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第5章 フローズン・ファンタズム
30 氷の魔法使い
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────────────
冬の空の太陽は沈み、空は薄暗く黒ずんでいた。
公園の中に残されたのは、氷室とロード・スクルド。
地面に力なく座り込む氷室を、スクルドは冷ややかな目で見下ろしていた。
スクルドの濃く碧い瞳は、氷室の透き通るスカイブルーの瞳とは対照的に重く暗い。
弱々しく俯く氷室はその視線を下げ、スクルドと視線を交わらせはしなかった。
共に立つ者を失った氷室は、手を地につけて何とか体を支える。
滴る汗、止まらない動悸、呼吸は浅く、荒く繰り返される。
この場にいることが、スクルドの目の前にいるということが苦痛で、自分もまたこの場から立ち去りたかった。
しかし真っ直ぐに向けられる、凍てつくような巨大な魔力に当てられて身動きが取れない。
恐怖に身がすくみ、強大な力に押さえつけられ、身体は拘束されたように自由を奪われていた。
「顔を上げるんだヘイル。私を見るんだ」
スクルドのその口調は穏やかながらも、しかし声色は冷ややかで重い。
その言葉そのものが重荷となって、氷室にのしかかる。
「…………」
荒い呼吸を何とか整えようと、氷室は胸元を握りしめて深く息を吸う。
取り乱して我を忘れ、恐怖に塗り潰されてしまってはどうにもならなくなってしまう。
可能な限り冷静に、この事態に対処しなければならないと、氷室は必死で自分に冷静になるように言い聞かせた。
「さぁ、その顔を私に見せてごらん。久しぶりの兄妹の再会なんだからね」
再度スクルドに促され、氷室はゆっくりとその顔を上げた。
顔を直視することに恐れを感じながらも、しかし目を背け続けるわけにはいかないと。
震える手を握りしめ、胸に押さえつけることで激しい鼓動を押さえ込んで、氷室はスクルドに目を向けた。
自分を見下ろすその碧い瞳が、確かにこの身体の瞳と血を分かつ者だと告げていた。
「大きくなったねヘイル。私たちが最後に会った時から、もう何年が経ったかな」
「…………」
「けれど私は、お前が生きているとは思わなかった。生きていて欲しいとは思わなかったよ」
言葉を返さない氷室に、スクルドは細い目で語りかける。
その様子は余裕に溢れており、それはどうにでもできる、どうとでもなると確信しているようだった。
顔を合わせてみれば、目を合わせてみれば、全身を突き刺すようなその鋭い圧力に身が縮こまる思いだった。
その姿を見て、過去の記憶が湯水のように溢れ出してくる。
この身体に刻まれ、脳に焼きつき、心に染み付いた過去の出来事が、今この時の出来事のように再生される。
それによる恐怖が、氷室を包み込んだ。
「我が家の面汚し。我が家の汚点。お前は、生きていてはいけないんだよ」
「私、は……」
「のたれ死んでいればよかったものを。早々にウィルスに食い潰されていればよかったものを。事もあろうに、姫君に巡り合っているとはね」
しかしそれでも氷室の胸の奥には、僅かに奮い立つ気持ちが小さく揺らめいていた。
身がすくむほどの恐怖を目の前にしても、過去の苦しみを思い出したとしても、命を諦めるわけにはいかなかったからだ。
アリスと共にいたいと思った。
その傍に立ち、守り、共に生きていきたいと思った。
だからこそ彼女はどんな手を使ってでも、今日この日まで生き延びてきたのだから。
だからそれ故に、こんな所で諦めるわけにはいかなかった。
「私は……アリスちゃんに救われた。だから私は、今ここにいる……」
大きく息を吸い込んで、気を強く持ってスクルドの瞳を見返した。
同種の色を持つその瞳は、氷室の言葉に僅かに揺れた。
「姫君がお前に手を差し伸べたと……俄かには信じ難いけれど、しかしあの力の特性を考えば……」
