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第2章 正しさの在り方

39 確かにここで生きている

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「自己犠牲、か。でもよぉ、それが意味のないことくらい、アンタもわかってるだろ?」
「…………」

 そう。もし今二人を見逃してもらったとしても、いずれ魔女狩りたちの計画が成就すれば、みんな死んでしまう。
 今ここで命乞いをしたところで、その結果は多く変わらない。

「どうせ全員死ぬんだ。友達だってんなら、みんな一緒に仲良く死ねや」

 私は決めたはずだ。友達を護るって。
 私は覚悟したはずだ。抗うって。

 目の前で友達が傷付くのが嫌ならば。行き着く結末で、みんなが死んでしまうのが嫌ならば。
 私は今ここで動かないといけない。
 守られてばかりじゃなくて、私は自分の意思と自分の力で、この局面を乗り越えなきゃいけないんだ。

 泣き言なんて言ってられない。
 諦めてなんかいられない。

「心配しなくてもよ、俺がきちんと一緒に葬ってやるって。大丈夫さ、アンタは最後だ。一人じゃない」

 私を信じてくれた氷室さん。私を正しいと言ってくれた善子さん。
 二人の気持ちに、私は応えなきゃいけない。

 魔女が蔑まれ虐げられることに怒りを感じた。
 覆したいと思った。救いたいと思った。
 それが原因で沢山の人が争っている。傷付いている。
 それが悲しかった。そんなことやめて欲しかった。

「……やっぱり、そんなのダメだ。私に希望を持ってくれている人がいる。私を信じてくれてる人がいる。私を待っていてくれる人がいる。私を大切だと言ってくれてる人がいる。それなのに、私が勝手に諦めるわけにはいかないよ」
「へぇ……」

 D7は目を細めて、どこか関心するように口元を歪めた。

「泣き言抜かした時はもう折れちまったかと思ったが、なかなかどうして、肝が据わってんじゃねぇか。さっき俺に啖呵切ったんだ。そう簡単に折れちまったら面白くないからなぁ」
「そうだね。私はバカだから。突き付けられた現実にすぐにめげる。そして何度も同じ間違いを繰り返しそうになる。でも、それじゃもうダメなんだよ。私はもう、簡単にめげてちゃダメなんだ」

 どこにでもいる普通の女の子。自分のことをずっとそう思ってた。正直今だってそう思う。
 けど、そうじゃないんだって、もう受け入れなきゃいけないんだ。
 私がどんなに否定したって、やっぱり私は『まほうつかいの国』のお姫様で、その力と存在には影響力がある。

 魔法使いが欲していて、魔女もまた欲していて。
 そしてそんな私を、守りたいと言ってくれる人がいて。
 私が魔女になったらなったで、やっぱり私はお姫様だからこそ狙われて。
 私はもう認めなきゃいけないんだ。自分が特別だということを。

 どんなに自覚がなくて、どんなに受け入れ難くても。
 私という存在が周囲に与える影響を、ちゃんと理解しないといけない。

 今はまだよくはわからないけれど、それでも私は自分の責任を果たさないといけない。
 お姫様としての責任を。その力を持つものとしての責任を。
 だから私はもう、そう簡単にめげてなんかいられない。

「D7。私はあなたと戦うよ。あなたと戦って友達を護る。そしていつの日かきっと、魔法使いと魔女が争う必要のない毎日を作るんだ」
「威勢がいいねぇ。それでこそ我らがお姫様だ。泣けるぜ」

 どさりと音がして、クリスティーンが氷室さんを地面に転がした。
 透かさず別のドールが現れて、善子さんと同じようにぐるぐると巻きついて拘束した。
 手の空いたクリスティーンが、ゆっくりとこちらにやってきてD7の前に控えた。

 さっきまで激しい戦闘をしていたとは思えないほどに、クリスティーンは綺麗だった。
 一切の傷や汚れすらもなく、佇んでいるだけなら、本当にただの綺麗な女性に見える。
 舞台の上に立てばとても煌びやかに輝くような、女優やモデルのような華やかさ。
 けれど彼女は、魔法使いが操る殺戮人形。その美しさには似合わない、冷酷無比な殺人兵器。

