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第6章 誰ガ為ニ

124 ツバサお姉ちゃん

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 夜子さんに倣って空を見上げると、手が届きそうな距離で二人がぶつかり合っていた。

 蒼い羽の輝きを振り撒きながら魔法を放つアゲハさん。
 迸る電撃をその身にまとわせ、黄金に輝きながらそれを凌ぐ千鳥ちゃん。
 二人の衝突はすぐ真上で行われていて、加勢に入ろうと思えば手を出せるところにあった。

 けれど、夜子さんの制止が私たちにそれをさせなかった。
 振り切って出張るのは簡単だったけれど。
 夜子さんの言葉が引っかかって、本当にそれが正しいのかと迷ってしまった。

 千鳥ちゃんの為を思えばこそ、二人でぶつからせてあげた方がいいんじゃないかって。

『クイナァァアアアア!!!』

 アゲハさんが雄叫びと共に蒼い光線をいくつも放った。
 千鳥ちゃんはくるりと身を翻してそれをかわし、羽ばたき共に電光石火の突撃を繰り出す。

 雷をまとい、落雷の如く突き抜ける突撃はアゲハさんの腹部に突き刺さった。
 アゲハさんは呻き声を上げながらもそれを堪え、四本の腕で千鳥ちゃんの身体を掴んだ。

『捕まえた! いい加減観念しなさいクイナ!』
「するわけ、ないでしょーが!」

 がっしりと四つの手で体を掴むアゲハさんに、千鳥ちゃんは激しい放電をした。
 暗い空を明るく照らすほどの、煌々とした電撃の炸裂。
 しかし、辺りを白ませるほどに迸る電撃を間近に受けても、アゲハさんは千鳥ちゃんを放さなかった。

『もう、やめなさい! アンタじゃ私には────勝てない! それはもう────わかったでしょ!』
「だから、何だってのよ! 例え勝てなくても、私が引いたらアリスや夜子さんがアンタの手にかかる! だったら、諦められるわけないじゃない!」
『それがアンタの為なのよ! アンタだって、わかってんでしょ!』
「…………わかんない!」

 四つの手に掴まれながら千鳥ちゃんが大きく腕を振るうと、暗雲から雷が飛来した。
 千鳥ちゃんからのゼロ距離の放電を耐え続けていたアゲハさんだったけれど、落雷に羽を貫かれたことで悲鳴を上げた。
 緩んだ手から千鳥ちゃんは素早く抜け出して、羽ばたきと共に距離を取る。

「それで本当に私の命が守られるとしても、今の私はそんなもの望まない! だって一人だけ生きてたって、何にも楽しくないもの! それに私、これ以上アンタに大切なものを奪われたくない!」

 決然と、千鳥ちゃんはアゲハさんに想いをぶつけている。
 すれ違ってきた姉妹だけれど、千鳥ちゃんは今お姉さんに向き合おうとしている。
 ずっと逃げてきて、恐れてきたアゲハさんと。

『また……また、ね。それはこっちのセリフだっての、クイナ! またアンタは、私から姉妹を奪うつもり!?』

 雷に貫かれた羽の傷を瞬時に回復させ、アゲハさんは吠えた。
 蘭々と輝く蒼い羽を大きく広げながら、千鳥ちゃんの攻撃などものともしていないとでもいう風に。
 力強く、覆い被さるように。

「何を、わけわかんないことを……!」
『クイナ、アンタは私の妹! アンタがどんだけ私のことを嫌おうが、その事実は変わらない! アンタは、私たちは唯一の家族なのよ! だってのにアンタは私を拒絶して、それすらも私を奪おうとする! 家族より、他人を選ぶのか!!!』
「人のせいにしないでよ! 家族を壊したのはアンタでしょ! 私のことを拒絶して、罵って、否定したのはアンタでしょ! ツバサお姉ちゃんを殺したのは、アンタでしょ!!!」

 叫びながら、千鳥ちゃんは力任せに電撃をいくつも放つ。
 しかしそれはアゲハさんが張った障壁によっていとも簡単に防がれる。
 苦い顔をする千鳥ちゃんに対し、アゲハさんからは禍々しくドス黒い力が更に沸々と湧き上がっているのがわかった。

