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第6章 誰ガ為ニ

99 招かれざる客

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 息を切らせて街外れの廃ビルに着いた頃には、真冬なのに大汗をかいてしまった。
 氷室さんと千鳥ちゃんは魔法で何らかの強化でもしていたのか、顔色ひとつ変わっていないのに。
 私だけ一人、季節を間違えたみたいな装いになってしまった。

 はぁはぁと息を整えている私に氷室さんが魔法で汗による不快感を拭って、体内にこもる熱気を整えてくれた。
 お陰で少しスッキリとした私は、息を整えて一歩先にいる千鳥ちゃんに並び立った。

 街外れということもあって、駅前の喧騒と比べるべくもなく人気は全くなかった。
 真っ昼間とはいっても、廃れたビルや空き地ばかりの街外れの方まで来る人はあまり多くない。

 だから廃ビルは静けさそのもので、とてもここで何かが起きているようには思えなかった。
 それは二人も同じようで、私たちは全員で顔を見合わせた。

「何とも、なかったのかな……?」
「いいえ、まだ断定はできない。夜子さんの結界は強力だから、中で起きてることを外界に悟られないようになってるの。ここまで来たんだし、夜子さんの顔くらい見て確認しておきましょう」

 千鳥ちゃんのトーンの低い言葉にそれもそうかと頷いて、私たちは結界を潜って敷地に足を踏み入れた。
 内部に入ってビルの入り口までやって来ても、特に外から見た時の印象と変わらなかった。
 誰かが侵入して争いになっていれば、もう少し色々と騒がしくなっていそうな気がする。

 だから私は薄々安心していた。
 もちろん夜子さんの安全を確認してからじゃないと心からは安心できないけれど。
 でも今のところ、何かが起きている形跡は見て取れないから。

 それでも張り詰めた顔をしている千鳥ちゃんにそんなことは言えず、ズンズンと先行していくその背中を大人しく追う。

 千鳥ちゃんが夜子さんの安否についてここまで必死になるなんて、ちょっと意外だった。
 仲が悪いとは思っていなかったけど、普段の二人のやりとりを見ているに、夜子さんのことは苦手なのかなぁと思っていたから。

 でも思えば、昨日家出した時も千鳥ちゃんは言っていた。
 自分は夜子さんのそばにある資格はない、役に立たないからって。
 そんな言葉が出るのは、夜子さんのことを想っているからこそだ。
 どうでもいいと、苦手だと思っている人に対しては、そんな言葉は出ないだろうから。

 一人そんなことを考えながら、千鳥ちゃんに付いてビルの中に入ろうとした、その時だった。

「いやぁ物の見事に引っかかってやんの。超ウケる。なんか私の方が情けなくなってくるんだけど」

 静かな街外れの、更に静かな結界の中で、背後から唐突に声が響いた。
 上機嫌で笑いを堪えるような、けれど溜息交じりの気怠そうな、そんな複雑な声色。

 聞き覚えのある声に私はサーっと血の気が引いた。
 けれど私なんかよりも千鳥ちゃんの方が顔を真っ青にして、目にも留まらぬ速さで振り返った。
 私と氷室さんは、半拍遅れてそれに倣う。

 そこにいたのは、目を見張るプラチナブロンドのセクシーな女性。
 モデルさんのようにすらっとした手脚の白い肌を剥き出しにして、相変わらず蝶のタトゥーが入った豊満な胸元を曝け出している。
 いつもの真紅のジャケットはなく、真夏のようなタンクトップ姿だ。

