上 下
647 / 984
第7章 リアリスティック・ドリームワールド

78 姉妹の迎え

しおりを挟む
 上空から呼びつけられて思わずびくりとする。
 慌てて空を見上げてみれば、ものすごいスピードで滑空してくる二人分の黒い人影があった。

「あぁ……! アリス様、よかった!」

 戦闘機のような勢いで突風を撒き散らしながら飛んできたその人影は、私のすぐ脇で着地した。
 空気を叩きつけたような風圧がぶわっと辺りに広がって、花々が大きくたなびき、花弁が大量に舞い散った。
 しかし人影はそんなことなど気にせずに、私に顔を向けて通り抜けるような明るい声を上げた。

「ご無事でなによりです。ホッとしました」
「シ、シオンさん! それにネネさんも!」

 漫画に出てくる超人のような慌ただしい登場をしたのは、漆黒の軍服を着込んだ姉妹の魔女狩り、シオンさんとネネさんだった。
 ロード・ホーリー傘下の、H1エチイワンH2エイチツーである二人だ。

 闇をまとうような漆黒のロングコートタイプの軍服。
 それと対照的なスタイリッシュなショートパンツと、引き締まった脚を包む網タイツ。
 厳格さの中に女性らしい艶やかさを含んだその風体は、以前会った時と変わっていない。

 真っ先に身を乗り出してきたのは、姉のシオンさん。
 柔らかな風に優雅になびく茶髪を振りながら、爽やかな笑みを浮かべて私の手を取った。
 長めの前髪によって隠れている片目が風によってチラチラと見え、そこに安堵の色が窺える。

 そのすぐ後ろには妹のネネさんが控えていた。
 シオンさんの背中に身を寄せて、その肩に顎を乗せて私にクイっと顔を向けてくる。
 艶々としたストンとストレートな黒髪と、ツンとした仏頂面は相変わらず。
 けれど直向きに注がれる視線を受ければ、彼女もまた心配してくれていたというのがわかった。

「先日はあまりお力になれず、すみませんでした。しかし此度こそはと、急ぎ馳せ参じました。ライト様より、あなたが不本意な度界をされたと伺いましたので」
「ありがとうございます。不本意というか……まぁちょっとトラブルで友達と逸れちゃったって感じなんですけど」

 キリッとした凛々しくも、優しく私を労うように身を寄せてくるシオンさん。
 最近では数日前に一度会っただけではあるけれど、封印が解けたことで、お姫様をしていた頃に何回か会ったことがあるのを思い出した。
 だから二人は頼もしく信頼できることはよくわかっている。
 姉妹の来訪に、正直大分ホッとした。

「元々あの城を経由するって聞いてたから、取り敢えず見に来てみたんだよ。もしここにいなかったら他にアテがなかったし、見つかってラッキーだったよ」
「私も見つけてもらえてラッキーでした。でも、どうして私がこっちに来ることや、あの城に来ることを知ってたんですか?」
「ライト様がナイトウォーカーから知らせを受けてね~」
「…………!?」

 シオンさんの背中にもたれ掛かったまま、ネネさんは気の抜けたような喋り方で言った。
 何の気無しの軽い口調ではあったけど、私としては驚きを隠せなかった。

 ナイトウォーカーとは、夜子さんのことだ。
 夜子さんからロード・ホーリーに知らせを送るなんて、二人には何か繋がりがあるっていうこと?

 いやでも、思えば五年前の封印の出来事に関しても、夜子さんはロード・ホーリーと繋がりがあるようなことを言っていた。
 元々同じ魔法使いとして『まほうつかいの国』にいたわけだから、何かしらの関わりがあってもおかしくはない、か。

 ロード・ホーリーはシオンさんたち曰く、私のことを心配してくれている人だから、他の人たちとは違うらしいし。
 でも個人的には、晴香を魔女にして鍵の命運を背負わせた彼女には、とてもじゃないけれど良い印象は持てなかった。
 けれど、夜子さんが頼るのだから一応信頼できる人ではあるんだろう。

