな魔力が私を中心に渦巻く。
この戦いを止めたい。みんなを守りたいという一心が、私の力を膨れ上がらせた。
その力を『真理の剣』へと集結させ、両の手でしっかりと握り込む。
力を振るうことへの迷いなんて、今は全くなかった。
「お願い! みんな、戦いをやめて!!!」
純白の剣に込めた魔力を、渾身の力を込めて真上へと突き上げる。
『真理の剣』から登った純白の極光は、天を突き破るように打ち上がり、そして大きく弾けてその波動を周囲に広げた。
一帯が白く瞬き、刹那の静寂がその場を支配した。
『真理の剣』の力を持って広がった波動は、王都全体のあらゆる魔法を打ち消した。
それはその瞬間だけの、ほんの一時的な戦闘の阻害。
しかしそれが、私の存在を多くの人に知らしめることとなった。
見渡す限りの魔法使い、魔女の視線が、瞬間の静寂の中で私に降り注いだ。
そんな彼ら、彼女らに、私は純白の剣を高らからに掲げたまま、力の限り叫んだ。
「私はアリス! 花園 アリス! 『まほうつかいの国』の王である私が、この戦いを許さない!!!」
溜息交じりにそう言うレイくん。
大切そうに私の体に腕を回す一方で、どこか困ったように視線を泳がせる。
何か私に言いにくいことがあるかのように。
「そんな彼女と戦いながら移動していたら、ここの戦いに合流しちゃってね。なかなか抜け出せなくなってしまった。ちゃんと迎えに行けなくてごめんね」
「それは、いいんだけれど……」
肝心なことをハッキリ答えてくれないレイくん。
けれどそれを問い詰めている暇はない。
私はやんわりとその腕を解いてから、その腕を強く握った。
煌びやかな顔が疑問を浮かべて私を見下ろす。
「レイくん。とにかく今はこの戦いを止めようよ。レイくんもこの戦いは起こすべきじゃないって言ったたでしょ?」
「あー……ごめん。事情が変わったんだ。この戦いから手を引くことはできない」
「ど、どういうこと!?」
気不味そうに目を逸らすレイくんの腕を、思わずグイと引っ張る。
けれど線の細い体からは想像のつかない力強さでびくともしなかった。
「ごめん、詳しく説明している暇はないんだ。ただ言えることは、この戦いを止めたいのなら僕と一緒に────」
申し訳なさそうに、でも強い意志でレイくんがそう言いかけた時。
灼熱の業火が地面を這い、私たちに向かって押し寄せてきた。
それはレイくん一人に向けて勢いを伸ばし、その目の前で飲み込まんと大きく膨れ上がった。
レイくんは軽く舌打ちをしてから、即座に私を抱き寄せてその場から飛び上がった。
しかし覆い被さる炎をかわしたところで、黒マントの魔女が飛び込んできた。クリアちゃんだ。
「…………!」
マントを大きく翻し、クリアちゃんがレイくんの頭目掛けて手を伸ばす。
その手の内には凝縮した炎が燃えており、レイくんの眼前でかざされた瞬間、炸裂した。
「やめて!」
咄嗟のことだったけれど、なんとか反応が間に合った。
瞬間的に膨れ上がったその炎を、何とか『掌握』して辺りに散らして掻き消す。
炎を失ったその肌色の手を透かさず握って、私は顔の隠れたクリアちゃんを真っ直ぐ見た。
「クリアちゃん、お願い! もう誰とも戦わないで!」
「────!」
私の言葉に戸惑うように、クリアちゃんの手が強張る。
けれどそれは否定や拒絶ではないように思えた。
ちゃんと話せれば、わかってもらえるかもしれない。
そう思ったけれど、私が次の言葉をかける前に激しい氷結による攻撃がクリアちゃんの身を襲った。
咄嗟に私の手を振り払い、炎を振りまきながらその場を離脱したクリアちゃん。
大きな三角帽子の下で艶やかな黒髪のショートヘアを振り、隠れた顔を私の方に向けながら。
伸ばした手は空を切り、彼女には届かない。
そんな私の前をロード・スクルドが通り過ぎて、クリアちゃんへと一直線に向かっていった。
そんな二人を見送りながら、私を抱えたレイくんが着地した。
私も自分の足で立ち、レイくんの腕から離れた時、クロアさんがこちらへ慌ただしくやってきた。
「あぁ姫様! ご無事で何よりでございます。このような所、あなた様がいらっしゃってはなりません」
「クロアさん……! 私、こんな戦いやめて欲しいんです。だから、居ても立ってもいられなくて……!」
「左様で、ございますか……」
下半身を黒い蛸に変貌させているクロアさんは、私たちよりも遥かに高い位置でショボンと視線を落とした。
人ならざる気味の悪い気配を振りまきつつ、しかしそこには彼女本来の萎らしさを感じた。
クロアさんもこの戦いよくないと言っていたし、不本意な戦いに身を投じているのかもしれない。
「……いずれにしても、あなた様はここにいらっしゃるべきではございません。それでは本末転倒でございます」
「ああ、その通りだ。でもこうして合流できたわけだし、僕がアリスちゃんを連れて離脱するよ」
