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第6章 誰ガ為ニ
87 二人の幼馴染の想い
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「五年前、アイツが魔女になった後、俺はアイツから知ってることを全部聞かされたんだ。最初は半信半疑だったけど、晴香がわざわざそんな嘘を俺に聞かせる必要もねぇし、最終的には信じたよ」
ポロポロと涙を流す私にオロオロとする創。
ポケットをまさぐって取り出したハンカチを私に渡してくれて、少し落ち着いた頃を見計らってそう続けた。
「聞かされても一般人の俺には何にもできねぇけどさ。でも、一緒に見守ることはできるし、お前をお守ろうとしている晴香を支えることはできる。つっても、まぁやっぱ俺には大したことはできなかったんだけどな」
創は冷静に、淡々と話す。
けれどその表情を見上げてみればとても苦々しげで、自分の無力さを嘆いているようだった。
それでも涙を流す私を気遣って、懸命にそれを曝け出さないようにしてくれている。
「この間、アイツが死ぬ前の日。アイツは夜中に俺を呼び出して、そのお守りを渡してきた」
「…………晴香が死んじゃったこと、知ってたんだね」
「聞かされてたからな、もう長くないって。それに、お前の反応を見て確信した」
「…………」
晴香が死んだ次の日の朝。
いつものように迎えにきた創は、晴香を待たずに行こうと言った。
その時既に、創はわかっていたんだ。そこに晴香がいない時点で。
そして何より、その時の私のリアクションを見て、予想は確信に変わった。
それでもおくびに出すこともなく、いつもと同じように接してくれていたんだ。
本当は晴香を失った悲しみに暮れていたはずなのに。
私のことを責め立てたかったとしてもおかしくないのに。
「ごめんなさい。ごめん、なさい……私のせいで、晴香は……」
「お前のせいなんかじゃねぇよ。それは俺もわかってる。アイツは昔からお前の為に死ぬ覚悟があった。アイツ自身の意思で、そう決めたんだ。だから俺は、お前を責めるつもりは全くない」
「…………」
とても冷静で、できた言葉に私は何にも答えられなかった。
私がもし逆の立場ったら、そういった事情なんて関係なくその場の気持ちで喚いてしまうだろうから。
それをしないでいられるのは、創が男の子だからなのか、それとも私なんかよりよっぽど大人なのか。
いやきっと、晴香と同じように昔からずっと覚悟を決めていたんだ。
だから今、私の前では冷静でいられるんだ。
「でもやっぱり俺だって、アイツには死んで欲しくなかった。だから前の晩に呼び出された時、必死で止めたさ。他にどうしようもないのかって。でも譲らなかった。アイツの心はとっくの昔に決まっていて、今更俺が何を言ったって揺るがなかった。アイツは、そんだけお前が好きだったんだ」
「……うん」
いつの間にそんなことを……。
そう思ったけれど、きっと私がレイくんと外に出ていることに、晴香は気づいていたんだ。
自分の死期を悟っていた晴香は、その隙に創に後を託していたんだ。
「死ぬ時、お前に迷惑をかけにないよう、この世から自分の痕跡を消す魔法を使うつもりだって、アイツは言ってた。そのお守りにはそれから守る魔法がかけられてるってことで、俺はそれを渡されたんだ」
「それが、創が晴香を覚えられている理由……」
きっとそれは、創が晴香のことを忘れてしまったら、連鎖的に私に関する事情を忘れてしまうかもしれないからだ。
何から何まで全部私のことを思って、ずっとずっと色んなことに気を配ってくれていたんだ。
でもそれについては、もしかしたら創だからだったのかもしれない。
私と同じように大切な幼馴染である創には、自分のことを覚えていて欲しかったのかもしれない。
「でも覚えていたんなら、どうしてもっと早く言ってくれなかったの? どうして、忘れているフリなんか……」
疑問を口にすると、創は少し照れ臭そうに頭をかいた。
「俺は基本的に、お前にとってのなんでもない日常でありたかったんだ。まぁ、晴香にもそう言われてたんだけどさ。だからお前が落ち着くまで、極力何にも知らない風を取り繕っておくつもりだったんだ」
「創が知っていることを私が知ったら、私が気を使うから……?」
「まぁそんなとこだな。晴香の言葉を借りると、お前に隠させてやりたいって感じだ。その方が気兼ねしないだろ? 俺は知ってるだけで何にも力にはなってやれねぇからさ」
だからこそ、晴香は自分のことを教えてくれた時も創のことは言わなかったんだ。
