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第5章 フローズン・ファンタズム
74 もういいよ
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「……ごめん、取り乱しちゃって……」
子供のように声を上げて泣くアリアを二人掛かりで慰めて、ようやく落ち着いた頃。
レオに抱きしめられ、私に背中をさすられてアリアは涙を拭ってポツリと呟いた。
「まさかアリスが、レオにそんなことを言っていたなんて……私、何にも……」
「まぁな。でもその約束がなかったとしても、俺はお前を全力で守る。アリスとの日々を取り戻したとしても、お前がいなきゃ意味ねぇだろ」
「レオ……」
アリアは再び涙をこぼしそうになるのを、上を向いて必死で堪えていた。
きっと、ずっと私のことを考えてくれていたから、自分が誰かに守ってもらっていることに、思ってもらっていることに気付いていなかったんだ。
自分もまた、誰かの大切な人であるということも。
「……アリス、お前は自分の中にドルミーレがいることをずっと気にしていたんだ。『魔女ウィルス』が蔓延した原因である奴を抱いているという事実に、ずっと苦しんでいた。それを一人でなんとかしようとして……」
アリアの頭をポンポンと叩いて、レオは私に向いて苦々しげに言った。
その表情は自分の無力さを悔やむように重く暗いものだった。
『お姫様』は、当時の私は、この身に抱くドルミーレをどうにかしようとしていたんだ。
でもそれがうまくいかなくなった時の最後の手段として、自分ごと葬り去ることを、レオに託していた。
その時の気持ちや考えを今の私は推し量ることはできないけれど。
でも、それはレオにとってあまりにも酷いお願いに思えた。けれどそうするしかないほどに、差し迫っていたということなのかな。
「思えば、力や記憶を失うことを、あの時既にわかってたのかもしれねぇな。だからこそ、あんな約束を俺に……」
実際その時に何が起きていて、その時の私が何を考え何をしようとしていたのかはわからない。
けれど確かにわかることは、当時の私は二人のことを心から信頼して、大切に思っていたということだ。
自分の命を託すことも、親友の身を預けることも、そこに大きな信頼があったから。
「アリス……悪かった。俺はもうどうしていいのかわからなくなっちまって、この方法しか思いつかなかったんだ。アリアを守って、それでいてお前を救うためには、俺の手でお前を殺して、解き放ってやるしかないって……」
かつての約束の通り、私を殺すことでドルミーレの呪縛から解き放す。
それこそがレオの言っていた、私を救うということだったんだ。
大分強引ではあるけれど、この状況下で私もアリアもどっちも救いたいと思ったら、そうするしかなかったんだ。
アリアを放したレオは、地面の手をついて深々と頭を下げてきた。
燃えるような長髪がだらりと地面を舐めて、まるで火の手が広がっているようだった。
けれどその悲壮感にあふれる姿は、猛々しいレオにはとても似合わなかった。
「……レオは、私との約束を守ろうとしてくれたんでしょ? ならそれは私のせいでもあるから。私が、あなたに背負わせてしまったから……」
「それでも、俺はお前に剣を向けた。お前を殺そうとした。その罪に変わりはない……」
頭を上げて、とは言えなかった。
レオの言う通り、この二日間で私は確かに明確な殺意を向けられて、命の危機にあった。
氷室さんも巻き込んで、命からがらの戦いを迫られた。
そこにどんな理由があって、どんな事情があったとしても、その事実は変わらないから。
それでも、その背景もまた無視することはできなくて。
かつて結んだ約束。レオの気持ちもまた、確かにあったものだから。
「レオだけが悪いわけじゃないの。私の弱さが、この事態を招いてしまったから。ごめんなさいアリス。もっと私が強ければ……」
「そんなことないよアリア。アリアがいてくれなかったら、私は今頃こうして生きていられなかったかもしれないし」
レオに倣って頭を下げるアリアに、私は正直な気持ちを言った。
今回の件に限っては、アリアも完全に被害者だ。
