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第6章 誰ガ為ニ
92 争う意思はない
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警戒心を最大にして三人で身を寄せ合っている私たちに対し、ロード・ケインは温和な表情でゆったりと椅子に座った。
そこには敵意も害意も感じられず、本当にただお喋りをしにきたような気の抜きよう。
そんな彼を見て、私はカノンさんたちのことを思い出した。
カノンさんはロード・ケインに対処するために、私たちとは別行動をとると言っていた。
だというのにここにはロード・ケインが来てしまっている。
ただ入れ違ってしまっただけならいいけれど。
もし万が一、既に挑んで敗れた後だとしたら……。
最悪の予想が頭をよぎり、私は唾を飲んだ。
それを確かめたくても、直接彼に問いただすのが得策とは思えない。
下手なことを言って相手に情報を与えてしまっては、却って状況が悪くなってしまうかもしれないから。
カノンさんたちを心配する気持ちを今はぐっと堪えて、目の問題に向き合わないと。
現状をどう切り抜けるのかを、考えないと。
「揃いも揃ってピリピリしすぎじゃない? もっとリラッスクしようよ。言ったろ? 僕はここでことを構える気はないって。楽しくお喋りしようよ」
どうしたものかと頭をフル回転させて、顔が強張っているだろう私。
普段よりも一層、氷のような張り詰めた無表情を貫く氷室さん。
そして今にも逃げ出したいのを必死で堪えている千鳥ちゃん。
三者三様のとても柔らかくない表情を見て、ロード・ケインは困ったような笑みを浮かべながら言った。
この状況で気さくに楽しくお喋りができるなんて、私はとても思えないけれど。でも彼はそうではないらしい。
それはきっと、私たちのことを何の障害とも思っていないからこそくる余裕があるからだ。
けれど、このまま向かい合って押し黙っていても仕方がない。
話そうと言われている以上、何か口を開かないと始まらない。
正直、ロード・ケインが醸し出している強者の圧力を前に口を開くのは怖いけれど。
でも、私が口火を切らないと始まりそうもない。
だから私は未だ私を庇うように伸ばしている氷室さんの腕を下ろして、代わりにぎゅっと手を握ってから口を開いた。
「……じゃあ、聞きますけど。ここに、何をしに来たんですか?」
「お喋りをしに来たんだってば。それ以上でもそれ以下でもないよ」
勇気を出して問いを投げかけると、ロード・ケインは軽い口調で返して来た。
本当にそれ以外の意図はないというようにあっけらかんと。
「でも、どうしてわざわざこんなところまで来て……」
「まぁなんていうかタイミングかな? それに見つけやすかった。周囲に気を使って魔法を使っていたようだけれど、僕からしてみればむしろ見つけてくださいって言っているようなものだったね」
ロード・ケインはカラカラっと軽快な笑みを氷室さんに向けた。
それを受けた彼女は一ミリも表情を変えることなく、けれどどこかその視線は重く暗くなった。
「使ったのは音声の遮断と認識操作かな? 確かに魔法も神秘も知らない一般人に対してはそれで十分だろうけど、僕も一応プロだからね。違和感の方が先行しちゃって仕方なかったよ。まぁ所詮は魔女の魔法。お粗末なのは仕方ないねぇ」
まるでテストの答え合せをする先生のように、やんわりと粗を指摘するロード・ケイン。
彼が言っていることはつまり、さっき氷室さんたちがやろうとしていたことと同じことなのかな。
あるものをないように見せているのだから、そこには違和感が生じる。
特に今回の場合、敵から身を隠すために使った魔法じゃないから、探られると違和感が目立ってしまったのかもしれない。
指摘を受けている氷室さんは眉ひとつ動かさないけれど、敵意を強めているであろうことはその雰囲気から察せられた。
だから私は慌てて話題を変えることにした。
「────お喋りをしに来たって言いますけど、私のことを、殺しに来たんじゃないんですか?」
「僕が? いやぁそんな物騒なことしないよ。僕は争いごとが嫌いだからね。それに可愛い女の子を手にかけるなんてもってのほかさ」
「は……?」
パッと手を上げて首を横に振るロード・ケイン。
突拍子も無いことを言われたとでもいうように目を見開いて、まさかとヘラヘラ笑っている。
予想外のリアクションに、私は思わずポカンとしてしまった。
「僕は魔法使いの中でも結構魔法使いらしくない男なのさ。神秘への探究心はないし、地位や権力にも興味はない。追い求める結果もなければ信念のようなものもない。僕は毎日楽しく過ごせればそれでいいのさ」
それはとてもロードと呼ばれる高位の人間が発する言葉とは思えなかった。
人の上に立ち、魔女狩りを統べ、強い力を有する人間の思考とは思えなかった。