晴香は自分が魔女だし、その役割上いつかは話さないとだったけれど。
でも創は事情を知っていても、何にも関係がない人だから。
そんなことまで、この幼馴染たちは……。
「でもここ数日のお前を見てて、俺も黙ってられなくなっちまってさ。アリスが俺の知らないお前になったり、どこかに行っちまうんじゃないかって、不安になって。だから何もできねぇけど、でも、それを渡すことくらいはと思ってさ」
「でも、これは創が晴香から貰ったものでしょ? 創が持ってた方が……」
これは言わば晴香の形見だ。
この世に生きていた痕跡が全てなくなってしまった晴香の、唯一の形見。
しかもきっと、これは創に渡すために晴香が手作りをしたもの。
でも、創が首を横に振った。
「それは、晴香の魔法から俺を守るためのもので、それ以上俺が持ってても仕方ないからな。それよりもお前が持ってた方がよっぽど有意義だ。きっとそれがあれば、晴香がお前を守ってくれる」
「でも……」
「いいんだ。お前に持ってて欲しいんだよ、俺は。晴香が俺に渡したそのお守りを、お前に持っていて欲しいんだ」
創はしっとりとした目で私を見て、ほんのりと微笑んだ。
きっと自分には何もできないとわかってるから、だからこそなんだ。
自分では私を守ることも助けることもできないから、晴香からの想いを繋ぐことでせめて私の助けになればと、そう思っているんだ。
だとしたら、それを拒むことなんて私にはできない。
このお守りは、晴香と創、二人の想いが詰まった物だってことだから。
そこにはきっと、魔法なんかよりもよっぽど強いものが込められている。
握りしめたお守りを胸の前に持ってくると、より一層温かさ感じた。
きっと、私の中にいる晴香の心が反応しているんだ。
「わかったよ。じゃあありがたく受け取るね」
「あぁ、そうしてくれ」
「でも、後でちゃんと返す。私のゴタゴタが全部終わったら、ちゃんと返すから。それまでの間だけ貸してもらうね」
「…………あぁ」
繋いだ手をお守りと同じくらい握りしめて言うと、創は少し眉を下げて笑った。
それはどこか悲しそうでもあり、でも嬉しそうでもあった。
やっぱり創にとってこのお守りは特別なものなんだ。だからこそ、私に託してくれたんだろうけれど。
「晴香はお前に、とにかく普通に過ごして欲しいって願ってた。異世界の事情とか、詳しいことはよくわかんねぇけどさ。アイツは、そういうお前の運命っていうか、しがらみみたいなものから解き放たれて欲しいって言ってた。だから多分お前がそれを持ってれば、その想いがお前を繋いでくれるはずだ」
「うん、そうだね」
このお守りから感じる二人の熱い想い。それが私に、ここが大切だと教えてくれる。
この世界でこの街で、私が二人と過ごしてきた日々こそが、掛け替えのない大切なものだって。
この想いは、きっと大きな判断基準になる。
「情けねぇけどさ、俺には待ってることしかできない。頑張れって言うことしかできない。ごめんな」
「ううん。それだけで十分心強いよ。創が待ってくれていれば、私はきっと挫けないから」
「無茶とか無理とか、すんなよ。俺と晴香の願いは、お前がここにいて、いつでも笑ってくれることんだからな」
「うん、ありがとう────ありがとう、創」
ここまで心配してもらって、ここまで想ってもらっているんだから。
ちょっとやそっとでへこたれている場合じゃない。
私の願いだって、今までの日常を守ることなんだから。
絶対に屈したり、諦めたりなんてするもんか。
そんな決意と心からの感謝を胸に笑顔を向けると、創は照れ臭そうに顔を背けた。
今になって、自分が言ったことが気恥ずかしくなったのかもしれない。
それでも素直にその想いを口にしてくれたことが嬉しくて、私は創の腕にぎゅっと抱きついた。
ぴったりと身を寄せて、その存在の有り難みを全身で感じるように。
そんな私に創は体を強張らせて、おまけに顔を赤らめた。
「バ、バカッ……! 何引っ付いてんだよ!」
「いいでしょこれくらい。こうしたい気分なの」
「なんだよそれ。誰かに見られたらどうすんだ……」
そうぶつくさ言いながらも、創はそれ以上拒まなかった。
満更でもないというよりは、私の好きなようにさせてくれていると言った感じ。
だから私はその好意に甘えて、創の力強い身体に縋らせてもらった。
私のことを大切に想ってくれている幼馴染。その気持ちに心から甘えて、私は身を委ねた。
腕をぎゅっと抱きしめて、その肩に頭を預けて。まるで恋人同士のように寄り添って。
そうしているとやっぱり実感した。
