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第5章 フローズン・ファンタズム

59 その先を見る

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 力は問題なく湧き上がってくる。心の内側から込み上げてくるこの温かな力は、紛れもなく『お姫様』によるもの。
 彼女も言っていた。レオとの戦いは避けられないと。わかり合おうとするならば、まず正面からぶつからないといけないと。
 かつての親友だからこそ、もうこれ以上目を背けるわけにはいかない。

 湧き上がってくる力の奔流が体から溢れ出して、波動のように広がる。
 捲き上る力の渦が私の全身を舐めて、たなびく三つ編みはいつものように解けて広がってしまった。
 膨れ上がる魔力に満ち足りたような感覚を覚えながらも、どこかこの胸には寂しさがあった。

 覚悟を決めたとしても、受け入れたとしても、やはりこの戦いは虚しい。
 離れていた時間が、距離が、私たちの心の距離までも離してしまっている。
 本当なら、心から信じあえる友達だったはずなのに。

 それでも戦わなくちゃいけない。
 だからもう迷わない。目を背けない。躊躇わない。
 純真無垢に白く輝く『真理のつるぎ』の剣が私の目の前の浮かんで現れた。
 その柄を握れば、清く真っ白な力が雪崩れ込んできて、私の内なる力と混ざり合う。

 お姫様の力。ドルミーレの力。『始まりの力』のほんの一旦。
 けれどそれだけでも、私には扱いきれないような大きな力がこの身に渦巻く。
 自分のことのはずなのに、未だにその力の深奥は計り知れない。
 けれどこの力が私の中にある以上、私はこれを振りかざして突き進むしかない。

「…………」

 レオはそんな私を涼やかな目で見ていた。
 それはこれから人を殺そうとしている人の目には到底見えなかった。
 私が力を使うことに、こうやって向かい合って受けて立とうとしていることに、何か思うところがあるような目だった。

 けれどそれでもやっぱり、レオは戦う意思を乱しはしない。
 新しい煙草に火をつけてから、その両手に赤い双剣を握った。

「ねぇ、一つ聞きたいんだけど……」

 しっかりと両手で『真理のつるぎ』の握りしめて構えながら、私は尋ねた。
 戦いを切り出す前に、これだけは確認して起きたかったら。
 これは迷いではなく、ただ偏に知りたいだけの質問。

「アリアはどうしたの? 彼女は、あなたの所に行ったはずだったけれど」

 昨夜、アリアにはレオのことを託した。
 アリア自身レオのことを心配していたし、彼の真偽を確かめたがっていたから。
 私がいない所の方が二人も落ち着いて話ができるだろうと、後を任せた。

 でももちろんこの場にアリアはいないし、それに彼女の話が通じていたらきっとレオもここには来ていない。
 単純にアリアがレオのことを見つけられないまま今を迎えてしまったという可能性もあるけれど、それはなんだか考えにくい。

「知らねぇよ、あんな奴。アリアはこの件に全く関係ねぇんだからよ」

 レオは私から視線を逸らしてバツが悪そうに言った。
 その表情、口調からアリアがレオの元に辿り着けたことは窺える。
 二人の間でどんなやりとりがあったかはわからないけれど、二人もまたすれ違ってしまったことは明らかだった。

「そっか……わかったよ。アリアとも後で、三人でちゃんと話さないとね」
「は! 俺に勝てる気でいやがんのか。笑わせんな……!」

 レオが構えた双剣がごうごうと音を立てた燃え上がる。
 彼の周囲の温度が急激に上昇して、周囲に陽炎のような空気の層が揺らめいた。
 その熱波がレオの殺気と怒号に混ざって、強く熱い圧力となって押し寄せる。

「魔女狩り、ナメんじゃなねぇぞ。俺は戦闘のプロだ。殺しのプロだ。力を失くしちまったお前をぶっ殺すのなんてわけねぇんだぜ。先のことなんか考えてんじゃねぇよ。死にたくなきゃ、俺を殺すことだけ考えろ!」
「考えるよ。私はその先のことを考えてる。今はこうするしかなくても、その先にわかり合えて、いつか一緒に笑える日のことを、私は考えてる。私はそのためにあなたと戦うんだから……!」

 乗り越えるべき壁は多いかもしれない。
 今の私にとって、レオやアリアはどうしても恐ろしいく憎らしい存在だ。
 私に対して刃を向け、友達を傷つける人たちだ。

 でも私は知っているから。彼らが私にとって大切な親友であることを。
 だからこのままでは終わりたくない。すれ違ったまま、わかり合えないまま終わりたくないんだ。
 時間がかかっても、遠回りしても、いつかかつてのように共にいられるようになりたいんだ。
 これは、そのための一歩なんだ。

「勝手に、言ってろよ……!!!」

 腹の中から放たれた叫びは、私には彼の心の叫びのように思えた。
 その胸の内に抱いた感情が、狂おしく叫んでいるように聞こえた。
 誰にも語らぬ本心が、真実を語りたいと訴えているようなそんな気がした。

 その心を解き放つためには、今のレオと真正面からやり合わないといけない。
 彼の心に触れるためには、目を逸らさずにぶつかり合って、何度も何度も打ち合って、剥き出しにするしかないんだ。

「お前を殺すぞ、アリス!」
「やれるものなら……レオ!」

 爆炎を吹き荒らし、一直線に突撃してくるレオ。
 私もそれに正面から飛び込んで大きく剣を振り上げた。
 爆発の猛スピードに乗って突き進んでくるレオの、炎をまとった剣撃が目にも留まらぬ速さで振るわれる。
 私の意識の外、認識できな速さのそれを、反射というよりは半ば自動的に剣が受け止めた。

 赤い刀身にまとう炎は『真理のつるぎ』で打ち消せても、その叩けつけるような剣圧はどうにもならない。
 圧倒的なパワーの差に完全に押し負けた私は、体勢が崩れる前に衝撃に合わせて飛び退いた。
 飛び退いて宙を舞っている私に対して、容赦ない炎の追撃が放たれる。
 蛇のようにうねる炎の波が幾本も飛んできて、私を焼きつくさんと迫った。
 私は身をよじりながらも、なんとかそれらに剣を振るって打ち消しながら着地した。

 けれど私が着地した時、私の周囲に炎の円が走ったかと思うと、一瞬にして円の内側が爆発して火柱を上げた。
 爆発が起きるほんの一瞬前、私の胸元が青く炸裂して氷の華が咲いた。
 その花弁は瞬く間に咲き乱れて私を覆い、強固な防御壁になった。

 爆発による火柱が収まるのと同時に氷の花弁による防御も解け、無傷な私を見てレオは舌打ちをした。
 私だけでは反応しきれなかった攻撃も、私を守ってくれる人がいるから辛うじて凌げる。
 戦いの場に立っているのは私一人でも、この心が繋がっている限り、私は一人じゃないんだ。

「そんくらいでいい気になってんじゃねぇよ。まだまだこれからだぜ、アリス」

 レオの言葉はどこまでも重く、けれどどこか寂しそうに思えた。
 そしてその目もやっぱり、何かを憂いている悲しさを押し殺したようなもので。
 それでもレオは、私に剣を向ける。
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