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第6章 誰ガ為ニ

127 妹であり姉であり、そして一羽の蝶であり

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 アゲハは、『まほうつかいの国』に住う、とある平凡な家庭の次女として産まれました。
 五つ上に姉を持ち、そしてまた五つ下に妹を持つ、三姉妹の真ん中で彼女は平穏な日々を過ごしていました。

 三姉妹は皆輝かしい金髪が特徴的でした。
 それぞれ若干色合いが違えど、そのお揃いの金髪が家族の証であり、姉妹の証のようなものでした。
 もちろん、姉妹のお父さんもお母さんも綺麗な金髪でした。

 姉のツバサはとても穏やかで大人っぽく、面倒見のよい女の子でした。
 長女である彼女は物静かで落ち着きがよく、しかし妹たちを引っ張っていくことのできる決然とした風格を持っていました。

 アゲハはツバサお姉ちゃんが大好きでした。
 いつも優しくたおやかで、愛情たっぷりに接してくれるお姉ちゃんが大好きでした。

 妹のクイナは我がままで甘えん坊な、末っ子然とした女の子でした。
 お姉ちゃんたちにべったりで、いつも二人について回って、何かにつけて世話を焼いてもらうのが好きでした。

 アゲハはクイナが大好きでした。
 自分勝手な彼女と喧嘩をすることもありましたが、妹を構うのは好きでした。
 守ってやりたいと、助けてあげたいと、いつも仲良く遊んでいました。

 次女であるアゲハは、三姉妹の中で唯一、お姉ちゃんも妹も両方いたのです。
 甘えたい時はお姉ちゃんに、戯れたい時は妹に。
 両方をすることができる自分は、なんて恵まれているんだろうと、幼い日の彼女は思っていました。

 ツバサと一緒にクイナを可愛がったり、クイナとお姉ちゃんの取り合いをしたり。
 そんな日々をアゲハは幸せに思っていました。
 仲の良い家族。仲の良い姉妹。それが彼女の全てであり、それこそが唯一でした。

 しかしその幸せは、クイナが『魔女ウィルス』に感染したことによって簡単に崩れてしまいました。

 どこでいつ、何故感染したのかなんて、そんなことは誰にもわかりません。
 けれど確かにクイナは魔女になってしまいました。
 それだけは揺るがない事実として目の前に突きつけられ、家族を苛みました。

 姉妹の両親はすぐさまクイナを遠ざけようとしました。
 それは当然の行動です。魔女は死を振りまき厄災を呼び寄せる存在なのですから。
 例え家族であったとしても、それは畏怖の対象であり、迫害の対象になってしまうのです。

 誰も、魔女を身近に置きたくなどないのです。

 このままでは幼い末の妹が捨てられ、やがて魔女狩りの手に掛かってしまう。
 そう危惧したツバサは、両親の目を盗んでクイナを家から連れ出すことにしました。
 彼女を捨てるのではなく、共に逃げるために。
 人の目から、魔女狩りから逃れるために。

 両親に気付かれないうちにクイナを連れ出したツバサでしたが、しかしアゲハがその現場を目撃しました。
 普段は穏やかなツバサの緊迫した表情に、アゲハは固まってしまいました。
 しかしクイナの手を強く握る彼女の姿を見て、姉が何をしようとしているのかすぐにわかりました。
 そして、自分が何をするべきかもすぐにわかったのです。

 そうして、三姉妹は共に家族のもとを離れ、過ごしていた街を離れることとなったのです。
 それは現在から七年前のこと。アゲハが十六歳の頃のことでした。

 本来血の繋がった家族であろうと、魔女となってしまった者は忌み嫌われるもの。
 しかし二人の姉は、決して妹を拒絶しませんでした。
 それは一重に、姉妹を思う純粋な愛故に。この先に起こること全てを厭わず、妹を守ることを最優先したのです。

 けれどそれは、他の家族の愛が小さいというわけではないのです。
 その選択ができたのは、ただ彼女たちが彼女たちだったから。
 ツバサとアゲハが、なによりも妹想いの姉だった。ただそれだけなのです。

 当時まだ十一歳だったクイナも、魔女に対してある程度の知識はありました。
 なので、魔女になってもいない姉が自分を連れて逃げることを選択したと知れば、罪悪感を覚えてしまうのではと、二人の姉は考えました。
 なので、妹には自分たちも魔女になってしまったと、みんな同じだから一緒に逃げようと伝えたのです。

 魔女になりたてだったクイナには、まだ魔女かどうかを気配で判別するすべを持っていませんでした。
 だから、大好きな姉たちの言葉を信じて、頼りきってついて行ったのです。