ロード・デュークスに呪いをかけられて、レオと私の戦いを見せられて。
そんなアリアが間に立っていてくれないければ、昨日の時点で取り返しのつかないことになっていたかもしれないから。
「レオ、アリア。もういいよ。今回のことは、もういい。私怒ってないから、そんなに謝らないで。確かに沢山怖い思いしたし、辛かった。でも、私のことを想ってのことだってわかったから」
「許して、くれるのか……?」
「うん、取り敢えず今回のことはね。アリアを守るためだったし、それに私がお願いした約束のためだったし。謝ってくれたからもういいよ」
顔を上げたレオは、眉を下げて弱々しく私を見上げてきた。
いつもの覇気はそこにはなくて、とても不安に満ちていた。
そんなレオに、私は笑顔を向けて頷いた。
「まずはアリアにかかった呪いを消そう。そうすれば、レオはロードの言うことを聞いて私を殺そうとしなくていいんでしょ?」
「あ、ああ……! 頼む、アリス」
私が言うとレオは大きく頷いて、アリアを起こした。
アリアは不安げに私とレオを交互に見て、けれどされるがままにしていた。
ロード・デュークが自分の部下にかけたという呪い。
それがどういうものかはわからないけれど、人の命を簡単に奪えるようなものであるということは確かみたいだ。
だからこそレオはアリアを助けるために命令に逆らえなかったし、自分自身も縛られていた。
レオにかかっていた呪いは、さっきの一撃で破壊できたはず。
だから同じように、『真理の剣』でアリアを貫けば、その身に染み付いた呪いは解けるはずだ。
「痛いと思うけど、でも私を信じて、アリア」
「う、うん。アリスに、任せるよ……」
『真理の剣』を握って身を寄せると、アリアはゆっくりと頷いた。
大丈夫だとわかっていても、剣を向けられればすくんでしまうのは仕方のないことだ。
怯えたように身を縮こませるアリアの肩に、レオがそっと手を置いた。
「いくよ、アリア」
剣の柄を両手で握りしめ、力を込める。
膝の上で拳を握り、硬く瞼を閉じたアリアが頷いたのを見て、私は力の限り剣を押し込んだ。
刃が胸の肉を引き裂き、重く深く沈み込んでいく生々しい感覚が伝わってくる。
けれどレオの時と同じように、そこから血が溢れることはなかった。
「っ────!」
傷は付かなくても痛みは伴う。
苦悶の声を漏らしたアリアの手を、レオが優しく握った。
胸の中心を穿った剣を、そっと引き抜く。
現れた刀身はやっぱり純白を保っていて、アリアには傷一つ残っていない。
剣から解放されたアリアはぐったりと体を傾けて、それを今度はレオがそっと支えた。
「大丈夫か、アリア」
「うん……大丈夫。痛みはあったけど、平気だよ」
心配そうに顔を覗き込むレオに、アリアはゆったりと微笑んで返した。
心なしかすっきりとした表情で、それを見た私とレオはホッと胸を撫で下ろした。
「ありがとうアリス。これで、レオはロード・デュークスの策謀に加担しなくて済む。あなたを、殺さずに済む」
「いいんだよ。私のためでもあるし。それに私たち、親友なんでしょ? 私は……ごめん、思い出せてはいないけど。でも私の心はあなたたちを大切だと感じてるから。私にできることはしたいと思うし」
レオの手を握り返し、安堵の表情を浮かべるアリアに私は心からの言葉を返した。
私たちは今まで色々衝突をしてきた。そのわだかまり自体が消えたわけじゃない。
けれど心が、私の中の『お姫様』が二人を大切だと感じている。
それがわかるから私は、決して二人を無下にはできない。
「……あのね、二人とも」
『お姫様』の気持ちを考えて、そして二人とのことを考えて、私は根本的な問題を思い出した。
私たちの間にある、根本的かつ絶対的な問題。これが解決しないことには、私たちは打ち解けることはできない。
軽く息を整えてから私が切り出すと、二人は静かに私へ視線を向けた。
「アリアの命の危機がなくなって、レオが私を殺す必要がなくなったのは、よかったと思う。でも、そもそもの話をしないと。今の私たちは、そこから始まったんだから」
「そう、だな……」
レオは頷いてから、アリアと顔を見合わせた。
しばらくそうやってお互いに確認合うように窺いながら、アリアが私に顔を向けた。
