上 下
585 / 984
第7章 リアリスティック・ドリームワールド

16 差し出された手

しおりを挟む
「ちょっとレイくん!」

 あまりの言い方に私は透かさず声を上げて、その澄ました顔を睨んだ。
 レイくんはすぐに、ごめんごめんと謝罪の言葉を口にしたけれど、それはひどく口先だけのように見えた。

 レイくんの言葉を正面から受けた善子さんは、顔をくしゃっと歪め、唇を噛んで懸命に堪えていた。
 少しでも気を抜けば泣いてしまいそうなのは、その震える瞳を見れば明らかで。
 私は、そんな善子さんの手を握ってあげることしかできなかった。

「……レイくん。もう少し言い方を考えてよ。レイくんの言っていることに嘘がなかったとしても、今のは思いやりがなさ過ぎる」
「そうだったね。確かに配慮が足りなかった。けれどさ、善子ちゃんは善子ちゃんで受け入れないといけないと思ってね。今のホワイトは、嘘偽りのない彼女自身であるという現実をさ」

 私が強く咎めると、レイくんはションボリと眉を下げた。
 レイくんの言いたいことはわかる。
 善子さんが真奈実さんと立ち向かおうと思っているのなら、彼女の今をきちんと理解していないといけない。
 ワルプルギスのリーダー・ホワイトとなった今の彼女の状態を受け入れなければ、正面からぶつかることなんてできない。

 けれど、その事実を真正面から善子さんに叩きつけるのは、あまりにも酷だと思う。
 真奈実さんは自分自身の意志で今の道を歩んでいて、それは誰に強制されたものではないとしても。
 その道に歩み出すきっかけとなってしまっていた善子さんに、親友の変化は重くのしかかるだろうから。

 それに、真奈実さんを大切に想って、彼女のその正義を信じてきた善子さんにとって、今のホワイトが掲げるものは受け入れがたいもの。
 本当の真奈実さんではないと否定したいものなのに、それこそが善子さんを救い、そして真奈実さん自身であると言われるなんて……。

 普段は見られない、弱々しく震える手を私は強く握った。
 心中を察すれば察するほど、私も息が詰まりそうなくらい辛くなる。
 だからこそ、いつも支えてくれる善子さんに寄り添いたい。

「……ありがとう、アリスちゃん。怒ってくれて」

 私の手を見つめて、善子さんはポツリと言った。
 弱々しいその顔に、必死で笑みを浮かべて。

「確かに、あの子が、真奈実が自分の意志でああなったっていうなら、それはそれで受け入れないとだ。その事実を受け入れた上で、だからこそ私は、あの子を否定しないといけない」
「善子さん……」
「私は、今の真奈実のやり方が正しいとは思えない。だから私はあの子の親友として、その在り方を否定してやんなきゃいけないんだ。くよくよしてる暇なんて、ないよね」

 そう言って、善子さんは笑う。
 カラッと爽やかに、いつものように頼もしく。
 でもそれは強がりだとわかってしまうから、見ているこちらも苦しくなる。

 けれど、それでも善子さんがそうやって強くあろうとしているのなら。
 私もまた、強くその隣に立たなきゃいけない。
 だから私は、その笑顔に応えて力強く頷いた。

「……それで。五年前のことと真奈実のことは一応わかったけどさ。今のあの子に一体何が起きてるの?」

 私と頷き合ってから、善子さんは表情を引き締め直してレイくんに問い掛けた。
 そこにもう弱々しさの面影はないけれど、強い瞳の内側には不安が見え隠れしている。

 レイくんはそんな善子さんを見て薄く微笑んでから、思い出したように小さく溜息をついた。

「僕たちは志を同じくして、共にワルプルギスとして活動してきた。僕が提示した計画と目的に賛同し、彼女はずっとその通りにことを進めてくれていたんだ。けれど、実は昨日意見が逸れてしまってね。僕の思惑とは違う方向に、ことが進もうとしているのさ」
「それは、私が昨日レイくんについていかなかったから……?」
「アリスちゃんのせいじゃないよ、と言いたいところだけれど……まぁ、そうだね。原因はそこだ」

 レイくんは私に目を向けて、眉を寄せて苦笑した。
 甘い顔はそのまま、どこか申し訳なさそうにしつつ、しかしハッキリとそう言う。

「ワルプルギスは、『始まりの魔女』ドルミーレを内包する姫君・アリスちゃんを中心として、魔女が住み良い本来の世界に再編することが目的だ。魔法使いを打倒、駆逐し、それを成す為には『始まりの力』が不可欠。だからこそ僕らはアリスちゃんを強く求めた」
「それは……うん。でもつまりそれは、私がいなきゃレイくんたちの計画は進まないってことじゃないの? ホワ────真奈実さんは、一体何をしようと……?」
「そう。だから僕は、計画の進行は遅れるけれど、焦りは禁物だと言ったんだけどねぇ」

 レイくんは黒いニット帽の上から頭を掻いて、また溜息をついた。
 ホワイトと意見が逸れたことが、よっぽど負担なのかもしれない。

「ホワイトは、君が魔法使いの手に渡ることを恐れている。万が一そんなことになれば、一気にこちらの身が危ぶまれるからね。だから彼女は、先に魔法使いに向けて戦いを仕掛けようとしている」
「魔法使いに戦いを!? だって、魔女は魔法使いに不利でしょ!? だからこそ今までずっと……」
「そうだね。けれど彼女はそれでも、魔法使いに君が奪われるリスクを重く見て、危険な戦いを起こそうとしているんだ。僕は、できればそれを避けたい」