 腰に手を当て呆れたような顔をしながら、そこにはアゲハさんが佇んでいた。
 このビルの敷地内、結界の内側に。

「ど、どうしてアンタが中にいんのよ……!」
「は? そんなわかりきったこと、聞く?」

 その堂々とした佇まいに千鳥ちゃん引き腰になりながら、それでも声をひっくり返しつつ喚くように尋ねた。
 そんな彼女に、アゲハさんは大仰な溜息をついて肩を落とした。

「アンタたちが案内してくれたんだって。ちょっと考えればわかるっしょ」
「そ、そんなわけないでしょ! アンタなんかを案内なんて────」
「ち、千鳥ちゃん……!」

 アゲハさんの言葉に私はハッとして千鳥ちゃんの腕をぐいっと引っ張った。
 引きつった顔をした千鳥ちゃんが、ヒステリックな目で私を見た。

「私たちは、更に勘違いをしてたんだ。ロード・ケインにこの場所を知らせてしまっていたのはカノンさんたちじゃなかった。私たちなんだよ……」
「は? ど、どうしてそうなんのよ。だって私たちが奴に会ったのはついさっきで、それまでは……」
「だからだよ。私たちはロード・ケインに会った直後にここに来てしまった。夜子さんを心配して、ここに来ちゃった。あそこから、直に」
「…………!」

 千鳥ちゃんはカッと目を見開いて、唇をわなわなと震わせた。
 私の言わんとしていることが伝わったようで、顔から覇気がなくなっていく。

 ロード・ケインがどこまで何を考えていたのか、もうわからない。
 けれど、私たちの考えは、行動は間違っていた。
 経緯はともかく、私たちが夜子さんの身を案じてここに来るよう、彼は暗に私たちの思考を誘導していたんだ。

 だから、あんな思わせぶりなことを言って、私たちに勘ぐらせた。
 そうしてまんまとここへ向かってしまった私たちを、アゲハさんは追ってきたんだ。

 結界で守られている場所へは、普通なら追うだけで辿り着けないはず。
 その場所のことを明確に知って認識していなければダメだと聞いた。
 けれどそこはロード・ケインの息がかかったアゲハさんだからこそ、できたことなのかもしれない。

 彼の思惑に嵌った私たちを使ってこの結界の内部に辿り着くことなんて、造作もなかったんだ。

「はーいアリス大正解。もーちょっと早く気付けてたらねぇ~」

 残念でしたと笑うアゲハさんに、私も千鳥ちゃんも歯をくいしばることしかできなかった。
 夜子さんの身を案じてここまで来たのに、まんまと敵を招き入れてしまうなんて。

「よ、夜子さんを、殺すつもり……?」
「まぁね。それが私の元々の目的だし。真宵田 夜子を殺して、その次はアリスね」

 震える声で尋ねる千鳥ちゃんに、アゲハさんは気軽な調子で答えた。
 昨日はクロアさんに相当痛めつけられて、命からがら逃げ出したと聞いたけれど、見たところ外傷はないようだし至って元気そうだ。
 まぁ彼女の恐ろしい程の再生能力を持ってすれば、わけはなかったのかもしれない。

「そんなこと、ぜ、絶対にさせるもんですか! 夜子さんも、アリスも、アンタなんかに殺させないわよ!」
「あれあれ、今日は最初から元気よく吠えるじゃん。そんなにお姉ちゃんが大好きなわけ?」
「……! アンタなんて、アンタなんて……!」

 噛み付く千鳥ちゃんを、アゲハさんは余裕の面持ちで軽やかにかわす。
 それに対して更に顔を強張らせる千鳥ちゃんだけれど、でもまだ取り乱してはいなかった。

 私がその腕をぎゅっと握ると、千鳥ちゃんは私の顔を見てから唇を真一文字に結んだ。

 ここにアゲハさんを連れてきてしまったのは確かに失敗だった。
 けれど、私たちの本来の目的はアゲハさんを見つけ出して話し合うことだから。
 この状況は想定とは違うけれど、出会えたことに変わりない。
 いがみ合うだけじゃなくて、ちゃんと話し合わないと。

 千鳥ちゃん渋い顔をしながらも、私の目を見て小さく頷いた。
 そして肩の力を抜いてから軽く深呼吸をして、落ち着いた目をアゲハさんへと向けた。
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