「はい。それがよろしいかと」
「え、でもそうしたらここは……!?」
二人のやりとりは、クロアさんはこの場に残り戦いを続けるというように聞こえた。
二人共この戦いを望んでいなかったはずなのに。
私が二人の顔を交互に見ながら声を上げると、レイくんが眉を落とした。
「魔女狩りを食い止める為には、戦いの手は緩められない。君主と渡り合えるクロアには、ここを保ってもらわないと」
「そんな、どうして!? 二人共、どうしちゃったの!?」
「事情はここを離れてから説明するよ。とにかく今は僕と一緒に行こう。この戦いを止める為だ」
そう言って、レイくんはそっと手を差し出してきた。
何故戦いを否定していたレイくんとクロアさんが、その渦中にいるのかはわからない。
けれどこの事態を一刻も早く解決する為には、レイくんと一緒にホワイトのところに行くしかない。
この戦いを放置していくことには気が引けるけれど。
でもそれが一番の近道ならば、飲み込んで進むしかないかもしれない。
幸い今の私は一人じゃない。シオンさんとネネさんがいる。
そう気持ちを切り替えて、レイくんの手を取ろうとしたその時。
荒れ狂う炎の濁流と、凍て尽くす氷の波が私たちを挟み込むように同時に迫ってきた。
二人で争っていたクリアちゃんとロード・スクルドの攻撃が、こちらに流れてきたようだった。
双方の魔法を、レイくんとクロアさんが即座に障壁で防ぐ。
しかしその場に当人たちが飛び込んで来たことで、離脱を余儀なくされた。
私の目の前で四人がもつれ、入り乱れて過ぎ去っていく。
それぞれが各々の思惑で動いているせいで、常に邪魔のし合いになっているようだった。
「アリス様!」
レイくんがロード・スクルドと、クロアさんがクリアちゃんと揉み合いながら戦乱に紛れていく。
そして一人取り残された私のところに、シオンさんとネネさんが駆け付けてきた。
「ご無事ですか、アリス様! お怪我は!?」
「私は大丈夫です。お二人こそ平気ですか?」
「私たちも何とか平気。ただクリアの奴を目の前にして、気分は超ブルーだけどね」
私の無事に安堵の色を見せるシオンさんと、膨れっ面をするネネさん。
二人共やや疲れが見えているけれど、まだ元気そうではあった。
その様子にホッとしたからか、代わりに現状へ怒りと悲しみがガンガンと込み上げてきた。
どんなに訴えても止まってくれない、みんなに対してだ。
魔法使いの立場、魔女の立場。
それぞれの気持ちがあって、止まるのが難しいのはわかる。
でも本来違いなんてない彼らが、こんな風に争うことが悲しくてたまらない。
誰も争う必要なんてなくて、傷付く必要もないのに。
今この瞬間も、倒れ命を落としていく人がいる。
王都を満たす怒りと悲しみの叫び、戦いと崩壊の騒音。
心が締め付けられて、苦しくてたまらない。
「いやだよ、私。やっぱりこんなの嫌だ」
周りで続く戦いを目にして、思わず泣き言がこぼれる。
『真理の剣』を強く握りしめ、私は歯を食いしばりながら。
シオンさんとネネさんが、そんな私に心配そうな目を向けてくる。
「こんな戦い、私は嫌だ。こんな悲しい戦い、私は認めない。私はこんなの、許さない……!」
魔法使いも魔女も、どっちも悪くない。
ただ、歩む過程が違って、在り方が異なってしまっただけ。
立場が違ってわかり合うことが簡単でなくても、傷付けあっちゃいけないんだ。
綺麗事かもしれない。
けれど私は、大好きな『まほうつかいの国』で、こんな悲しい戦いをして欲しくないから。
この場への悲しみ、不条理な現実への怒りが、心の内側から力を漲らせた。
純粋な力が私を満たし、大きな魔力が私を中心に渦巻く。
この戦いを止めたい。みんなを守りたいという一心が、私の力を膨れ上がらせた。
その力を『真理の剣』へと集結させ、両の手でしっかりと握り込む。
力を振るうことへの迷いなんて、今は全くなかった。
「お願い! みんな、戦いをやめて!!!」
純白の剣に込めた魔力を、渾身の力を込めて真上へと突き上げる。
『真理の剣』から登った純白の極光は、天を突き破るように打ち上がり、そして大きく弾けてその波動を周囲に広げた。
一帯が白く瞬き、刹那の静寂がその場を支配した。
『真理の剣』の力を持って広がった波動は、王都全体のあらゆる魔法を打ち消した。
それはその瞬間だけの、ほんの一時的な戦闘の阻害。
しかしそれが、私の存在を多くの人に知らしめることとなった。
見渡す限りの魔法使い、魔女の視線が、瞬間の静寂の中で私に降り注いだ。
そんな彼ら、彼女らに、私は純白の剣を高らからに掲げたまま、力の限り叫んだ。
「私はアリス! 花園 アリス! 『まほうつかいの国』の王である私が、この戦いを許さない!!!」
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