上 下
298 / 984
第5章 フローズン・ファンタズム

73 約束

しおりを挟む
 ────────────



 レオとアリアは、平凡な魔法使いの家に生まれた。
 お互い家族間の付き合いが深く、幼い頃から共に過ごすことの多かった二人は、幼馴染だった。

 気性は荒く粗暴な節はあるが、誰よりも情に厚く熱意に満ちた少年だったレオ。
 腕っ節ではレオに敵うべくもないが、思慮深く理知的な少女だったアリア。

 魔法使いとしては平均的な地位の家庭で育った二人。
 しかし『まほうつかいの国』においては、魔法使いであるというだけで既に特権階級だった。
 魔法使いが統べる国ではあるが、もちろん誰しもが魔法使いなわけではない。
 魔法は特別なものであり、神秘であり、秘匿されるべきもの。
 それを扱う術を持つ者は、特別な存在だからだ。

 だからこそ二人は魔法使いとしては平凡な家庭であっても、同年代の子供たちよりは裕福な暮らしをしていた。
 食べるものに困ったことも、着るものに困ったことも、寝る場所に困ったこともありはしない。
 何不自由なく育ち、ゆくゆくは家を継ぐ者として教育を受けていた。

 そんなある日二人は、異郷からの来訪者と遭遇した。
 花園 アリスとの邂逅が、二人の人生を変えた。
 夢を見て、空想を描き、理想に心躍らせる純粋な少女との出会いが、彼らの価値観を変えた。

 平凡な魔法使いとして成長し、やがては国家へと尽くすことになるであろう将来は、そこから切り替わった。
 アリスと出会った二人は、彼女の運命に巻き込まれる形で生まれ育った街を離れ、国中を冒険する旅へ出ることになった。

 様々な人との出会いがあり、逃れようのない戦いもあった。
 けれど三人の旅路は不思議と発見に溢れており、巡る世界は常に煌びやかに映った。
 やがて悪政を敷く女王と相対し、そしてその戦い終える時まで、三人の日々は確かに喜びと楽しみに満ちていた。

 共に笑い合い、共に苦難に立ち向かい、共に涙を流し、共に幸せを分かち合った。
 三人にとって『まほうつかいの国』を巡る冒険は、何にも代え難い夢のような日々と言えた。

『始まりの力』によって女王を打ち倒したことにより、アリスは国の姫君として迎えられた。
 レオとアリアにとってそれは喜ばしいことであり、けれど同時に寂しくもあった。
 常に共にいた友が、急に手の届かない存在になってしまったからだ。

 姫君の友人として、共に女王に立ち向かった者として、会うことはできた。
 しかし昼夜を問わず行動を共にしてきた二人にとっては、やはりそれは壁に感じられた。

 これからもまたアリスの側にいるために、二人は王族特務を目指すことを決めた。
 魔法使いの中でも特に優秀な者のみが選出される王族特務。
 生半可な魔法使いでは到底、姫君の側に侍ることはできない。

 幼いながらも国中を旅してきた二人は、実戦経験や実際的な魔法は、並みの魔法使いよりも秀でていた。
 理知的で元より勉学に向いていたアリアはもちろんのこと、体を動かす方が性に合っていたレオも、確実に優秀な魔法使いとして育っていた。

 日々を勉学と修練に費やし、しかしアリスの元へ訪れるのも忘れない。
 そんな日々を一年程過ごした頃のこと。時は、現在より約五年前頃の事。

 レオとアリアはいつもと同じように王城の王座の間に訪れていた。
 一面純白に満ちた、穢れなき神聖な空間だ。
 磨き上げられた大理石の床。キラキラと日の光を反射する豪華絢爛なシャンデリア。
 細部まで精巧に作り込まれた装飾に彩られた柱や、壁面。
 その最奥に、アリスが座す玉座があった。

 白を基調としてデザインされた空間の中で、唯一強い色を放つ王座。
 金色に輝く枠組みに、真紅の布地が張られたその椅子は、大の大人が座ったとしても少し大きすぎるくらいに威風堂々たる構えだった。
 それ故に、十一歳の少女が座るにはあまりにも巨大すぎて、脚は床に着かずぷらぷらと遊んでいた。

 交わされるのはたわいもない会話。
 レオもアリアも、ここへ訪れる時は努めてそうするようにしていた。
 姫君となり国を治める立場に祭り上げられたアリスは、幼いながらも国営の只中に立たされている。
 自分たちとの時間くらいは、普通の少女のように無邪気であって欲しかったからだ。

「────ねぇ、レオ」

 長いこと話し込んで、そろそろ帰ると立ち去ろうとした時だった。
 アリスが不意に声をかけ、レオはパタリと足を止めた。
 一足先を歩いていたアリアはそれに気付かず先に部屋を後にしてしまう。
 レオが振り返ってアリスに目を向けると、そこには少し無理に作った笑顔があった。

 可愛らしいフリルがヒラヒラと舞う、純白のワンピースドレスを着たアリス。
 一国の姫君らしく清楚に可憐に、しかしまだ幼い少女が身にまとうにふさわしい、愛らしい花柄の衣装。
 いつもニコニコと笑顔を浮かべるの彼女によく似合う、清廉な居住まい。

 けれどそっと声を上げたその表情は、何かを憂うように陰っていた。
 好奇心と想像力に溢れ、英気と元気に満ちた普段の彼女からは想像のし難い、暗い表情。
 先ほどまではにこやかに話していたアリスの変わりように、レオは戸惑いを隠せなかった。

