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第6章 誰ガ為ニ

118 雷鳥

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「千鳥ちゃん…………千鳥ちゃん、千鳥ちゃん千鳥ちゃん────千鳥ちゃん!!!」

 どんなに叫んでも、返事はない。
 辺りを見渡してみたって、影も形も無い。

 そこに広がるのは千鳥ちゃんだったものの残骸だけで。
 夥しい量の血潮と、細切れになった肉片が撒き散らされているだけ。

 何も、起きない。

『だから言ったのに!!! クイナには! 転臨なんて無理だったんだ!』

 大きく仰け反って、裂け広がる口をこれでもかと開いてアゲハさんは悲痛な叫びを上げた。
 昆虫のような複眼となり、そしてのっぺりとしたその白い顔では表情を窺うことはできないけれど。
 でも、苦悶を浮かべているであろうことは、その姿を見れば一目瞭然だった。

『どうして! 私はただクイナを救おうとしただけなのに! あのバカがバカだから────いや、アンタのせいだアリス! お前さえいなければ────お前さえ!!!』

 空気を振動させるような絶叫と共に、その複眼の全てが私を捉えた。
 怨念のこもったドス黒い叫びが私に降りかかり、その存在全てが私を殺す意志を向けてくる。

 でも、今の私にはそれに向かい合う余裕がなかった。
 だって私だってわけがわからなくて、現状が受け入れられなくて、どうにかなってしまいそうなんだ。

 本当にこのままなのか。
 何にも起こらないまま、これでお終いになってしまうのか。
 わからない、わからない。
 でも、時間が経つにつれて、絶望が色濃くなっていくのを感じる。

『アリス!!! お前が全部悪い! お前がクイナの全てを狂わせた! 私のクイナを、返せぇぇぇえええええええ────!!!!』

 羽を大きく羽ばたかせ、全てを吹き飛ばしながらアゲハさんが飛び込んでくる。
 けれど、それでも私は反応する余裕がなくて。
 代わりに氷室さんが私を支えながらも前に乗り出した。

 アゲハさんがすぐに眼前に迫る。
 覆い被さるように、押し潰すようにその巨体を掲げる。
 あまりのスピードに、氷室さんも反応をしきれずにいた。

『────────!!!』

 歪み狂った憎悪と憤怒を抱いたアゲハさんは、声にならない咆哮をあげ、四本の腕をガバッと張り上げた。
 側にいるだけで息が詰まりそうになる、重くねっとりとした魔力が色濃くなり、それに包まれ押し潰されそうになる。

 もはやそこに人間の名残なんてなくて。
 ただ人を縊り殺す怪物のようになったアゲハさんは、何一つの容赦もなく私たちにその腕を振り下ろした。

 その時────

 暗雲立ち込める上空から、空間をつんざく爆雷が落ちた。

 それは的確にアゲハさんを射抜き、その動きを完全に押し留めた。
 アゲハさんはけたたましい悲鳴を上げ身体を怯ませる。
 その隙に氷室さんが私を引き摺るようにして彼女から距離を取った。

 今の雷を、私はよく知っていると思った。
 たった今炸裂した落雷を、私はよく知っている。

 直後、上空ではゴロゴロと雷が音を立てた。
 かと思うと、急激に一帯で濃密な魔力と不穏な気配が蠢き出す。
 それはアゲハさんが発しているものと同質のものだけれど、全く違うものだと肌で感じた。

 次に、撒き散らされた肉片たちに細い雷がパン!と落ち、それらはまるで生き物のようにピクピクと動き出した。
 それに呼応したように、血の海がゴポゴポと音を立てて沸き立ち、意志を持つように肉片と共に集い出す。

『まさか────!』

 動きを止めていたアゲハさんが声を上げた。
 周囲で起きる奇妙な光景を、首をぐるぐる動かして追っている。

 集結した血肉は、まるで粘土のようなぐにゃっとした塊を作り、ブニョブニョとした歪な球体になった。
 そしてその周りを取り囲むように大量の雷が絶え間なく落ち続ける。

 何が起きているのか、これからどうなるのか。
 さっぱりわからなかったけれど。
 でも、その異様で気味の悪い光景から、私は目を離すことができなかった。
 いや、離してはいけないと思った。

 だって、これはきっと────────

「────────────!!!!!」

 炸裂し続ける雷のせいで、視界は白みよく見えなくなってきた。
 空気を破裂させる音に聴覚を遮られ、他の音はうまく聞こえない。
 でもそんな中でも。電撃の内側で蠢くもの、そして何かの雄叫びを捉えることはできた。

 その微かなものを頼りに、私は懸命にそれを見守った。
 醜悪で気持ちの悪い、身の毛もよだつような気配はどんどん色濃くなっていくけれど。
 でもそれと同時に、心が温まるような気配もまた、濃くなっていくから。

 この気配を、この感覚を、私はよく知っている。

 やがて、雷の雨が止んだ。
 絶え間なく続いた閃光で目はチカチカしていて、一転して暗くなった辺りをうまく見て取ることができなかった。
 けれどそれでも必死に目を凝らしてみれば、さっきまで肉塊があった所には、人間大の何かがあった。

「千鳥、ちゃん……?」

 思わず、名前を呼ぶ。
 何一つ確証なんてなかったけれど。
 それでも、私の心が思い浮かべた名前を、迷うことなく口にした。

 次第に目が暗闇になれて、その何かをしっかりと見ることができた。
 バチバチと黄色い電気を帯電させている、巨大な鳥のようなもの。

 本来は雪のように澄んだ白さを持っているであろう羽毛は、電撃のスパークによってまるで黄金のように輝いている。
 そんな羽毛を綺麗に生え揃わせている、大きな翼がまず目に入った。

 しゃがみ込んでいるのか、見て取れたのはその大きな金の翼だけ。
 けれどすぐにムックリと身体を持ち上げて、それが人の姿をしているのだとわかった。
 こちらに背を向けて、のっそりと緩慢に立ち上がる。

 金に輝く羽を背中から生やした、一糸纏わぬ女性の姿がそこにはあった。
 小柄なその体躯は、私のよく知る子にとても似ている。
 その頭部で翼と共に輝く金髪も、全く同じだ。

 それは紛れもなく。疑いようもなく。
 感じる気配や、その身に異なる部分はあったとしても。
 見間違いようなんてなかった。

「千鳥ちゃん!!!」

 腹の底から声を吐き出す。
 心はぐちゃぐちゃで、細かいことは考えられない。
 だからただ、愛おしい友達の名前を叫んだ。

 千鳥ちゃんはまるで生まれたばかりの雛のように、私の声に反応して少しキョロキョロして。
 そしてパッとこちらに振り返ると、ニィッと歯を剥き出しにして、とても得意げに笑った。
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