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第3章 オード・トゥ・フレンドシップ

60 野蛮人

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「カルマちゃんに会いに来てくれて嬉しいなぁ~」
「てめぇとの決着は、アタシがつけなきゃいけねぇしな」

 アゲハが他の皆を攻撃している隙に、カノンは一人カルマの元へと駆け込んだ。
 その言葉にも瞳にも迷いはない。木刀を力強く構え、カルマに対し戦う意思を見せる。

「でもでもいいのかな? この身体はまくらちゃんのものだよ? その身体をカノンちゃんは傷付けられるのかな? さっきはほとんどあの冷たーい人に攻撃任せてたけどさ」
「構いやしねーよ。まずはてめぇをボコボコに叩きのめしてまくらの中から消してやる。その全部が済んでから体の傷を治して土下座する」
「うわードン引きするくらいの野蛮人~」

 木刀を突き付けて言い切るカノンに、カルマは笑いながら言った。

「まぁ何でもいいけどさ。でもどうやってカルマちゃんだけ都合よく消すつもり? カルマちゃんは別に取り憑いてるわけでもないし、カルマちゃんだってこの身体の持ち主なんだよ?」
「てめぇに心配されなくてもアタシだって知らねぇよ。まずはてめぇを叩きのめす! 難しいことはそれからだ!」
「いや~ん乱暴こわ~い!」

 突撃するカノンに対し、カルマは戯けて身をくねらせる。
 カノンの考え方はあまりにも短絡すぎて、後先のことを何も考えられていなかった。
 しかしだからといって、見出せない答えに時間を取られている場合でもない。

 瞬時にカルマの懐に入ったカノンの一撃が振り抜かれる。
 カルマは咄嗟に身を翻してそれを避けるが、大きく体勢を崩した。
 その隙を逃さず、振り抜いた木刀を即座に反して叩きつけるカノン。
 自身の腕力と魔力によるブーストで、その反応速度は凄まじい。カルマの左肩に木刀がめり込んだ。

「痛い痛い痛い痛い! 痛いよーーーーー!!!」

 そう喚き散らしながらも、カルマはマントの陰から黒い衝撃波のようなものを放って反撃を忘れなかった。
 しかしそれはカノンの片手の拳に押し負けて、あっけなく打ち消える。

 カルマが呆気に取られている間に、カノンの蹴りが剥き出しの腹に打ち込まれる。
 カルマは鈍い呻き声を上げながら吹き飛んだ。

「ちょっと何で何で何で!? 何でカルマちゃんこんなに押されてるの~!?」
「てめぇが弱いからだよ!」

 吹き飛ばされながら体勢を取り直し、二つの鎌を手にしながらカルマは喚く。
 しかしその時にはもう既にカノンが背後に回り込んでいた。

 その声に反応して、鎌で応戦しようと振り向きざまに斬りかかる。
 けれどもう既に攻め始めているカノンの方が圧倒的に早かった。伸ばした腕に木刀が叩きつけられる。
 グシャリと肉が潰れ骨が折れる音がして、カルマの右腕がひしゃげ、取り落とした鎌は影へと消えた。

 声にならない悲鳴をあげるカルマ。
 彼女には何故こうなっているのかわからなかった。
 何故自分が押されているのか。何故こんな痛い目にあっているのか。

「こう見えてもアタシは魔法使いで元魔女狩りだ。てめぇみたいな魔女ごときに負けるかよ!」

 握り固められた拳がカルマの頰を打った。
 魔法使いとは思えないパワーファイター。
 しかしカルマはなす術なくその拳を受けて地面に倒れ伏した。

 魔法において、魔女は魔法使いに及ばない。
 その基本前提ともいえる図式を、カルマは正確に理解していなかった。
 元々魔女の存在も知らなかったまくらから生まれた存在であるカルマは、その知識に大きな偏りがある。

 以前ワルプルギスの魔女と出会ったことで、ある程度の知識を身につけたカルマではあったが、彼女が理解したのはとても偏ったもの。
 魔女と魔法使いは対立していてお互い殺し合っている、という歪んだ事実だけだった。
 その関係性にまで理解は及んでおらず、そしてそれを理解しようとも考えていなかった。

 そもそもは幼い少女の心から生まれたカルマ。
 彼女は自分が楽しければそれでよく、それ以外の難しいことに考えを巡らせるほどの知性を持ち合わせていなかった。
 良くも悪くもカルマという存在は、目の前の楽しみに貪欲な存在だから。

 今遊ぶことが楽しい。楽しみを邪魔するものは排除する。そしてその排除にまた一つの楽しみを見出した。
 カルマの在り方はそんな短絡的な思考で成り立っている。
 楽しいから遊ぶ。邪魔だから殺す。殺すのが楽しくなったから殺す。ただ、それだけ。

 つまりカルマは自分の魔女という立場が、魔法使いに対して不利に働くことを知らなかった。
 今までカノンと正面から戦ってこなかった彼女は、それに気付くことはできなかった。
 確かに他の人間よりも死ににくいとは思っていたが、ただしぶといだけだと思っていた。

