上 下
612 / 984
第7章 リアリスティック・ドリームワールド

43 世界を正す者

しおりを挟む
「レイさんの仰ることも……最も。今は一時、御身には目を瞑りましょう。しかし、これだけは譲りかねます。わたくしの、正義の名の下に」

 ホワイトが大手を振り上げてそう宣言した時、パンッと一瞬彼女から光が瞬いた。
 その閃光に目を眩ませながら、何が起きたのかと辺りを見回すと、下から何かが次々と浮かび上がってくるのが見えた。

 それは、人だった。
 私よりも年下な子供から、大人まで。全部女の人。
 気を失ってだらんと力が抜けている人たちが大勢、地上から浮かび上がってくる。
 街の至る所から引き寄せられるように飛んできたその人たちは、ホワイトの背後にどんどんと集結した。

 まるで大量の操り人形が吊り下げられているかの状況に、言葉を失う。
 力なく、ただされるがままに集結させられた意識のない人々たちを背に、ホワイトは静かな笑みを浮かべた。

「選ばれし同志たち。理想郷ユートピアへと至る資格を持つ全ての魔女を、わたくしは導かねばなりません。正義の名の下に、あるべき場所へと。それは、あちらの世界の魔女のみならず、ここにいる彼女たちも例外ではございません」
「…………!?」

 あそこに集められた人々からは、確かに魔女の気配を感じる。
 元々魔女だったのか、はたまた今日の活性化によって新たに感染した人か。
 いずれにしても、『魔女ウィルス』に一定の適性を持つ人たちだ。

 そんな人たちを一様に集め、ホワイトは勝手な言葉を並べた。
 この世界の魔女を、連れて行くつもりなんだ。

「そんなこと、許されるわけがない! 魔女だからといって、全員があなたに従うわけではないんですよ!?」
「許されますとも。何度も申し上げておりますが、これは救済なのですから」

 あまりにも大胆で自己中心的な集団誘拐。
 そんな非人道的なことがあってたまるかと、私は声の限りに叫んだけれど。
 堂々とした光をまとうホワイトは、ただ頑なに首を横に振る。

「始祖様が齎した『魔女ウィルス』。それに適合する者は選ばれし者。偽りの世界から脱却し、夢の世界に至る権利を持つ者。全ての魔女を苦痛に満ちた世界から救い出し、安寧へと導くのですから、これもまた正義」
「偽りの世界……!? あなたは一体、何を……!」

 ホワイトの言っていることはさっぱりわからなかった。
 ワルプルギスが目指しているのは、魔法使いが存在しない魔女の世界の再編だと前に言っていた。
 ならば彼女にとっての偽りの世界とは、魔女が虐げられている現状ってこと……?

 キョトンとせざるを得ない私に、ホワイトは哀れとでも言うように冷ややかな目を向けてきた。

「貴女様は、本当はご存知のはずです。ドルミーレ様を抱く貴女様ならば。を生み出したのは、他ならぬ貴女様のお力なのですから。わたくし共はただ、その標に従い、理想の果てを目指すのみにございます」
「私の力が……え……? どういうこと? 一体、何が言いたいの!?」
「その御心に問うてみては如何でしょう。貴女様の知る世界の真贋は如何に、と。そうすれば、現実と夢の境がおわかりになるでしょう。あるべき真実の世界と、儚き偽りの世界の違いが」

 その言葉は、まるで私を嘲るようだった。
 何も知らない私を責めるような、非難するような。
 理解できないことを愚かだと罵るような。

「世界には、あるべき姿がございます。など、例えそれが誰によるものだとしても、間違っている。故にわたくしは、世界を正すのです。魔女が苦しむことがない、本来の世界に」

 ホワイトの言葉に、私は完全についていけなくなった。
 けれどその語気に、現状への怒りが満ちていることだけはわかる。
 どれほどまでに、この世界を覆したいと思っているか。
 でも、その言葉が意味するところがわからない。

 真贋? 現実と夢?
 人の夢によって創り出された世界って……?

 わからないけれど、今の彼女のやり方を見過ごすことはできない。
 何にも関係ないこの世界の魔女たちを連れ去って、手中に収めようとしているホワイト。
 彼女はそれを救いだと言い張るけれど、あの人たちがその後どうされるのかわかったものじゃない。

「わからない……あなたの言うことは全部わからない……! どうしてもっとわかり合おうとしてくれないんですか……!?」
「お言葉を返すようですが、それはこちらの台詞でございます。どうして貴女様は、わたくしの正義をおわかりにならないのですか」

 ホワイトは深い溜息をついて吐き捨てるように言いながら、肩を落として広げいてた腕を下ろした。
 まるで、話してはもうこれでお終いと言うように。

「まぁ、今は良いでしょう。貴女様を一刻も早くお迎えしたい。その思いに変わりはありませんが、今は致し方ありません。新たに得た同志と共に、今は失礼いたします」
「ま、待って! そんなこと────」
「いいえ、待ちません」

