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第1章 神宮 透子のラプソディ

17 黒い猫

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 突然身体の力が抜けて、私はその場にへたり込んでしまった。白い剣は光となって、淡く消える。
 今まで妙にふわふわしていた意識がすとんと降りてきて、私はやっと私に戻った気がした。

「行きましょう」

 そんな私を助け起こしながら、氷室さんは言った。
 崩れ去った目の前の廊下。下まで落ちてしまったのか、二人の姿はなかった。
 それでも、逃げるためにはうかうかしていられない。

 この期に及んでも、まだこの行動が正しかったのかがわからない。どうすることこそが、正解だったのか。
 でも私は友達を守ると決めた。その決断だけには、自信と責任を持たないといけない。

 氷室さんに連れられて、私たちは窓から外へ飛び降りた。
 今度は地面に降りる直前にスピードが急激に落ちて、ふんわりとした優雅な着地だった。

 静かな城の敷地内を駆け抜けて城門から外へと出ると、その先は見渡す限りのお花畑だった。
 あの高い塔から飛び降りた時に見たものと同じ、果てのないお花畑。

 そしてその中を少し歩いたところに、黒い猫がちょこんと座っていた。

「もしかして、あれが言ってた黒い猫?」
「ええ」

 とても不気味な猫だった。
 確かに猫の形をしているけれど、猫の要素はそれだけ。
 影のように真っ黒で、まるで闇からくり抜いてきたかのよう。
 のっぺりと真っ黒だから、毛並みもなければ目や口もない。それはただ、猫を象った黒い塊だった。

 反射的に氷室さんの腕をぎゅっと握ってしまった私の手を、氷室さんは握った。
 とても不気味で不穏な猫。できれば近づきたくないし、目も合わせたくなかった。

 そう思っていると、猫は立ち上がった。そしてこちらに向かって一直線に駆けてくる。
 私たちに突進してくるのかと、そう思った時だった。
 猫の本来口があるべき場所がパクリと開いたかと思うと、それは猫の規格を超えて、上下にあんぐりと開けた。

 顔そのものが膨れ上がってる。
 まるでサメが人を丸呑みするかのように、パックリと巨大に開かれた口。その中すらも、やはり真っ黒。

 そして、猫は私たちを一飲みにした。
 まるで水の中に放り込まれたかのような、どっぷりとした感覚に襲われる。
 何も見えないし何も聞こえない。今わかるのは、私が握る氷室さんの腕と、私の手を握る氷室さんの手の感触だけ。

 それ以外は何もわからない。ぐるぐる意識が回っていく。
 深い深い闇の底へと落とされて行くかのように、私の意識が、世界がぐるぐる回って行く。

 私はどうなるんだろうなんて、呑気なことを考えているうちに、どんどん意識が薄くなって行く。
 そんな薄らいでいく意識の中で、何故かD4とD8の顔を思い出した。

 私に対して、何故か悲しそうな顔を見せる二人。
 私を取り戻すんだって、元通りにするんだって、D8は言っていた。D4は、私たちは親友だって。
 でも、元通りって何? 私はそんなの知らないのに。戻るべき姿を、私は知らない。

 私の人生は私がよく知ってる。私が生きてきた軌跡は私がよく覚えてる。
 その中にあの二人はいない。いる余地がない。今まで私は、魔法に関わることなんてなかったんだから。

 私がずっと一緒にいたのは晴香や創。
 二人こそが私の幼馴染で、親友。それは揺るがない事実だから。
 やっぱりあの二人の言っていることは、信じることが難しい。

 それでもやっぱり、あの二人の顔が気になってしまう。
 あんなに悲しそうな顔されたら、どうしても。
 だから、どうしても憎みきれないんだ。

 思考に答えが出ないままに、私の意識は闇に溶けて行く。
 暗くて冷たい闇の中に、私は深く深く落ちて行く。
 この手に感じる氷室さんの感触だけが、唯一の頼りだった。



 ────────────



 ごめんなさい。本当にごめんなさい。
 でも、今はこうするしかないの。それがの選択で生き方だから。
 私にはこうするしかないの。

 大切な友達。ずっとずっと大切な友達。
 できることなら、ずっと一緒にいたかった大好きな友達。
 それでも、それを手放さなくてはいけない時がある。

 友達の想いを踏みにじったとしても、守らなくてはいけないものがある。
 その尊い心と想いを私は尊重したいから。

 価値は自分自身で作り出していくもの。
 それを私が推し量ることはできない。
 だとすれば、私は寄り添い守るしかない。
 それが本当の意味で自身の輝きになるまで。

 もうアリスアリスじゃない。
 もうきっと、あの頃には戻れない。
 だから、ごめんなさい。



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