 おまけにカルマには勝算があった。
 カノンの前に自身の姿を晒せば、自分がまくらと同一であるという事実を突きつければ、戦意を喪失させられると考えていた。
 それに、カノンが想い慈しむまくらの身体に攻撃できるなど思っていなかった。

 自分が正体を曝け出した時点でカノンは反撃の術を失い、後は一方的に蹂躙すればいいと考えていた。
 カノンがまくらと心を通わせれば通わせるほど、その時の精神的ダメージは大きくなる、と。

 しかしそんなカルマの思惑の悉くを、カノンは凌駕してみせた。
 それは一重に、カルマの策の浅さに他ならなかった。
 自身の享楽にしか目を向けないカルマに、他人の想いを汲み取ることなどできなかった。
 カノンとまくらが築き上げてきた友情を、彼女は計ることができなかった。

「つまんないつまんないつまんなーーーーい! こんなのつまんないよーーーー!!!」
「やかましい! もう散々好き勝手やってきただろうが! そろそろ大人しくくたばれ!」

 今まで物陰からの一方的な人殺しを楽しんできたカルマは、なす術もなく自分が一方的に叩きのめされている状況に悲鳴をあげた。
 しかしカノンはその手を緩めない。

「意味わかんない! この身体はまくらちゃんのなんだよ!? カルマちゃんだってまくらちゃんなんだからね!? カノンちゃんは今、まくらちゃんをボッコボコにしてるんだよ!?」

 叩きつけられる木刀の一撃を身を転がして辛うじて避けて、魔法で瞬時に立て直すカルマ。
 身体の至る所が泣きそうなほどに痛かった。それはカルマが生まれて初めて味わった痛みだった。

「酷い……酷いよカノンちゃん。何でこんな酷いことするの!?」
「てめぇの胸に手を当てて聞いてろ!」

 自分のことを棚に上げて、まるで被害者のように喚くカルマ。
 そんな彼女が開けた距離など瞬時に詰めたカノンが再び木刀を振り下ろす。

 カルマは鎌をいくつも放って牽制しようとするが、それは全て容易く弾かれる。
 迷いを断ち切ったカノンには、もう容赦はなかった。
 今カノンは、まくらの身体を傷付けてしまうことを厭わない。

 まくらと身体を共有しているからといって、戦えずに防戦に徹してもまくらは救えない。
 傷付けたくないからと他人に任せて、自分が何もできないのも嫌だった。
 なら自分の手で、戦わなければいけないのなら自分が。そう覚悟を決めたカノンの瞳にもう迷いはない。

 木刀による強烈な突きがカルマの腹を捉える。
 腹に風穴を開けんばかりの一撃に、カルマは呼吸が止まるのを感じながらその勢いそのままに吹き飛ばされた。

「あーあ。これはまずいなぁ。このままだとカノンちゃんに殺されちゃうや~。それは嫌だなぁ……そんなの嫌だなぁ」

 地面に仰向けに倒れてカルマは呑気な声を上げた。
 しかし、だからといって彼女が状況を楽観しているわけではない。

「もう、なりふり構ってらんないね。オッケー。使えるものは使っちゃおう」

 ニンマリと笑ってカルマは上体を起こす。
 そんなカルマ目掛けて、カノンは止めとばかり大振りに木刀を振り上げて突撃する。

 カルマはもう抵抗するそぶりを見せず、しかしまっすぐカノンを見据えてニンマリと意地悪く笑った。
 そんなカルマの仕草に僅かに違和感を覚えつつも、しかしカノンは勢いを殺さずそのまま木刀を振り下ろそうとした。

 その時。

「……カノンちゃん……?」

 三角帽子や身にまとうマントが掻き消えて、そこにいたのはパジャマ姿。
 妙にトロンとまるで寝起きのような寝ぼけた表情で見上げる顔がそこにはあった。
 それは到底カルマのものとは思えない。それはカノンがよく知るまくらそのものだった。

「まく、ら……?」

 カノンの木刀が直前で止まった。
 いくらその身体を傷付けることを厭わないとはいえ、まくらが意識を取り戻したとなれば話は別だからだ。

 突然の切り替わりに同様を隠せないカノン。
 状況を飲み込めずキョトンと彼女を見上げるまくらを、思わず見つめてしまった。

「なーんちゃってっ! やーい引っかかった~!」

 途端その顔が意地悪く歪んだ。
 まとっていたパジャマ姿は霞のように消え、今までと変わらぬカルマの出で立ちに戻る。

 気付いた時には遅い。既にカノンは隙を見せてしまった。

「残念だったね~。あと少しだったのに。ほんっとカノンちゃんは優しいんだから」

 カノンの背中に何か鋭いものが押し込まれ、そしてそれは抵抗なく腹から突き出した。
 腹から生えているものが自身を貫いた鎌の刃だと気付くのに、さほど時間はかからなかった。

「やーっとカノンちゃん殺せたよ。これで、カルマちゃんたちの邪魔する人はいないね! やったね!」

 そんな子供のような無邪気な声と、カノンがドサリと横這い倒れる音だけが静かに残った。



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