救国の姫君、花園 アリスが持つ『始まりの力』とは、つまりは『始まりの魔女』ドルミーレだ。
全ての魔女の祖である、その存在を身の内に秘めているアリスならば、魔女を引き寄せることは確かに想像に難くなかった。
「私は、アリスちゃんに生かされた。アリスちゃんは……私を友達と呼んでくれた。だから、私は……アリスちゃんとずっと一緒にいたいと、そう思った……」
かつての日のことを思い出す。
誰にも見向きもされず、忌み嫌われ、いないものとして扱われた日々。
そんな中自分のことを見つけてくれたアリスのことを。
あの手が、あの笑顔が、あの優しさが全ての始まりだった。
一人ぼっちだった自分を初めて友達と呼んでくれた人。
彼女を守るためならば、何だってすると誓った。
「お前は自分の立場をわきまえるべきだったね。お前は卑しき魔女の身だ。その身で姫君の温情を賜ったばかりか、縋りまとわりつくなど、あってはならない」
「アリスちゃんがそれを望んでくれた。私と一緒にいたいと言ってくれた。友達だと、好きだと言ってくれた。だから私は、その想いを叶えるために戦うと、決めた……!」
震える身体に力を込めて、氷室はゆっくりと立ち上がった。
その心と繋がるアリスの心を胸に感じ、そこから湧き出てくる力を全身に行き渡せて自分自身を奮い立たせる。
温かく優しさに溢れる力が心と身体を満たし、彼女を鼓舞する。
生き延びなければいけない。
再びアリスと会うために。そして彼女の側に立ち、その身を守るために。
そのためには恐れてはいられない。相手が何者であろうとも、この場を切り抜け生き延びなければならない。
スクルドから発せられる押し潰すような圧力と、その姿から喚び起させる過去の忌まわしい記憶。
けれどそれに抗わなければ先はない。
だから氷室は、その心にアリスを感じて勇気を振り絞った。
この心はアリスと強く繋がっている。強固に結ばれた想いを胸に、氷室は戦う意思を向けた。
「しばらく見ないうちに一端の口をきくようになったな。けれどヘイル。お前が私に勝てるとでも思っているのかい?」
「………………それでも」
「まぁいい。私としては結果は変わらない。我が家の恥であるお前を、私は殺しにきたんだから。我が家から魔女が出た時点で恥ずべきことだというのに、あろうことか姫君に悪影響を及ぼしているとなれば、これは大問題だからね」
スクルドは、白いローブの内側からすらっとした腕を伸ばした。
その指先を柔らかく氷室へと向け、余裕の面持ちでそっと微笑んだ。
そこには魔女に対する侮蔑はなく、ただ憐れなものへ向ける憐憫の笑みだった。
「ヘイル、お前は昔からできの悪い妹だった。我が家に生まれながら、魔女になってしまうんだからね。だから私はもうお前に落胆しないよ。ただ憐れだと思うだけさ。私と向かい合って、戦いになると思っているお前の愚かさをね」
スクルドがそっと柔らかく宙を撫でた時、一瞬で全ては起きた。
周囲の空気中の水分が氷室の元に集まり、そしてそれが瞬く間に凝結した。
氷室を覆い尽くし、空間ごと凍結するかのように、氷室を中心にその周囲の温度が零下にまで落ち、氷が迸った。
氷室がいた場所には一瞬で氷の結晶のような塊ができ、それに連なる地面もまた凍てつき白んでいた。
氷の大地の一角のように、その一部だけは白銀の氷の世界へと変わり、漂う冷気が白く舞う。
そしてその周囲は、数え切れないほどの氷の剣が覆っていた。
見渡す限り無数の氷の剣が結晶を取り囲み、その鋒を向けていた。
スクルドが腕を下ろすのと同時に、周囲全ての剣が結晶へと放たれ、剣山のように突き刺さっていく。
強固で堅牢そうな氷の結晶は、しかしその全面を埋め尽くさんばかりの剣の応酬に音を立てて瓦解した。
それでも尚振り落ちる氷の剣の雨はとめどなく、その場を悉く突き穿たんとしていた。
「ぁぁぁああああああ────────!!!」
しかし、その中心から雄叫びと共に炎が爆発した。
その声は普段物静かな少女からは想像もできないほどに熱烈で、生きる強い意思を感じさせる。
