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第6章 誰ガ為ニ

128 ごめんなさい

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「千鳥、ちゃん……」

 その場にうずくまって泣き続ける千鳥ちゃんに、私はそっと歩み寄った。
 傍で膝を折って、小さくなっているその身体を優しく抱きしめる。

 今の千鳥ちゃんの気持ちを、どうやったら和らげてあげることができるんだろう。
 大切な人を失った悲しみは、私にもよくわかる。
 けれど今の千鳥ちゃんの感情は、きっとそんな単純なものじゃない。

 ずっとずっと、アゲハさんが隠してきた真実。
 ツバサさんとアゲハさん、二人のお姉さんが妹を守るためにずっと守ってきた真相。
 それを一身に受けた千鳥ちゃんの気持ちは、私では推し量れない。

 ずっと守られて来たんだ。
 どんな時も、いつだって、千鳥ちゃんはお姉さんたちに守られてきた。
 大事に大事に想われて、その愛を注がれてきたんだ。

 その本質にずっと気付けなかった千鳥ちゃん。
 でも、それは仕方のないこと。だって、気付かないようにされてきたんだから。
 けれど、だからといってそう簡単に割り切れるものでもない。

 どうしてあげることがベストなんだろう。
 なんて言葉をかけてあげたらいいんだろう。
 私にはそれがわからなくて、ただただ抱きしめてあげることしかできなかった。

「逝っちゃった、か。あの子も最期くらいは素直になれたみたいで、僕としては何よりだよ」

 すっと影からレイくんが身を乗り出して来て、ポツリと言った。
 裏切り者だったアゲハさんに対して怒るわけでもなく、その死を悼んでいるようだった。
 曲りなりも同胞で、仲間だったわけだし。やっぱり思うところがあるのかもしれない。

「けれどやっぱり、身の程知らずな行動はとても利口とは言えない。疑似とはいえ、再臨なんかに手を出すべきじゃなかった。ただまぁ、そこまでして叶えたい望みがあるという、そういう気持ちはわかるけどね」
「……レイくんは、アゲハさんがどうしてこんな行動にでたのか、わかってたの?」

 千鳥ちゃんの翼が生えた背中をさすりながら、私はレイくんを見上げて尋ねた。
 レイくんは穏やかな笑みを浮かべつつも、ゆっくりと首を横に振った。

「いいや。僕はあの子の事情は何も知らない。僕にわかるのは、全てを投げ打ってでも誰かに尽くしたいという気持ちだけさ」

 ゆったりと微笑みながら見つめてくるその瞳は、私に何かを訴えかけているようにも思えた。
 吸い込むような澄んだ瞳が、私を包み込むように映してくる。

「……私も、その気持ち、わかる気はするけれど。でも私は、そこまでの気持ちがあるのなら、共に歩む道を探して欲しかった」
「そういう考え方もあるね。僕は、どっちも正しいと思うよ。間違いなんて、きっとないさ」
「……うん」

 そう。別にどっちが間違っているわけじゃない。
 誰かの為に自分の全霊を賭す献身だって、そういう愛の形だってあるのはわかってる。
 でもこうして今ここで泣いている千鳥ちゃんを見ると、この子にとっての幸せを得る為には、別の方法があったんじゃないかって思ってしまう自分がいた。

「間違いはない。人の気持ちに間違いなんてないのさ。考え方に間違いはあっても、心にだけは間違いなんて存在しない」

 レイくんはとても静かな口調で言った。
 私に言っているというよりは、まるで独り言のように。
 でも、誰かに語りかけているように

「だからいずれにしても大切なのは、想いを受け止め、繋ぐことだと僕は思う。考え方や手段、至った結果が誤りだったとしても、そこへと導いた気持ちは間違ってなんかいないんだからね。だからその気持ちを受けた者は、それを真摯に受け止めて生きていくべきだ。彼女のことを、想うならね」

 結局、人と人は繋がりだ。
 間違っていても失敗しても、望んでいたものとは違っていたとしても。
 向けられた想いをもし、掛け替えのないものだと思うのならば。
 悲しみや苦しみを乗り越えて、その想いを胸に前に進んでいくべきなんだ。
 その想いを繋いでいく為に。

 アゲハさんのやり方がベストだったかどうかはわからない。
 千鳥ちゃんにとって、最善だったかどうかはわからない。
 もっと平和的で、心地よい落ち着きどころがあったかもしれない。

 でも起きてしまったことはもう変えられない。
 そして、そこに込められた想いは、きっといずれにしたって変わらなかったはずだ。
 なら受け手は、その気持ちこそを見つめて、大切に受け止めるべきなんだ。

「君にならそれができると、僕は信じているよ。アゲハと血を分かつ、君ならね」

 レイくんは私の腕の中でうずくまる千鳥ちゃんにそっと語りかけた。
 とても優しい声色で、友達の妹に言葉をかけるように。
 実際裏切ったとはいえアゲハさんは仲間だったんだから、その妹の千鳥ちゃんに思うところがあるのかもしれない。

