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第3章 オード・トゥ・フレンドシップ

40 今はわかり合えない

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「私の友達になんか用?」

 それはアゲハさんだった。
 相変わらず露出の多い格好で、とても気軽に肩を組んできた。
 ニシシと笑うその表情が、プラチナブロンドの髪と相まって眩しい。

「あなたは……!」

 D4の表情に、急激に緊張が走った。
 今まで私に相対していた時の穏やかな表情とは大違いだ。
 敵意と嫌悪が混じった鋭い顔つき。
 それは透子ちゃんに向けていたものと同じ。あの時、透子ちゃんを痛めつけた時のものと。

「あなたは、ワルプルギスの……」
「あれ、私のこと知ってんの? 照れるなぁ~」

 一触即発の空気を匂わすD4に対し、アゲハさんは呑気なほどに朗らかな笑みで返した。
 けれどその腕は私の肩をガッチリと捕まえて放さない。

「知らないわけがないでしょう。だってあなたは────」
「おっとおっとー。乙女のプロフィールをベラベラ喋るのはマナー違反だぞ?」

 D4の言葉を遮って、アゲハさん不敵に微笑んだ。
 それが何を意味するのかはわからなかったけれど、D4もそれ以上を敢えて口にするつもりはないようだった。

「……アリスに何の用?」
「それはこっちのセリフ。魔法使いさんが私の友達になんか用ですかー?」
「……! アリスは私の親友だよ!」
「でも今は私とも友達だもんねー?」

 同意を求めるアゲハさんに思わず苦笑いを返す。
 この人との関係性は正直に言って微妙だ。けれど少なくとも、今の私にとってD4よりは近しい存在だとは言える。

「魔女風情が、友達を名乗るって言うの?」
「こっちに言わせてみれば魔法使いごときが、だけどね」

 アゲハさんはニコニコとした表情を崩しはしないけれど、それでも殺気立ったD4に拮抗していた。
 言葉でも圧力でも全く負けていない。
 本来魔女は魔法使いに劣る部分が多く、まして相手が魔女狩りともなれば逃げるのが必定。
 なのにアゲハさんはまるで臆することなくD4に喧嘩を売っていた。

「忌々しいレジスタンス。アリスを利用して何を企んでいるの?」
「それもこっちのセリフ。アリスを利用しようとしているのはそっちの方っしょ」
「私は、アリスを利用したりなんかしない!」
「アンタはそうかもね。でもは違うでしょ?」

 アゲハさんの言葉にD4は苦い顔をする。
 アンタたち。つまりD4がそれを望んでいなかったとしても、国の魔法使いたちは私の力を利用としている。そういうことかな。

「まったくさ、アリスが可哀想だと思わないわけ? 利用しようとしたり殺そうとしたりさ」

 それをワルプルギスの魔女のあなたが言うのか、という言葉はぐっと飲み込んだ。
 アゲハさんは今、私のために言ってくれているんだから。

「だから私はアリスを救おうと……!」
「アンタじゃ無理だよ。魔法使いのアンタじゃね」

 アゲハさんの言葉に重みが込められて空気が急激に沈んだ。

「魔法使いじゃお姫様は救えない。アリスを真に救えるのは魔女私たちだけ」
「知った口を聞かないで! 醜い魔女のくせに!」

 アゲハさんの言葉にD4は冷静さを失いかけていた。
 顔を歪めて怒気の強い声を放つ。

 私の目の前で私のわからないやり取りが行われている。
 私を救うって、どういう意味なんだろう。

「今ここで魔女を罵るってことはさ、今のアリスも否定することになるけど? アンタはそれでもアリスの親友を名乗るわけ? ウケる~」
「な……! わ、私は……! 私の親友のアリスはかつての彼女。今のアリスは仮初にすぎない。だから私は────」
「友達の今を受け入れてやれないくせに、親友名とか言ってんじゃないわよ」
「────!」

 そのアゲハさんの言葉には軽やかなものなんてなくて、ずっしりと心と体にのしかかるようだった。
 D4は怒りで顔を歪めて、まるで視線で殺そうかというほどにアゲハさんを睨みつけた。