 長い月日、三人は国中を放浪しました。
 いろいろな街を彷徨い、人気のない場所に身を隠し、三人は身を寄せ合って細々と過ごしました。

 家を出て少し経って、アゲハが『魔女ウィルス』に感染しました。
 一年が経った頃には、ツバサもまた感染していました。
 名実ともに、三人揃って魔女になってしまったのです。

 三人での放浪生活が長く長く続いていく中で、アゲハはふと思いました。
 このまま彷徨い続けて、逃げ続けた先にゴールはあるのかと。
 妹を守る為、姉妹で身を寄せ合って逃げ続けるのが嫌なわけではありません。
 けれど、この生活に終わりはあるのかと、救われる道筋はあるのかと思ってしまったのです。

『魔女ウィルス』の侵食に怯え、いつ襲来してくるともわからない魔女狩りに慄く日々。
 この先の見えない日々から、抜け出す方法はないのかと。

 二人の妹の面倒を見て、先導することで精一杯の姉。
 姉たちについて行き、頼ることしかできない妹。
 中間にいるアゲハだけが、そういうことを考える余裕が僅かにあったのです。

 自分だけならまだ良い。けれど妹のこの先を想えば、解決策が欲しい。
 アゲハは次第にそう思うようになりました。

 そうして辿り着いたのがレジスタンス活動でした。
 魔法使いによって排斥される魔女の立場を変えるための叛逆。
 少しでも魔女が生きやすくなるように、アゲハはレジスタンス活動に参加するようになっていきました。

 やがて、始祖ドルミーレの復活の元、世界の再編を目指すワルプルギスに加入することとなるのです。
 その頃からアゲハは一人で行動することが増えました。
 全ては姉妹のため、妹のクイナのために。

 しかし姉妹を置いて勝手な行動が増えたアゲハを、クイナはあまり快く思っていませんでした。
 ツバサがアゲハの身を案じて心を擦り減らしているのを気にして、よくアゲハを嗜めました。
 アゲハはレジスタンス活動をする理由やその目的の多くを話しませんでしたし、話すつもりもなかったので適当な応対をして、その頃から時折喧嘩をすることが増えました。

 それでもお互いを嫌うようなことはありませんでした。
 姉妹はいつだって仲が良く、一緒にいる時は笑顔の方が多かったのです。

 しばらくそんな生活が続いた頃。
 現在から半年程前のことでした。

 長女であるツバサの体調が著しく悪化しだしました。
 三姉妹の中で一番『魔女ウィルス』の適性が低かったツバサは、遂に限界を迎えつつあったのです。
 彼女はそれを必死で堪え、クイナにそれを悟らせないようにしました。

 クイナを連れ出して三人で旅をしている間に魔女になったツバサとアゲハの感染源は、クイナでほぼ間違いなかったからです。
 姉が『魔女ウィルス』によって命を落とし、そしてそもそもの感染源が自分だと知ればクイナは酷く傷付く。
 そう思ったツバサは、懸命にそれを隠し続けました。

 けれど、そんなものがいつまでも続くわけがありません。
 ある日、しばらく身を寄せていた洞窟にアゲハがレジスタンス活動から戻った時のこと。
 もう限界を感じていたツバサが、待ちわびていたようにアゲハに縋ったのです。
 自分を、殺して欲しいと。

 アゲハは当然拒みました。
 自分の手で大好きな姉を殺すなんて、そんなことできるはずがありません。
 しかしツバサは、大汗をかきながら、顔を真っ赤にしながら、けれど穏やかな顔で言うのです。
 全ては、クイナの為だと。

 それを言われてしまったら、アゲハには何も返せる言葉がありませんでした。
 何故なら、二人にとって末の妹が一番だからです。
 クイナの為にみんなで街を出て、クイナの為にずっと一緒にいて、そして魔女になったのです。
 二人はずっと、クイナを守る為に生きてきたのですから。

 当然、それでも迷いはありました。
 ツバサを救う手立てはないのか、もうどうしようもないのか。
 考えても考えても、答えは出ませんでした。

 それに、恨みや妬みがないわけでもありませんでした。
 アゲハだってツバサの妹なのです。
 アゲハだってツバサお姉ちゃんが大好きなのです。
 そのお姉ちゃんが、末の妹の為に全てを投げ打とうとしていることに、何も思わないわけはありませんでした。

 けれど、それでもやっぱり、アゲハはクイナのお姉さんなのです。
 何をするべきか、どうしたら良いのか、わかっていました。
 だからアゲハは最終的に、自らの手でツバサの息の根を止めることを決めたのです。
 妹の為に。そして、姉がもう苦しまなくて良いように。

 アゲハはツバサと約束をしました。
 クイナには真実を告げないと。その心を守る為に、決して傷付くことは教えないと。
 そして、この先何があったとしても、クイナを守り続けると。
 ツバサの分も、アゲハが妹を守り続けると。