 直視し難い程に黒い気配をまといながら、しかしアゲハさんは一転して静かな声を上げた。

『そう思ってるのはアンタだけよ、クイナ。アンタは、自分の罪を、したことを何にもわかっちゃいない』
「な、何よ……どういう意味よ……!」
『でも、それでもいいのよ。私がそうしたんだから。それが私たちの望みなんだから。けどね、クイナ。それでも私は、アンタを想う気持ちと同じくらい、アンタのことが憎らしい。ツバサお姉ちゃんを私に殺させた、アンタがね』
「私は……私は何もっ…………!!!」

 千鳥ちゃんの身体がぐらっと揺れた。
 動揺を隠さず、額から汗が流れ落ちる。

『はじめはそれでも仕方ないって思った。アンタのことは憎らしいけど、生きていてくれればいいと思った。でもアンタは、私の知らないところで勝手に別の居場所を作って、それを守るとか言って、私に歯向かってくる。アンタを想ってる私に、私からツバサお姉ちゃんを奪ったアンタが。私はそれが、ムカついてしょーがない……!』

 黒い力はぐんぐんと上がっていく。
 擬似的な再臨をしたことでただでさえ禍々しく醜悪で、目を背けたくなるほどに恐ろしいのに。
 膨れ上がる力は止まるところを知らず、その威圧を更に上げていく。

 それを一人真正面で受けている千鳥ちゃんは、ガリッと歯軋りした。

「……なんなのよ。別に私は、アンタを拒絶したいわけじゃない。でも、もう嫌なのよ! アンタに奪われるのは! アンタがどれだけ私の為を想ってくれようが、私から大切なものを奪おうっていうのなら、私はアンタに抗う! でもね、私だってあの日から一度たりとも、お姉ちゃんたちを忘れた日はないんだから!!!」

 千鳥ちゃんもまた力を溜めるようにバチバチと身体をスパークさせた。
 語気と共に放電を激しくさせ、白い翼がキラキラと金に輝く。

『そう。そうなのね、クイナ。だったらやっぱり叩き潰すしかないじゃん! 飽くまで私に抗うってんなら、私はお姉ちゃんとして、何にもわかってないアンタを真っ向から捻じ伏せるしかないよね! だってそうしないと、もう終わらないんだから!』

 荒げたアゲハさんの声は、ヒステリック気味だった。
 二人とも、確かに姉妹のことを想い合っているはずなのに、けれどわかり合えなくて憎しみ合っていて。
 想いと憎しみは反比例して膨れ上がって、もうどうしようもなくなっている。

 どちらかが一方を圧倒しないかぎり、きっとこのいさかいは終わらない。
 お互いの想いが強すぎて、どうしても噛み合わないから。
 わかり合いたいと思っているはずなのに、今のままではどうすることもできないから。

「終わらせたいのはこっちも同じ! もう私は、あの日に囚われない!」

 唇をぎゅっと結ぶ千鳥ちゃん。
 強くアゲハさんの姿を見据えて、堂々と向き合っている。
 もうそこに、姉に怯える姿はなかった。
 覚悟を決め、心を決め、ぶつかり合ってわかり合おうとする想いがある。

 それを目にしてか、アゲハさんから湧き上がる力が一層の激しさを見せた。
 どんどん濃くなる醜悪な魔力が、この場を押し潰してしまいそうだ。
 身の毛もよだつような気味の悪さだけれど、そこには怒りや憎しみだけではなく、悲しみも混ざっているのだとわかった。

『……お願い、ツバサお姉ちゃん。私に力を貸して。クイナを、守る力を────!』

 蝶の羽を大きく広げ、蒼い光が燦々と輝かせる。
 力の限り四つの腕を伸ばし、漲る力を全身に循環させ、アゲハさんは咆哮した。

『覚悟しろ────クイナァァアアアア!!!』

 声の限り、叫ぶ。
 力の限り羽ばたいて。

 魔力に満ちたその身体で、四本の腕を伸ばし、食らい付かんばかりに。
 蒼く輝く蝶の羽。たなびくプラチナブロンドの髪。異形となりつつも美しい、流線的な白い手足。
 荒れ狂う力をその存在全てに込めて、アゲハさんは飛びかかった。

 悲痛な叫びが空間を揺るがす。
 全てを屈服させんばかりの絶叫と共に、四本の腕が千鳥ちゃんへと伸びる。

 掴みかかるように。けれどどこか、縋り付くように。

 刹那の間に距離を詰めたアゲハさん。
 力の限り伸ばしたその指が、千鳥ちゃんに触れようとした、その時────

『────────』

 ブチッと鈍く耳障りな音が響き、アゲハさんの腕が、全て千切れて落ちた。
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