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第5章 フローズン・ファンタズム

58 一人で

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「レオ……! どうしてあなたがここに……」

 火柱によって周囲に起こっていた炎はやがて収まって、レオがまとっていたものも次第にその勢いを失った。
 気怠そうに緩く煙草を咥えて、レオは灯火が消えたような目をこちらに向けていた。
 そこにあるものは覚悟か諦めか、それとも全く違う何かか。
 彼がこちらに向ける視線は、酷く静かで重々しかった。

 私が彼の名前を呼んだことで、レオは顔をしかめた。
 眉をぐっと寄せて目を細めて、何かを苦しがるような険しい顔をする。
 レオは溜息混じりに白い煙を吐き出して、ゆっくりと口を開いた。

「決まってんだろ。お前を殺しにきたんだ、アリス。そこの魔女がお前をここに連れてくると言った。だから俺もここに来た。それだけのことだ」
「クロアさんが……!? 一体どういうことですか!?」

 レオは淡々とそう言って、顎でクロアさんを促した。
 私とレオの直線上から外れたところに控えめに下がっていたクロアさんは、私の問いかけに目を伏せた。

「申し上げました通り、姫様の為でございます。あなた様を思えばこそ、彼とはここで勝負を決しておくべきかと」
「え……? でもどうしてクロアさんが……だって彼は魔女狩りで……」

 いくら私の為を思ってといっても、魔女であるクロアさんと魔女狩りであるレオが示し合わせている理由がさっぱりわからなかった。
 その立場の上でも決して相入れることのないであろう二人なのに、更に今のレオは私を殺そうとしている。
 昨日私のことを守ってくれて、私のことを欲しているはずのクロアさんとは噛み合わないはずなのに。

「細けぇことはいいだろアリス。今重要なのは、俺がお前を殺す、それだけだ」
「そうでございますよ姫様。重要なのはここに至った過程ではなく、今この場で起きていることでございます。わたくしのことはどうかお気になさらず、旧友と想いをお交わしくださいませ」

 レオはただまっすぐ私だけを見てくる。他の何事も些事であり、私を殺すことこそが全てであるかのように。
 クロアさんは、自分の存在はこの場において意味がないとでもいうように、ひっそりと脇に控えている。
 なんだか状況を仕立て上げられているような、仕組まれているような気持ち悪い感覚がして、とても居心地が悪かった。

 確かにレオとは決着をつけないといけないと思っていた。
 気持ちをぶつけ合って、わかり合うために戦わなきゃいけないと。
 でもこんな状況で、他人の意図が混じったこんな形でまみえるなんて。

 クロアさんが何を考えてこの状況を作り出したのかさっぱりわからない。
 私の為だと言うけれど、クロアさんにとってこの状況が何の得になるっていうんだろう。
 相変わらずクロアさんの意図が見えなくて、とても不安になる。

「……わかりました。わたくしが居てはお邪魔と言うのであれば、一旦失礼致しましょう。後はどうぞごゆるりと……」
「あ、ちょっと待って────」

 私が戸惑っているのを受けてクロアさんはそう言うと、こちらが止める間もなく闇をまとってその姿を消してしまった。
 まるではじめからそこになんていなかったみたいに、跡形もなく消えてしまった。
 この状況を置き去りにして、まるで自分は無関係だとでも言うように。

 静かな公園で、私と氷室さん、そして相対するレオ。
 昨日と全く同じ構図になってしまった。違うのは今のこの状況にクロアさんの何らかの意図が含まれているということ。

「ねぇレオ。これくらいは説明して。一体何がどうなっているの?」
「……俺にもわかんねぇよ。あの魔女が俺のとこにきて、お前と戦う状況を作ってやると言った、それだけだ。アイツが何を企んでるかなんて知らねぇし、興味もねぇよ」

 レオの態度は酷く落ち着いていて、どこか達観しているように見えた。
 彼は魔女をとても嫌っているように見えたし、普通なら魔女の話を聞いて、ましてその話に乗るなんてことをするようには見えない。
 けれどそうしてまで私を殺したい。そういうことなのかもしれない。

「……花園さん。考えていても、仕方がない」
「氷室さん……」

 私の手をしっかりと握って、氷室さんは静かな落ち着いた声で言った。
 スカイブルーの澄んだ瞳が、私を落ち着かせてくれる。

「彼女の意図はわからないけれど、今目の前に立ちはだかっている危機に目を向けるべき。彼は、あなたを殺しにやってきたのだから」
「……うん」

 氷室さんの言う通りだ。
 クロアさんの考えはわからないけれど、今この状況を脱しないことには先に進めないことは事実。
 これが仕組まれたことだとしても、何らかの思惑によるものだとしても、目の前のレオと相対さないことにはどうにもならない。
 先のことを考えている場合じゃない。私が今目を向けるべきは……。