「前に言ってたよね? 二人は王族特務の魔法使いになって、またわたしと一緒にいてくれるって」
「ああ、言ったぜ。そのために毎日頑張ってるさ。アリアはガリ勉野郎だから、ずっと机にかじりついてるよ」

 表情とは裏腹に、普段と同じように語りかけてくるアリスに、レオも平静で返した。
 レオの答えにアリスは嬉しそうに少しだけ笑みを浮かべて、でもやはり何かを憂う目をレオに向けた。

「すごいね。ありがとう、わたしのために頑張ってくれて」
「どうってことねぇよ。俺たちがお前といたから頑張ってるんだ」
「うん。でもさ、例えば他になりたいものないの?」
「なりたいもの?」

 アリスの思うところがわからないレオは、ひとまず心配をかけまいと朗らかに応えた。
 しかしアリスの口からでた突拍子も無い言葉に思わず首を傾げる。

「うん。例えば……魔女狩り、とか」
「魔女狩りって……アリス、お前……」

 アリスの口から出るものとは思えない言葉に、レオは思わず目を見開いてまじまじと見つめてしまった。
 アリスは今や『まほうつかいの国』の姫君だが、元々魔女とも親交が深い。
 魔女に対する差別や偏見を快く思ってはおらず、実際に魔女の友達もいる。
 それのほとんどはレオとアリアが出会う前の出来事で、彼は深くは知らないが。
 しかしアリスが魔女狩りのことをあまりよく思っていないことは知っていた。

「ごめん、レオ。ちょっと言ってみただけ……」
「けど、アリス……」
「ちょっと思っちゃったの。もし、わたしの中の魔女がいなくなったらって……」
「それは────」

 少し遠くを見つめてひっそりと呟くアリスに、レオはかける言葉が見つからず、開いた口は空をかいた。
 アリスが持つ『始まりの力』は、古の魔女ドルミーレであるということは、冒険旅の中で判明したことだった。
 あらゆる魔法の原点であり、そして今世界に蔓延る『魔女ウィルス』の原因。全ての魔女の始祖。

 アリスの中でドルミーレが眠っているからこそ、彼女は『始まりの力』として、その大いなる力を振るうことができる。

「……ねぇレオ。お願いが、あるの」
「なんだよ、改まって」

 レオにまっすぐ目を向け、ゆったりとした笑みを浮かべるアリス。
 その表情があまりにも柔らかく、レオは逆に不安に駆られた。
 その口から、何が飛び出してくるのかと、身構えてしまった。

「これから、きっと色々なことがあると思うの。わたしのこの力が原因になって、きっと大変なことが起きる気がするの。だからわたしはそうならないように、したいと思ってる」
「………………?」
「もし、もしね? 色んなことが上手くいかなくて、もうどうしようもなくなっちゃった時は……レオ、あなたがわたしを……わたしごと、あの人を殺して欲しいの」
「お、お前、何を言って────!」

 予想を上回るアリスの言葉に、レオは全身から汗が噴き出すのを感じた。
 冷たい汗が全身を伝い、体の温度を奪っていく。
 その言葉から想起される光景が頭にこびりついて、手が震えた。
 けれどアリスは変わらぬ穏やかな笑みをレオに向けていた。

「それからね、レオ。もう一つあるの。わたしはきっと、二人とは離れ離れになっちゃうと思うから。だから、アリアのことをよろしくね。もし万が一、わたしとアリア、どっちかを選ばなくちゃいけなくなった時は、アリアのことを選んであげて。迷ったりしちゃ、ダメだよ?」
「おいアリス……! お前一体何を────」
「お願いレオ。わたし、レオだから頼んでるの」

 何も説明しないまま、ただ一方的に無茶苦茶な要求をするアリス。
 もちろんそんなこと受け入れられるはずもなく、レオは反射的に声を上げた。
 しかしアリスは冷静に、声色を変えることなく優しく諭すように言った。

「わがままだってわかってる。でも、お願い。約束して……」
「っ────────」

 反論のために開いた口は、しかし言葉を紡ぐことはできなかった。
 アリスが、あまりにも決然とした表情をしていたからだ。
 覚悟を決め、この先を見据え、何かを成そうとしている顔をしていたからだ。

 それが自己中心的な行動でないことは、親友であるレオには理解できたからだ。
 アリスがすることはいつも誰かのためで、友達のためで。
 だからアリスはまた、きっと自分たちのために何かを決断したんだと。

 だからレオは、何も言葉を返すことができず、ただ頷くことしかできなかった。
 せめてその覚悟を共に受け止めて、約束を結んでやることこそが、今できることだと思ったからだ。
 アリスの願いを聞き、そして共にいてやることで、アリスを支えていこうと思ったからだ。

「ありがとうレオ。頼りにしてるよ」

 そんなレオの無言の頷きに、アリスは嬉しそうに微笑んだ。
 けれどその笑顔の裏には確かに寂しさが見え隠れしていて、レオは居たたまれなくなり目を伏せた。

 大丈夫だとレオは自分に言い聞かせる。
 その約束を実行するような、万が一なんて起こさなければいいだけだと。

 しかしその数日後。レオとアリアは、アリスの消失を知ることとなったのだった。



 ────────────
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜

平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。 だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。 流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!? 魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。 そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…? 完結済全6話

【完結】彼女以外、みんな思い出す。

❄️冬は つとめて
ファンタジー
R15をつける事にしました。 幼い頃からの婚約者、この国の第二王子に婚約破棄を告げられ。あらぬ冤罪を突きつけられたリフィル。この場所に誰も助けてくれるものはいない。

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

あなたのことなんて、もうどうでもいいです

もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。 元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。

処理中です...