どこか迷いを捨てきれていない顔をしながらも、目をそらすことなく。
そんなアリアに倣って、私は息を飲んでその目をしっかりと見た。
子供のように声を上げて泣くアリアを二人掛かりで慰めて、ようやく落ち着いた頃。
レオに抱きしめられ、私に背中をさすられてアリアは涙を拭ってポツリと呟いた。
「まさかアリスが、レオにそんなことを言っていたなんて……私、何にも……」
「まぁな。でもその約束がなかったとしても、俺はお前を全力で守る。アリスとの日々を取り戻したとしても、お前がいなきゃ意味ねぇだろ」
「レオ……」
アリアは再び涙をこぼしそうになるのを、上を向いて必死で堪えていた。
きっと、ずっと私のことを考えてくれていたから、自分が誰かに守ってもらっていることに、思ってもらっていることに気付いていなかったんだ。
自分もまた、誰かの大切な人であるということも。
「……アリス、お前は自分の中にドルミーレがいることをずっと気にしていたんだ。『魔女ウィルス』が蔓延した原因である奴を抱いているという事実に、ずっと苦しんでいた。それを一人でなんとかしようとして……」
アリアの頭をポンポンと叩いて、レオは私に向いて苦々しげに言った。
その表情は自分の無力さを悔やむように重く暗いものだった。
『お姫様』は、当時の私は、この身に抱くドルミーレをどうにかしようとしていたんだ。
でもそれがうまくいかなくなった時の最後の手段として、自分ごと葬り去ることを、レオに託していた。
その時の気持ちや考えを今の私は推し量ることはできないけれど。
でも、それはレオにとってあまりにも酷いお願いに思えた。けれどそうするしかないほどに、差し迫っていたということなのかな。
「思えば、力や記憶を失うことを、あの時既にわかってたのかもしれねぇな。だからこそ、あんな約束を俺に……」
実際その時に何が起きていて、その時の私が何を考え何をしようとしていたのかはわからない。
けれど確かにわかることは、当時の私は二人のことを心から信頼して、大切に思っていたということだ。
自分の命を託すことも、親友の身を預けることも、そこに大きな信頼があったから。
「アリス……悪かった。俺はもうどうしていいのかわからなくなっちまって、この方法しか思いつかなかったんだ。アリアを守って、それでいてお前を救うためには、俺の手でお前を殺して、解き放ってやるしかないって……」
かつての約束の通り、私を殺すことでドルミーレの呪縛から解き放す。
それこそがレオの言っていた、私を救うということだったんだ。
大分強引ではあるけれど、この状況下で私もアリアもどっちも救いたいと思ったら、そうするしかなかったんだ。
アリアを放したレオは、地面の手をついて深々と頭を下げてきた。
燃えるような長髪がだらりと地面を舐めて、まるで火の手が広がっているようだった。
けれどその悲壮感にあふれる姿は、猛々しいレオにはとても似合わなかった。
「……レオは、私との約束を守ろうとしてくれたんでしょ? ならそれは私のせいでもあるから。私が、あなたに背負わせてしまったから……」
「それでも、俺はお前に剣を向けた。お前を殺そうとした。その罪に変わりはない……」
頭を上げて、とは言えなかった。
レオの言う通り、この二日間で私は確かに明確な殺意を向けられて、命の危機にあった。
氷室さんも巻き込んで、命からがらの戦いを迫られた。
そこにどんな理由があって、どんな事情があったとしても、その事実は変わらないから。
それでも、その背景もまた無視することはできなくて。
かつて結んだ約束。レオの気持ちもまた、確かにあったものだから。
「レオだけが悪いわけじゃないの。私の弱さが、この事態を招いてしまったから。ごめんなさいアリス。もっと私が強ければ……」
「そんなことないよアリア。アリアがいてくれなかったら、私は今頃こうして生きていられなかったかもしれないし」
レオに倣って頭を下げるアリアに、私は正直な気持ちを言った。
今回の件に限っては、アリアも完全に被害者だ。
ロード・デュークスに呪いをかけられて、レオと私の戦いを見せられて。