けれど柔和な笑みを浮かべながらのんびりとそう語る彼を見ると、その言葉を一概に否定できなかった。
本当に、心の底からそう思っているような、とても呑気な顔をしているからだ。
「でも、あなたは私に刺客を差し向けて来たんじゃないんですか? あなたの目的は、私と夜子さんを殺すことなんじゃ……?」
「夜子? ────あぁ、ナイトウォーカーのことね」
慌てて問いただすと、ロード・ケインはポカンとして首をひねった。
そしてポツリと何かを呟くと、一人で納得して私に笑みを向けた。
「確かにそうだ。僕は君たちに刺客を差し向けている。でも、僕がしているのはそれだけだ。僕自身に争う意思はないよ」
「それは……他人にやらせて、自分は手を汚さないということですか……?」
「それはニュアンスが違うなぁ。それだと僕が性格の悪いやつみたいじゃないか。別に僕は人任せにして責任逃れをしているわけじゃないよ。一応これでも君主を任されているからね。人の上に立つ者として、最低限の節度は守っているつもりだ」
ロード・ケインは飽くまでニコニコと柔らかい笑みを絶やさない。
常に冷静で揺るがず、溢れる余裕で全てを包み込んでくる。
私に何を言われようと動じるそぶりなんて見せず、やんわりと受け流してしまう。
「僕はねぇ姫様。本当に荒事が嫌いなのさ。でも魔女狩りとしてそうも言ってられない。僕がどんなに争いを避けようとしても、問題の方から勝手に転がり込んできてしまう。だからね、僕個人の意見としては君を殺したいなんて微塵も思っていないのさ。まぁナイトウォーカーはちょっと邪魔だなぁとは思うけど、真正面からぶつかりたくはない。これが僕の包み隠さない本心なんだよ」
ナイトウォーカーという聞きなれない単語に首を傾げそうになったけれど、話の流れからして夜子さんを指している言葉だとわかった。
前に夜子さんから話を聞いた時、以前『まほうつかいの国』で王族特務に所属していて、真宵田 夜子という名前は偽名だと言ってた。
ナイトウォーカーというのが夜子さんの本当の名前なのかもしれない。
「でもさ、やっぱりそうも言っていられないというか、僕個人の意見だけで大局が動いているわけじゃない。それが僕の本意でないとしても、やらなきゃいけない時があるんだよこれが。大人ってのはさ、そういうものなんだよ姫様」
まるで子供を諭すように柔らかい声で言うロード・ケイン。
小馬鹿にされているわけではないだろうけれど、ひどく子供扱いされているのをひしひしと感じた。
でもそれは事実だ。
ロード・ケインにとって、私たちなんて、私なんて、取るに足らない小娘だ。
そこには敵意も害意も感じられず、本当にただお喋りをしにきたような気の抜きよう。
そんな彼を見て、私はカノンさんたちのことを思い出した。
カノンさんはロード・ケインに対処するために、私たちとは別行動をとると言っていた。
だというのにここにはロード・ケインが来てしまっている。
ただ入れ違ってしまっただけならいいけれど。
もし万が一、既に挑んで敗れた後だとしたら……。
最悪の予想が頭をよぎり、私は唾を飲んだ。
それを確かめたくても、直接彼に問いただすのが得策とは思えない。
下手なことを言って相手に情報を与えてしまっては、却って状況が悪くなってしまうかもしれないから。
カノンさんたちを心配する気持ちを今はぐっと堪えて、目の問題に向き合わないと。
現状をどう切り抜けるのかを、考えないと。
「揃いも揃ってピリピリしすぎじゃない? もっとリラッスクしようよ。言ったろ? 僕はここでことを構える気はないって。楽しくお喋りしようよ」
どうしたものかと頭をフル回転させて、顔が強張っているだろう私。
普段よりも一層、氷のような張り詰めた無表情を貫く氷室さん。
そして今にも逃げ出したいのを必死で堪えている千鳥ちゃん。
三者三様のとても柔らかくない表情を見て、ロード・ケインは困ったような笑みを浮かべながら言った。
この状況で気さくに楽しくお喋りができるなんて、私はとても思えないけれど。でも彼はそうではないらしい。
それはきっと、私たちのことを何の障害とも思っていないからこそくる余裕があるからだ。
けれど、このまま向かい合って押し黙っていても仕方がない。
話そうと言われている以上、何か口を開かないと始まらない。
正直、ロード・ケインが醸し出している強者の圧力を前に口を開くのは怖いけれど。
でも、私が口火を切らないと始まりそうもない。
だから私は未だ私を庇うように伸ばしている氷室さんの腕を下ろして、代わりにぎゅっと手を握ってから口を開いた。
「……じゃあ、聞きますけど。ここに、何をしに来たんですか?」
「お喋りをしに来たんだってば。それ以上でもそれ以下でもないよ」
勇気を出して問いを投げかけると、ロード・ケインは軽い口調で返して来た。
本当にそれ以外の意図はないというようにあっけらかんと。
「でも、どうしてわざわざこんなところまで来て……」