 氷室さんは、その中には人間の心臓が埋め込まれているって言っていた。
 それが何を意味するのかは私にはよくわからないけれど、彼女が繰り返す「タスケテ」という言葉と相まって、とても嫌な予感がした。
 これから彼らと戦うにあたって、それがどうしても引っかかってしまって、私は尋ねずにはいられなかった。

「ねぇD7。その……クリスティーンは、なんなの?」
「何なのとは失敬だな。クリスティーンはクリスティーン。俺の愛しき女さ」
「でも、クリスティーンは……」

 やっぱり変だった。最初からそうだったんだ。
 D7は初めから、クリスティーンを人間と同じように扱っていた。
 愛しく声を掛けて慈しんで、優しく触れていた。
 量産するドールたちのことは、捨て駒として爆破させたりして乱雑に扱うのに。
 クリスティーンのことだけはそうはしない。

 でも、結局はクリスティーンも人形だ。
 どんなに他のそれより精巧な作りをしていても、やっぱりそれは人形でしかない。
 それなのにどうして、そこまで扱いが違うのか。

「でも、クリスティーンは人形なんでしょ?」

 飲み込もうとした言葉を、やっぱりそのまま言った。言わないといけないと思った。
 たとえ彼が敵だとしても。この疑問を解消しないことには向き合えない。
 だって相手も人だから。どんなに考え方が違ったて、相手のことを知ろうとしなければぶつかり合うこともできない。
 私は殺し合いがしたわけじゃないんだから。このモヤモヤは、そのままにしていたらきっと後悔する。

「あなたが扱う他の傀儡と同じ。なのにあなたは────」
「黙れ!」

 一変、D7は大きな声をあげて私の言葉を遮った。
 善子さんが言った時も同じ。D7はクリスティーンを人形扱いされることに怒りを覚えていた。

「クリスティーンは、こいつは生きている。今もこうしてここにいる。俺の隣でいつまでだって生きてるんだ。アンタも言ってくれただろ。クリスティーンは、確かに生きてるって!」
「え……」

 思わぬ言葉に私は言葉に詰まった。
 私はそんなこと言った覚えはない。そもそも彼らに会うのは今日が初めてで────そこで、彼がかつての話をしているんだと気がついた。
 私が『まほうつかいの国』のお姫様だった時のこと。
 私の知らない、ありえないはずの過去のことを。

 彼は確かに言っていた。私のことを知っていると、クリスティーンは私のことが好きだったと。
 レイくんが教えてくれた、私がお姫様になった話。
 きっとその時彼らに会っていた。D7はその時のことを言っているんだ。
 私には全く身に覚えがないし、ありえないとすら思うけれど。

「みんな言うんだ。クリスティーンは生きてない。そこにいるのはただの人形だって。でもそんなはずないだろ! だって! クリスティーンは今ここで、確かに生きてる。心臓はちゃんと動いてるんだ!」

 気取った態度も悪い口調もそこにはなくて、D7はただその想いを吐き出していた。
 銀色の長髪を掻き乱して、必死の形相で訴えていた。

「証明してやろうクリスティーン。俺たちの力で。お前は確かに生きているって。ここにいるって。お姫様を殺して帰れば、誰もお前のことを否定なんてしねぇよ」

 クリスティーンにかける言葉だけは優しい。
 返事などしない彼女に向けて、D7はただ一方的に語りかける。
 その愛情が、なんだかとても悲しかった。

 D7とクリスティーンの関係がどのようなものかは、私にはわからない。
 けれどクリスティーンを想うD7の気持ちは、確かに本物で。
 でもその常軌を逸した想いは、決して普通ではなかった。

 人間の心臓を埋め込まれた人形。生きている。ここにいる。
 そこから私が連想してしまったものは、とても理解したくないものだった。
 そんなことを考える私は汚れているのかもしれない。

 一方的に愛を語るD7。「タスケテ」と繰り返すクリスティーン。

 想いが通わなかった女性を殺し、その女性を模した人形に心臓を埋め込んだ、死にながらにして生きた傀儡。
 そんなおぞましい想像が、私の間違いだと心から信じたかった。
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