ここが私の居場所だ。大切な幼馴染が待ってくれているこの場所こそが、私の帰る場所なんだって。
晴香と創、二人もそれを望んでくれているって。
二人の温もりを実感しながら、駅までの残りの道を歩いた。
ポロポロと涙を流す私にオロオロとする創。
ポケットをまさぐって取り出したハンカチを私に渡してくれて、少し落ち着いた頃を見計らってそう続けた。
「聞かされても一般人の俺には何にもできねぇけどさ。でも、一緒に見守ることはできるし、お前をお守ろうとしている晴香を支えることはできる。つっても、まぁやっぱ俺には大したことはできなかったんだけどな」
創は冷静に、淡々と話す。
けれどその表情を見上げてみればとても苦々しげで、自分の無力さを嘆いているようだった。
それでも涙を流す私を気遣って、懸命にそれを曝け出さないようにしてくれている。
「この間、アイツが死ぬ前の日。アイツは夜中に俺を呼び出して、そのお守りを渡してきた」
「…………晴香が死んじゃったこと、知ってたんだね」
「聞かされてたからな、もう長くないって。それに、お前の反応を見て確信した」
「…………」
晴香が死んだ次の日の朝。
いつものように迎えにきた創は、晴香を待たずに行こうと言った。
その時既に、創はわかっていたんだ。そこに晴香がいない時点で。
そして何より、その時の私のリアクションを見て、予想は確信に変わった。
それでもおくびに出すこともなく、いつもと同じように接してくれていたんだ。
本当は晴香を失った悲しみに暮れていたはずなのに。
私のことを責め立てたかったとしてもおかしくないのに。
「ごめんなさい。ごめん、なさい……私のせいで、晴香は……」
「お前のせいなんかじゃねぇよ。それは俺もわかってる。アイツは昔からお前の為に死ぬ覚悟があった。アイツ自身の意思で、そう決めたんだ。だから俺は、お前を責めるつもりは全くない」
「…………」
とても冷静で、できた言葉に私は何にも答えられなかった。
私がもし逆の立場ったら、そういった事情なんて関係なくその場の気持ちで喚いてしまうだろうから。
それをしないでいられるのは、創が男の子だからなのか、それとも私なんかよりよっぽど大人なのか。
いやきっと、晴香と同じように昔からずっと覚悟を決めていたんだ。
だから今、私の前では冷静でいられるんだ。
「でもやっぱり俺だって、アイツには死んで欲しくなかった。だから前の晩に呼び出された時、必死で止めたさ。他にどうしようもないのかって。でも譲らなかった。アイツの心はとっくの昔に決まっていて、今更俺が何を言ったって揺るがなかった。アイツは、そんだけお前が好きだったんだ」
「……うん」
いつの間にそんなことを……。
そう思ったけれど、きっと私がレイくんと外に出ていることに、晴香は気づいていたんだ。
自分の死期を悟っていた晴香は、その隙に創に後を託していたんだ。
「死ぬ時、お前に迷惑をかけにないよう、この世から自分の痕跡を消す魔法を使うつもりだって、アイツは言ってた。そのお守りにはそれから守る魔法がかけられてるってことで、俺はそれを渡されたんだ」
「それが、創が晴香を覚えられている理由……」
きっとそれは、創が晴香のことを忘れてしまったら、連鎖的に私に関する事情を忘れてしまうかもしれないからだ。
何から何まで全部私のことを思って、ずっとずっと色んなことに気を配ってくれていたんだ。
でもそれについては、もしかしたら創だからだったのかもしれない。
私と同じように大切な幼馴染である創には、自分のことを覚えていて欲しかったのかもしれない。
「でも覚えていたんなら、どうしてもっと早く言ってくれなかったの? どうして、忘れているフリなんか……」
疑問を口にすると、創は少し照れ臭そうに頭をかいた。
「俺は基本的に、お前にとってのなんでもない日常でありたかったんだ。まぁ、晴香にもそう言われてたんだけどさ。だからお前が落ち着くまで、極力何にも知らない風を取り繕っておくつもりだったんだ」
「創が知っていることを私が知ったら、私が気を使うから……?」
「まぁそんなとこだな。晴香の言葉を借りると、お前に隠させてやりたいって感じだ。その方が気兼ねしないだろ? 俺は知ってるだけで何にも力にはなってやれねぇからさ」
だからこそ、晴香は自分のことを教えてくれた時も創のことは言わなかったんだ。
晴香は自分が魔女だし、その役割上いつかは話さないとだったけれど。
でも創は事情を知っていても、何にも関係がない人だから。
そんなことまで、この幼馴染たちは……。
