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第6章 誰ガ為ニ

32 悲痛な叫び

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「あーもーマジでなんなのよ。アリスを殺すのなんてちょちょいのちょいでできるって思ってたのにさぁ」

 ぐったりと肩を落としたアゲハさんが気怠そうに呻いた。
 怒りと苛立ちを含ませた声は、荒々しくも間延びしている。
 その口調にはどこか緊張感がない。

「かったるい、やってらんなーい。死んだはずのカルマが出てきたと思ったら、今度はC9シーナイン? もう揃いも揃ってムカつくぅ!」

 頭をむしゃくしゃと掻き毟るアゲハさん。
 プラチナブロンドの髪が掻き乱されて、夜の闇の中でキラキラと光る。
 頭を抱えて喚き散らしながら、それでも怒り狂わないように必死に堪えているようだった。

 飽くまで平静に努めている。
 短気で激情的に見えて、意外と冷静だ。
 いや、私たち相手にムキになりすぎる必要もないと、そう思っているだけかもしれない。

「なーんかこの間も似たような光景見たような気がする。みんなでアリスのこと守っちゃってさ。友達なんて、そんな風に躍起になって守るもん?」
「あったりめーだろ。ダチ守んないで何守んだよ」

 髪を掻き乱して頭を抱えたまま、アゲハさんは私の周りを囲むみんなを見て嘆息した。
 そんなアゲハさんに、カノンさんは新たな木刀を握りしめてその鋒を向けた。
 射殺すような眼光を受けても、アゲハさんの表情は全く変わらない。
 静かな怒りと苛立ち、けれど余裕に満ちた平静の顔。

「カルマちゃんはねぇーカノンちゃんが戦うって言うから来たのぉー! なんか面白そうだったしねん! あ、でもでも~お姫様はまくらちゃんのお友達だから、つまりはカルマちゃんのお友達でもあるのかな!? カノンちゃんもまくらちゃんもお姫様のことを守りたいって言うんなら、カルマちゃん頑張らないとねーん!」
「アンタの話は聞いてないから。アホは死んでも治らないのね」
「アゲハちゃんひっどーい! カルマちゃんはいつだって真剣なんだぞ! 怒るからねー!」

 カノンさんの空いた腕にまとわり付きながら、カルマちゃんは一人楽しそうに体をくねらせている。
 面倒臭そうに溜息をつくアゲハさんに、ぷくっと頰を膨らませるも、相変わらずのマイペースでとてもお気楽だ。

 今の口ぶりからして、カルマちゃんは今カノンさんの味方、ってことなのかな。
 完全に消え去ったはずのカルマちゃんが、どうしてここにいるのかはさっぱり見当がつかない。
 まとわりつくカルマちゃんを振り払おうと腕を振りながらも、カノンさんは少しカルマちゃんに気を許しているようにも見える。
 今は、信頼してもいいのかもしれない。

「まぁなんでもいいけどさ。アンタらごときが束になったところで、私は負けないよ。アンタらと私じゃ、格が違うんだからね」
「私たちだって、負けませんよ。確かにアゲハさんは強いです。けど、私たちが力を合わせれば……!」

 まだ若干フラつく千鳥ちゃんを支えながら、私はアゲハさんを強く睨んだ。
 自ら乱した髪を撫で付けて整えながら、アゲハさんは私のことを静かに舐め回すように見る。
 そして順繰りとみんなを見やって、そして千鳥ちゃんで止まった。

「クイナ、アンタもそう思うわけ? そんな友達ごっこの輪に混ざって、私に勝てると思ってる?」
「っ…………」

 意地悪くニィッと笑みを浮かべるアゲハさんに、千鳥ちゃんは少し身を縮こませた。
 けれど臆することなく強く見返す。その視線に、アゲハさんの笑みが少し崩れた。

「さぁね。でも、アンタにただ屈するよりは、徒党を組んで抗った方がマシよ」
「……そ。生意気な口聞くようになっちゃって、可愛くなーい」

 冷めた目でそう言い放つと、アゲハさんの顔から完全に笑みが消えた。
 満ち溢れていた余裕は若干の陰りを見せ、抑え込んでいた怒りや苛立ちが表面に出てきていた。
 口調こそ砕けているけれど、その乱れた感情が徐々に隠しきてなくなってきているのがわかった。

「ホントムカつく。マジなんなの? クイナ、アンタにそんなことしてる資格なんてないのに。今この瞬間は、アリスとの友達ごっこが楽しいのかもしれないけどさ。それは必ず自分の首を絞めるってわかってんでしょ? アンタはアリスと一緒にいるべきじゃない。大人しく一人で逃げてればいいの。私はねぇ、アンタの為を思って言ってるんだから」
「アゲハさん、それって一体どういう────」

 私と一緒にいる資格がないって何?
 どうして私と一緒にいちゃいけないの?
 そんなの、誰にも決める権利なんてないのに。
 私たちがお互いを好きで、必要とし合っているから友達なのに。

 私が食らいつこうとした時、千鳥ちゃんが声を張り上げた。

「う、うっさいわね! そんなことアンタに言われる筋合いなんてないわよ! アンタにだけは、そんなこと言われたくない!」

 私に縋る手に力を入れて、千鳥ちゃんが喚いた。
 それはどこか悲鳴にも聞こえる悲痛の叫びだった。
 泣き叫ぶような、何かを訴えかけるような叫び。

 怒声のようなのに、それはどうしようもなく悲しみを孕んでいた。
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