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第3章 オード・トゥ・フレンドシップ

42 友達だと言ったとしても

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「────!」

 背筋が凍るようなその言葉に、私は慌ててアゲハさんから一歩引いた。
 けれどアゲハさんは依然ニコニコ朗らかに笑っている。

「例え話だってー。そんなに構えなくてもいいじゃーん」
「そ、そんなこと言われても」
「だって仕方なくない? 私飽きっぽいからさ、待機とか向いてないんだよね。さっきの魔女狩りと話してたらさ、あんまりグズグズしてんのもどうなのかなって思ってね。それにさぁ……」

 決してアゲハさんは笑みを崩さない。
 あくまで普通の世間話と変わらないテンションで、何事もないかのように話を続ける。

「アリスたち今、カルマに絡まれてるでしょ?」

 アゲハさんの笑みが一瞬で不敵なものに変わった。
 笑顔そのものは変わらない。けれどそれが意味するものが変わった。
 その奥に光る意志がギラリと瞬いた。

「どうして、それを……」
「どうしてって、私たち一応アリスの動向を常に窺ってるからさ。ワルプルギスの魔女が接触してればそれくらいわかるって」

 確かに考えてみればそうだ。
 アゲハさんたちは私を見守っているわけだし、この街に根を張っているのなら、私が同胞と接触することくらい簡単に気付く。

「レイの奴はリーダーみたいに、放っておいてもアリスが死ぬことはないだろうって言ってるんだけどさ。私思うんだよね。あれ?これカルマに手を貸しちゃえば手っ取り早いんじゃないの?って」
「冗談は、やめてくださいよ……」

 カルマちゃん一人の相手でも厄介なのに、アゲハさんにまで襲われたらたまったものじゃない。
 でも、この人なら考えそうなことだ。

「でもさ、こうも思うわけよ。そしたら結局カルマの手柄になっちゃうじゃないの?って。だーかーら。カルマの獲物を私が横取りしちゃった方がいいんじゃないの?なんてさ」

 冷たい汗が全身から吹き出すのがわかった。
 アゲハさんはきっと強い。状況が状況だったっていうのもあるけれど、それでもこの人は魔法使いの魔法をいとも簡単に退けたんだから。
 お姫様の力どころか、魔法の一つも使えない私では歯が立たない。

「だってさ、元々こっちの世界でお姫様のこと任されたのは私たちだし、それこそが本来の形でしょ? そうあるべきだと思うんだよね。それにちょうど退屈してたことだしさ」
「で、でも、私を殺しちゃったら私の力だって……」
「まぁそのあたりは上手くやるし。私こう見えてもすごい魔女だからさ。殺さない程度に殺してあげる」

 言っていることがめちゃくちゃだ。カルマちゃんとはまた違うベクトルだけれど。
 この人は本当に、ただただ目の前のことしか見えていない。後先のことなんて二の次三の次なんだ。

「それに、私たち友達なんですよね。なのにそんな……」
「なーに言ってんの。友達だって必要な時はぶっ殺すっしょ。友達なんてその時楽しければ良いんだからさ」

 そうだった。この人はそういう考えの人だった。
 私とは根本的に考え方が違う。この人はあまりにも刹那的な考え方をする人なんだ。
 本当にどうしようものなく、目の前のことしか考えていない。
 今楽しい。今退屈。今殺したい。そんなその時その時の気持ちだけで動いてる。

 失敗だった。こんなことなら氷室さんについてきてもらうべきだった。
 いやそもそも、寄り道なんてせずにまっすぐ帰るべきだったんだ。

 呼ばないと。氷室さんに助けを求めないと。
 大丈夫。私たちは繋がってる。私が助けを呼ぶ声は、きっと氷室さんに届くから。

 胸に握った拳を当てて、強くその想いを伝えようと身構えた。その時。

「なーんてね! 怖かった?」

 アゲハさんの表情がパッと明るくなって、まるでドッキリ大成功と言わんばかりにニコニコと笑みを浮かべた。
 私は突然のことに全くついていけなくて、ポカンとアゲハさんの顔を見つめた。

「ごめんごめん。挑発してみたらアリスはどうするかなぁって思ったらさ、ついつい本気で脅しちゃったよ」
「え……? じゃあ、えっと……」
「今アリスを殺す気は無いよ。ま、今はだけどね」

 ニコッと害意のなさそうな笑顔でケロリと言ってのけるアゲハさん。
 あんな今にも人を殺しそうな圧力をかけておいて、冗談で済ますつもり?

「わ、私、もう行きます……!」

 一刻も早く帰りたかった。早く帰って氷室さんに会いたい。
 やっぱりこの人は信用できない。ワルプルギスの魔女だからというわけじゃなくて、この人そのものが信用ならない。
 この人はあまりにもその場その場の感情で動きすぎる。例えどんなに仲良くなろうと、殺す時は何の容赦もしてはくれない。
 彼女の性格としては悪い人では無いのかもしれないけれど、その考え方はあまりにも危険すぎる。

「気をつけて帰んなよ。いつどこで誰に狙われるかわかったもんじゃないしね。いつ私がアリスを殺したくなるかもわかんないし。もしかしたら、次の瞬間には殺しにかかってるかも」

 もうそれは冗談には聞こえなかった。
 さっきのは確かにハッタリだったのかもしれない。けれど今のは確かにアゲハさんの意思を示していた。
 今は大人しく帰してくれるかもしれない。でも次はいつ襲ってくるかわからない。本当に、下手したらすぐにでも追いかけてきて殺しにかかってくるかもしれない。

 私はもうそれ以上何も言葉を返さずに、足早にその場を後にした。
 この人は味方じゃない。友達なんて有り得ない。アゲハさんはどうしよもなく、私の敵だ。

「せっかく生きてんだから楽しまなきゃでしょ。生きてるうちにさ」

 まるでおもちゃで遊ぶのを楽しみしている子供のような気軽さで言うその言葉を背に受けながら、私は走る一歩手前の速さで歩き続けた。
 早く、早く氷室さんに会いたい。今はとにかくそれだけが頭を埋め尽くした。
 会いたい。私の本当の友達に。
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