「わかったよ、レオ。今はひとまず、そのことは置いておく」
「物分かりが良くて何よりだ」

 意を決して立ち上がる。氷室さんも私の手を握りながら傍に並び立った。
 レオをそんな私たちを見て口元をゆったりと緩めた。

 問題の先送りかもしれないけれど、でも余計なことを考えている余裕はない。
 クロアさんのことは、この場を乗り切った後に見つけ出して問いただすしかない。

「一応……一応確認するんだけどね。私たち、戦わなくちゃいけないんだよね……?」
「別に戦わなくてもいいんだぜ? お前が大人しく殺されてくれるならな」
「っ…………」

 意味がないことはわかっていた。でも、聞いておきたかった。
 それ以外に道はないのかと。でも、レオからは返ってくる言葉には、微塵のブレもない。
 レオは私を殺したい。私は殺されるわけにはいかない。なら、戦うしかない。

 でも、でもやっぱりおかしいと思う。
 だってアリアも言っていた。レオが私を殺したいと思うなんて、おかしい。
 だからきっとそこには必ず訳があって、それを見つけ出さないことには、何度ぶつかり合ったって無意味だ。
 だからただ戦うんじゃない。レオのことをわかるために、私たちがわかり合うために戦うんだ。

「ねぇ氷室さん。お願いがあるの」
「…………?」

 私が握る手を放すと、氷室さんは眉をひそめて私を見つめた。
 私はその涼やかな瞳を真っ直ぐ見つめて、大きく息を吸ってから口を開いた。

「彼とは、私一人で戦わせてほしい」
「…………!」

 氷室さんは大きく息を飲んだ。揺らぐことのないポーカーフェイスが僅かに歪む。
 それは心配と不安と恐怖の色。他の人にはわからないかもしれないけれど、私にはその僅かな変化が見て取れた。

「ごめんね。心配するよね、不安だよね。でもね、彼とは私がちゃんと向き合って戦わないと意味がないと思うの。そうじゃないと、何の解決にもならないと思うの。だからお願い、氷室さん」
「………………」

 氷室さんはすぐに氷のようなポーカーフェイスに戻って、澄んだ瞳で私を吸い込もうとするように見つめてきた。
 でもそこにはとてつもない迷いがあるように見えた。私の気持ちを汲むべきかという迷いが。
 じっと私を見つめた氷室さんは、やがて唇を薄く開いて、躊躇いながらも言葉を溢した。

「わかった」

 一言。たった一言だったけれど、そこに込められた気持ちは伝わってきた。
 きっと私を一人で戦わせることは不安で仕方なくて、心配で仕方なくて、もしもの時のことを考えたら恐ろしくてたまらないんだろう。
 何が何でも私を止めて、寧ろ自分が戦いを挑みたいくらいのはずだ。
 けれどそれを全部飲み込んで、私の気持ちに添ってくれている。私の思う通りにさせようとしてくれている。

「ありがとう」

 その気持ちが全部わかったから、私も多くを語らず、ただ一言だけお礼を言った。
 自分の気持ちを押し殺して私の気持ちを尊重してくれた氷室さんに報いなきゃいけない。
 この戦いを、意味のあるものにしないといけない。

「いい度胸じゃねぇかアリス。二人がかりの方が、まだ死ぬまでの時間は長かったんじゃねぇのか?」

 私が一歩前に歩み出ると、レオは短くなった煙草を燃やし尽くして薄く笑った。
 この選択は間違っていると嘲笑うように。

「私、あなたとちゃんと向き合いたいから」
「向き合う、ねぇ。今更、そんなことに何の意味もねぇだろ」
「それは……私が決めるよ」
「そうかい」

 レオは溜息をついた。重々しくどんよりと。
 それは到底、私のことを積極的に殺したい人のものとは思えなかった。
 それは寧ろ、私と向かい合うことに気後れしているように見えた。
 でもだからといって、レオはその殺意を抑えようとはしない。

「……まぁいいさ。結果は変わらねぇ。俺がお前を殺す。それだけだ」
「私は死なないよ。そのために戦う。あなたとは、話さなきゃいけないことが沢山あるんだから」

 戦いは避けられない。だから、戦う。
 でも私にとってこれは、次に繋げるための戦いだ。
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