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第3章 オード・トゥ・フレンドシップ

29 心配事

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 プーップーッと、通話が切れた無機質な音が静かな屋上で響く。
 廃ビルの屋上は本当に味気なかった。見渡せる夜景も、夜景と呼んでいいのか疑問を覚えるほどに大したことない。
 ただ冬の冷たい風が頰を撫でるだけ。でもなんだかもう少しだけここにいたかった。

 お母さんの言葉を心の中で繰り返す。
 私はもっと友達に頼っていいんだ。もう既に頼りきりだけれど、そこに遠慮をしなくてもいいんだ。
 頼って助けてもらった分、恩返しをすれば良い。友達が困っている時に、今度は私が助けれあげれば良い。
 だから今頼ることを恐れちゃいけないんだ。

 氷室さんも言ってくれた。私に寄り添ってくれるって。私を助けてくれるって。
 だから今はその気持ちに甘えてしまおう。そしていつか氷室さんが困った時に、その恩を何倍にもして返してあげるんだ。

 そう考えると勇気が出た。
 私は一人じゃない。繋がる友達がいて、寄り添ってくれる友達がいて、助けてくれる友達がいる。
 私の願いを受け入れてくれて、同じ願いを抱いてくれる。私が望むものは間違いじゃないんだって思える。
 今はまだ一人ではたどり着けないから。今はこれでもかってくらい甘えてしまおう。大好きな友達に。

 握りしめていた携帯がもう一度振動した。
 またお母さんかなと画面を確認してみると、今度は晴香からの電話だった。
 そういえば昨日から特に連絡を取っていなかった。

 確か氷室さんに記憶を修正してもらったから、魔法云々のことは覚えていないと思うけれど。
 それでも魔女の魔法をかけてしまったし、それにここ数日は心配をかけ続けてしまってる。
 この電話も無視はできないな。

「もしもーし。どうしたの晴香」
『あ、すぐ出た。ねぇアリス、今大丈夫?』

 気持ちを切り替えて、できるだけ普通の声で応答する。
 心が落ち着く穏やかな声が電話口から聞こえて、何だか安心できた。

「うん、大丈夫だよ」
『アリス今家?』
「あ、えっと、今外なんだ」

 咄嗟に誤魔化そうとしてしまったけれど、家が隣だから家にいないことくらい明かりでわかる。
 下手なことを言って不審がられても仕方がないから正直に答えた。

『やっぱり。まさか夜遊びなんてしてないよね?』
「す、するわけないでしょ! もう、私を何だと思ってるの?」
『聞いてみただけ。そんな怒んないの。もうすぐ帰ってくる?』
「あー、今日はちょっと友達とお泊りすることになって……」

 嘘はついてないよね。友達とお泊まりをしていることには変わりない。
 パジャマパーティー的な女子がするようなお泊まり会とは程遠いけど。廃ビルだし、寝袋だし。

『……男?』
「違うよ! 氷室さん。今日一緒に遊んでて、その勢いでお泊まりすることにしたの!」
『なーんだ。男の家に泊まりに行く時の娘みたいな嘘つくからてっきり~』
「変なこと言わないでよ、もー」

 不敵な晴香の言葉に顔が一瞬で熱くなった。
 なんてことをさらっと言うんだろうこの幼馴染は。
 まぁ本気で言ったんじゃないだろうけれど。

『それにしても氷室さん? 最近何だか急に仲良くなったよね』
「まぁ、うん。この間話しかけた時からよく話すようになってね」

 まぁそれも嘘ではない。大部分を端折っているだけで。

『ふーん。そういえば氷室さんもこの間学校休んで────』
「それで!? 晴香、私に何か用あったの!?」

 余計なことに気付きそうになった晴香に私は被せるように言った。
 それに気が付いたところで私が今陥っている自体を知ることにはならないけれど、でも情報は少ないに越したことはない。

『え? あ、うん。まぁ大したことじゃないんだけどね。帰ってくるなら会いに行こうかなって』
「……? 何かあったの?」
『なーんにもない。ちょっとアリスの顔が見たくなってね』
「何言ってんの。毎日見てるでしょ」

 おどけて、付き合いたてのカップルのようなことを言う晴香。何か話したいことがあるのは見え見えだった。
 晴香はいつでも優しくて思いやりがある分、遠慮しがちな面がある。相談事や悩み事をすぐ引っ込めてしまう。
 気付いた時はこっちから突っ込んでいかないと、すぐに一人で抱え込んじゃうんだ。