「私たちはライト様より、あなたの確保と護衛を言い付っています。ですのでもうご安心を」
「あ、はい。ありがとうございます……」

 頭をぐるぐると巡らせていた私に、シオンさんがふんわりと微笑んだ。
 大人のお姉さんらしい落ち着いた雰囲気は、こうしてそばにいてもらえるだけで心が安らぐ。

 ただ、黒いロングコートから覗くスラリと長い網タイツの脚があまりにもセクシーで、安心と共にドキドキもついてくる。
 軍帽も含めて全て黒で統一されているから、短いショートパンツから伸びるその白い脚が眩しく目立って仕方ない。

「ですが、今は少々問題がありまして……」

 優しく浮かべた笑顔を真剣な眼差しに変えて、シオンさんは困ったように眉を落とした。

「本来であれば他の魔法使いの目を避けるため、私たちの拠点であるロード・ホーリーの館にお連れしたい所なのですが……」
「今、王都はワルプルギスの襲撃を受けてるんだよ。だから流石にその渦中にアリス様を連れてはいけないんだよね」
「え! ワルプルギスが!?」

 ネネさんがしれっと口にした言葉に、私はビクリと反応してしまった。
 王都がワルプルギスに襲撃を受けている。
 それはつまり、ホワイトによる魔法使いへの大規模な叛逆の作戦が動き始めてしまっているということだ。

「遅かった……!」

 無謀なその戦いを未然に防ぎたかったのに、できなかった。
 多くの魔女が明らかに形成不利な戦いに投じられ、命を危険に晒してしまっている。

 いても立ってもいられなくなった私は、すぐさま王都に向かおうと足を動かした。
 けれどそんな私の手を、シオンさんが強く握って止める。

「お待ち下さいアリス様。どこに行かれようというのです?」
「もちろん王都です! 私は、ワルプルギスの無謀な戦いを止めるために、魔法使いと魔女の争いを止めるために、またこの世界に来たんですから。早く、止めに行かないと!」
「お待ち下さい!」

 振り払って行こうとしても、シオンさんは手を放してくれない。
 どうしてと思わず睨むように顔を向けると、思い悩むような静かな瞳が私に向けられていた。
 そんなシオンさんと目が合い、少し冷静になる。

「お気持ちはわかります。私たちとて、魔法使いと魔女の争いは愚かなものだと思っております。しかし、あなたは御身の重要性をわかっておられるのですか? あなたは、戦いの渦中に飛び込むべきお方ではありません」
「自分の立場は、よくわかってます。だからこそなんです。だからこそ私は、自分の責任を果たすために行かなきゃいけないんです」

 穏やかな口調で諭すように語りかけてくるシオンさん。
 確かに、普通の一国のお姫様だとしたら、危険に飛び込むべきじゃない。
 でも私は、『まほうつかいの国』のお姫様である前に、ドルミーレと『始まりの力』を持つ人間だから。
 それが原因で起きている問題を、見過ごすことなんてできない。

「心配してもらえるのは嬉しいですけど、ごめんなさい。私はこの為に来たんです。これ以上、悲しむ人を出さない為に」
「ですが、アリス様────」
「まぁまぁ姉様ねえさま。アリス様がこう言ってるんだからさ」

 不安な面持ちで渋るシオンさんを、ネネさんがふわっと宥めた。
 寄り掛かっていた体をのっそりと離して、私からシオンさんの手を解くネネさん。
 その代わりに自身が私たちの渡りとなって、眠たそうな緩い笑みで私たちを交互に見た。

「ライト様に言われた通り、私たちは魔法使いと魔女の行末を見なきゃでしょ? その為には、アリス様の望む通りにしてもらった方がいいんじゃない?」
「そ、それは……まぁ、確かに……」

 やる気のなさそうな抑揚の少ない喋り方で、しかししっかりと意見を述べるネネさん。
 それを受けたシオンさんは、若干俯いて小さく唸った。
 けれどすぐにあげた顔には、意を決した凛としたものがあった。

「わかりました。アリス様のご意志のままに。私たちが王都まで安全にお送り致しましょう」

 そう頷いたシオンさんに、ネネさんが私に向かってニヤッとした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