覆い降り注ぐ全ての氷を溶かさんと、渦を巻いて炎が巻き上がった。
自身を拘束していた氷を打ち払い、そして降り注ぐ剣の雨を薙ぎ払う炎。
震える脚に力を込めて、必死で膝を折らずに氷室は身の内から炎を放った。しかし────
「甘い」
スクルドが冷たく言い放った次の瞬間、パキンと乾いた音がしたかと思うと、氷室が放っていた炎が凍った。
熱く燃え上がっていた炎が、その揺らめきのまま凍り付かされていた。
そして氷を溶かす炎すらも凍りついた空間では、彼女の体もまた言うことを聞かなかった。
「そんな────」
生きたまま体の先端から凍っていく。
考える暇もなく、行動に移す暇もなく、周囲の冷気が肉体の温度を奪い凍て付かせていく。
それに対し全身に炎を灯し、自らが炎そのものになるかのように、燃え上がらせて何とか凍結を抑える。
しかしそれすらも氷つかされるのは、時間の問題だった。
「私は……負けない。負けられない……! アリスちゃん────!!!」
自分を想ってくれる友達がいる。好いてくれる友達がいる。守りたい友達がいる。
だからこんな所で無為に殺されるわけにはいかない。
ただ一心にその思いで氷室は力を込め、炎を勢いを強めた。
「案外しぶといな。けれど、結果は変わらないさ」
しかし、君主を冠する魔法使いとの実力の差は歴然だった。
魔女が扱う魔法など、彼の前ではないのも同じ。
つまり、その抵抗そのものがあってないようなものだった。
スクルドが放った冷気が炎を掻き消す。
圧倒的な冷気が炎の熱を凌駕し、鎮火させた。
そしてその熱が消えた途端、周囲の冷気は瞬く間に氷室の身を凍て付かせ、次の瞬間には氷室は氷の彫像のように凍てついてしまった。
静寂の中に苦悶の表情で凍り付いた少女が一人。
ポツンと佇んだその様はあまりにも憐れだった。
そんな彼女を見やり、スクルドは小さく溜息をついた。
「思っていたよりは抵抗してきたな。それにしても、あの魔法は────」
氷河期のように凍てついた公園の中で、氷の像と化した少女を前に、スクルドは今の攻防に思いを馳せた。
────────────
冬の空の太陽は沈み、空は薄暗く黒ずんでいた。
公園の中に残されたのは、氷室とロード・スクルド。
地面に力なく座り込む氷室を、スクルドは冷ややかな目で見下ろしていた。
スクルドの濃く碧い瞳は、氷室の透き通るスカイブルーの瞳とは対照的に重く暗い。
弱々しく俯く氷室はその視線を下げ、スクルドと視線を交わらせはしなかった。
共に立つ者を失った氷室は、手を地につけて何とか体を支える。
滴る汗、止まらない動悸、呼吸は浅く、荒く繰り返される。
この場にいることが、スクルドの目の前にいるということが苦痛で、自分もまたこの場から立ち去りたかった。
しかし真っ直ぐに向けられる、凍てつくような巨大な魔力に当てられて身動きが取れない。
恐怖に身がすくみ、強大な力に押さえつけられ、身体は拘束されたように自由を奪われていた。
「顔を上げるんだヘイル。私を見るんだ」
スクルドのその口調は穏やかながらも、しかし声色は冷ややかで重い。
その言葉そのものが重荷となって、氷室にのしかかる。
「…………」
荒い呼吸を何とか整えようと、氷室は胸元を握りしめて深く息を吸う。
取り乱して我を忘れ、恐怖に塗り潰されてしまってはどうにもならなくなってしまう。
可能な限り冷静に、この事態に対処しなければならないと、氷室は必死で自分に冷静になるように言い聞かせた。
「さぁ、その顔を私に見せてごらん。久しぶりの兄妹の再会なんだからね」
再度スクルドに促され、氷室はゆっくりとその顔を上げた。
顔を直視することに恐れを感じながらも、しかし目を背け続けるわけにはいかないと。
震える手を握りしめ、胸に押さえつけることで激しい鼓動を押さえ込んで、氷室はスクルドに目を向けた。
自分を見下ろすその碧い瞳が、確かにこの身体の瞳と血を分かつ者だと告げていた。
「大きくなったねヘイル。私たちが最後に会った時から、もう何年が経ったかな」