そんなアリアが間に立っていてくれないければ、昨日の時点で取り返しのつかないことになっていたかもしれないから。
「レオ、アリア。もういいよ。今回のことは、もういい。私怒ってないから、そんなに謝らないで。確かに沢山怖い思いしたし、辛かった。でも、私のことを想ってのことだってわかったから」
「許して、くれるのか……?」
「うん、取り敢えず今回のことはね。アリアを守るためだったし、それに私がお願いした約束のためだったし。謝ってくれたからもういいよ」
顔を上げたレオは、眉を下げて弱々しく私を見上げてきた。
いつもの覇気はそこにはなくて、とても不安に満ちていた。
そんなレオに、私は笑顔を向けて頷いた。
「まずはアリアにかかった呪いを消そう。そうすれば、レオはロードの言うことを聞いて私を殺そうとしなくていいんでしょ?」
「あ、ああ……! 頼む、アリス」
私が言うとレオは大きく頷いて、アリアを起こした。
アリアは不安げに私とレオを交互に見て、けれどされるがままにしていた。
ロード・デュークが自分の部下にかけたという呪い。
それがどういうものかはわからないけれど、人の命を簡単に奪えるようなものであるということは確かみたいだ。
だからこそレオはアリアを助けるために命令に逆らえなかったし、自分自身も縛られていた。
レオにかかっていた呪いは、さっきの一撃で破壊できたはず。
だから同じように、『真理の剣』でアリアを貫けば、その身に染み付いた呪いは解けるはずだ。
「痛いと思うけど、でも私を信じて、アリア」
「う、うん。アリスに、任せるよ……」
『真理の剣』を握って身を寄せると、アリアはゆっくりと頷いた。
大丈夫だとわかっていても、剣を向けられればすくんでしまうのは仕方のないことだ。
怯えたように身を縮こませるアリアの肩に、レオがそっと手を置いた。
「いくよ、アリア」
剣の柄を両手で握りしめ、力を込める。
膝の上で拳を握り、硬く瞼を閉じたアリアが頷いたのを見て、私は力の限り剣を押し込んだ。
刃が胸の肉を引き裂き、重く深く沈み込んでいく生々しい感覚が伝わってくる。
けれどレオの時と同じように、そこから血が溢れることはなかった。
「っ────!」
傷は付かなくても痛みは伴う。
苦悶の声を漏らしたアリアの手を、レオが優しく握った。
胸の中心を穿った剣を、そっと引き抜く。
現れた刀身はやっぱり純白を保っていて、アリアには傷一つ残っていない。
剣から解放されたアリアはぐったりと体を傾けて、それを今度はレオがそっと支えた。
「大丈夫か、アリア」
「うん……大丈夫。痛みはあったけど、平気だよ」
心配そうに顔を覗き込むレオに、アリアはゆったりと微笑んで返した。
心なしかすっきりとした表情で、それを見た私とレオはホッと胸を撫で下ろした。
「ありがとうアリス。これで、レオはロード・デュークスの策謀に加担しなくて済む。あなたを、殺さずに済む」
「いいんだよ。私のためでもあるし。それに私たち、親友なんでしょ? 私は……ごめん、思い出せてはいないけど。でも私の心はあなたたちを大切だと感じてるから。私にできることはしたいと思うし」
レオの手を握り返し、安堵の表情を浮かべるアリアに私は心からの言葉を返した。
私たちは今まで色々衝突をしてきた。そのわだかまり自体が消えたわけじゃない。
けれど心が、私の中の『お姫様』が二人を大切だと感じている。
それがわかるから私は、決して二人を無下にはできない。
「……あのね、二人とも」
『お姫様』の気持ちを考えて、そして二人とのことを考えて、私は根本的な問題を思い出した。
私たちの間にある、根本的かつ絶対的な問題。これが解決しないことには、私たちは打ち解けることはできない。
軽く息を整えてから私が切り出すと、二人は静かに私へ視線を向けた。
「アリアの命の危機がなくなって、レオが私を殺す必要がなくなったのは、よかったと思う。でも、そもそもの話をしないと。今の私たちは、そこから始まったんだから」
「そう、だな……」
レオは頷いてから、アリアと顔を見合わせた。
しばらくそうやってお互いに確認合うように窺いながら、アリアが私に顔を向けた。
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