今日も聖女は拳をふるう

こう7
ファンタジー
この世界オーロラルでは、12歳になると各国の各町にある教会で洗礼式が行われる。 その際、神様から聖女の称号を承ると、どんな傷も病気もあっという間に直す回復魔法を習得出来る。 そんな称号を手に入れたのは、小さな小さな村に住んでいる1人の女の子だった。 女の子はふと思う、「どんだけ怪我しても治るなら、いくらでも強い敵に突貫出来る!」。 これは、男勝りの脳筋少女アリスの物語。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

【宮廷魔法士のやり直し!】~王宮を追放された天才魔法士は山奥の村の変な野菜娘に拾われたので新たな人生を『なんでも屋』で謳歌したい!~

夕姫
ファンタジー
【私。この『なんでも屋』で高級ラディッシュになります(?)】 「今日であなたはクビです。今までフローレンス王宮の宮廷魔法士としてお勤めご苦労様でした。」 アイリーン=アドネスは宮廷魔法士を束ねている筆頭魔法士のシャーロット=マリーゴールド女史にそう言われる。 理由は国の禁書庫の古代文献を持ち出したという。そんな嘘をエレイナとアストンという2人の貴族出身の宮廷魔法士に告げ口される。この2人は平民出身で王立学院を首席で卒業、そしてフローレンス王国の第一王女クリスティーナの親友という存在のアイリーンのことをよく思っていなかった。 もちろん周りの同僚の魔法士たちも平民出身の魔法士などいても邪魔にしかならない、誰もアイリーンを助けてくれない。 自分は何もしてない、しかも突然辞めろと言われ、挙句の果てにはエレイナに平手で殴られる始末。 王国を追放され、すべてを失ったアイリーンは途方に暮れあてもなく歩いていると森の中へ。そこで悔しさから下を向き泣いていると 「どうしたのお姉さん?そんな収穫3日後のラディッシュみたいな顔しちゃって?」 オレンジ色の髪のおさげの少女エイミーと出会う。彼女は自分の仕事にアイリーンを雇ってあげるといい、山奥の農村ピースフルに連れていく。そのエイミーの仕事とは「なんでも屋」だと言うのだが…… アイリーンは新規一転、自分の魔法能力を使い、エイミーや仲間と共にこの山奥の農村ピースフルの「なんでも屋」で働くことになる。 そして今日も大きなあの声が聞こえる。 「いらっしゃいませ!なんでも屋へようこそ!」 と

闇の世界の住人達

おとなのふりかけ紅鮭
ファンタジー
そこは暗闇だった。真っ暗で何もない場所。 そんな場所で生まれた彼のいる場所に人がやってきた。 色々な人と出会い、人以外とも出会い、いつしか彼の世界は広がっていく。 小説家になろうでも投稿しています。 そちらがメインになっていますが、どちらも同じように投稿する予定です。 ただ、闇の世界はすでにかなりの話数を上げていますので、こちらへの掲載は少し時間がかかると思います。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

おれは忍者の子孫

メバ
ファンタジー
鈴木 重清(しげきよ)は中学に入学し、ひょんなことから社会科研究部の説明会に、親友の聡太(そうた)とともに参加することに。 しかし社会科研究部とは世を忍ぶ仮の姿。そこは、忍者を養成する忍者部だった! 勢いで忍者部に入部した重清は忍者だけが使える力、忍力で黒猫のプレッソを具現化し、晴れて忍者に。 しかし正式な忍者部入部のための試験に挑む重清は、同じく忍者部に入部した同級生達が次々に試験をクリアしていくなか、1人出遅れていた。 思い悩む重清は、祖母の元を訪れ、そこで自身が忍者の子孫であるという事実と、祖母と試験中に他界した祖父も忍者であったことを聞かされる。 忍者の血を引く重清は、無事正式に忍者となることがでにるのか。そして彼は何を目指し、どう成長していくのか!? これは忍者の血を引く普通の少年が、ドタバタ過ごしながらも少しずつ成長していく物語。 初投稿のため、たくさんの突っ込みどころがあるかと思いますが、生暖かい目で見ていただけると幸いです。

処理中です...