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第2章 正しさの在り方
23 落ちこぼれの魔女
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ホームルームまでにはまだ時間に余裕があって、教室にいる生徒はまだそんなに多くなかった。
日直の仕事で先に来ていた晴香と創に挨拶してから、私は一旦自分の席についた。
氷室さんはもう来ていた。
思えば、いつも私が登校した時にはいつも氷室さんは席にいたと思う。
いつものように、一人で静かに読書をしている。
それを邪魔するのは少し気が引けたけれど、でも話さないといけないことは色々あったから、心の中でごめんねと謝りながら声をかけた。
「おはよう氷室さん。今日も早いね」
「……おはよう」
氷室さんは嫌な素振りなんて見せずに、そっと本を閉じて応えてくれた。
いつもと変わらない無表情に近いクールな氷室さんは、私を静かに見上げて、そのスカイブルーの瞳を向けた。
昨日のことで色々話したいと言うと、氷室さんは無言で頷いて立ち上がった。
いくら人が少なくても、流石に教室でできる話でもないから。
私たちは教室を出て、廊下の隅まで行った。
そこで私は、昨日起きたことのほとんどを話した。
氷室さんは無表情のまま、静かに黙々と聞いてくれた。
レイくんの三度目の訪問。そこで聞いた『お姫様』の話。ワルプルギスとしてのレイくんの考え。そして、木偶人形の襲撃。
たどたどしくなんとか話す私のことを、氷室さんはまっすぐと見つめて聞いてくれて、それが何だか少し気恥ずかしかった。
「────そう」
大体のことを話し終えると、氷室さんは短く言った。
正直、レイくんのことは氷室さんにも警戒するように言われていたし、ここまで深く関わったことを怒られるんじゃないかって心配だったけれど、氷室さんは特別感情を出さなかった。
「一先ずはね、信用してみてもいいかなって思うの。ワルプルギスっていう集団のことはわからないけれど、少なくともレイくんに関しては」
「……あなたがそう思うのなら、私は口を挟まない。それは、あなたの気持ちだから」
「氷室さんは、ワルプルギスがどういう活動をしているのか知ってるの?」
私が尋ねると氷室さんは頷いた。
「ワルプルギスの基本活動は、魔法使いに対する反乱。あちらの世界で、細かい闘争を繰り返してる」
「結構過激ってことか……」
「けれど、あなたの話を聞くかぎり、あなたに対して武力行使をしようとしているとは思えない。魔女……ワルプルギスにとっても、姫君は貴重な存在、だから。あなたはきっと、丁重に扱われているはず……」
ということは、今の所、この間の魔法使いのように、強引な手段はとってこないかな。
少なくとも、レイくんにその意思はなさそうだった。
「レイくんを信用するかはともかくとしても、今のところは、そこまで気を張る必要はないのかな?」
氷室さんはまた頷いた。それに私は少しホッとする。
レイくんのことを信じると決めたものの、ワルプルギス自体がどう動いてくるかわからないから、少しハラハラしていた。
それに、氷室さんがどう思うのかも気になっていたから。
「氷室さんはさ、その……お姫様の話は知っていた?」
「その話は……生きる伝説として、語り継がれている有名なもの。あちらの世界に生きる者や、精通する者は知ってる話」
「そうなんだ……私自身のことなのに私だけが知らないんて、何だか気持ち悪いなぁ」
正直、その話に関しては否定して欲しい気持ちがどこかにあった。
気を落とした私の手を、氷室さんは控えめに握ってくれた。少しひんやりしたその手が心地いい。
「過去に何があったとしても、あなたはあなただから……今ここにいる、花園さんが本当、だから」
「ありがと。氷室さんは優しいね」
僅かに眉を寄せて、氷室さんは少し俯いた。
照れてるのかな。氷室さんは表情を読み取るのが難しいけど、決して無感情なわけじゃない。
よく見てみると、その僅かな変化が微笑ましく思える。
