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第7章 リアリスティック・ドリームワールド

27 心変わり

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「ご気分は、落ち着かれましたか?」
「ええ、お陰様で」

 他人事のように淡々と尋ねてくるホワイトに、皮肉たっぷりで返す。
 けれど彼女はそれを気に留めることなく、ただ薄く笑み浮かべるだけ。
 世話のかかる子供だと苦笑するように。

 ホワイトには現状に思うところなんてないんだ。
 今彼女が口にした事実だって、私に尋ねられたから答えただけ。
 彼女は、魔法によって『魔女ウィルス』が撒かれることも、その先で人が苦しむことも、何も気に留めていない。

「……何故、今この世界がこうなっているのかは、わかりました。わかりましたから、もうこんなことはやめてください! これ以上、犠牲者を増やさないで!」
「これは困りました。わたくしは、我らが目指す新たな世界の為に最善を尽くしております。それはつまり、貴女様の為、始祖様の為。必要なことなのです」
「こんなこと、私は必要だとは思いません! 人を強制的に『魔女ウィルス』に感染させるだなんて、そんなのは正義なんかじゃない!」

 ホワイトの顔が、一瞬で陰った。
 落ち着いた穏やかな笑みが引っ込み、白く塗り潰したような真顔になる。
 なまじ美人であるせいで、ただ真顔なだけなのに、そこには強烈な迫力があった。

「……姫殿下。わたくしは悲しゅうございます。この正義をご理解頂けないとは。魔女の為の志をご理解頂けないとは。この不条理な世界の中で、私が指し示すものこそがまことであると、感じて頂けないとは」

 真顔のまま目を伏せて、ホワイトは淡々と言葉を並べた。
 しかしそれは悲しみに暮れているというよりは、静かな怒りの炎を燻らせているように見えた。

 そんな彼女に、善子さんが噛み付いた。

「そんなの、わかるわけないでしょ! アンタがやってることは人殺しも同然だ! だって原因はともかく、今この街を混乱に貶めてるのはアンタなんでしょーが!」
「人殺し……わたくしをそう呼ぶのですか、善子さん。わたくしは誰一人として手にかけてなどおりません。わたくしが行ったことは、この街に溢れる魔力、『魔女ウィルス』を活性化させただけ。それに充てられ感染し、魔女になり生存している者、力至らずすぐに死に至った者。いずれも自然の流れでございます」
「ふざけないでよ! アンタがそうやって活性化なんてさせてなきゃ、今ここでこんな騒ぎにはならなかった。まだ魔女にならずに済んだ人、死なずに済んだ人がいたんだ! その責任は、アンタにあんのよ!」

 飽くまでなるようになっただけ。そう口にするホワイトに、善子さんは癇癪に近い叫び声を上げた。
 けれどそれは、私と全く同じ気持ち。喚き散らすような叫びでも、その筋はしっかりと通っていた。
 例えいずれ辿る道だったとしても、勝手にそれを推し進めて人に苦しみを与えるなんて、そんなことは間違ってる。
 それで自分は関係ないなんて、そんなこと道理が通らない。

「悪いけどホワイト。僕も今の君のやり方には賛同しかねる。これはあまりにも無差別的だ。こんな方法で同志を増やしたところで、高が知れているじゃないか」
「レイさん、あなたまで……」
「これはあまりにも過激すぎる。それに、我らが姫君であるアリスちゃんがそれを望まない。これ以上は、ダメだ」

 ホワイトの真顔がやや歪み、戸惑いの色が見えた。
 ここまで否定尽くされるとは思わなかったのか。それともレイくんの言葉が効いたのか。
 いずれにしても、その表情には僅かに揺らぎが生まれた。
 そこに、レイくんが言葉を続ける。

「アリスちゃんが僕らの元に来てくれると言っているんだ。そしてそのアリスちゃんが現状を嘆いている。君の言わんとしていることはわからなくもないけれど、今は手を引いてくれないかな。まずは、アリスちゃんの力を借りて計画を先に進めるのが先決だと、僕は思う」
「………………」

 レイくんの言葉は柔らかく、ホワイトを刺激しないように丁寧に紡がれる。
 彼女の行いを止めようという意思を含みつつ、しかし普段通りに柔らかく甘い雰囲気で。
 爽やかで煌びやかな笑顔と共に、優しく。

 それを受けたホワイトは静かに息を飲み、それからレイくんと私を交互に見た。
 何度か視線を巡らせた後、ホワイトは眉を強く寄せた。

「……確かにレイさんの仰る通り、本来の計画を進めることこそが重要でございますね」
「あぁそうさ。魔女の安寧を得られれば、その先はどうにでもなる。だから────」
「ですが、姫殿下という存在はあまりにも不確定。故にわたくしは、この手段もまた必要と心得ます」

 ピシャリとそう言ったホワイトの瞳には、暗い輝きが揺らめいていた。
 彼女が掲げる正義。それへの強い信念が彼女の心を揺るぎないものにしている。
 けれど、私たちに向けられたその鋭い眼光には、また別の感情が込められているようにも思えた。