 魔女が魔法使いに戦いを挑むなんて、普通に考えれば無謀だ。
 元からレジスタンス活動をしている魔女というのはいたし、特攻承知で戦っている人たちはいたけれど。
 でもそれは所謂過激派の、一部の人たちだけだったはず。

 それにそういう人たちだって、いっぱい食わせようといった感じの暴れ方がほとんど。
 魔女と魔法使いの絶対的な上下関係を前に、真正面から戦いを挑む人は少ない。
 普通魔女は、魔法使いに一方的に狩られるのを恐れるものだ。

 いくら私を取られたくないからといっても、あまりにも無謀な行為だ。
 それは私にでもわかる。

「転臨を果たした魔女ならば、個々の戦いにおいては負けないかもしれない。しかし彼女がしようとしているのは、『まほうつかいの国』に対する組織的な叛逆。言ってしまえば全面戦争だ。多大な犠牲が出ることは、想像に難くない」
「そんな……! どうしてそこまでして……」
「それほどまでに、彼女は魔法使いを悪と断定しているんだろう。彼らの行いを許せず、そしてそんな彼らに麗しの姫君を奪われることを恐れている。だからこそ彼女は、一刻も早く計画を動かそうとしているのさ。多分、ね……」

 レイくんはやれやれと肩を竦めて、その顔を手で覆って肘をついた。
 視線を外すなんて、レイくんにしては珍しい。
 それほどまでに現状に参っているのかもしれない。

「聞けば聞くほど、やっぱり真奈実らしくない。そんな無謀で、沢山の犠牲が出る可能性があることをしようとするなんて……。ねぇレイ。ずっと一緒にやってきたアンタの言葉も聞かないの?」
「聞いてくれたら困ってないさ。だから大変なんだ。こんなことは初めてだからね。まぁ昨日のアリスちゃんを連れて帰るのを失敗したことで、信頼が崩れてしまったのかもしれない。それとも、あるいは……」

 難しい顔をして尋ねる善子さんを、覆う手の隙間から見遣るレイくんは、返答の最後を濁す。
 溜息交じりのその言葉には、若干の苛立ちが含まれていた。

「────とにかく。そんな無謀な動きは止めないといけない。だから僕はこうして、慌ててアリスちゃんに会いにきたってわけだ」

 顔から手を離したレイくんは、普段通りの穏やかな表情に戻って、シャンとそう言った。
 つい今し方までの不機嫌さなどなかったかのように、ピシャリと切り替えて笑みを浮かべる。

「アリスちゃんが僕らの元に来てさえくれれば、彼女も無用な無謀を侵しはしないだろう。だからとりあえず、形だけでも付いてきてくれると、とっても嬉しいんだけどな」

 レイくんは軽やかにそう言って、スッとその腕を私の肩に回してきた。
 細身の腕で私の肩を包むように抱いて身を寄せて、もう片方の手を静かに差し出してくる。

 こんな風にその手を差し出されるのは、もう何度目だろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

美少女だらけの姫騎士学園に、俺だけ男。~神騎士LV99から始める強くてニューゲーム~

マナシロカナタ✨ラノベ作家✨子犬を助けた
ファンタジー
異世界💞推し活💞ファンタジー、開幕! 人気ソーシャルゲーム『ゴッド・オブ・ブレイビア』。 古参プレイヤー・加賀谷裕太(かがや・ゆうた)は、学校の階段を踏み外したと思ったら、なぜか大浴場にドボンし、ゲームに出てくるツンデレ美少女アリエッタ(俺の推し)の胸を鷲掴みしていた。 ふにょんっ♪ 「ひあんっ!」 ふにょん♪ ふにょふにょん♪ 「あんっ、んっ、ひゃん! って、いつまで胸を揉んでるのよこの変態!」 「ご、ごめん!」 「このっ、男子禁制の大浴場に忍び込むだけでなく、この私のむ、む、胸を! 胸を揉むだなんて!」 「ちょっと待って、俺も何が何だか分からなくて――」 「問答無用! もはやその行い、許し難し! かくなる上は、あなたに決闘を申し込むわ!」 ビシィッ! どうやら俺はゲームの中に入り込んでしまったようで、ラッキースケベのせいでアリエッタと決闘することになってしまったのだが。 なんと俺は最高位職のLv99神騎士だったのだ! この世界で俺は最強だ。 現実世界には未練もないし、俺はこの世界で推しの子アリエッタにリアル推し活をする!

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜

平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。 だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。 流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!? 魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。 そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…? 完結済全6話

おっさん料理人と押しかけ弟子達のまったり田舎ライフ

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
真面目だけが取り柄の料理人、本宝治洋一。 彼は能力の低さから不当な労働を強いられていた。 そんな彼を救い出してくれたのが友人の藤本要。 洋一は要と一緒に現代ダンジョンで気ままなセカンドライフを始めたのだが……気がつけば森の中。 さっきまで一緒に居た要の行方も知れず、洋一は途方に暮れた……のも束の間。腹が減っては戦はできぬ。 持ち前のサバイバル能力で見敵必殺! 赤い毛皮の大きなクマを非常食に、洋一はいつもの要領で食事の準備を始めたのだった。 そこで見慣れぬ騎士姿の少女を助けたことから洋一は面倒ごとに巻き込まれていく事になる。 人々との出会い。 そして貴族や平民との格差社会。 ファンタジーな世界観に飛び交う魔法。 牙を剥く魔獣を美味しく料理して食べる男とその弟子達の田舎での生活。 うるさい権力者達とは争わず、田舎でのんびりとした時間を過ごしたい! そんな人のための物語。 5/6_18:00完結!

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

処理中です...