上 下
208 / 984
第4章 死が二人を分断つとも

46 光が照らす先には

しおりを挟む
 夜子さんを中心に、見渡す限り一面に影の猫が溢れていた。
 薄暗いぼんやりとした夕日の光を飲み込んで、黒々とした闇色の猫たちは、その存在がこの場に夜をもたらしているようだった。

 しかしそんな闇そのもののような相手を前にしても、善子さんは臆さなかった。
 いや、本当は私たちと同じように気味が悪いと感じているはずなのに。
 それでも夜子さんを強く見据えて戦う意思を露わにしていた。

 動き出したのは善子さんだった。
 ただ悠然と佇む夜子さんに、善子さんから仕掛ける。

 善子さんは上空高々と光の球を打ち上げた。
 眩く輝くそれは、辺り一面を真昼のように照らすほどの強烈な光だった。
 それが天高く昇ると、それは途端に弾けて周囲に光の雨を降らせた。

 その光景はまるでショーのレーザー演出のような華やかさ。
 しかし見かけの輝きではなく、その光の筋一本一本に確かにエネルギーか込められている攻撃だった。

 一面に群れる影の猫たちに、広範囲にわたる光の雨が降り注ぐ。
 それは猫たちを一掃してしまうほどの攻撃に見えたけれど、しかし猫たちは微動だにせずその光を吸収してしまった。
 ダメージを負ったり消えてしまうのではなく、影そのものである猫たちは、当然のように光を飲み込んでいた。

「そもそも影には形なんてないんだから、のらりくらりするのが仕事なのさ。力尽くで消そうとしたって無駄だと思わないかい? さぁ、次はこっちの番だよ」

 夜子さんが不敵に微笑んでそう言った瞬間、影の猫たちが一斉に動き出した。
 一面を埋め尽くしていた猫たちが一斉に、そして善子さん一点目掛けて動き出すものだから、それはまるで一つの黒い塊のようだった。

 闇が蠢いて、形を成して迫ってきているようだった。
 それに対して善子さんがいくら光線を放とうと、同じように飲み込まれてしまう。
 それを見て防ぐことを諦めた善子さんは、光を身にまとって高く飛び上がった。

「相手が影だって言うのなら、光の強さで飲み込むまで!」

 善子さんが両手を大きくい空に掲げると、上空に大きな光の円が浮かび上がった。
 善子さんが空へと上がったことで、猫たちも重力を無視して宙を駆けて善子さんに迫っていく。
 その光景はさながら闇が蠢く黒い大蛇、或いは龍のようだった。

 そんな猫の群れを覆い尽くすほどの巨大な光の円。
 善子さんが力任せに腕を振り下ろすと、その円から太い光の柱が降り注いだ。
 まるで宇宙からレーザーでも降ってきたかのような、視界を埋め尽くすほどの極光の柱だった。

 地面に大穴を開け、そのまま奥深くまで貫いていってしまうのでは思うほどの高エネルギーの攻撃。
 その下にあるものを全て輝きで飲み込み、焼き尽くさんばかりの圧倒的な光。
 辺りはその輝きで埋め尽くされて、夕日の光すら圧倒するほどだった。けれど。

「真っ直ぐなのはいいことだけど、もっと頭を使わなくちゃ。影は光があるからこそ生まれ、光が強ければそれだけ濃さを増すものだよ」

 猫たちは振り落ちる光の柱に正面から衝突していた。
 しかしそれによるダメージはなく、寧ろ飲み込みながら押し返しているようだった。
 蛇のように長く連なっていた群れを集結させ、光の柱にも劣らぬ広さに展開して、受け止めながら飲み込んでいた。
 どんなに強大な攻撃でも、光である限り影を打ち消すことはできないようだった。

「そんなこと、わかってますよ!」

 善子さんの姿は既に上空にはなかった。
 影の猫の群れが光の柱とぶつかっている間に、光をまとった光速移動で悠然と佇んでいる夜子さんの元へと移動していた。
 夜子さんを囲んでいた猫たちは今全てまとまって光の柱を食らっていて、彼女は今完全に無防備だ。

「光は突き進む力。照らす力。導く力。私が、あの子たちの行く先を照らすんだッ!」

 善子さんの体が光輝いたかと思うと、突然夜子さんを取り囲むように善子さんが六人に増えた。
 それはまるで鏡に移した姿を実体化させたような、全く同じ姿が六人。
 光の屈折、または光そのものによる分身のようだった。
 夜子さんを取り囲んだ善子さんたちは、その手に光の剣を握って一斉に飛びかかった。

「やっぱりカッコイイねぇ善子ちゃんは。その正しさ、まっすぐさは実に光り輝いて、私みたい者には眩しすぎるよ。でもさ、やっぱりわかってないよ君は。その光の先に何があるのかを」

 光をまとい、そして光の剣を持って夜子さんに周囲から迫る六人の善子さん。
 しかしその輝きによって、夜子さんの足元には六つの影が伸びていた。

 夜子さんはただ普通に佇んでいるだけ。
 いつもと変わらない穏やかで、気の抜けた笑みを浮かべているだけ。
 しかし、善子さんたちの剣が振り下ろされる直前、夜子さんの足元から伸びる六つの影が立ち上がってそれを阻んだ。

 それは先ほどのまでの猫たちとは違い、夜子さんそのものを象った影。
 猫の耳と尻尾を生やした人型の影が地面から剥がれて立ち上がり、光の剣を振り下ろそうとしていた善子さんたちの腹にその拳を打ち込んだ。
 完全なカウンターに分身だった五人は霞になって消え、本体である善子さん本人は目を見開いて吹き飛んだ。