 少し時間が経って落ち着いてきたのか、泣き声はいつの間にか啜り泣きに変わっていた。
 小刻みに肩を震わせながら、弱々しく縮こまっている千鳥ちゃん。
 私は抱きしめる腕に少し力を込めて、包み込むように身を寄せた。
 それから言葉を選びながら、ゆっくりと声を掛ける。

「……辛いかもしれない。苦しいかもしれない。でもね、千鳥ちゃん。それだけ、千鳥ちゃんは愛されてたんだよ。ずっとずっと、千鳥ちゃんは一人じゃなかったんだよ。今は自分のことを責めたいかもしれないけど、それだけは確かなことだと思うよ」
「………………うん」

 小さく、細い声で頷く千鳥ちゃん。
 泣き枯らした声を絞り出して、私に弱々しくしがみつく。

「責任を感じる必要はないなんて、私は言えない。本当は言いたいけど、きっと意味ないよね。だからね、責任を感じる分だけ、二人の愛を噛み締めれば良いと思うの。そうすれば、千鳥ちゃんはきっと前に進めるよ。もし一人で抱え切れないなら、いつだって私が手を貸すから。だって千鳥ちゃんは、一人じゃないんだから。今も、昔も」
「……………………うん」

 上手く言葉にできないけれど、それでも今の私の気持ちを何とか口にする。
 千鳥ちゃんは俯きながらも頷いてくれて、私に寄り掛かりながらよたよたと立ち上がった。

 合わせて私も立ち上がる。
 俯いたまま、まだボロボロと涙をこぼす千鳥ちゃんは、コツンと私の肩に頭を預けてきた。
 下ろしている金髪が垂れ下がっていて、その表情をよく窺うことはできない。

「ありがとう…………ごめんね、アリス」
「いいんだよ。私たち友達でしょ? 辛い時こそ、支え合うのが友達だもん」
「………………うん。私たちは……友達……」

 私が優しく抱き締めると、千鳥ちゃんはぎゅっと力強く抱き付いてきた。
 痛いくらい、締め付けるように。
 でもそれが今の千鳥ちゃんの気持ちの強さだという気がした。

「もう、千鳥ちゃん苦しいよ。そんなに強く抱きしめなくても、私はどこにも行かないよ?」
「…………ごめんね、アリス」

 笑って朗らかに言うと、千鳥ちゃんはポツリと謝って腕を放した。
 そしてゆっくりと顔を持ち上げて、その泣き腫らした真っ赤な目で、私を不安げに見つめてきた。
 心細いのか、まるで雛鳥のみたいな縋るような目で。
 安心させてあげようとにっこりと笑顔を向けると、千鳥ちゃんはぎこちなく目を細めた。

 そして、ゆっくりと足を動かす千鳥ちゃん。
 緩慢な動作で辺りを見渡して、のっそりと歩みを進める。
 どうしたんだろうとその姿を目で追うと、千鳥ちゃんは夜子さんの方へと向かっていた。

 俯き加減で、垂れ下がる金髪で顔を隠しながら。
 ゆっくりとした足取りで夜子さんの元へと向かう千鳥ちゃん。
 目の前に辿り着くと、まるで縋り付くようにその胸に頭を預けた。

「……どうしたんだい千鳥ちゃん。私なんかに甘えたくなったのかい?」
「夜子さん、私……」

 いつも通りの呑気な声で、夜子さんは軽口を叩く。
 それに対して千鳥ちゃんは、嗚咽混じりの声を漏らした。

 結果的に夜子さんに何事もなかったとはいえ、千鳥ちゃんはきっと責任を感じているんだ。
 自分のせいで夜子さんの命が狙われて、ここまで敵を乗り込ませてしまったことに。

「ごめんなさい……私…………」
「気にすることはないよ千鳥ちゃん。私にとってはどうってことない。君だって知ってるだろう? 私は凄いからね。千鳥ちゃんに脅かされるほど、私は鈍っちゃいないさ」

 いつになく優し声色で、夜子さんは千鳥ちゃんの頭を撫でた。
 流石の夜子さんも、今は酷いことを言ったりはしないようだった。
 珍しく優しい夜子さんに、それでも千鳥ちゃんは謝り続ける。

「ごめん、なさい……ごめんなさい…………」
「気にしなくていいってば。君は、自分が思う通りに生きるといい。それが、人間ってものだ」
「夜子さん……夜子さん…………!」

 よしよしと、子供をあやす様に語りかける夜子さん。
 千鳥ちゃんもまた、幼い子供の様に声を震わせて夜子さんに縋り付く。
 普段はわちゃわちゃと言い合っている二人だけれど。
 今はとても温かな空気が流れていて、まるで親子の様だった。

 胸に顔を埋め、ぎゅっと服を握って、千鳥ちゃんは甘える様に身を寄せる。
 そのまま千鳥ちゃんは、震える声で謝罪の言葉を繰り返す。

「夜子さんっ…………ごめんなさい────────!!!」

 そして、千鳥ちゃんから閃光のような電撃が迸り、彼女を抱きとめていた夜子さんの胸を、貫いた。
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