 そう約束して、ツバサはアゲハの手によって、安らかな死を迎えたのでした。

 自らの手で姉の命を奪ったことに、アゲハは動揺を隠せませんでした。
 姉妹のため、覚悟を決めて行ったはずなのに、手が震えて、不自然な笑いがこぼれてしまったのです。
 心が押し潰されそうになりながら、それでも何とか折れないように、持ち堪えるので精一杯でした。

 そんな時、クイナが帰ってきたのです。
 一人食料調達に出かけていたクイナが、その現場を目撃したのです。
 その瞬間、アゲハの心の奥底で眠っていた感情が勢い良く込み上げてきました。

 理不尽だとわかっている。正当ではないとわかっている。
 それでも感じてしまった想いが、自然と口から溢れてしまったのです。

 何も知らない妹。守られてばっかりの、弱くて臆病な妹。
 クイナがいたから、大好きなツバサお姉ちゃんが死んでしまったんだと、そう思ってしまう醜い感情が、口をついてしました。

 全ては妹の為、自分とツバサが共にそう思って出した答えなのだから、それをクイナにぶつけるのはお門違い。
 そんなことはわかっていましたが、その時の彼女は、クイナに対する罵詈雑言を止めることができませんでした。
 真実を隠したままにするのが精一杯。だから尚更、支離滅裂で理不尽な罵倒を並べてしまったのです。

 その時、残された姉妹の間に明確な亀裂が生まれてしまいました。
 元から憎まれ役を買って出たつもりでしたが、彼女が思っていたよりも、大きな軋轢を作ってしまったのです。

 けれど、アゲハはそれで良いと思いました。
 姉妹は、ツバサが長女として存在していたからこそうまく成り立っていました。
 アゲハもクイナと仲は良かったですが、お互いの短気な性格もあって細かい喧嘩が多く、ツバサのような穏やかな関係とはまた違っていました。
 二人だけになってしまった今、これまで通り一緒に過ごすことはそもそも難しかったのです。

 なので、アゲハはクイナを遠くから見守ることにしました。
 幸いもうクイナも成長していて、魔女としての経験もある程度ありました。
 もう一人で生きていけない歳ではありませんでした。

 それからアゲハは、より一層レジスタンス活動に精を出すようになりました。
 一刻も早く事を成し、魔女が生きやすい世界を作る為に。

 そのような日々がしばらく続いたある日のこと。
 アゲハはロード・ケインと出会い、彼からとある話を聞いたのです。
 クイナと袂を分かってからも彼女を気にかけ続けていたアゲハは、その話を聞いてクイナの為に行動する事を決めました。

 弱く臆病で、他人を背負えるような余裕のないクイナ。
 いつも誰かに頼っていて、でも自分のことしか考えられない筋金入りの末っ子な妹。
 彼女が不要な重荷を背負わなくて良いように。

 何よりも、ロード・ケインの話を聞けば、そうするのが一番クイナの為になると思ったのです。
 レジスタンスとして魔法使いに抗って、命懸けで自由を勝ち取るよりも、魔法使いの君主ロード直々の庇護を受けられるのならば、それが何よりも確実だから。
 アゲハ個人としてはもちろん魔法使いは忌み嫌う天敵ですが、姉という立場が、その選択をさせたのです。

 それに、アゲハにはツバサとの約束がありました。
 何があっても妹を、クイナを守り抜くという約束が。
 その約束を貫き、果たす時は今しかないと、アゲハは思ったのです。
 だからこそ彼女は、他の全てをほふってでもクイナの為に目的を果たそうと誓ったのです。

 アゲハはツバサの妹であり、けれどクイナの姉でもある。
 ツバサと交わした約束がある。クイナを守りたという気持ちがある。
 二人の姉妹を想う、何よりも大切な気持ちがある。

 相手が魔法使いであっても、同胞を裏切ることになっても。誰の命を、奪うことになっても。
 アゲハにとって大切なのは、ただただ姉妹のことだけ。
 大好きなツバサお姉ちゃんと、可愛い妹のクイナのことだけ。
 それ以外は、アゲハにとって気に留めるようことではなかったのです。

 姉の想いを繋ぎ、妹を守り続ける。
 今は亡き姉と、一人ぼっちの妹を繋ぎ止める楔。
 二人の間で、唯一姉も妹もいる彼女だからこそ、両の手で二人の手を握れるのだから。
 三姉妹がずっと一緒にいられるように、気持ちは、心は繋がっていられるように。

 蝶のようにゆらゆらと羽ばたいて、強く美しく、巡り廻り、想いを結ぶ。
 そうやってアゲハは、ただ姉妹のためだけに生き続けたのでした。



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