「強い光の先には、必ずその対局のものが生まれる。君が正しさを貫きたいのなら、それをもっと学ぶべきだね」

 吹き飛ばされ宙を舞う善子さんに、上空で光の柱を飲み込み終えた猫の大群が押し寄せていた。
 それ自体が一つの生き物のように蠢いて、猫の軍勢が龍のように迫る。
 そして善子さんが地に着くよりも早く到達した猫の群れは、容赦なくその身を飲み込んだ。

 影そのものである猫たちの塊の突撃。それは濁流のように善子さんを飲み込んで、闇の海流のようにうねうねと宙を飛び回った。
 黒々とした闇の中に善子さんの姿を見つけることはできない。
 しかしその身を飲み込んで、まるで引き摺り回すように宙を蠢くその様を見れば、影の奔流の中で善子さんが蹂躙されているであろうことは想像に難くなかった。

 やがて猫の群れは勢いそのままに地面へと激突して、ぶつかっていく順に地面へと溶け込んで行った。
 影の猫たちが全て地面へと溶け込んでいって、最後に残ったのは、力なく横たわる善子さんの姿だった。

「善子さん!!!」

 叫んでも善子さんは動かなかった。
 ぐったりとうなだれて、力なく体を投げ出している。
 外傷こそ見て取れないけれど、しかし確実に重いダメージを負っているようだった。

「残念だったね善子ちゃん。アリスちゃんの友達である君もまた『庇護』を受けているから、魔女の中ではそこそこ強い部類に入るだろう。でも、相手が悪かった。言ったろう? 正義を掲げるには力が必要なんだよ」

 顔色を全く変えることなく夜子さんはそう言うと、その影を善子さんに向けて伸ばした。
 するとその影は動けなくなった善子さんにぐるぐると巻きついて、完全に拘束してしまった。

「善子さん……」

 晴香が震える声で呟いて、私に抱きつく腕の力を強めた。
 きっと晴香は罪悪感を覚えてる。自分のせいで善子さんがあんな目にあったって。
 でも、自分を守るために戦ってくれた善子さんを前にそれを口にするのは失礼だと、決して声には出さなかった。

 善子さんは自分自身の気持ちで戦ってくれたんだから、守ってもらっているこっちが責任を口にするのはお門違いだ。
 けれど、それでも自分を責めたくなる気持ちは湧いてくる。私だってそうだ。
 守ってもらおうとしなければって思ってしまう。
 でも、それを口にするのは戦ってくれた善子さんの気持ちを愚弄する行為だから、決して言わない。

「大丈夫。大丈夫だから」

 恐怖と罪悪感に震える晴香を強く抱きしめ返す。
 私も怖い。逃げ出したいくらいに。
 でもこれは私が始めた戦いだから。私のわがままから起こった戦いだから。
 私が逃げるわけにはいかない。晴香を守れるのは、もう私しかいないから。

「さあ、次はどうしようか」

 夜子さんが私たちを見て、にんまりと微笑んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

美少女だらけの姫騎士学園に、俺だけ男。~神騎士LV99から始める強くてニューゲーム~

マナシロカナタ✨ラノベ作家✨子犬を助けた
ファンタジー
異世界💞推し活💞ファンタジー、開幕! 人気ソーシャルゲーム『ゴッド・オブ・ブレイビア』。 古参プレイヤー・加賀谷裕太(かがや・ゆうた)は、学校の階段を踏み外したと思ったら、なぜか大浴場にドボンし、ゲームに出てくるツンデレ美少女アリエッタ(俺の推し)の胸を鷲掴みしていた。 ふにょんっ♪ 「ひあんっ!」 ふにょん♪ ふにょふにょん♪ 「あんっ、んっ、ひゃん! って、いつまで胸を揉んでるのよこの変態!」 「ご、ごめん!」 「このっ、男子禁制の大浴場に忍び込むだけでなく、この私のむ、む、胸を! 胸を揉むだなんて!」 「ちょっと待って、俺も何が何だか分からなくて――」 「問答無用! もはやその行い、許し難し! かくなる上は、あなたに決闘を申し込むわ!」 ビシィッ! どうやら俺はゲームの中に入り込んでしまったようで、ラッキースケベのせいでアリエッタと決闘することになってしまったのだが。 なんと俺は最高位職のLv99神騎士だったのだ! この世界で俺は最強だ。 現実世界には未練もないし、俺はこの世界で推しの子アリエッタにリアル推し活をする!

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

おっさん料理人と押しかけ弟子達のまったり田舎ライフ

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
真面目だけが取り柄の料理人、本宝治洋一。 彼は能力の低さから不当な労働を強いられていた。 そんな彼を救い出してくれたのが友人の藤本要。 洋一は要と一緒に現代ダンジョンで気ままなセカンドライフを始めたのだが……気がつけば森の中。 さっきまで一緒に居た要の行方も知れず、洋一は途方に暮れた……のも束の間。腹が減っては戦はできぬ。 持ち前のサバイバル能力で見敵必殺! 赤い毛皮の大きなクマを非常食に、洋一はいつもの要領で食事の準備を始めたのだった。 そこで見慣れぬ騎士姿の少女を助けたことから洋一は面倒ごとに巻き込まれていく事になる。 人々との出会い。 そして貴族や平民との格差社会。 ファンタジーな世界観に飛び交う魔法。 牙を剥く魔獣を美味しく料理して食べる男とその弟子達の田舎での生活。 うるさい権力者達とは争わず、田舎でのんびりとした時間を過ごしたい! そんな人のための物語。 5/6_18:00完結!

婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜

平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。 だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。 流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!? 魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。 そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…? 完結済全6話

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

排泄時に幼児退行しちゃう系便秘彼氏

mm
ファンタジー
便秘の彼氏(瞬)をもつ私(紗歩)が彼氏の排泄を手伝う話。 排泄表現多数あり R15

処理中です...