「でもここ数日のお前を見てて、俺も黙ってられなくなっちまってさ。アリスが俺の知らないお前になったり、どこかに行っちまうんじゃないかって、不安になって。だから何もできねぇけど、でも、それを渡すことくらいはと思ってさ」
「でも、これは創が晴香から貰ったものでしょ? 創が持ってた方が……」
これは言わば晴香の形見だ。
この世に生きていた痕跡が全てなくなってしまった晴香の、唯一の形見。
しかもきっと、これは創に渡すために晴香が手作りをしたもの。
でも、創が首を横に振った。
「それは、晴香の魔法から俺を守るためのもので、それ以上俺が持ってても仕方ないからな。それよりもお前が持ってた方がよっぽど有意義だ。きっとそれがあれば、晴香がお前を守ってくれる」
「でも……」
「いいんだ。お前に持ってて欲しいんだよ、俺は。晴香が俺に渡したそのお守りを、お前に持っていて欲しいんだ」
創はしっとりとした目で私を見て、ほんのりと微笑んだ。
きっと自分には何もできないとわかってるから、だからこそなんだ。
自分では私を守ることも助けることもできないから、晴香からの想いを繋ぐことでせめて私の助けになればと、そう思っているんだ。
だとしたら、それを拒むことなんて私にはできない。
このお守りは、晴香と創、二人の想いが詰まった物だってことだから。
そこにはきっと、魔法なんかよりもよっぽど強いものが込められている。
握りしめたお守りを胸の前に持ってくると、より一層温かさ感じた。
きっと、私の中にいる晴香の心が反応しているんだ。
「わかったよ。じゃあありがたく受け取るね」
「あぁ、そうしてくれ」
「でも、後でちゃんと返す。私のゴタゴタが全部終わったら、ちゃんと返すから。それまでの間だけ貸してもらうね」
「…………あぁ」
繋いだ手をお守りと同じくらい握りしめて言うと、創は少し眉を下げて笑った。
それはどこか悲しそうでもあり、でも嬉しそうでもあった。
やっぱり創にとってこのお守りは特別なものなんだ。だからこそ、私に託してくれたんだろうけれど。
「晴香はお前に、とにかく普通に過ごして欲しいって願ってた。異世界の事情とか、詳しいことはよくわかんねぇけどさ。アイツは、そういうお前の運命っていうか、しがらみみたいなものから解き放たれて欲しいって言ってた。だから多分お前がそれを持ってれば、その想いがお前を繋いでくれるはずだ」
「うん、そうだね」
このお守りから感じる二人の熱い想い。それが私に、ここが大切だと教えてくれる。
この世界でこの街で、私が二人と過ごしてきた日々こそが、掛け替えのない大切なものだって。
この想いは、きっと大きな判断基準になる。
「情けねぇけどさ、俺には待ってることしかできない。頑張れって言うことしかできない。ごめんな」
「ううん。それだけで十分心強いよ。創が待ってくれていれば、私はきっと挫けないから」
「無茶とか無理とか、すんなよ。俺と晴香の願いは、お前がここにいて、いつでも笑ってくれることんだからな」
「うん、ありがとう────ありがとう、創」
ここまで心配してもらって、ここまで想ってもらっているんだから。
ちょっとやそっとでへこたれている場合じゃない。
私の願いだって、今までの日常を守ることなんだから。
絶対に屈したり、諦めたりなんてするもんか。
そんな決意と心からの感謝を胸に笑顔を向けると、創は照れ臭そうに顔を背けた。
今になって、自分が言ったことが気恥ずかしくなったのかもしれない。
それでも素直にその想いを口にしてくれたことが嬉しくて、私は創の腕にぎゅっと抱きついた。
ぴったりと身を寄せて、その存在の有り難みを全身で感じるように。
そんな私に創は体を強張らせて、おまけに顔を赤らめた。
「バ、バカッ……! 何引っ付いてんだよ!」
「いいでしょこれくらい。こうしたい気分なの」
「なんだよそれ。誰かに見られたらどうすんだ……」
そうぶつくさ言いながらも、創はそれ以上拒まなかった。
満更でもないというよりは、私の好きなようにさせてくれていると言った感じ。
だから私はその好意に甘えて、創の力強い身体に縋らせてもらった。
私のことを大切に想ってくれている幼馴染。その気持ちに心から甘えて、私は身を委ねた。
腕をぎゅっと抱きしめて、その肩に頭を預けて。まるで恋人同士のように寄り添って。
そうしているとやっぱり実感した。
ここが私の居場所だ。大切な幼馴染が待ってくれているこの場所こそが、私の帰る場所なんだって。
晴香と創、二人もそれを望んでくれているって。
二人の温もりを実感しながら、駅までの残りの道を歩いた。
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