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第6章 誰ガ為ニ

28 私にはできない

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 アゲハさんは気怠そうに肩を竦めた。
 やる気満々の癖に、どこか不真面目な態度だ。
 私たちのことを決して逃さないという風にしっかりと見据えながらも、気の抜けたような雰囲気を感じさせる。

「もっとサクッとやっちゃう予定だったんだけどなぁ。正面からバトるのちょっと面倒」
「じゃあ、見逃してくれるとでも言うんですか?」
「まっさか。それはないないあり得ない。アリスはちゃんと殺すよ」

 今までと変わらない世間話のような口調で、アゲハさんは朗らかに言う。
 いつも通りだからこそ、その言葉は一つひとつがとても重く不気味に感じた。

「始祖様の力、『始まりの力』に『真理のつるぎ』、ねぇ。封印も解放してない状態でよくもまぁ。でも、そのくらいが限界でしょ?」

 アゲハさんは私を舐め回すように眺めて微笑んだ。
 やっぱり、浮かべるのは余裕の笑み。

「アンタの力の根源は、アリスをアリスたらしめる過去は封印されてる。今のアンタは抜け殻の絞りカス。その程度の力で、私に対抗できると思ってる?」
「正直、わかりません。私はいつだってギリギリだから。でも、そうしないと生き抜けないのなら、何が何でも切り抜けてみせますよ」

 強く剣を握りしめて、私は絞り出すように言った。
 私には強い力がある。けれど、封じられている私にはそれを全て使うことはできないし、辛うじて使えているものだって、まだ十全に使いこなせていない。

 それでも、支えて守ってくれる友達の力で今までなんとか乗り切ってきた。
 だから今だってきっと大丈夫だ。必死に堪えて側にいてくれている千鳥ちゃんの存在が、私に勇気をくれるから。

「だってさ、クイナ。威勢良く出てきたはいいけど、すっかりちっちゃくなっちゃってんじゃん。私にビビってんのは仕方ないけどさ、アンタはそれでいいわけ? 友達としてさ」
「っ…………!」

 アゲハさんはヘラヘラと笑いながら、けれど鋭い目を向けた。
 千鳥ちゃんはその視線に歯を食いしばって、震える手で力強く私の腕を握った。

「ま、いいけどさ。アンタはそんな奴だし、だからこそ私がアリスを殺してあげるんだし。アンタはそこで縮こまって、アンタを守るアリスが殺されるのを黙って見てればいいのよ」
「…………さい」

 俯いた千鳥ちゃんが呟いた。
 掠れた言葉は隣にいた私にも聞き取れないほど細々としていた。
 そんな千鳥ちゃんを、アゲハさんは冷たい目で見つめた。

「なに? なんか言った? 聞こえないんですけどー」
「────うるさいって言ってんのよ!」

 アゲハさんが煽るように言葉を投げると、食らいつくように千鳥ちゃんが怒声を上げた。
 私から手を放し、一歩前に出て私の隣に並び立つ。
 顔を持ち上げた千鳥ちゃんの顔には、怒りと同時に覚悟があった。

「わ、私だってね、いつまでも逃げてばかりじゃないのよ! いつまでも、アンタに屈してばっかりじゃ、ないんだから!」

 バチバチと全身に電気が迸り、千鳥ちゃんの金髪を瞬かせる。
 その叫びに呼応するように電気が走り、髪が逆立つ。
 ずっと縮こまっていた千鳥ちゃんが、意を決して地を踏みしめている。

「へぇ、クイナもそんな顔できるんだ。でも、アンタはそれでいいわけ? 私に勝てる勝てないじゃなくてさ、アンタは本当にそれでいいわけ? アリスと友達ごっこすることが、アンタの得になんの?」
「そんなの知ったことじゃないわよ。でも、私はこの子を見捨てることなんて、できない。できなくなっちゃったの! 私の為なんかに泣くこの馬鹿を、私は放っておくことなんてできないのよ!」
「千鳥ちゃん……」

 更に一歩、前に出る千鳥ちゃん。
 手も足も震えているのに、それでも私の前に出る。
 その背中は小さいのに、やっぱり頼もしかった。

「私はいつも、嫌なことから、辛いことから逃げてきた。きっとこれからもそれは変えられないかもしれない。でも、アリスを見捨てて逃げることだけは、今の私にはできない!」
「はぁ? なにそれ。妬くわぁ~」

 小さい体で大声を張り上げる千鳥ちゃん。
 対するアゲハさんは余裕綽々の笑みで戯けて返したけれど、その目は笑っていなかった。

「いいよ。そこまで言うんなら好きにしなよ。一丁前な口きいて、私に啖呵切ったことは褒めてあげる。けどさ、あんまり調子乗ってると許さないんだからッ!」

 その叫びには苛立ちと怒りに満ちていて、強烈な圧力と共に私たち目掛けて放たれた。
 萎縮してしまいそうな威圧感。けれど私たちは顔を向き合わせて心を決める。

 二人揃ってこの場を切り抜けるために、今は死に物狂いで戦うしかない。
 一人では無理でも、二人ならできる。

 そんな私たちを見て、アゲハさんは舌打ちをした。

「仲良くしちゃってさ。今は良くても、後で後悔したって知らないんだからね!」

 サファイアブルーの羽をこれでもかと広がるアゲハさん。
 妖しく煌めくその羽は、闇を背負って全てを包み込まんばかりに大きく、恐ろしく見えた。

 それでも、もう尻込みなんてしていられない。
 私は大きく息を吸い込んで、両手で剣の柄をしっかりと握った。
 隣に並び立つ千鳥ちゃんは、震えながらも力強く拳を握っていた。
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