『大したことないの。そうだ、明日帰り遅くないなら夕方ご飯食べに行こうよ』
「ごめん。明日も予定入れちゃって、帰れるの何時になるかわかないんだ」

 そもそも無事に帰れるかどうか、なんてことはとてもじゃないけど言えない。いや、無事に帰るつもりは満々だけれど。
 それでも明日の夜はカルマちゃんがもう一度現れると宣言しているから。
 だから晴香には申し訳ないけれど約束はできなかった。

 それでも控えめながら、私に何か話したいという意図は伝わってくる。
 今日明日は無理だけれど、頑張って時間を作ってあげたほうがいいかもしれない。
 はじめじゃなくて私にこうして言ってくるんだから、そこには意味があるんだろうし。

「そしたら、明後日でよければ放課後駅前まで行こうよ。少し前にできた新しいカフェがあるでしょ? あそこのケーキ美味しいらしいし、創は置いていって二人で食べに行こうよ」
『うん。そうだね。それまではアリスの顔を見るの我慢しておいてあげる』
「明後日の朝一で見るでしょ」
『そうだった』

 いつも通りの穏やかな声色のようで、でも気にしているとどこか違う気もした。
 今日何かあったのかな。創とでも喧嘩した? それとも、ここ数日の私がかけている心配が堪りかねていたりして。

 晴香は私の大切な幼馴染で親友。小さい頃からずっと一緒にいた友達。それは創も同じ。
 私が何よりも守るべき大切な日常だ。
 今巻き起こっているこの騒動にかまけて蔑ろにはしたくない。

 平和で今までと変わりのない日常を守ろうとしているんだから、私が一番に考えるべきなのは二人のことだ。
 二人にできるだけ心配をかけずに、いつもと同じように過ごすこと。
 それも私がするべき大事なことだ。

『じゃあそろそろ切らないとね。氷室さん、待たせてるんでしょ?』
「……ごめんね」
『いいよそんなの。急に電話したの私だもん』

 いつもと同じように柔らかく笑う晴香。
 それが何だか余計に心配にならなくもない。
 けれど私の方から突っ込んでも仕方がないし、明後日まで待とう。

『ねぇアリス。私たち、これからもずっと一緒だよね?』
「え?」

 不意にそんなことを言われて私は思わずすっとぼけた声を出してしまった。

『私たち、ずっと友達だよね?』
「当たり前でしょ。もう何年の付き合いだと思ってるの? これからもずっとずっと友達だよ」
『うん。そうだよね。何言ってんだろ私』

 その声はいつも通りのはずなのに、でもどこか強がっているようにも聞こえた。
 晴香がこんなに弱気なのも珍しい。確かに気を使って相談事をしまいこみがちだけれど、そういう時は大体わかりにくく元気に振る舞おうとしている。
 そう考えると今日は大分わかりやすくて、何かがありそうだった。

「ねぇ晴香。やっぱり私今から帰ろうか?」
『え、ううん! そんなんじゃないよ。ごめんごめん! あ、もう切らなきゃだね!』

 取り繕うように少し声色を上げる晴香。
 無理に押し切ってもいいんだけれど、晴香がいいと言うのに強引に話させるのもよくないかもしれない。
 本当に切迫しているのなら流石の晴香もそう言うだろうし、今少しブルーになっているだけかもしれない。

『それじゃあね! せっかくなんだから氷室さんとたっぷりイチャイチャしなよ! おやすみ!』
「ちょ、だからそんなんじゃ……!」

 最後は少し一方的に言い放って、晴香は通話を切ってしまった。
 何だか心配は募るばかりだけれど、だからといって本人の気持ちを無視して強引にも責められない。
 今日はひとまず胸にしまっておこう。私は私で解決させないといけないことがあるし、こっちのことをとりあえずスッキリさせてから、落ち着いて話を聞いてあげよう。

 たまには細かいことは忘れて、お腹いっぱい甘いケーキを一緒に食べよう。
 今回くらいは奢ってあげても良いかな。晴香を太らせるくらいの勢いでケーキを頼みまくっちゃおうかな。

 そんなことを考えていたら、明後日がちょっぴり楽しみになった。
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