「…………」
「けれど私は、お前が生きているとは思わなかった。生きていて欲しいとは思わなかったよ」
言葉を返さない氷室に、スクルドは細い目で語りかける。
その様子は余裕に溢れており、それはどうにでもできる、どうとでもなると確信しているようだった。
顔を合わせてみれば、目を合わせてみれば、全身を突き刺すようなその鋭い圧力に身が縮こまる思いだった。
その姿を見て、過去の記憶が湯水のように溢れ出してくる。
この身体に刻まれ、脳に焼きつき、心に染み付いた過去の出来事が、今この時の出来事のように再生される。
それによる恐怖が、氷室を包み込んだ。
「我が家の面汚し。我が家の汚点。お前は、生きていてはいけないんだよ」
「私、は……」
「のたれ死んでいればよかったものを。早々にウィルスに食い潰されていればよかったものを。事もあろうに、姫君に巡り合っているとはね」
しかしそれでも氷室の胸の奥には、僅かに奮い立つ気持ちが小さく揺らめいていた。
身がすくむほどの恐怖を目の前にしても、過去の苦しみを思い出したとしても、命を諦めるわけにはいかなかったからだ。
アリスと共にいたいと思った。
その傍に立ち、守り、共に生きていきたいと思った。
だからこそ彼女はどんな手を使ってでも、今日この日まで生き延びてきたのだから。
だからそれ故に、こんな所で諦めるわけにはいかなかった。
「私は……アリスちゃんに救われた。だから私は、今ここにいる……」
大きく息を吸い込んで、気を強く持ってスクルドの瞳を見返した。
同種の色を持つその瞳は、氷室の言葉に僅かに揺れた。
「姫君がお前に手を差し伸べたと……俄かには信じ難いけれど、しかしあの力の特性を考えば……」
救国の姫君、花園 アリスが持つ『始まりの力』とは、つまりは『始まりの魔女』ドルミーレだ。
全ての魔女の祖である、その存在を身の内に秘めているアリスならば、魔女を引き寄せることは確かに想像に難くなかった。
「私は、アリスちゃんに生かされた。アリスちゃんは……私を友達と呼んでくれた。だから、私は……アリスちゃんとずっと一緒にいたいと、そう思った……」
かつての日のことを思い出す。
誰にも見向きもされず、忌み嫌われ、いないものとして扱われた日々。
そんな中自分のことを見つけてくれたアリスのことを。
あの手が、あの笑顔が、あの優しさが全ての始まりだった。
一人ぼっちだった自分を初めて友達と呼んでくれた人。
彼女を守るためならば、何だってすると誓った。
「お前は自分の立場をわきまえるべきだったね。お前は卑しき魔女の身だ。その身で姫君の温情を賜ったばかりか、縋りまとわりつくなど、あってはならない」
「アリスちゃんがそれを望んでくれた。私と一緒にいたいと言ってくれた。友達だと、好きだと言ってくれた。だから私は、その想いを叶えるために戦うと、決めた……!」
震える身体に力を込めて、氷室はゆっくりと立ち上がった。
その心と繋がるアリスの心を胸に感じ、そこから湧き出てくる力を全身に行き渡せて自分自身を奮い立たせる。
温かく優しさに溢れる力が心と身体を満たし、彼女を鼓舞する。
生き延びなければいけない。
再びアリスと会うために。そして彼女の側に立ち、その身を守るために。
そのためには恐れてはいられない。相手が何者であろうとも、この場を切り抜け生き延びなければならない。
スクルドから発せられる押し潰すような圧力と、その姿から喚び起させる過去の忌まわしい記憶。
けれどそれに抗わなければ先はない。
だから氷室は、その心にアリスを感じて勇気を振り絞った。
この心はアリスと強く繋がっている。強固に結ばれた想いを胸に、氷室は戦う意思を向けた。
「しばらく見ないうちに一端の口をきくようになったな。けれどヘイル。お前が私に勝てるとでも思っているのかい?」
「………………それでも」
「まぁいい。私としては結果は変わらない。我が家の恥であるお前を、私は殺しにきたんだから。我が家から魔女が出た時点で恥ずべきことだというのに、あろうことか姫君に悪影響を及ぼしているとなれば、これは大問題だからね」
