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第6章 誰ガ為ニ
109 腹の探り合い
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「よっこいしょ、っと」
カノンとカルマが屋上から飛び降りるのを見届けて、ケインはどさりとその場に腰を下ろした。
のっそりとした動作で胡座をかき、気の抜けた表情で正面の夜子を見上げる。
「若い子はパワフルでいいねぇ。ああいうのを青春って言うのかなぁ。僕にはそういうエネルギッシュなの、もう体が追いつかないよ」
「……一応確認しておくけれど」
和やかなムードで世間話のような中身のない話題を口にするケインに、夜子は溜息をつきながら尋ねる。
「────私と闘るかい?」
「おいおい勘弁してくれよ。ナイトウォーカーと正面衝突なんてしたら、僕は木っ端微塵さ」
わざとらしく慌てて見せてから、ケインは小さく笑った。
その表情から、言葉ほどの弱腰ではないように思えたが、少なくともこの場での戦闘の意思はないと夜子は理解した。
「ならいい。私も好き好んで魔女狩りとやり合いたくなんてないからね。君がそういうつもりなら、私としても都合がいい」
「そいつはよかった。平和に行こうぜ、平和にさ」
ヘラヘラと笑みを浮かべて言うケインに、夜子は鼻を鳴らしてながら同じくその場に腰を下ろした。
ケインと同じように胡座をかき、その膝に肘を置いて緩んだ前傾姿勢をとる。
戦闘の意思がない二人が腰を据えて向かい合う。
一見和やかなムードではあるが、笑顔の裏では腹の探り合いが静かに行われている。
場は太陽の光が照らす明るい空の上だが、他者から見れば光の差さない森の奥深くのように暗く感じるだろう。
「さて。状況から察するに、坊やは私に何か用があるように思えるのだけれど」
「別に用ってほどの事でもないさ。ただそうだなぁ、気になることはある」
「気になることねぇ。いいだろう。この際だからお姉さんが話を聞いてやろうじゃないか」
殺害を目論む刺客を差し向けていた者とは思えない、あっけらかんとした顔をするケイン。
その太々しいリアクションに内心で苦笑しつつ夜子が嫌味ったらしく促すと、ケインは頭を掻いた。
困ったなぁとボヤきながらも、その目は鋭く夜子を見据えている。
「じゃあ単刀直入に聞くけれど。君は一体、何をするつもりだい?」
「単刀直入もいいところだ。質問がザックリしすぎているよ、坊や」
「そこのところは勘弁してくれよぉ。だってさ、君の行動はあまりにも不可解すぎるんだから」
二人の口調は極めて穏やか。
しかし一言ひとことがお互いに探りを入れ、一分の隙も許してはいない。
「王族特務として長い間『まほうつかいの国』に君臨し、王族と城に仕えてきた君が、『始まりの力』を持つ姫君と同時期に消えた。何の疑問も抱かず、何も勘繰るなど言う方が難しいだろう?」
「買い被りすぎさ。私なんて大したことはない。人よりちょっと経験が豊富なだけさ。そんなただの古株のやることに、一々目くじら立てなくてもいいじゃないか」
「そういうわけにもいかないさ」
上体を起こし、伸びをするように背中を反る夜子。
重心をやや後ろに傾けてゆらゆらと力なく揺れている。
そんな彼女を、ケインは柔和な笑みで見守りながら言葉を続けた。
「ただの失踪ならまだいい。けれど君は現に姫様と一緒にいる。この世界で、記憶と力を失った彼女を保護している。何のつもりもないとは言わせないぜ?」
「何のつもりもないよ。何にもね」
奥深くへと探りを入れる視線を投げるケインの言葉を受けても、夜子は笑みを絶やさない。
あっけらかんと言ってのける夜子に、ケインは僅かに笑みを引きつらせた。
「私は好き勝手に、自由気ままに生きているだけさ。そもそも私は、ああいう堅っ苦しい場にいるタイプじゃないんだよ。義理立というか、まぁ私なりの義務感でしばらく君主とかいう位を抱えていたけれど。そろそろそんな体裁よりも、友達との約束を守らないとなぁと思ってさ」
「友達、ねぇ。君みたいなおっかない女性でも、約束を果たしたい友達がいるんだねぇ」
「失敬な奴だなぁ坊や。私にだって若かりし頃はあったし、少なかったが大切な友人がいたものだよ。まぁ、私のは青春と呼べるような光り輝いたものではなかったけれど」
かつてを思い出しているのか目を細める夜子。
最強の魔法使いとして長きに渡り『まほうつかいの国』でその名を轟かせていた彼女だが、その実態には謎が多い。
王族特務に属する最強の魔法使い。その肩書きが一人歩きし、彼女の人となりを深く知る者はあまりいない。
そんな彼女のプライベートな言葉に興味を抱かないとは言えないケインだったが、しかし今は本題から逸れるわけにもいかなかった。
