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第7章 リアリスティック・ドリームワールド

59 もう一度あちらへ

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 ホワイトはきっと、世界の在り方の事実を知ったんだ。
『始まりの力』によって私の夢が形を持ったのが、あちらの世界だということを。

 ホワイトはそもそもこちらの人間だけれど、『魔女ウィルス』に感染し、そしてレイくんと出会っている。
 その立場と正義感が、魔法使い優位のあちらの世界の在り方を許せなかったんだ。
 そしてそれが作り物によるものだと知ったことで、その全てを正そうと考えた。その正義の名の下に。

 憶測に過ぎないけれど、大きく外れてはいないと思う。
 魔女としての正義を貫く彼女は、そういうものとして作られた世界を間違っていると判断したんだ。
 だから魔法使いに叛逆するレジスタンス活動の果てで、世界そのものを自分たちの納得する形にしようとしている。
 彼女たちが信奉しているドルミーレを中心とした、魔女の世界を。

 その気持ちは、今の私にはよくわかる。
 誰かの手によって作り出された偽りの世界。しかもそれが不条理なものであれば、受け入れるのは難しい。
 私だって、自分の夢をベースに創り出された世界が、どうして『魔女ウィルス』に多くの人が苦しめられているような、そんな悲しいことになっているのか納得できない。
 けれどだからといって、今そこで過ごし生きている人たち全てを否定して、自分の都合の良い世界に創り直してしまおうなんて思わない。

 魔法使いには彼らの考えや都合があって、それは一方の考えで勝手に否定していいものなんかじゃない。
 魔女を忌み嫌い蔑む魔法使いだけれど、そこには正統性だってあるのだから。
 魔女狩りがしていることは残虐だけれど、でも彼らが魔女を討ち取っているからこそあの国は成り立っているという現実は、決して目を背けてはいけない。
 魔女が全く狩られていなかったら、『魔女ウィルス』の侵食による死人は沢山出ていて、国は崩壊していたかもしれないんだから。

 だからやっぱり、ワルプルギスの行いを黙って見ていることなんてできない。
 その叛逆も、無謀な戦いも、世界の再編も。
 魔女の一方的な都合と価値観によるそれは、決して許せるものではないから。

「夜子さん。私、お願いがあるんです」

 大きく息を吸って気持ちを整える。
 私が改まって目を向けると、夜子さんはうんと静かに頷いた。

「私、また『まほうつかいの国』に行きたいんです。その為に、力を貸してもらえないでしょうか」

 私の手を握る氷室さんの手が、ピクリと揺れた。
 けれどそれは一瞬で、すぐに私を支えるように握る強さが強められた。
 その感触を頼もしく思いながらまっすぐ夜子さんを見続けると、穏やかな笑みが返ってきた。

「なるほど。もう、決めたんだね?」
「はい。もう後手に回っている暇はありません。私は自分の手で全てを救う為に、あちらの世界に行って向き合いたいんです」

 一瞬も目を逸らさず、夜子さんに向けて覚悟を口にする。
 五年前に封印を受ける前、幼かった私は夜子さんに弱音をこぼして問題を先延ばしにするという選択肢を提示された。
 その先延ばしにしたものを、受け止めるのが今だ。
 長い間溜め込んできたものに目を向けて、今こそ全てに立ち向かう時だ。

 あの世界は私によって生み出された世界なのだから。
 私に中に眠るドルミーレが全ての問題の原因なのだから。
 私はあの世界で全てを目にし、対面する責任がある。

 その為の強さを、もう私は培ってきたはずだから。

「世界が私の夢から生まれたものだとしても、今起きている問題や苦しみは本物です。ワルプルギスが起こそうとしていることや、魔法使いが巡らせている思惑。そして全ての原因であるドルミーレ。その全てにケリをつける為には、もうここでじっとしてなんていられない。だから夜子さん。私に、あちらの世界に行く力を貸してください」
「…………」

 私の言葉にゆっくりと耳を傾けながら、夜子さんは無言で頷きながらソファーに背を預けた。
 ゆったりと座り込んで、緩やかな視線を私に向けて口元を緩める。
 しばらくそうやって私のことを観察してから、夜子さんはそっと口を開いた。

「もちろん、君が望むのなら手を貸そう。私は君の選択を見守るのが仕事だからね。君が全てに向き合う覚悟をしたというのなら、その背中を押すだけさ」

 そう言うと、夜子さんが穏やかな笑みから普段通りのニヤニヤ顔に切り替えた。
 余裕に満ち溢れた、どこか尊大で偉そうな、けれど抜けきった緩い笑み。
 今も昔も私が良く知る、夜子さんの姿だ。

「私は君自身の選択を尊重する。君が君らしく生き、感じるままに動くことこそが私の望みだからね。その果てに現れる結果を、私は粛々と受け入れるさ。最後に結論をつけるのは結局だからね」
「……はい。ありがとうございます」

 夜子さんはきっと、まだまだ私にはわからないことを知っている。
 けれどそれを今話さないのなら、それはきっとまだ今知るべきことじゃないんだ。
 夜子さんがそう判断しているのなら、私は今自分にわかることに意識を向けて立ち向かおう。

 ここまできたら、きっと全てが明らかになるのはそう遠くないだろうから。

 夜子さんは私が力強く頷くのを確認すると、満足そうに笑みを強めて、それなら視線を隣の氷室さんに向けた。
 ニヤニヤとしたいつもの笑みを浮かべながら、緩やかに煌く瞳で氷室さんを舐め回すように眺める。

「君も、一緒に行くのかな?」
「…………はい。もちろん」
「そうか。君は本当にアリスちゃんが大好きなんだねぇ」

 すっと私に身を寄せながら頷いた氷室さんに、夜子さんは軽い口調で素っ気なく返した。
 自分で聞いておいて、と思ったけれど、夜子さんは夜子さんで氷室さんのことを心配しているのかもしれない。
『まほうつかいの国』出身の氷室さんは、魔女になったことでロード・スクルドをはじめとする家族から迫害を受けた。
 そんな人たちがいるあちら側に行けるのかと、それを確かめたかったのかもしれない。

 けれど氷室さんのスカイブルーの瞳には強い覚悟が宿っている。
 だから夜子さんはそれ以上何も言わなかった。

「あの、あと善子さんも一緒に行ってくれると思います。ホワイトを一緒に止めるって、約束したので」
「善子ちゃん、ねぇ。そっかー」

 私の言葉に夜子さんは視線を逸らし、困ったように眉を寄せた。
 何故そこで渋るのか。私が尋ねようとすると、夜子さんはすぐに表情を戻して先に口を開いた。

「────まぁわかった。君たちにを向こうに送ってあげよう。こちらの世界のことはひとまず私に任せておくといい」

 お行儀悪くソファーの上で膝を立てて、夜子さんはのんびりと言った。
 器用に膝に肘を乗せて頬杖をつき、歪んだ顔で私のことをジッと見る。

「ただ、今日のことで私も結構疲れていてね。すぐに君たちを送り出すってわけにもいかない。世界間移動は燃費悪いしさ。それにアリスちゃんだって大分堪えているだろう? だから今日はみんなでゆっくり休んで、行動は明日起こすとしよう」
「そ、そうですね……。焦って行くより、万全に準備した方がいいですし」
「そういうこと。それに考える時間が必要な子も、まだいるだろうからね」

 そう言うと、夜子さんは明後日の方向に視線を向けた。
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