上 下
52 / 984
第2章 正しさの在り方

26 笑ってくれない

しおりを挟む
 カタカタ、カタカタ。
 軽いものがひしめき合う音が部屋中に響いていた。
 木と木がぶつかり合う軽い音。

 血走った目で高笑いを上げる正くんの声と、無機質な木の音だけが図書室を満たす。

「花園。花園、花園! 俺はすごい力を手に入れたんだ。もうお前なんかが逆らえるなんて思うなよ!」

 正くんはそう言うと、腕を掴んだまま私を強引に椅子から引き摺り下ろした。
 床に崩れる私に木偶人形が群がってきて、その固い腕が私を羽交い締めにした。

「た、正くん! これは一体……!」

 この木偶人形は、昨日の夜見たものと同じだった。
 能面で無機質な、木を組み立てだけの人形。普通の原理では、到底動いて行動するようなものじゃない。
 これは紛れもなく魔法による産物なのに。どうして、正くんと一緒に。これじゃあまるで……。

「すげぇだろ花園。俺さぁ、魔法が使えるんだ。このガラクタどもはさ、俺が魔法で動かしてるんだ!」
「…………っ!」

 正くんが、魔法!? そんな、どうして。
 こっちの世界の住人である正くんが魔法使いのはずはないし、それは善子さんの存在があるから確実。
 その正くんが魔法なんて……。

「いい顔するじゃん花園。そうだよ、それでいいんだよ。俺ってすごいだろ? 敵わないだろ? ほら、もっと怖がれよ。俺に媚びろよ」

 私の驚愕の顔を見て、心底愉快そうに正くんは笑った。
 木偶人形に羽交い締めにされている私に近づいて、頰を撫でてくる。
 気持ち悪い、鳥肌が立つような触り方だった。

「俺には力がある。もう誰も俺には逆らえない。楽になれよ花園。俺の言うこと聞いてれば、楽しいぜ」

 私は正くんの目をまっすぐに見た。深く黒く濁ったその目を。
 正くんへの恐怖はもうなかった。
 彼のあの過剰な自信がこの魔法によるものだとしたら、そこに恐れを抱く必要はない。

 確かに今、私は絶対絶命。
 何体いるかもわからない、おびただしい数の木偶人形に囲まれて、羽交い締めにされて。
 この状況を一人で切り抜けるのは難しいかもしれない。
 けれど、未知の出来事じゃない。先日の異世界でのことを考えれば、まだ優しいから。

 彼がもっと実際的な実力行使に出ていた方が、まだ恐ろしかった。
 こんな力をひけらかすようなやり方は、全くもって怖くない。

「なんだよ、その目は。なんでお前は、この状況でそんな憎たらしい目ができるんだよ。怖がれよ! 畏れおののけよ! 俺に媚びろ! 許してくださいって泣き叫べよ!!!」

 正くんは力に任せて近くの木偶人形を殴りつけた。
 けれど密集した群集はそれくらいのことでは揺らがない。

「どうしてだ。ここまで力を見せつけても、どうしてお前は俺のことをそんな目で見るんだ。俺に敵わないだろ! どう考えたって、お前は俺に媚びへつらう場面だ!」
「正くん……」

 血走った目を見開いて正くんは絶叫する。
 自分は正しいと。自分こそが絶対だと。

「私は、正くんなんて怖くない」
「このっ……!」

 力任せに頰を打たれた。男の人の本気の平手打ちだった。
 頰がジンジンするし、口の中が切れた気がした。
 それでも、決して恐怖はなかった。

「正くん。あなたがどんなに力をひけらかしたって、私は絶対にあなたに従ったりなんかしないよ」
「なんだと!」

 正くんは吠える。その姿はなんだかとっても惨めだった。

「この魔法は、なんなの……?」
「うるさい! そんなことお前に関係あるかよ! これは俺の力だ! 俺の、俺だけの!」

 私を押さえつける木偶人形の力が強くなる。
 固く無機質な木に圧迫されて痛みが走る。

「俺が貰った力だ。俺だけのものだ! 俺が特別だから、アイツは俺を選んだんだ!」

 貰った力? ということはやっぱり、正くんは魔法使いじゃない……?
 どういうやり方なのかはわからないけれど、誰かから何か魔法を使える手段を貰ったということ?
 つまり、正くんはこの魔法の正統な使い手じゃないんだ。

 思えば、昨日襲ってきた木偶人形を、レイくんは稚拙だと言ってた。
 実際全部一撃で壊れてしまっていたし。
 正くんはこの木偶人形を動かすことできても、使いこなせてはいないのかもしれない。

「くそっ、くそっ、くそっ! 何でだ、どうしてだ! どうしてお前は、俺をそんな目で見るんだよ!」

 正くんの手が私の首を掴んだ。強い力が喉を締め付ける。
 私を羽交い締めにしていた木偶人形はその手を放して、私は首だけを正くんに押さえられている形になった。

「なぁ花園、どうしてだよ。どうしてお前は、俺に笑ってくれないんだよ。アイツらばっかりで、どうして俺には笑わないんだ!」
「正、くん……!」
「気にくわない。気にくわないんだよ! どうして俺がこんな気持ちにならなきゃいけないんだ! 俺はいつだって誰よりもすごくて、誰にだって求められてきたのに!」

 息が、苦しい。首の骨が痛い。
 正くんの真っ赤になった顔が、血走った目が私にまじまじと近づけられる。

「お前だけは俺に笑わない。お前を見てると胸糞悪くなるんだ! 嫌なことを思い出す。どうしてどいつもこいつも、俺の思う通りにならないんだよ!」

 どいつもこいつも……?
 正くんはなんだって思い通りにしてきたはずなのに。どうしてそんなこと。

「俺はただ、またお前が笑うところを見たかっただけなのに! それなのにお前は俺の前では笑わない!」

 正くんは何を言って……私にはわからない。
 息苦しくて、少し意識が霞んでいるような気がする。

「言え! 俺に従うって言え! 俺のものになるって言え!」

 その叫びはまるで悲鳴のようだった。
 泣き叫ぶ子供のようだった。
 その声を聞いていると、なんだかとても悲しい気分になる。

「言わ、ない、よ……」

 だから私は、振り絞って声を出した。
 この人には、はっきりと言わないといけないから。
 拒絶の言葉を。私がずっと躊躇っていた言葉を。

「私は、あなたには屈しない……」

 それを躊躇うことこそが正くんのためにならないから。

「私は、あなたのものには……ならない!」
「────なら死ねよ、お前」

 乾いた声と共に正くんは手を放し、それと入れ替わるように、沢山の木偶人形が覆いかぶさってきた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜

平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。 だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。 流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!? 魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。 そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…? 完結済全6話

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

あなたのことなんて、もうどうでもいいです

もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。 元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

令嬢キャスリーンの困惑 【完結】

あくの
ファンタジー
「あなたは平民になるの」 そんなことを実の母親に言われながら育ったミドルトン公爵令嬢キャスリーン。 14歳で一年早く貴族の子女が通う『学院』に入学し、従兄のエイドリアンや第二王子ジェリーらとともに貴族社会の大人達の意図を砕くべく行動を開始する羽目になったのだが…。 すこし鈍くて気持ちを表明するのに一拍必要なキャスリーンはちゃんと自分の希望をかなえられるのか?!

処理中です...