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第2章 正しさの在り方

43 私の中のお姫様

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「聞きたいこと、あるんだけど……」

 力についてもう説明する気がない────のかできないのかは知らないけど、とにかく力についての説明を終えてしまったお姫様に、私は諦めて別の質問をすることにした。

 おずおずと尋ねる私に、お姫様はにこやかに微笑む。

「あなたが過去の私────つまり私が知らない『まほうつかいの国』を救った頃の私だっていうことはさ。あなたは知ってるんだよね? D4とD8のこと」
「うん、知ってるよ」

 お姫様はとても朗らかに答えた。
 とても軽く、当たり前のように。

「わたしが知ってた頃は、そんなカッコ悪い名前じゃなかったけどね」
「いや、あれコードネームみたいなものでしょ。カッコイイも悪いもないよ」
「レオとアリアはね、わたしの大切なお友達」

 それがあの二人のことだということは、聞かなくてもわかった。
 お姫様はニコニコ嬉しそうに話す。

「二人共とっても優しくてね、いっつもわたしと一緒にいてくれて。わたしは、二人がすごく好きだった」

 二人は私を親友だと呼んだ。お姫様わたしを大切だと言っていた。
 それをこのお姫様わたしも、同じ顔をして言う。

「じゃあ、私があの二人と戦ったりするの、嫌でしょ」
「うーん。そうだなぁ……」

 お姫様は困ったように苦笑いした。

「確かに二人共わたしの大切な友達だけれど、それは過去のわツィの気持ちであって、今の『私』の気持ちじゃない。わたしは、今の気持ちを大切にするべきだと思うから……」
「でも、それじゃああなたの気持ちが────」
「わたしはわたしじゃなくて、あなただからね。わたしは昔の思い出みたいなものだから。過去に縛られて、今をないがしろにしちゃダメだよ」

 お姫様の言いたいことがわからないわけじゃない。
 けれどお姫様はこうしてここにいる。私の心の中に存在してる。
 それなのに、そんな過ぎ去ったみたいなことを……。

「そんな顔しないで。わたしはあなたが思っているような存在じゃないの。わたしは飽くまであなたの中の、『お姫様』という部分に過ぎない。別人格とかじゃないの」
「でも、現にあなたはこうして私と向き合ってる」
「それはここがあなたの心の中で、あなたにとってこれがイメージしやすい形だからだよ」

 もう一人の自分のように面と向かった方がわかりやすい。それだけのこと。

「さっきも言ったでしょ? わたしはあなただけど、あなたはわたしじゃない。わたしはあくまであなたの一部。引き剥がされてからも、わたしはあなたとしてずっとあなたの人生を歩んできた。同じものに触れて、同じように感じて生きてきた。あなたの気持ちはわたしの気持ちなの」

 だから、かつての記憶より今の方が大事だってお姫様は言う。
 引き剥がされても同じ道を歩んできたんだからと。

「だからあなたが気兼ねする必要はないよ。もちろん、いつかわたしたちが元の形に戻った時、あなた自身が『お姫様』を自分自身とした時に、どう感じるかはもちろんその時のあなた次第。それはまた、その時感じてその時考えればいいでしょ」

 そう言って笑うと、お姫様は私の口の中にシュークリームを押し込んだ。

「んー!」
「今を大事にして。今感じる気持ちを大事にして。『私』はそれをずっと大事にしてきたはずだよ」

 心のままに、今大切に思うものを。今正しいと思うことを。
 感じる想いに、溢れる気持ちに正直に。
 確かに私はいつもそうしてきた。考えなしかもしれないけれど、自分の気持ちを信じてきた。
 飲み込みきれない部分もあるけれど、彼女がそういうのなら、今はその気持ちを大事にしよう。

「なら、あの二人がどんな人たちなのか教えてよ」

 何とかシュークリームを飲み込んでから、私は尋ねた。
 昔を知ることは、私の知らないことを知ることは、きっと大事なことだから。
 それに個人的に、あの人たちの本当の姿というのにも興味があった。

「それは……話せないの。話したくないんじゃなくて、話せない。『お姫様わたし』の頃の話は、あんまり多くは話せないみたい」
「そう、なんだ」

 ちょっぴりがっかりだった。彼らに対する私の印象は、まだ怖い魔法使いというくらいのことしかない。
 お姫様の当時の視点から、あの二人がどう見えていたのか知りたかったんだけどな。
 でもそれはきっと、私自身が思い出さないといけないことなんだ。
 過去の私とはいえ、客観的に聞くものじゃない。

「あれ……?」

 少し頭がぼんやりしてきた。
 温かい紅茶を飲みながら甘いお菓子を食べて、心地よい日差しに当たって眠くなってきたのかな。
 ふんわりと頭に霞がかかる。

「そろそろ時間みたいだね」
「時間……?」
「そう。あなたは元いたところに帰らないと。ここは夢の中みたいなものだから、目を覚まして現実に帰らないと」

 ぼんやりとする頭で朧げに思い出してきた。
 そう。私は今戦っている。私は戦うための力を欲していたんだ。
 そうだ。みんなを守らないと。早く帰って、守らないと。

「また会える?」
「どうだろう。こうして向かい合えたのは、奇跡みたいなものだから。また会えるかもしれないし、もう会えないかもしれない」
「それは、寂しいなぁ……」
「寂しくなんかないよ。だってわたしはあなたの一部なんだから。いつだって一緒だよ」

 お姫様は微笑む。無邪気に屈託なく。
 私と同じ顔で作るその笑顔は、でもどこか私とは違う。

「自分の心を大切にして。わたしの力は、あなたの力は、繋がる力なんだから。あなたの心の中にいるわたしを感じて。あなたの心に繋がる、大切な人たちの心を感じて。その想いが、あなたの力になる」

 段々と声が遠くなる。その姿もぼんやりとしてくる。
 眠気に体が耐えられない。もっと話をしたい。
 もっと聞きたいことがあるのに、頭が重い。

「大丈夫。あなたなら大切な人を守れるよ。だってわたしにできたんだから。今度だって大丈夫。この力は、きっとあなたが望む結末に繋がるはずだから────」

 伸ばした手が空を切る。もしかしたら伸ばせていなかったかもしれない。
 もう意識は薄ぼんやりとしていて、微睡みの中に。

 そして私の瞼は降りた。
 眠りに落ちるように緩やかに。ゆっくりと意識が落ちていく。

 切り離された私の力。私の思い出。大切な心。それはきっと、今は取り戻せない。
 これは彼女の言った通り奇跡のような邂逅で、本来あるべきことじゃない。
 ほんの一瞬の、すれ違いのような接触。私自身は何も変わってない。けれど、私に繋がる何かは見えた。

 私の中に眠るとても大切なもの。私が知らなくて、思い出せなくて、切り離されてしまったもの。
 今の私にとっては、どれも他人事のよう。

 だから帰らなくちゃ。今の私のいるべき場所へ。私を待ってくれている人のところへ。
 私自身が思い出せない過去。私自身が知らない思い出。
 きっとそれは大切なものだって頭ではわかるけれど、でも今の私にとって大切なのは、今ここで私に寄り添ってくれている人たちとの日々だから。

 この出会いは夢と同じ。私は目覚めて現実に帰る。
 今現実を生きているのは私だから。私は、私が大切だと思うもののために生きるんだ。
 がむしゃらに足掻いて、私を守ろうとしくれる友達を私も守るんだ。

 力のない私に力を貸してね。
 いつかきっと、私たちが同じ気持ちで笑える日を迎えるために。
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