「そもそもさ、アリスの親友だって言ってるくせに、排他主義なのがウケるんだよねぇ。アリスと魔女は切っても切り離せないってのにさ」
「うるさい! 私は、アリスを……」
「だからさ、魔女の否定はつまるところアリスそのものの否定。アンタは口先ではアリスの親友とか言っちゃってるけどさ、結局アリスのこと何にも理解してないんだよ。自分の理想の形を押し付けてさ、アリス本人のことなんて見るつもりないんだ」
「違う! 私は…………アリス、違うの!」

 D4の表情が一変して困惑と不安に変わった。
 私を一点に見つめて、その目が誤解しないでと訴えかけていた。

「私は、私たちは誰よりもあなたのことを想って……!」
「笑わせるよね。他でもないアリス本人の意思を無視してさ。寄り添うフリして結局、自分たちの都合を押し付けているだけじゃん」
「あなたに何がわかるって言うの!」
「私はちゃんと寄り添ってるよ? ほら、仲良し」

 ぎゅっと肩を抱く腕に力を入れて私を引き寄せる。
 私はただされるがままで、そんな私たちを見てD4は引きつった顔をした。

「ま、私もまどろっこしいのは嫌いだけどさ。でもさ、私はアンタたちみたいに嘘ついたりしないよ? 味方のふりして思い通りにしようとしたりなんてしない。ちょっかいかけたくなったらちゃんとそう言うよ」

 アゲハさんの言うちょっかいが、言葉通りの可愛らしいものではないことは明らかだった。
 けれど確かに真意を隠して良い顔されるよりは何倍もマシだ。

「だからアンタは失格。アリスの親友名乗るのなんて百年早いってーの」

 フフンとしたり顔でアゲハさんは言った。それがとどめと言わんばかりだ。
 そして対するD4は力なく俯いた。

「────してやる」
「え? なんて?」
「殺してやるって言ってんのよ!!!」

 突然、私たちの足元から大量の鎖が飛び出した。
 まるで蛇のようにうねりながら、私たちのことを縛りつけようと飛びかかってくる。

「やめなよみっともない。女の子でしょ?」

 けれどそれは、アゲハさんの余裕の一言で打ち払われた。
 何が起きたのかはわからなかった。鎖が私たちを拘束しようと飛びかかる寸前で、何かが弾けて鎖を全て破壊してしまった。
 魔女が、魔法的に優秀なはずの魔法使いの魔法を、いとも簡単にあしらった。

 それは一瞬のことだったから多分誰にも見られてはいないだろうけれど、基本穏やかに見えるD4にしてはとても早計な行動だった。

「今ここで争っても何にもなんないって。それに、こっちの世界とはいえ昼間っから魔法使うのって、アンタらの信条に反するんじゃないの?」
「魔女が一端の口を……!」
「冷静になろうよ。今焦ったって仕方ないじゃん。結局さ、選ぶのはアリスなんだから」

 苦虫を噛み潰したような顔でアゲハさんを睨むD4。
 しかしその言葉を否定するものは見つからなかったみたいだった。

「…………いいよ。元々今日は様子を見に来ただけ。ワルプルギスのあなたを見逃すのは癪だけれど、ここでこれ以上争うわけにもいかない」

 D4は私たちに背を向けて、まるで自分に言い聞かせるように言った。
 その背中はどこか寂しげで、思わず呼び止めてしまいそうになる。

「ワルプルギス。あなたたちの好きなようにはさせない。必ずアリスは取り戻すから」

 そしてD4は控えめに振り返った。そこにはもう怒りの表情はなくて、最初のような穏やかな顔だった。
 優しく慈しむお姉さんのような顔。けれどどこか悲しみを含んだ、そんな顔。

「ごめなさいアリス。あなたを苦しめるつもりはないの。私たちはあなたの味方。私たちが絶対あなたを救うから。それはだけは、信じて」
「ま、待って────」

 その穏やかで、けれど今にも泣いてしまいそうな儚げな表情に、私は思わず手を伸ばした。
 けれど私の声は届かなかった。いや、敢えて耳を傾けなかったのかもしれない。

 D4はそれ以上の言葉を口にはせずに、顔を背けてゆっくりと歩いて行ってしまった。
 私は、何故だかその背中を追いかけたいと思う気持ちがあるのを感じながらも、その場で立ち尽くしてそれを黙って見送った。
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