「私は大丈夫だよ。まだ何にもわかってないしね。もし私の知らない過去が本当にあったとしても、今こうして氷室さんとお話してる私が、嘘になるわけじゃないからね」
「……ええ」
ほんの少しの心配そうな顔が、なんだか嬉しくなってしまう。
氷室さんに想われているということが、私の心をポッと温めてくれる。
友達って本当に温かいな。
「それでね。私、昨日気がついたんだけどさ。魔法ってどうやって使うの?」
途端に、氷室さんは私の手を取り落とした。
その手から力が抜けて、私の手がすり抜ける。
そして氷室さんにしては珍しく、その表情は完全に呆然としているものだった。
「えっと……私、何か変なこと言った?」
予想外のリアクションに戸惑った私は、冷や汗をかきながら尋ねた。
魔女の常識ではあり得ないことを聞いたのかな、私。
「も、もしもーし。氷室さーん?」
フリーズでもしているみたいに、表情の固まってしまった氷室さんの顔の前で手を振ってみると、ようやく元の表情に戻って、私をまっすぐに見た。
「……魔女は、直感で魔法が使えるから、イメージだけで、魔法が自然と使えるはず」
「そう言われてもなぁ……」
その話は前に夜子さんに聞いていたから、実は昨日寝る前に試してみたんだけど。結果何もできなかった。
電気よつけ! とか、扉よ開け! とか色々試してみたんだけど、どれもこれも無反応。
そんな些細なこともできないんだから、火を出したり空を飛んだりなんてできる気がしない。
そもそも魔法自体、使えそうな気がしなかった。
「魔女は『魔女ウィルス』に肉体構造を変えられているから、身体機能と同じ。教えられなくても使えるはず……」
「それってつまり、私は誰でも普通にできることができないってこと……?」
魔女になれば誰でも問題なくできることが、私にはできないと。
ウィルスに侵されて、いつ死んでしまうかわからないというリスクを背負う魔女にとって、魔法は唯一のメリットで、また自衛の手段なのに。
私にはそれが使えない。それって……。
「それって……私、魔女として落ちこぼれってこと……?」
氷室さんは何も言ってくれなかった。
日直の仕事で先に来ていた晴香と創に挨拶してから、私は一旦自分の席についた。
氷室さんはもう来ていた。
思えば、いつも私が登校した時にはいつも氷室さんは席にいたと思う。
いつものように、一人で静かに読書をしている。
それを邪魔するのは少し気が引けたけれど、でも話さないといけないことは色々あったから、心の中でごめんねと謝りながら声をかけた。
「おはよう氷室さん。今日も早いね」
「……おはよう」
氷室さんは嫌な素振りなんて見せずに、そっと本を閉じて応えてくれた。
いつもと変わらない無表情に近いクールな氷室さんは、私を静かに見上げて、そのスカイブルーの瞳を向けた。
昨日のことで色々話したいと言うと、氷室さんは無言で頷いて立ち上がった。
いくら人が少なくても、流石に教室でできる話でもないから。
私たちは教室を出て、廊下の隅まで行った。
そこで私は、昨日起きたことのほとんどを話した。
氷室さんは無表情のまま、静かに黙々と聞いてくれた。
レイくんの三度目の訪問。そこで聞いた『お姫様』の話。ワルプルギスとしてのレイくんの考え。そして、木偶人形の襲撃。
たどたどしくなんとか話す私のことを、氷室さんはまっすぐと見つめて聞いてくれて、それが何だか少し気恥ずかしかった。
「────そう」
大体のことを話し終えると、氷室さんは短く言った。
正直、レイくんのことは氷室さんにも警戒するように言われていたし、ここまで深く関わったことを怒られるんじゃないかって心配だったけれど、氷室さんは特別感情を出さなかった。
「一先ずはね、信用してみてもいいかなって思うの。ワルプルギスっていう集団のことはわからないけれど、少なくともレイくんに関しては」
「……あなたがそう思うのなら、私は口を挟まない。それは、あなたの気持ちだから」
「氷室さんは、ワルプルギスがどういう活動をしているのか知ってるの?」
