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第6章 誰ガ為ニ

8 意地っ張り

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 家に帰るとお母さんの姿はなかった。
 買い物にでも出掛けているのかもしれない。
 お母さんの「お帰り」って言葉に出迎えられたかったなぁ、なんて思いながら二階の自室へ上がる。

 制服から部屋着に着替えようとして、ふと千鳥ちゃんのことが頭をよぎった。
 夜子さんいわく家出をしたという千鳥ちゃん。
 一応家までの道すがら周囲に気を使ってみたけれど、それらしい姿は見当たらなかった。

 夜子さんがあの調子だったから大事ではないだろうと高を括っていたけれど、やっぱり心配な気持ちもある。
 部屋着と思って出していたラフな服をしまって、外に出掛かる支度に切り替えた。
 駅前まで買い物がてら足を伸ばして、少し千鳥ちゃんを探してみよう。

 パパッと着替えてコートを羽織り、私は再び冷たい空気に溢れる外へと繰り出した。
 氷室さんに連絡しようかとも考えたけれど、あんまり騒ぎを大きくするのもよくないと思ってやめた。
 それに、氷室さんには二日連続でお泊りしてもらったから、一人で羽を伸ばしたりもしたいだろうし。

「そういえば、千鳥ちゃんが行きそうなところなんて知らないなぁ」

 思えば私は千鳥ちゃんのことを全然知らない。
 この間廃ビルで一夜を明かした時、向こうの世界から来た経緯を少し聞いたけれど、でもそれだけ。
 今の千鳥ちゃんが普段どんな生活をしていて、何が好きで何が嫌いか、私は何も知らなかった。

 とりあえず当初の予定通り駅前に行ってみて、人気の多い所で様子を見てみよう。
 千鳥ちゃんのことは心配だけれど、夜子さんの言う通りひょっこり帰ってくる可能性だって大いにある。
 むしろあの子の場合はその可能性の方が高いようにも思えるし、下手すればもう帰っているかもしれない。

 だから飽くまでお出掛けのついでくらいに思っておこう。
 本当に深刻な事態なら流石の夜子さんも、もっと真面目に言うだろうし。多分。

 そう思うと足取りは軽くなって、私は散歩気分で駅までの道のりをなぞった。
 真冬の空気は突き刺すように冷たくて、吐く息は真っ白に曇ってしまうほど。
 かじかむ手をコートのポケットに突っ込んで、少し体を縮めて歩いた。

 夕方の駅前は帰宅の途に着く学生やサラリーマン、それに駅前の商店に出掛けている人たちで賑わっていた。
 人は多いけれど視界を埋め尽くすほどではない。
 駅前が栄えているとはいえ、所詮地方都市だから高が知れているというもの。
 人を探すのに苦労するほどでもなかった。

 千鳥ちゃんは小柄とはいえ、よく映える金髪が目立つ。
 だから多少混み合っていようと見つけやすいはずだ。
 周囲に気を配りながら歩いてみても、千鳥ちゃんの特徴的なシルエットは見かけなかった。

 けれど、意外なことに私はあっさりと千鳥ちゃんを見つけてしまった。
 駅のすぐ近くにある、街一番の商業施設であるショッピングモール。
 一階の入り口から入って割とすぐにあるフードコートの隅っこで、小さくなっているその姿を見つけた。

 学校帰りの学生の集団や、子供連れのお母さんたちの集まりなんかで賑わう中、千鳥ちゃんは一人でポツンと座っていた。
 一番端の席のソファータイプの椅子の上で、まるで迷子の子のようにしょんぼりと体育座りをしている。
 自分の膝の上に顎を乗せて、ボケっとくうを見つめていた。

 その姿がなんだかとても物寂しくて、私は居ても立ってもいられなかった。
 ただでさえ小柄な体を更に小さく丸めている様子は、とっても惨めに感じられる。
 家出というのは、強ち間違っていなかったかもしれない。