「まぁなんていうかタイミングかな? それに見つけやすかった。周囲に気を使って魔法を使っていたようだけれど、僕からしてみればむしろ見つけてくださいって言っているようなものだったね」
ロード・ケインはカラカラっと軽快な笑みを氷室さんに向けた。
それを受けた彼女は一ミリも表情を変えることなく、けれどどこかその視線は重く暗くなった。
「使ったのは音声の遮断と認識操作かな? 確かに魔法も神秘も知らない一般人に対してはそれで十分だろうけど、僕も一応プロだからね。違和感の方が先行しちゃって仕方なかったよ。まぁ所詮は魔女の魔法。お粗末なのは仕方ないねぇ」
まるでテストの答え合せをする先生のように、やんわりと粗を指摘するロード・ケイン。
彼が言っていることはつまり、さっき氷室さんたちがやろうとしていたことと同じことなのかな。
あるものをないように見せているのだから、そこには違和感が生じる。
特に今回の場合、敵から身を隠すために使った魔法じゃないから、探られると違和感が目立ってしまったのかもしれない。
指摘を受けている氷室さんは眉ひとつ動かさないけれど、敵意を強めているであろうことはその雰囲気から察せられた。
だから私は慌てて話題を変えることにした。
「────お喋りをしに来たって言いますけど、私のことを、殺しに来たんじゃないんですか?」
「僕が? いやぁそんな物騒なことしないよ。僕は争いごとが嫌いだからね。それに可愛い女の子を手にかけるなんてもってのほかさ」
「は……?」
パッと手を上げて首を横に振るロード・ケイン。
突拍子も無いことを言われたとでもいうように目を見開いて、まさかとヘラヘラ笑っている。
予想外のリアクションに、私は思わずポカンとしてしまった。
「僕は魔法使いの中でも結構魔法使いらしくない男なのさ。神秘への探究心はないし、地位や権力にも興味はない。追い求める結果もなければ信念のようなものもない。僕は毎日楽しく過ごせればそれでいいのさ」
それはとてもロードと呼ばれる高位の人間が発する言葉とは思えなかった。
人の上に立ち、魔女狩りを統べ、強い力を有する人間の思考とは思えなかった。
けれど柔和な笑みを浮かべながらのんびりとそう語る彼を見ると、その言葉を一概に否定できなかった。
本当に、心の底からそう思っているような、とても呑気な顔をしているからだ。
「でも、あなたは私に刺客を差し向けて来たんじゃないんですか? あなたの目的は、私と夜子さんを殺すことなんじゃ……?」
「夜子? ────あぁ、ナイトウォーカーのことね」
慌てて問いただすと、ロード・ケインはポカンとして首をひねった。
そしてポツリと何かを呟くと、一人で納得して私に笑みを向けた。
「確かにそうだ。僕は君たちに刺客を差し向けている。でも、僕がしているのはそれだけだ。僕自身に争う意思はないよ」
「それは……他人にやらせて、自分は手を汚さないということですか……?」
「それはニュアンスが違うなぁ。それだと僕が性格の悪いやつみたいじゃないか。別に僕は人任せにして責任逃れをしているわけじゃないよ。一応これでも君主を任されているからね。人の上に立つ者として、最低限の節度は守っているつもりだ」
ロード・ケインは飽くまでニコニコと柔らかい笑みを絶やさない。
常に冷静で揺るがず、溢れる余裕で全てを包み込んでくる。
私に何を言われようと動じるそぶりなんて見せず、やんわりと受け流してしまう。
「僕はねぇ姫様。本当に荒事が嫌いなのさ。でも魔女狩りとしてそうも言ってられない。僕がどんなに争いを避けようとしても、問題の方から勝手に転がり込んできてしまう。だからね、僕個人の意見としては君を殺したいなんて微塵も思っていないのさ。まぁナイトウォーカーはちょっと邪魔だなぁとは思うけど、真正面からぶつかりたくはない。これが僕の包み隠さない本心なんだよ」
ナイトウォーカーという聞きなれない単語に首を傾げそうになったけれど、話の流れからして夜子さんを指している言葉だとわかった。
前に夜子さんから話を聞いた時、以前『まほうつかいの国』で王族特務に所属していて、真宵田 夜子という名前は偽名だと言ってた。
ナイトウォーカーというのが夜子さんの本当の名前なのかもしれない。
「でもさ、やっぱりそうも言っていられないというか、僕個人の意見だけで大局が動いているわけじゃない。それが僕の本意でないとしても、やらなきゃいけない時があるんだよこれが。大人ってのはさ、そういうものなんだよ姫様」
まるで子供を諭すように柔らかい声で言うロード・ケイン。
小馬鹿にされているわけではないだろうけれど、ひどく子供扱いされているのをひしひしと感じた。
でもそれは事実だ。
ロード・ケインにとって、私たちなんて、私なんて、取るに足らない小娘だ。
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