 燃えるような、何かが。

「姫殿下。我らの元にお越し下さるのであれば、快く歓迎致します。さすれば、今すぐにでもこちらへ。我らが神殿にて、その力を存分に振るって頂きましょう」
「ま、待つんだホワイト。そんな急かさなくても……!」
「……? 何故でしょう。我らと志を共にするのであれば、一刻も早く計画を完遂しなければと思われるでしょう。それとも、何か不都合でも?」

 ホワイトが私に向けて手を差し出しながら、ゆっくりとした足取りで近付いてくる。
 その視線は私に蛇のように絡みついて放さない。

「レイさん。わたくしが信奉し、お慕い申し上げているのは飽くまで始祖様。姫殿下を敬うのは、その存在を受け継がれているかこそ。しかし姫殿下はお若いが故に心が移ろわれる。心変わりをされる前に、我らの元にお迎えせねばなりません」
「何を言っているんだホワイト。アリスちゃんは……大丈夫だ。だって僕と約束をしてくれた。アリスちゃんが僕を裏切ることなんてない。僕とアリスちゃんは────」

 その時、ホワイトの鋭い視線がレイくんへと向けられ、その言葉を遮った。
 氷のように冷め切った無表情に、煮えくり返るような視線。
 それはとても平静と呼べるものではなく、彼女の堪えきれない感情が込められていた。

 怒りや憎しみに見えて、でもそうじゃない。
 けれど見たものを燃やし尽くしそうなほどの、焦がれる何かがそこにはある。

「さぁ、姫殿下」

 その瞳が、そのまま私に向けられる。
 声色だけは変わらず、けれどやはりそこには熱がこめられている。

「我らの元にお越し下さいませ。貴女様の気持ちが本物ならば、今すぐに。新たに迎える同志と共に、この殺伐とした世界を飛び出し、理想へと飛び立ちましょう。貴女様には既に、そのお覚悟がおありということでしょう?」
「わ、私は…………」

 牙で貫かれるような威圧に、言葉が詰まる。
 私の存在は、彼女に対して抑止になっていない。
 私が力を貸すと言ったところで、ホワイトは自身の考えややり方を曲げる気なんてサラサラない。

 私のことを、信用していないんだ。
 だからこそ彼女は、私抜きで事を考えている。
 それでも来ると言うのならと、挑発のような目を向けてくるんだ。

 私がワルプルギスの元に行く事で、ホワイトの蛮行を止められるのならと、思ってた。
 けれどそこに意味はなく、今の現状すら何も解決することができないのなら。
 私には、その手を取ることなんてできない。

「……私は、あなたの考えた方には賛同できません。あなたがこのやり方を変えないのなら、私は一緒に行くことなんてできない」

 レイくんには申し訳ないけど、無理だ。
 今ついて行ったところで現状は良くならないし、下手したら悪化するかもしれない。
 この人に私を慮るつもりがない以上、口先だけでも肯定はできない。

 レイくんもそう思っているのか、何も言わない。

「真奈実さん────いいえ、ホワイト。今すぐに『魔女ウィルス』の活性化を止めてください。私はこのやり方を望まない。だからあなたには力を貸せない。それが、私の意志です!」
「左様で、ございますか……」

 ホワイトが絶対の信念を持ってその正義を振りかざすのなら、こちらも強い意志で立ち向かうしかない。
 言葉を交わして簡単にわかり合えることができたら、それが一番だったけれど。
 そうもいかないのなら、徹底的に意見を戦わせるしかない。

 恐ろしいほどまでの眼光を受けながら、それでも負けじと睨み返す。
 傍に感じる善子さんとレイくんの存在を頼もしく思いながら。
 そんな私に、ホワイトは小さく溜息をついた。しかしそれは、落胆ではない。

「畏まりました。では、わたくしもそのご意志に沿いましょう。姫殿下の御心のままに」

 恭しく、わざとらしくこうべを垂れるホワイト。
 その様はまるで恭順を示しているようで、しかし言葉にはブレない意志が込められていた。

「未だ貴女様のお力添えを頂けないのであれば、やはりわたくしはこの方策を取らざるを得ません。この街に満たされた『魔女ウィルス』を用いて同志を増やし、魔法使いへと戦いを挑む他は。そうすれば今この場の死者よりも、もっと多くの犠牲が出るやもしれませんが……致し方ございません。それが、貴女様のご意志ならば……」
「ホワイト! あなたという人は……!」

 致し方なしと、私がそう言うならばと、萎らしくそう口にするホワイト。
 しかしその瞳の光は強く妖しく輝いたまま、私を捉えて放さない。
 元から自分で考えていたものなのに、あたかも私がそうさせようとしているかのような口ぶり。
 その裏に潜んでいる思惑は、聞くまでもなく……。

「さぁ姫殿下。お心変わりをされるのであれば、お早い方が宜しいかと」

 もはや誤魔化しも悪びれもなく。
 ホワイトは牙を突き立てるように、その鋭い眼光を煌めかせた。
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