私が尋ねると氷室さんは頷いた。
「ワルプルギスの基本活動は、魔法使いに対する反乱。あちらの世界で、細かい闘争を繰り返してる」
「結構過激ってことか……」
「けれど、あなたの話を聞くかぎり、あなたに対して武力行使をしようとしているとは思えない。魔女……ワルプルギスにとっても、姫君は貴重な存在、だから。あなたはきっと、丁重に扱われているはず……」
ということは、今の所、この間の魔法使いのように、強引な手段はとってこないかな。
少なくとも、レイくんにその意思はなさそうだった。
「レイくんを信用するかはともかくとしても、今のところは、そこまで気を張る必要はないのかな?」
氷室さんはまた頷いた。それに私は少しホッとする。
レイくんのことを信じると決めたものの、ワルプルギス自体がどう動いてくるかわからないから、少しハラハラしていた。
それに、氷室さんがどう思うのかも気になっていたから。
「氷室さんはさ、その……お姫様の話は知っていた?」
「その話は……生きる伝説として、語り継がれている有名なもの。あちらの世界に生きる者や、精通する者は知ってる話」
「そうなんだ……私自身のことなのに私だけが知らないんて、何だか気持ち悪いなぁ」
正直、その話に関しては否定して欲しい気持ちがどこかにあった。
気を落とした私の手を、氷室さんは控えめに握ってくれた。少しひんやりしたその手が心地いい。
「過去に何があったとしても、あなたはあなただから……今ここにいる、花園さんが本当、だから」
「ありがと。氷室さんは優しいね」
僅かに眉を寄せて、氷室さんは少し俯いた。
照れてるのかな。氷室さんは表情を読み取るのが難しいけど、決して無感情なわけじゃない。
よく見てみると、その僅かな変化が微笑ましく思える。
「私は大丈夫だよ。まだ何にもわかってないしね。もし私の知らない過去が本当にあったとしても、今こうして氷室さんとお話してる私が、嘘になるわけじゃないからね」
「……ええ」
ほんの少しの心配そうな顔が、なんだか嬉しくなってしまう。
氷室さんに想われているということが、私の心をポッと温めてくれる。
友達って本当に温かいな。
「それでね。私、昨日気がついたんだけどさ。魔法ってどうやって使うの?」
途端に、氷室さんは私の手を取り落とした。
その手から力が抜けて、私の手がすり抜ける。
そして氷室さんにしては珍しく、その表情は完全に呆然としているものだった。
「えっと……私、何か変なこと言った?」
予想外のリアクションに戸惑った私は、冷や汗をかきながら尋ねた。
魔女の常識ではあり得ないことを聞いたのかな、私。
「も、もしもーし。氷室さーん?」
フリーズでもしているみたいに、表情の固まってしまった氷室さんの顔の前で手を振ってみると、ようやく元の表情に戻って、私をまっすぐに見た。
「……魔女は、直感で魔法が使えるから、イメージだけで、魔法が自然と使えるはず」
「そう言われてもなぁ……」
その話は前に夜子さんに聞いていたから、実は昨日寝る前に試してみたんだけど。結果何もできなかった。
電気よつけ! とか、扉よ開け! とか色々試してみたんだけど、どれもこれも無反応。
そんな些細なこともできないんだから、火を出したり空を飛んだりなんてできる気がしない。
そもそも魔法自体、使えそうな気がしなかった。
「魔女は『魔女ウィルス』に肉体構造を変えられているから、身体機能と同じ。教えられなくても使えるはず……」
「それってつまり、私は誰でも普通にできることができないってこと……?」
魔女になれば誰でも問題なくできることが、私にはできないと。
ウィルスに侵されて、いつ死んでしまうかわからないというリスクを背負う魔女にとって、魔法は唯一のメリットで、また自衛の手段なのに。
私にはそれが使えない。それって……。
「それって……私、魔女として落ちこぼれってこと……?」
氷室さんは何も言ってくれなかった。
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