 嫌になって家を飛び出してみたけれど、でも行く宛がなくて困っている小学生のような哀愁が漂っているんだから。
 ただそういう時は人気のない公園とか、もっと静かな所に行きそうなものだけれど。
 静けさとは正反対なここに来たのは、やっぱり寂しさがあったからなのかもしれない。

「ちーどーりちゃんっ!」
「んぎゃっーーー!」

 私は見ていられなくなって突撃した。
 ぼーっとしていた千鳥ちゃんは私の接近に全く気付いていなくて、私がぎゅっと身を寄せながら隣に座るとビクッと大きく飛び跳ねた。
 文字通りお尻が椅子から浮き上がるほどに驚いた。

「ア、アリス!? ど、どどどうしてアンタがこんなとこにいるのよ!!!」
「どうしてって言われてもなぁ。この辺に住んでるからよく買い物に来たりするしね」

 甲高い奇声を上げて、飛び上がりざまに私を距離を取ろうとする千鳥ちゃん。
 けれど一番隅の席だからその先は壁で、大して私から離れることはできなかった。
 悪戯が見つかった子供のように物凄く慌てる千鳥ちゃんに、私はにっこりと笑って更に体を寄せる。

「千鳥ちゃんこそどうしてこんな所にいるの?」
「べ、別に何だっていいでしょ……! ひ、暇つぶし!」
「ふーん。千鳥ちゃん暇なんだ」

 あえて夜子さんが探している、ということは言わなかった。
 昨日の夜から姿を消したらしい千鳥ちゃんもそのことについて何も言わないし、とりあえず触れない方がいいと思ったから。
 千鳥ちゃんは意地っ張りだから、下手に突っつくと拗らせそうだし。

「な、何よ」

 とりあえずフランクに話して心を解そうと思ってニタニタと笑みを向けてみると、千鳥ちゃんは壁に背中をつけながら顔を引きつらせた。
 そんなに警戒しなくてもいいのに。よっぽど家出にやましい理由でもあるのかな。

「別に。でも千鳥ちゃん、暇だったらちょっと付き合ってよ」
「は? 付き合うって、何に?」
「うーん、お買い物? ほら、ここ色々お店あるし、一緒にショッピングしようよ!」
「はぁ?」

 私が腕を掴んでぐいぐいと提案すると、千鳥ちゃんはあからさまに嫌そうな顔をした。
 嫌そうというか、意味がわからないといった感じの怪訝な顔だ。

「いいじゃーん、暇なんでしょ? ちょっとくらい付き合ってくれてもいいじゃん」
「な、何で私がアンタなんかと。そんなの友達としなさいよ。ほら、霰でも誘えばいいじゃない」
「いや、だから千鳥ちゃんなんだよ 」
「なんでよ!」
「だって私たち、友達でしょ?」

 手を振り払おうと腕を振る千鳥ちゃんに、私は真っ直ぐ目を見てそう告げた。
 すると千鳥ちゃんはうぐっと呻いて顔を引きつらせた。
 抵抗がほんの少し緩まる。

「ね? だからさ。ちょっとくらい良いでしょ?」

 壁にぴったりと張り付くように身を引く千鳥ちゃんに、私は身を乗り出して詰め寄る。
 若干組み敷くようになりながら、覗き込むように顔を近づける。
 困り果ててぎゅっと寄せた眉、真一文字に結んだ唇、そして私から逃れるようにうろちょろする瞳。
 その全てを覆い尽くすように視線を向けると、千鳥ちゃんは観念したように溜息をついた。

「わ、わかったわよ! ちょっとだけだからね!」
「わーい、やった! ありがとう千鳥ちゃん!」

 少し大袈裟に喜びを表現して、千鳥ちゃんに飛びついて抱きついた。
 千鳥ちゃんは私の不意打ちに呻き声を上げつつも、その身体から力が抜けたのを感じた。

「ったくもぅ、仕方ないわねぇ……」

 あからさまに重い溜息をつきつつ、でもその言葉に暗いものはなかった。
 どこか気が抜けたように緩んだその言葉に、私は内心でほくそ笑んだ。
 あんなに逃げようとして嫌そうだったのに、やっぱり一人は寂しかったんだ。
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