ケインは深く彼女を観察しつつ、次の言葉を丁寧に選んだ。
「よっこいしょ、っと」
カノンとカルマが屋上から飛び降りるのを見届けて、ケインはどさりとその場に腰を下ろした。
のっそりとした動作で胡座をかき、気の抜けた表情で正面の夜子を見上げる。
「若い子はパワフルでいいねぇ。ああいうのを青春って言うのかなぁ。僕にはそういうエネルギッシュなの、もう体が追いつかないよ」
「……一応確認しておくけれど」
和やかなムードで世間話のような中身のない話題を口にするケインに、夜子は溜息をつきながら尋ねる。
「────私と闘るかい?」
「おいおい勘弁してくれよ。ナイトウォーカーと正面衝突なんてしたら、僕は木っ端微塵さ」
わざとらしく慌てて見せてから、ケインは小さく笑った。
その表情から、言葉ほどの弱腰ではないように思えたが、少なくともこの場での戦闘の意思はないと夜子は理解した。
「ならいい。私も好き好んで魔女狩りとやり合いたくなんてないからね。君がそういうつもりなら、私としても都合がいい」
「そいつはよかった。平和に行こうぜ、平和にさ」
ヘラヘラと笑みを浮かべて言うケインに、夜子は鼻を鳴らしてながら同じくその場に腰を下ろした。
ケインと同じように胡座をかき、その膝に肘を置いて緩んだ前傾姿勢をとる。
戦闘の意思がない二人が腰を据えて向かい合う。
一見和やかなムードではあるが、笑顔の裏では腹の探り合いが静かに行われている。
場は太陽の光が照らす明るい空の上だが、他者から見れば光の差さない森の奥深くのように暗く感じるだろう。
「さて。状況から察するに、坊やは私に何か用があるように思えるのだけれど」
「別に用ってほどの事でもないさ。ただそうだなぁ、気になることはある」
「気になることねぇ。いいだろう。この際だからお姉さんが話を聞いてやろうじゃないか」
殺害を目論む刺客を差し向けていた者とは思えない、あっけらかんとした顔をするケイン。
その太々しいリアクションに内心で苦笑しつつ夜子が嫌味ったらしく促すと、ケインは頭を掻いた。
困ったなぁとボヤきながらも、その目は鋭く夜子を見据えている。
「じゃあ単刀直入に聞くけれど。君は一体、何をするつもりだい?」
「単刀直入もいいところだ。質問がザックリしすぎているよ、坊や」
「そこのところは勘弁してくれよぉ。だってさ、君の行動はあまりにも不可解すぎるんだから」
二人の口調は極めて穏やか。
しかし一言ひとことがお互いに探りを入れ、一分の隙も許してはいない。
「王族特務として長い間『まほうつかいの国』に君臨し、王族と城に仕えてきた君が、『始まりの力』を持つ姫君と同時期に消えた。何の疑問も抱かず、何も勘繰るなど言う方が難しいだろう?」
「買い被りすぎさ。私なんて大したことはない。人よりちょっと経験が豊富なだけさ。そんなただの古株のやることに、一々目くじら立てなくてもいいじゃないか」
「そういうわけにもいかないさ」
上体を起こし、伸びをするように背中を反る夜子。
重心をやや後ろに傾けてゆらゆらと力なく揺れている。
そんな彼女を、ケインは柔和な笑みで見守りながら言葉を続けた。
「ただの失踪ならまだいい。けれど君は現に姫様と一緒にいる。この世界で、記憶と力を失った彼女を保護している。何のつもりもないとは言わせないぜ?」
「何のつもりもないよ。何にもね」
奥深くへと探りを入れる視線を投げるケインの言葉を受けても、夜子は笑みを絶やさない。
あっけらかんと言ってのける夜子に、ケインは僅かに笑みを引きつらせた。
「私は好き勝手に、自由気ままに生きているだけさ。そもそも私は、ああいう堅っ苦しい場にいるタイプじゃないんだよ。義理立というか、まぁ私なりの義務感でしばらく君主とかいう位を抱えていたけれど。そろそろそんな体裁よりも、友達との約束を守らないとなぁと思ってさ」
「友達、ねぇ。君みたいなおっかない女性でも、約束を果たしたい友達がいるんだねぇ」
「失敬な奴だなぁ坊や。私にだって若かりし頃はあったし、少なかったが大切な友人がいたものだよ。まぁ、私のは青春と呼べるような光り輝いたものではなかったけれど」
かつてを思い出しているのか目を細める夜子。
最強の魔法使いとして長きに渡り『まほうつかいの国』でその名を轟かせていた彼女だが、その実態には謎が多い。
王族特務に属する最強の魔法使い。その肩書きが一人歩きし、彼女の人となりを深く知る者はあまりいない。
そんな彼女のプライベートな言葉に興味を抱かないとは言えないケインだったが、しかし今は本題から逸れるわけにもいかなかった。
ケインは深く彼女を観察しつつ、次の言葉を丁寧に選んだ。
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