スクルドは、白いローブの内側からすらっとした腕を伸ばした。
その指先を柔らかく氷室へと向け、余裕の面持ちでそっと微笑んだ。
そこには魔女に対する侮蔑はなく、ただ憐れなものへ向ける憐憫の笑みだった。
「ヘイル、お前は昔からできの悪い妹だった。我が家に生まれながら、魔女になってしまうんだからね。だから私はもうお前に落胆しないよ。ただ憐れだと思うだけさ。私と向かい合って、戦いになると思っているお前の愚かさをね」
スクルドがそっと柔らかく宙を撫でた時、一瞬で全ては起きた。
周囲の空気中の水分が氷室の元に集まり、そしてそれが瞬く間に凝結した。
氷室を覆い尽くし、空間ごと凍結するかのように、氷室を中心にその周囲の温度が零下にまで落ち、氷が迸った。
氷室がいた場所には一瞬で氷の結晶のような塊ができ、それに連なる地面もまた凍てつき白んでいた。
氷の大地の一角のように、その一部だけは白銀の氷の世界へと変わり、漂う冷気が白く舞う。
そしてその周囲は、数え切れないほどの氷の剣が覆っていた。
見渡す限り無数の氷の剣が結晶を取り囲み、その鋒を向けていた。
スクルドが腕を下ろすのと同時に、周囲全ての剣が結晶へと放たれ、剣山のように突き刺さっていく。
強固で堅牢そうな氷の結晶は、しかしその全面を埋め尽くさんばかりの剣の応酬に音を立てて瓦解した。
それでも尚振り落ちる氷の剣の雨はとめどなく、その場を悉く突き穿たんとしていた。
「ぁぁぁああああああ────────!!!」
しかし、その中心から雄叫びと共に炎が爆発した。
その声は普段物静かな少女からは想像もできないほどに熱烈で、生きる強い意思を感じさせる。
覆い降り注ぐ全ての氷を溶かさんと、渦を巻いて炎が巻き上がった。
自身を拘束していた氷を打ち払い、そして降り注ぐ剣の雨を薙ぎ払う炎。
震える脚に力を込めて、必死で膝を折らずに氷室は身の内から炎を放った。しかし────
「甘い」
スクルドが冷たく言い放った次の瞬間、パキンと乾いた音がしたかと思うと、氷室が放っていた炎が凍った。
熱く燃え上がっていた炎が、その揺らめきのまま凍り付かされていた。
そして氷を溶かす炎すらも凍りついた空間では、彼女の体もまた言うことを聞かなかった。
「そんな────」
生きたまま体の先端から凍っていく。
考える暇もなく、行動に移す暇もなく、周囲の冷気が肉体の温度を奪い凍て付かせていく。
それに対し全身に炎を灯し、自らが炎そのものになるかのように、燃え上がらせて何とか凍結を抑える。
しかしそれすらも氷つかされるのは、時間の問題だった。
「私は……負けない。負けられない……! アリスちゃん────!!!」
自分を想ってくれる友達がいる。好いてくれる友達がいる。守りたい友達がいる。
だからこんな所で無為に殺されるわけにはいかない。
ただ一心にその思いで氷室は力を込め、炎を勢いを強めた。
「案外しぶといな。けれど、結果は変わらないさ」
しかし、君主を冠する魔法使いとの実力の差は歴然だった。
魔女が扱う魔法など、彼の前ではないのも同じ。
つまり、その抵抗そのものがあってないようなものだった。
スクルドが放った冷気が炎を掻き消す。
圧倒的な冷気が炎の熱を凌駕し、鎮火させた。
そしてその熱が消えた途端、周囲の冷気は瞬く間に氷室の身を凍て付かせ、次の瞬間には氷室は氷の彫像のように凍てついてしまった。
静寂の中に苦悶の表情で凍り付いた少女が一人。
ポツンと佇んだその様はあまりにも憐れだった。
そんな彼女を見やり、スクルドは小さく溜息をついた。
「思っていたよりは抵抗してきたな。それにしても、あの魔法は────」
氷河期のように凍てついた公園の中で、氷の像と化した少女を前に、スクルドは今の攻防に思いを馳せた。
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