 思わず手を伸ばした私の制止を、ホワイトがピシャリと跳ね除けたその時。
 青い空から太いスポットライトのような光の柱が差し込んで、その姿を包み込んだ。
 燦々と輝く太陽に光にも負けない強い極光の柱。
 ホワイトを中心にして広がるそれは、当然のように彼女の背後に侍る女の人たちも眩く照らした。

「それでは姫殿下、ご機嫌よう。貴女様が世界を、そして人々を救いたいとお思いであるのならば。どうぞ、よくお考えになられるがよろしいかと……」
「待って! ホワイト!!!」

 人々を引き連れ、冷ややかな瞳で私たちを見下しながら天へと昇っていくホワイト。
 あの魔女の人たちを連れて行かれるわけにはいかない。
 私は慌てて、弱り切った体に鞭を打ち、全身に魔力を漲らせようとした。

 けれど、ドルミーレの力に痛めつけられたせいか、思うように力が巡らない。
 むしろ力が抜けていくようで、意識が歪んだ。
 よろめく体で必死に空を見上げ、手を伸ばしても、それはただ空を切るだけ。

「レ、レイくん……!」

 朦朧としだした意識の中、ホワイトの傍で共に天へと昇っていく黒い姿に声を飛ばす。
 レイくんは私の呼びかけに応えて顔を向けると、困ったように眉を寄せた。

「すぐにまた、迎えにくるよ。すぐにね。でも今はこうするしかないんだ。ごめんね、アリスちゃん」

 横目でホワイトを窺いながら、レイくんは苦い笑顔を浮かべてそう言った。
 今のレイくんの立場では、私に完全に味方をしてホワイトに真正面から反抗することはできないんだ。
 現状をなんとか収めるには、こうするしかないのかもしれない。

 例えそうだとしても、今この手を放れていってしまうのが、どうしても悲しかった。

「姫様。私もこの場は、失礼致します」

 クロアさんはそう言うと、私の横をすり抜けて光の柱の中に飛び込んだ。
 けれどその顔は、私と一緒にいたいと言う気持ちを隠しきれていなかった。
 そんな泣きそうな表情を向けられたら、引き止めることなんてできない。

 彼女もまた、ままならない立場にいるんだ。

「真奈実……! 待ちなさいよ、真奈実!!!」

 天高く昇っていくホワイトに、善子さんが叫ぶ。
 立っているのもやっとなボロボロの体で、それでも強くその姿を見据えながら。

「真奈実! 私が、絶対にアンタを止めてやる! アンタから教わったこの力と、正義で。必ず!!!」
「善子さん…………」

 噛み付くように力強く叫ぶ善子さんに、ホワイトは重い溜息をついた。
 そこに含まれていたのは、呆れと嘆き。

「本当に、愚かな人。貴女はどうして、そこまで道を踏み外してしまうのでしょう。もし、これ以上貴女がわたくしを妨げると言うのであれば。再び、わたくしと相見えるというのなら。わたくしは、貴女を────」

 あまりにも冷め切った言葉。
 それは容赦なく、躊躇うことなく放たれた。

「貴女を、殺してしまわなければなりません」
「ッッッ────────!!!」

 その明確な拒絶の言葉に、善子さんの膝がガクッと折れた。
 魂が抜けたような顔で見上げるその瞳は、絶望の色を映している。

 しかし善子さんのそんな様子を気にするそぶりも見せず、ホワイトはこちらに背を向けた。
 もう、かけるべき言葉などないという風に。
 そして引き連れた大勢の魔女と共に、天高い光の彼方へと消えていってしまったのだった。

 それを見送った瞬間、朦朧としていた私の意識は急激に遠のき出した。
 ブラックアウトしそうになる中で、すぐ横でへたり込む善子さんに手を伸ばす。
 けれどそれが届く前に、私の意識はプツンと切れてしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜

平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。 だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。 流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!? 魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。 そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…? 完結済全6話

【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜

福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。 彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。 だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。 「お義姉さま!」           . . 「姉などと呼ばないでください、メリルさん」 しかし、今はまだ辛抱のとき。 セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。 ──これは、20年前の断罪劇の続き。 喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。 ※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。 旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』 ※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。 ※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

公爵家の半端者~悪役令嬢なんてやるよりも、隣国で冒険する方がいい~

石動なつめ
ファンタジー
半端者の公爵令嬢ベリル・ミスリルハンドは、王立学院の休日を利用して隣国のダンジョンに潜ったりと冒険者生活を満喫していた。 しかしある日、王様から『悪役令嬢役』を押し付けられる。何でも王妃様が最近悪役令嬢を主人公とした小説にはまっているのだとか。 冗談ではないと断りたいが権力には逆らえず、残念な演技力と棒読みで悪役令嬢役をこなしていく。 自分からは率先して何もする気はないベリルだったが、その『役』のせいでだんだんとおかしな状況になっていき……。 ※小説家になろうにも掲載しています。

あなたのことなんて、もうどうでもいいです

もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。 元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

処理中です...